顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい 作:hikari kawa
中学生の時。高校生の今。
自分の考え方が変わったという事は無いけれど。
感じ方は変わったとは思う。共感する力と理解しようとする力、他人を受け止める度量が少しは成長したからかもしれない。
……いや、成長しなければ、クラスメイトのお人好し達に申し訳ないというのが大きな理由か。
放っておけばクラスに寄りつかず浮きかねない僕をわざわざ引き留めてくれる人たち。横浜さんをはじめ、大路さんや綿貫君みたいな面倒見の良い人に、僕が原因で困った顔をさせたくはない。
中学一年生の頃。名前も顔も憶えていない親切な誰かに悲しそうな顔をさせてしまった事がある。……ああいう顔をさせてしまうのはうんざりだ。
僕は恵まれている。
であれば。その思いやりには応えなくてはならない。僕自身も、誰かに手を差し伸べなくてはならない。
だから、ちゃんと目を見て挨拶をしたり、しっかり人の名前やプロフィールを憶えたりと僕なりに頑張って……。羅列すると小学生の友達の作り方講座みたいになってしまうけれど、これらのお陰で中学生のころよりは随分と周囲と上手くやれるようになった、はず。
とはいえ。
根腐れした部分は中々変わらないようで、知り合いの居ないどこか遠くへ行きたいという漠然とした思いは心の中に常にずっとある。
大学進学にしろ、地方でいいかなと考えているのもそれが理由だろう。
きっと今年の四月か五月あたりまでならば、離れたいと思いつつもずっと同じ場所にいたかもしれないけれど。最近は、どこか遠くに行きたい気持ちが増してきた。
きっとその原因はあのバ――。
「まあ、綾野君の成績であれば準備次第で多くの進路を選べるかと思いますので。あとはこの一年をどう過ごすか、具体的な進路を真剣に考えて貰えると教師としては安心できるかなと」
「そうですか」
七月も半ばを過ぎ、放課後に行われる三者面談は予想通りの展開で話が進んでおり、副担任の阿部先生と保護者のリリーが真面目な話をしている。リネン生地の紺色のワンピースを着ている長身の母はやはり教室という場所には不似合いで、さっさとこの時間が終わって欲しくてしょうがない。髪や目の色も顔の造形も全部目立ちすぎるんだ……。
「礼、聞いているの、あなたの話よ?」
「だから、地方国立を目指すよ」
「もう。一人になりたいだけでしょ」
「まあまあ、親御さんが心配される気持ちもわかりますが、ずっと東京暮らしよりも視野が広がるかもしれませんから。な、綾野」
阿部先生がフォローしてくれる。しゅき。
「それに、一年の最初の頃から比べると明るくなったというか、変な……個性的な先輩や友人にも恵まれているようですから。色々と成長していますし、そろそろ独り立ちの準備をしても良いかも知れませんよ」
担任の日比野先生が夏休み明けまで育休を取った結果、僕らのクラスを担当することになった阿部先生なのだが、まさかここまで僕を観察しているとは……。
「この子は……」
そう言って口をつぐむ母。
普段は放任のわりに、いざ離れようとすると引き留めるあたり妹に近いものを感じる……ああ、もしかしたら最近妹がベタベタしてくるのも僕の願望にうっすら気がついているからなのかもしれない。
「ま、息子さんも言わないだけで色々考えてますよ。な?」
「勿論です先生」
しれっと答えると、母は人差し指で僕の頬をつき、ため息をついた。
「……もういい」
母が納得したところで阿部先生に挨拶し、二人揃って教室を後にする。
「眩しいわ」
母は廊下に出た瞬間サングラスをかけると、パタパタと胸元を扇いだ。たしかに眩しいし暑い、夏だからしょうがないとはいえ次の面談の人を廊下で待たせるのは悪い気がするほどだ。
「お待たせ、北野」
廊下で順番を待っていた北野親子に声をかけると。
「……そっちの綺麗な人って綾野の、お母さ……お姉ちゃん?」
北野が小さな口をパクパクと動かし、その隣を見れば北野と似た体格のお母さんがコクリと挨拶をしてくれた。北野家の方こそまるで年の離れた姉妹みたいに見える。
羨ましい。うちなんて見るからに異世界転移直後の日本人と現地エルフだ。
「ほら北野、たっぷり叱られてこい」
「あ、あたしは大丈夫だしっ」
そう言いながら北野が教室に入ると。
「可愛い」
母が呟いた。
長身の人間からすればあのサイズ感はある種の憧れがあるのかもしれない。
「家にあるエリーがほとんど着なかった服。今の子に着てもらいたいわ、ヒラヒラのやつ」
「あー。小学生のころのやつか」
「そう。エリー、すぐに背が伸びちゃったから」
「こんど渡してみるよ」
