顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい 作:hikari kawa
夕陽が沈む間際の時間。電車を乗り継ぎ御成門駅に到着し、駅すぐ近くの公園前で立っていると。
「礼さん、早いっすねー」
白い半袖のブラウスにカーゴパンツと動きやすそうな格好のユズリハさんがリュックを背負って現れた。
「初めて来たよ、この場所」
全く馴染みのない場所、けれど、今この時点で来てよかったなと思う僕が居る。
「まじっすか。私なんて東京来てすぐここにお母さんと遊びに来たっすよ。なんせ、ほら、あのチラッと見える東京タワーのおひざ元じゃないっすか」
木々の間に少しだけ、ライトアップされた東京タワーが見える。
「来た時に見えた。だから、今日はもう既に楽しいよ」
「お、いい笑顔。んじゃあ行きますか」
行くのか、東京タワー。
「いざ芝公園っ」
「……は」
芝公園って、ここじゃん。
「ある情報網曰く、ここに女性の霊が出るらしいっす」
ネット情報だな。
「出ないよ、ここ」
「分かるんすか?」
「これだけ綺麗で解放感ある場所に出ないよ。東京タワー行こ、行ったこと無いんだ僕」
「東京人の風上にも置けないっすね。東京のタワーっすよ? 小学生の時行ってるはずですよ」
「行ったものの記憶にないのかもしれない」
「薄情な男っすねー。こんな目立つスポット普通は忘れないっつーの。んじゃしゃーない、この公園見たあと行きますか」
先行するユズリハさんの後を追う。
公園の中は僕が普段暮らす住宅街とはまるで違う広々とした空気だ。空には電線も無くどこまでも気分の良い場所だ。
公園と言われると僕は近所の児童遊園を思い浮かべるけれど、ここ芝公園はその何倍も広く、きっと昼間は家族連れの楽しい声が聞こえるのだろうなと想像できる。
「何回も言うけどさ、ここ、出るわけないじゃん」
「ふっはは。正直、私もココには出ない気が……着いた時からしてるっすね。子供の頃はもうちょっとこの広さ自体が不気味だったんすけど。はは、こりゃ出ねーわ。あ、見てくださいあの立派な門。ええと、霊廟、二天門って言うらしいっす。立派っすねぇ」
名所をスマートフォンで調べつつ、感嘆。完全に観光だこれ。
「怖さで言うと右肩下がりだ」
「新宿……やっぱり暗さが怖さっすかね」
公園をぶらぶらと眺めながら雑談。
「というか、僕も少しは不思議探しってことで心霊スポット調べたけど。もうちょい本格的な場所ない? 平将門さんの」
「将門塚っすね」
「それ」
「いやぁ、あまりにもミーハーかなと思いまして。他にも旧吹上トンネルとか怖いとは思いますけど」
「トンネルなんて、ユズリハさんが好きそうなのに行かないの」
「私が好きそう?」
ユズリハさんの瞳がパチリと瞬く。
「ゲート。トンネルって異界への扉みたいなイメージあるから。ロードショーでよくやる映画でもさ、トンネルを抜けたらそこは神様の世界だった、みたいな」
「私が門に興味があると見抜くとはさすがの観察眼っす。……ただ、そういうのはあらかた一人で行っちゃったんすよ。それでお母さんに心配かけちゃった、みたいな。で、最近のマイブームは弱めの場所をしらみつぶしに見に行くことっす」
「僕は弱めの新宿で気絶したってこと?」
「ふふっ、まあ夜の公衆トイレって時点で怖いんでしょーがない。私もあれ一人だったら叫んでたかもしれないんで。レーさんは、弱めじゃ物足りないっすか?」
黒ぶちメガネの奥、ぼんやり光って見えるような明るい瞳と目が合う。
「それは……そんなことはないかな。単純に、知らない場所、行ったこと無い場所に行くだけで楽しいって気付いたし。誰かと喋りながらやっぱり何も無かったなって言うのも楽しいよ」
夜の散歩ってのが、なんだか楽しい。
「そうっすよね。私も、一人で行くよりこうしてお友達と……。あ、友達ってことでいいっすか?」
「いいっすよ、一緒に小冒険した仲だし」
そう言うとユズリハさんはクスリと笑う。
