顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい 作:hikari kawa
普段は勉強に使っている部屋で僕とアンジェが隣に座り、その向かい側に横浜さんの妹が気まずそうに着席。
「アンジェ。このソースなに?」
「右からブルーベリー、いちご、マーマレードです。クリームチーズが欲しければ冷蔵庫から取ってきてくださいね」
スコーンにどのソースをつけるのか考えつつ紅茶に手を伸ばす。
「……あのお二人。さっき取っ組み合いのケンカしてましたけど、私ほんとに出直さなくて良いですか?」
横浜さんの妹が伺うような視線を寄こす。
「ん? 僕は気にしてないけど」
「私も特には」
「いやだって、高校生があんなになってるの私初めて見て、今も心臓ドキドキしてますよ」
怖がらせてしまったらしい。
アンジェを横目で見れば、スコーンにどのソースをつけるのか考えているっぽい。
仕方ない、僕から切り出すか。
「さっきのはケンカじゃないから安心して?」
「どう見てもケンカでしたけど、ケンカってああいうのじゃないんですか?」
「僕もケンカってピンとこないし……。じゃあどんなのがケンカなのか特徴を一緒に考えてみよっか」
そう提案してみると。
「えぇ? ええと、お互い怒鳴り合う、とか?」
「ケンカだ。その特徴はケンカだね。すぐわかったよ」
トントンとアンジェに肩を触られる。
「礼さん、先月の私達を思い出してください。あれを思えば今日のはケンカではなく可愛いお喋りですよ」
「じゃあケンカじゃないか。夏生ちゃん、もっと詳しく教えてくれる?」
「うぇ、と。胸倉掴むとか。さっき、お兄さんガックンガックン、頭揺らされてましたし」
「それはケンカだね。対等かと思いつつ一方的に強い方が勝つのがケンカなんだから」
トントンとアンジェに肩を叩かれる。
「でも漫画だと対等に殴り合った後に友情が生まれるようですよ」
「じゃあケンカじゃ無いか。友情が生まれないならそれは一方的な暴力だからね。夏生ちゃん、もうちょっとそれっぽい」
「ちょっ、待ってください。なにか漫才みたいな会話になっている気がするんですけど。気のせいですか」
「……漫才か。でも漫才ってどんなのかよく分からないから一緒に」
「あ! わかりましたっ、私のことからかってますねっ!?」
目の前の中学生が身を乗り出す。
「緊張をほぐそうとしてつい。というかアンジェもこのネタ知ってたんだ」
「この前テレビでやっていたのを見ました」
「フォーマットが凄いからやってて楽しかったね」
「ふふ、ですね」
すると横浜さんの妹はドサリとソファに身体を落とした。
「……う、う」
そんな声を漏らすのでまた泣かせちゃったかな、と思っていると。
「羨ましいです」
そう言った。
・・・
きっかけは、やっかみ、とか。嫉妬とからしい。
気弱そうで地味なメガネがクラスの華を独占していたから、ちょっとした意地悪が始まったらしい。そして次第にエスカレートしていくとクラスの華、エリーゼの目に付き。
「エリは、私を庇って……怒りました。それも何と言うか、大人の怒り方で、さっきのお二人とは比べ物にならないくらい静かで」
幼稚な争い見せてごめんね。
「みんなシュンとして、そこまでは良かったんですけど。そしたら次に、段々、エリに気に入られたい人みたいなのが露骨に増えて。気持ちは分かるんです、何て言うか、エリに見つめられると凄く満たされるというか、高揚感があって。私は小学生の頃から見慣れていたのでまだ平気だったんですけど。男の子も女の子も殆どが……その、メロメロ、みたいな。で、エリはそれを鬱陶しがって私とだけ一緒にいたんですけど……」
なんて悪循環だ。
「それで。そんなエリが気に喰わない子もいて。その子が好きな男の子はエリが好き、みたいなのも増えて。私もまた、教科書隠されたり地味な嫌がらせされるようになって。クラスだけじゃなくて学年にも広がっていって……」
思ったよりもうちの妹が人類の毒だった……。
「それで、エリ、心底呆れたみたいで。私、泣いてるだけだったんで。エリ、もういいやって言って。その日から来なくなっちゃったんです。私、弱くて……止められなくて」
目の前で涙がポロポロと零れていく。