さすがにアニメプリントTシャツを渡したら泣きそうだから、お洒落なやつを見つけておくか。北野もそろそろ服に興味が出てくる年齢だろう。
「はぁ、暑い」
母はそう言うと僕に後ろからもたれ掛かる。
「リリー、腕に脂肪ついたんじゃない?」
「……」
ムニムニとした細長い腕が僕の首に絡まる。
「いたたた」
「もうこのまま帰ろっかな」
「やめてください」
力が強くて僕の腕力では振りほどく事が出来ない。
さすがに母親とべったりくっつきながら歩く姿を学校の人には見られたくないぞ。
「すぅ」
頭を吸われてる姿も見られたくないぞ。
もう人目に付かないうちにさっさと帰ってしまわないと――。
「お、綾野。お疲れ」
資料を持った小林と階段ですれ違う。
「お、綾野、また明日」
寸胴鍋を持った大場と廊下ですれ違う。
「お、綾野。仲良いね」
フルートを持った横浜さんと廊下すれ違う。
「お、パイセン。じゃーねー」
ジャージ姿のギャル後輩と下駄箱前ですれ違う。
皆一様に育ちの良い笑みを浮かべて僕らを見つめていた。
・・・
「リリーとさ、昔一緒に図書館行ったでしょ?」
学校近くの店、99アイスクリームに寄り僕はダブルチョコバニラ、母はストロベリーバニラを注文。店内の小さいテーブルを囲みながら久しぶりの雑談を交わす。
「あー。一人で行くっていったのに礼が離れなかったっけ」
そこまでは憶えてないけど。
「この前ね、もしかしたらリリーと同じものを探してるかもしれない人と会った」
「……そう。手伝ってあげるの?」
「そのつもり」
「ふーん。良い子だね、礼」
「別にそういうのじゃないけど」
「なに照れてるの」
「照れてないけど。もし、探しものがホンモノだったら。リリーから言っておくことある?」
「私からはないけど。異世界に憧れたって、結局今いるのはここなんだから。しっかり手を握って連れ帰りなさい」
漠然とした言葉の半分も意味はわからないけれど、とりあえず頷くとサングラス越しの青い瞳と目が合う。
リリーの瞳はアースアイという珍しい色で、良く見ると青の他に少しだけ淡褐色が瞳孔の周りに広がっている。カッコいいので子供の頃に僕の目もそんな風になれるのかと聞いたところ「旅をすればなるかも」と言われたが……、今思えば母なりの冗談だったのだろう。
「どうしたの礼?」
「鏡みてさ、自分の目、かっこいいなって思うときある?」
「ふふ、何それ。ないよそんなの。というより私はその黒い目が便利そうで良いなって思うけど」
「そうなの?」
「黒い目の人はサングラス要らないでしょ。コレ、すっごく眩しいんだから」
自分の目を指さした後、母は勝手に僕のアイスにスプーンを差し込みチョコバニラを奪っていく。
「あ、そう言えば礼にエリーが文句言ってた。ゲームで一緒に遊ぶって言ってたのに全然誘ってこないって」
「記憶にある限り、それほど乗り気じゃ無かったと思うんだけど」
というか母と妹、思ったよりもコミュニケーションを取っているらしい。以前では考えられない進歩だ。
「遊ぼうって、お兄ちゃんに誘って貰って嬉しかったんでしょ。さっさと遊んであげなさい」
「あー、うん」
テレビゲームの予定では無くなったのだけども……どうしよう。
「中学生なのにそんなに兄と遊びたいものかな」
「エリーは礼を通して色々なものを見てるから。一緒にいないと不安なのかもね」
「不安?」
……そんなこと、考えた事も無かった。あの妹が、そんなこと思うのか?
「物覚えは早いけど不器用なの。だから礼はイヤかもしれないけど、もう少しだけ一緒に居てあげて?」
これは三者面談の僕の様子を含めての言葉だろう。
「もちろん、エリが兄離れ出来るように頑張るつもりだよ」
そのためのアレコレだ。
・・・
久しぶりに母親の作った夕飯を二人で食べアンジェの言いつけに従い期末テストの問題を見直す。
この成績で三年生になったとしたら北海道の大学は頑張らないと入れないし、沖縄の大学であれば頑張らなくても入れそうだ。
地方での暮らしってなんだかゆったりとしていて憧れる。
沖縄。物凄く楽しそうなイメージしか無いけれど、台風だったり虫だったり気温だったりと東京育ちだと慣れない事も多そうだ。逆に北海道……ラーメンだったり食事だったりが美味しいイメージ。夏の自然の雄大さと雪景色の壮大さも綺麗だろう。ただ、足が無いと大変らしいから車はアレだし、バイクになるか。雪道ですっ転びそうだから三輪のバイクが良さそ――。
「レー、あーそーぼ」
音もなく忍び込んだ妹に後ろから抱きつかれ、心臓がギャッと悲鳴をあげる。
「っ、ノックくらいしてくれ」
「したよー、ちょんちょんって」
「次からはコンコンにして。ちょんちょんじゃ音量が足りないから」
「一緒にゲームするって言ったじゃん」
妹の頭が僕の側頭部にグリグリと当てられる。
「痛いんですけど」