「小冒険。ふっ、なんか良い響きっす。子供の頃を思い出すなー、従兄弟の兄ちゃんたちと色々行ったんすよ旧校舎とか近くの川とか、山、とか。それに家族でも摩周湖とか鳥取砂丘とか美ら海水族館とか。レーさんはそういうのあります?」
「ない。エルフっぽい人の腰にくっ付いていた記憶しかない」
もしくは、あの、赤い道路の記憶か。
「それはそれで奇特な経験ですけど。うち、父親が旅行好きで家にも図鑑とか色々あって。子供の時の冒険って目に焼き付いて……ま、冒険じゃなくてただの旅行っすけど」
「ユズリハさんの描く背景。その経験が活かされてるわけだ」
「私、想像力無いんで、経験しないと描けないんす」
「そのわりに幻想的じゃない?」
「ははっ、私にはそう視えてるんすよ」
思い出を語るユズリハさんは楽しそうに見える。子供の頃の記憶を楽し気に喋れるのは羨ましい。
「おっと。何もないまま芝公園、見終わっちゃいました。お昼にランチボックスを持って来るべきでしたね」
ユズリハさんに同意しつつ、ライトアップされた東京タワーを眺める。
「ま、向こうの方が見応えありそうっすね。いくぞっ」
地図を見る必要もなく、ビルの隙間に現れる東京タワーに向かって歩く。
あんまり意識した事無かったけど、巨大建造物ってかっこいい。
「私、どちらかというとツリーよりタワーの方が好みだなぁ。やっぱり色、特にライトアップされてるとオレンジがカッコいいっすねー」
「わかる」
「レーさん、ちなみにスカイツリーは生で見たことあります?」
「無い」
「やっぱり。じゃあ今度は向こうに行きますか。怖いっすよー、なんせ634メートルっすから。展望台の高さは確か、300ちょい、ほら、この東京タワーのてっぺんよりも高い位置に展望台があるんすよ。やばくないっすか」
「やばいというか、それはもう怖いよ」
「ははっ、だから怖いって言ってるじゃないっすか」
東京タワーの真下に着き、てっぺんを見上げれば口が空いてしまうほど高い。こんな建造物を僕は恐らくユズリハさんに連れ出されなければ見る事も無かったのだろう。
「ちなみに。東京タワーにも心霊話、あります」
「そうなの?」
「非常階段を上るとその先には女性の霊がいるとか」
「幽霊も運動か」
「女性っすから。死んでも美しいボディを目指してるんすよ」
女性の幽霊か……。
「その階段って今も登れるの?」
僕の問いにユズリハさんは笑みを浮かべ頷いた。
「非常階段なのかは分からないっすけど、せっかくですし外階段ウォーク行きますか」
……そうして料金を支払い、二十分ほど階段を上り。
「おー、眺め良いっすねー」
というユズリハさんの言葉を聞き、何事もなく地上に戻って来た。
・・・
ジンワリとした暑さと丁度良い疲労感。
ユズリハさんに先駆けてベンチで休憩し、周囲を眺めているとライトアップされた東京タワーを眺めに来たらしいカップルがチラホラ通り過ぎていく。綺麗で煌びやかな場所に来る目的としてはデートこそが相応しい。幽霊、こんなキラキラした場所に出るわけないだろう。
「あ、先食べてて良かったのに」
「何頼んだの?」
「夕飯食べてなかったんで甘くないチキンのクレープにしました。一口食べますか?」
「いい」
東京タワー真下のクレープ屋さんで休憩しようというユズリハさんの提案に頷いたものの、思えばクレープなんて最後にいつ食べたのか思い出せないほど縁遠い食べ物でワクワクする。
「レーさんはイチゴと生クリームとアイスクリームでしたっけ。やっぱり甘いのも美味しそうっすねー。お味はいかがっすか」
「例えるなら、まるでアイスとクリームとイチゴが合わさったような美味しさ」
「さっきの階段、収穫はありましたか?」
ユズリハさんが何事も無かったかのように自分のクレープを口にする。雑なボケは無視してくれるあたり、やはりユズリハさんとは波長が合う気がする。
「ひとまず、あの階段には幽霊が居ないことを確かめる事が出来た」
と言うと、メガネの奥、ユズリハさんの作り物じみた茶色の瞳と目が合う。色も形も違うというのに何故か、その瞳に妹を思い出す。
「確かめる、か。レーさんはどっちなんすか?」
どっち……、か。