……なるほどなぁ。
横浜さんの妹……いや、夏生。夏生ちゃんはそれで、強くなろうとイメチェンしたのか。我が妹の事で随分と悩ませちゃったのか。去年って中一で、ほぼ小学生じゃん……。
横目でアンジェを見ると、上がっていた口角を下げ、うんうんと頷いた。
「よく頑張りましたね。私、そういう健気な子は大好きです。ああ、今日はステキなお話を頂けました」
はしたない女……。本気で同情しているのが始末に負えない。
「頑張ってなんかいません。結局、見た目だけ変わって、会いに行く勇気が無いんですから。友達、失格です。お二人みたいに、言いたいこと言えて、一緒に漫才出来るような関係じゃなかったんです最初から。最初から、私、エリにとって……何だったのかなぁ……」
アンジェが立ち上がり、夏生ちゃんの隣に座りポンポンと背中をさする。
「まあ、こう言うのもなんだけど。夏生ちゃんじゃどうしようも無かったでしょ。エリの事は忘れて生きた方が良いよ」
「――っ」
夏生ちゃんの目に更に涙が浮かぶ。
「礼さん、言葉足してください」
「夏生ちゃん、エリはね、もう自分が生きやすい場所を見つけたみたいなんだ。後味の悪い別れ方かもしれないけど、エリがキミに聞いたままの学校に居続けるよりはよっぽど健全な今に居る。夏生ちゃんが気に病む必要はないよ」
「……生きやすい場所ですか。エリは、一人じゃありませんか?」
「大丈夫」
なんなら最近は特に楽しそうにしている。
「そう、ですか。良かった。よがったぁ」
「泣くな泣くな、せっかくカッコよくなったのに」
「しゅびばぜんぅ」
さて。話は聞き終わったけれども。
「夏生ちゃん。それで、エリは夏生ちゃんが居なくても大丈夫なわけだけど。どうする?」
「っ」
「続けるも続けないも自由だよ」
アンジェにもうちょっと言い方ありませんか、みたいな表情を向けられる。けれど他に言いようもないし。
「わ、私が居なくても、エリが楽しいなら良いです。でも、一つだけ直接言いたい事があって」
「うん、じゃあもう今からうち来る?」
「でも久しぶりに会って、誰、とか何、今更とか言われたらどうしましょうっ! ゲームしてまで話したがるとかエリ嫌いですよきっと。プライベートなことに踏み込まれるの嫌がるし」
「え、そうなの」
「礼さん、作戦根本から揺らいでるじゃないですか」
おっかしいなぁ。
「まだるっこしいの好きじゃないんです」
「……エリちゃんって誘えばなんでも喜ばないっけ」
「お兄さんだけですよそんなのっ、エリ、基本的に気難しくて偉そうでイジワルでアホなんですからっ」
誰だそのエリちゃん。アホな事しか僕のイメージと重ならないぞ。
「ふふ、解像度低すぎ」
アンジェがクスクスと笑う。しばらく黙っていてくれないか。
「あー、まあ僕の妹への理解度はともかくとして。夏生ちゃんはエリに会いたいってことは変わらないんだね?」
「はい」
「じゃあまだるっこしいと思われてもやらないと。キミがエリの前に立つまでは僕がお膳立てする。スマートフォン見てみ?」
夏生ちゃんのスマートフォンに企画書を送る。
「教えてエリオット様の100のことっ、ですか。エリオット……?」
「エリちゃんは今、バーチャルアイドルをやっている」
「へ? バー、チャル?」
「近々ソレの収録があるらしい。それまでにエリオットについて勉強しておいて」
「え、え、ちょと待ってください」
「wikiあるらしいけど、動画のアーカイブも見た方が良いかも。で、そのクイズで一位になったら、ご褒美にエリオットとお喋りタイムがある」
「それって」
「もちろん僕は良い感じに手を抜くし、他の人にもそれとなく頼むつもりではある。でも、もう企画として動いているからあまりに露骨な手抜きは難しい」
「私が、頑張れば……」
人間不思議なもので『苦労して得たモノ』の方が価値を感じるらしい。今から我が家に夏生ちゃんを連れて行ってはいどうぞよりも、クイズを経ての出会いの方が弾みもつくかも。
「どうする?」
「やります。やらせてください。私、こんどこそ、頑張りますから」
頑張るか。そう言うなら。
「そっか。ま、僕はどっちだっていいけど。せいぜい頑張れば?」
こう言っておこう。
「……ははっ、ほんと、そっくりです」