「エリとしりとりする?」
「え」
「しりとり」
真面目な顔で提案されてしまった……ボケなのかどっちだこれ。
ゲームとしての面白みは無いけれど、いきなり切り出される『しりとり』はちょっと面白かった。なんでパソコンもゲームもある家で暇つぶしの最終手段を妹とやらないといけないのか的な面白さ。
「じゃあ……、リンゴ」
つい乗ってしまった。
このエピソード、マリリであれば呆れ笑いくらいするかもしれない。
「ご……ゴリラ」
「ライオン。あ、負けちゃった。エリちゃんの勝ちね」
よし、こんなものだな。大事なのはこの状況でしりとりをしたって事だけだ。
『このまえ、家で妹としりとりしたんだけどさ』
『は?』
『盛り上がらなかったわ』
『……いや、なにその話』
こんな感じのくだらない話が出来れば十分。
脳内の小ネタフォルダに保存しておこう。こういうのをマメに集めておくと雑談力が上がるからな。ちょくちょく補充しないとマリリに押し負けてしまうし。
「ありがとエリちゃん。楽しいゲームだった」
「ん……?」
「ありがとね」
立ち上がり、妹の背中を押し、部屋の外へ出すと。
「ばかーっ」
扉の向こうから妹の叫び声が響く。
まったく、一応エリちゃんと遊ぶゲームくらいは考えているんだから少しは待ってくれ。
勉強用のノートを開き、最近思いついた作戦名をかき込む。
『クイズ、エリーゼちゃんの100のこと』
これは先日の吉野さんとの会話と文化祭演目での失敗を活かして考えたゲーム。つまり、テレビで面白かった企画をそのまま使ってしまおう作戦だ。
参戦するのは僕と横浜さんの妹(匿名)、それにスランプで暇そうなユズリハさん。時間が取れればトネリコさんあたりにお願いしても良さそうだ。
そして、ここで横浜さんの妹に勝って貰ってエリーゼちゃんと面会権を獲得。
二人で話して貰う。これでどうだろう。
優勝するくらい自分の事を知っているのであれば疎遠とはいえ話くらいはするかもしれない。なんの話をするのかは僕が触れるべきではないだろうし、これ、完璧じゃないか?
最大の欠点はこれをプライベートでやるという狂気の一点のみだし……うん、とりあえず問題数は減らすか。百は多すぎる。
『クイズ、エリーゼちゃんの10のこと』
これなら二十分くらいで終わりそうだし、良し。
問題を自分で作って、皆に答え渡して、そして横浜さん妹が勝つように仕込む。これならいけそうだ。
ノートに書き込みを増やしていく。
『クイズ、エリーゼちゃんの10のこと。参加、礼、ゆず、とね、とくめい。優勝、エリとおしゃべり』
形式は……。ボイスチャットでいいか。実際に集まるとなると横浜さんの妹と最初っから対面することになるし。
『クイズ、エリーゼちゃんの10のこと。参加、ぼく、ゆず、とね、とくめい。優勝、エリとおしゃべり。ボイスチャット……』
あ、そうだ。進行役が必要か。そうなると、トネリコさんに頼むべきか……。じゃあ。
そうして更に書き加えようとすると。
「なんだ。レー、やっぱりエリと遊びたかったんだ」
机に妹の影がひょっこり映り込む。
あ、まずい。
再び音もなく忍び込んだ妹を見れば花が咲いたような満面の笑みを浮かべていた。
「いいよ、やってあげる。ちょーどスタジオ企画も探してたし。レーのバンジーと、クイズと、エリのミニライブで一時間ってとこかな」
妹はビリッとノートを破ると嬉しそうにクスクスと笑い始める。
バンジーって、もしかして先月決まった罰ゲームの事でしょうか……いや、待て待て、バンジーの前に何て言った。
「スタジオ企画……?」
「エリオットの誕生日企画。もう一つか二つ、なにかやりたいなーって思ってたんだ」
うかつだぞ礼っ!
また妹の配信に出しゃばるイタい兄になってしまう!
「い、いや、エリちゃん。それは違くて。そもそもスタジオってそんな簡単に借りられないんじゃない? やるならプライベートでやろ?」
「だいじょーぶ。エリの事務所、人少ないし。これならすぐ出来そうだし。さすがのエリもプライベートで自分のクイズとかやりたくないし」
「なんでそこだけ冷静なんだ」
妹が持つノートの切れ端にスッと手を伸ばすも、ひょいと躱される。
「あ。でもここだけ直すね。エリの100の事にしよう」
ばかたれー何時間拘束する気だ。
「どうせレーが優勝するのに優勝賞品がエリとおしゃべりなんでしょ? ふふっ」
「いや。それは違くて」
「はいはい。そういうやつね。wikiに追記しておくから」
「エリが編集してたんかいっ」
「あははっ」
――ついぞ、楽しそうにする妹を阻めず。
翌日、妹のマネージャーから連絡が来るのだった。
ということでエリちゃん回でした。
コメント、評価ありがとうございます!
誤字報告も助かるラスカル!
次話、金曜投稿です、よろしくお願いします