「幽霊が居て欲しいかどうかってこと?」
「差し支えなければ、教えて頂きたいなと思いまして」
冗談が求められていない空気だ。
「差支えは、ないけど」
クレープを口に入れる。甘くて冷たくて、イチゴと生クリームなんて久しぶりに食べたけれど震えるほど美味しい。……まるでショートケーキを思い出す味だ。
「興味があるんだ。死んだ人間が霊になるのか、現れるのか。オカルトは信じてないけど。でも……もし幽霊が居るのなら死んだお母さんが、あの人が俺になんて言うのか興味がある。会えるなら話してみたいんだ、なんにも憶えてないからさ」
ユズリハさんに隠すことなく喋ってみる。
彼女がどういう反応をするのか興味があった。
それに、いざ口にしてみると昔ほどの熱意は……。
「……思ったより、直球っすね。ありがとうございます。感動しました」
ペコリと頭を下げられる。
「昔よりも求める気持ちはだいぶ薄れていて、この感傷もそろそろ卒業かなと思うけど。あ、でもこれwikiに書き加えてあったらユズリハさんの住所ばらすからね」
「やっ、やめてくださいよ、wikiに追記なんてしないって!」
足元にクレープの中身が垂れる。
「……先、食べちゃいましょっか」
しばし無言でクレープを口にする。シンキングタイム、というやつだろうか。
「……私も、不思議を、門を探しているわけじゃ無いんです。というか、具体的にココにあるって場所には心当たりがあって。何と言うか、レーさんの感覚と似ているのかも」
ユズリハさんがクレープが収まっていた紙をクシャッと握りつぶす。
「視たいけど、視たくない、みたいな。だからこうして何も視えない場所を探した振りして満足してるんす。レーさんは、この気持ちわかりますか?」
「なんとなく」
「ですよね。レーさんは否定しない人間だと思ってました。だって、エリちゃんのお兄さんだもん」
「ふっ、なにそれ」
つい笑ってしまった。エリの兄だって否定くらいするよ。
「ねえ、レーさん。もし、私が霊感あるって言ったら信じます?」
ユズリハさんは伊達メガネを外し、僕をジッと見つめる。
「私、幽霊視えるんです」
レンズを通さないユズリハさんの茶色い瞳はやはり、なぜか、妹や、母親を彷彿とさせる。
それらを込みでユズリハさんが霊感があるとの事だけれど――どっちでもいいな。
ひとまず正直な言葉が出てくる。
視えようが視えまいが、どっちでもいい。
「どっちでもいいって顔してるっすね」
「wikiに書いてあった?」
「レーさんって普段無表情だから、なにか考えているとすぐ顔に出るんす。……やっぱり、私の言うこと信じられませんか」
そう言われても、パッと見て判断出来るものじゃないしな。
「僕に都合が良ければ信じるけど。なんで、そんなこと言おうと思ったの?」
信じるかどうかは、今はどうでも良い事だ。
僕に新しい世界を教えてくれたユズリハさんが何を喋りたいのか、それが重要。
――そう、賢しく距離を取ろうとしたら。
「亡くなったお母さんと会わせてあげようかと思って」
ザラリと心臓を撫でられたかのような悪寒が過ぎり、僕は反射的にユズリハの右肩を勢いよく掴んでいた。
「っ、やっと真剣な顔になった」
自分の行動に一拍遅れて思考が追い付き、さらに遅れてドクドクと心臓が揺れる。
どうやら触れられたくない場所が僕にもあったらしい。
呼吸が荒くなるのを他人事のように感じる。
「普段掴みどころ無いから意地悪しちゃいました。……バカげた話ですけど。私、本気です。話、聞いてくれませんか?」
切実な声色と視線に混乱するが……シスターに心を土足で踏み荒らされた経験が役立ち、呼吸が整うまでそう時間はかからなかった。
ユズリハさんの肩からそっと手を離し、訪れた沈黙に思考を広げる。
信じず踏み込まず、人並みなカウンセリングでユズリハさんの真剣さを避けようとしたのに気がついて、ユズリハさんは強硬手段にでたのかもしれない。
確かに僕の言動は真摯な対応ではなかっ――いやユズリハさんが悪いだろ。冷静に考えてみたけどやっぱりユズリハさんが悪いよこれ。急にヒドイじゃん!