目に涙を溜めた夏生ちゃんは僕を見て嬉しそうに笑った。
・・・
教会から去っていく夏生ちゃんを見送り、教会の中に戻り、長椅子に座る。
なんだか思ったよりも気持ちが疲れてしまった。
「……夏生、夏生。なつき。夏生ちゃんか。僕、名前呼んでたよね」
相手がアンジェだからだろうか、確認するまでもないことを確認してしまう。
「呼んでましたよ」
「そっか」
アンジェは隣に座ることなく、僕を見下ろすように正面に立つ。
「夏生って名前。亡くなったお母さんと一緒なんですね。だから最初は一歩引いた感じで接してたんだ」
「別に。そこまでの思い入れはないよ」
そう言い返すと慈愛と趣味の混ざった、アンジェらしい微笑を向けられる。
「最初っから普通に接してたし」
「ふふ、眉間にしわが寄ってますけど。うふふっ、可愛いとこあるじゃないですか」
楽しそうなアンジェに眉間に寄った肉を摘ままれる。
「……というか、なんで知ってるの」
「私にも情報網というものがあるので。それで、どうします? センチメンタルな気分なら慰めてあげますけど」
「こんなんでセンチメンタルにはならないよ。……ただ。アンジェの言う通り、昔は、もしかしたら気にしていたような気がするかもしれない」
「気にしてるじゃないですか」
夏生まれだから、夏生。理由もありふれた、さほど珍しくはない名前じゃないか。
わざわざどうこう思う必要なんてない。
特に意味もない偶然の一致というやつだ。
そう、本当に。意味のないこと。
「今はどうなんです?」
そう聞かれると。今は……。
「今は少し、嬉しい」
「……」
「あの人と同じ名前の子が、エリちゃんに手を伸ばしてくれてる」
横浜さんの妹。妹の友達の方の夏生。
名前を見るだけで辛い、なんて事は無いけれど。嬉しいとさえ思うようになっていた自分に驚く。
輪廻、循環、そういうのは分からないけれど……何かが巡っている気がする。
「そういうの、たまには直接言ってあげてますか?」
「妹にわざわざそんな事言わないよ」
「言ってあげてくださいよ。じゃないと……いえ。いいえ、なんでもありません」
途中で言葉を切り上げたアンジェは複雑そうな表情を浮かべている。
「アンジェ、僕は自分で思うより前進しているのかもしれないね」
空気を和らげようと冗談めかして言うと。
「……しなくていいのに」
アンジェはどこか寂しそうに苦笑した。
「なんで」
「可哀想は可愛いからに決まってるじゃないですか。私のレイはそうでなくちゃ駄目なんですよ。元気ないのも嫌ですけど、元気になって好き勝手に飛び立たれたらそれはそれで嫌なんですよ」
このシスターってやつは……。
可哀想と思われるのも鬱陶しいけれど、アンジェは特別だから仕方ない。根っからジメジメしてるんだこの女は。時間をかけて乾かさないと。
「だってそうじゃないですか。一人で勝手に成長しないでくださいよ。するならするで、せめて見える範囲で躓くなりしてくれないと。どーせ置いて行く気なんでしょ、私もエリさんも」
根暗のアンジェがブツブツと不満を表明している。そもそもアンジェが引き留めるのならば僕はこのままでも良いのだけど……と言っても良かったけれど、止めた。
きっと目の前で面倒くさい女ムーブしているアンジェも本心では望まないだろう。
彼女の梅雨は明けたのだ。
「ちょっと、聞いてます?」
「聞いてるよ」
「面倒くさい女って思ってませんか」
「思ってるよ」
「私もそう思います。ふふっ」
アンジェは口元に手を当てクスクスと笑いだす。
可哀想は可愛いというのであれば、面倒くさいも可愛い。
「ま、私の感傷はともかく。前進……でしたっけ」
緑の瞳が僕を映し、暖かな手に両頬を挟まれるが……アンジェだからだろうか、嫌な気はしなかった。
「きっと、喜んでくれていますよ」
――誰が、とは聞くまでもなく。少し、救われた気がした。
アンジェと夏生ちゃんの回でした。
コメント、評価ありがとうございます!
誤字報告も助かるラスカル!
次回明日18時投稿です
今回、ハーメルン等の小説投稿サイトへのサイバー攻撃で公式の迅速な対応によりデータが飛ぶなど個人的な被害はありませんでしたが 何かありましたら旧Twitter @hikarikawa3 でお知らせします、今後ともよろしくお願いします