気を遣われるよりはズケズケと踏み込まれる方がマシとはいえ……色々と取り繕っても、まだ傷が残っている事に気がついてしまったじゃないか。そっちの方に段々と腹が立ってきた。
「すみません、デリケートなところに踏み込んじゃって」
「ほんと。反省して」
「はい。ほんと、すみません」
人を見る目に自信は無いけれど、しゅんとするユズリハさんは冗談半分で先ほどのような事を言う人には思えない。
「じゃあ……許す」
「え」
頭が冷えてくると、霊感うんぬんよりも疑問の方が大きくなる。
なぜユズリハさんはこんな話を始めたのだろう。
「さっきの話、続けてよ。今度はちゃんと聞くから」
どっと疲れてしまった。
ベンチの背もたれに体重を預ける。
「……じゃあ改めて、どっちでもいいってのも無しで。レーさんが望んで、私を信じてくれるのなら、お二人の再会に出来得る限りの力を貸します」
「そりゃどうも」
「微塵も信じてないっすね。なんなら今からでも私は」
情けない事に……少し、魅力的な提案だった。
でも今から会わせると言われても、それはそれで困る。会いたいと言えば会いたいけれど。急に言われても心の準備がまるで出来ていないのだ。
「僕の事は後でいいって。だから、本題どーぞ」
「……もう一つだけ、付き合って欲しい場所があるんです。そこは、私にとって大事な場所で、でも、一人ではとても行く勇気の出ない場所です。私が自称霊感持ちの痛い女という事実を踏まえて一緒に来てくれませんか」
「いいよ」
「あ、え、まだどこに行くかも言ってませんけど」
「秋葉原でも中野でもビッグサイトでも付き合うよ」
「……オタクの生息地じゃん」
「どこだって良いよ。エリちゃんのママなら僕にとってもそうだ。なら、出来るうちに親孝行しておくよ」
これ、前にも言ったっけ。
自分の言動を振り返っているとユズリハさんの目に涙が――。
「ううっ」
「あ、泣くな泣くな、めんどくさいから」
「……言い方ぁ」
ユズリハさんのお願いに、小冒険の終わりを感じる。
楽しい夜のお散歩も、そろそろお終いか。
「僕と初めて会った日から、その大事な場所ってのに誘おうと思ってたの?」
「いえ、あの日は特別なエリオットを支えているレーさんに興味があっただけで。今のエリオットを作った人を知れれば、今の可愛く笑うエリオット描けるかなって。言わばイラストレーターユズリハとしての興味っす。でも今は、それだけじゃない」
ユズリハさんは立ち上がり、僕を見下ろす。
その表情は笑い出しそうにも見えるし、泣き出しそうにも見える。
「だって、真面目な顔してお母さんの幽霊に会いたいって、普通言えないっすよ。馬鹿にされるとか笑われるとか考えないのかなって。……でも、その気持ちを隠さずに私に話してくれてすっごく嬉しかったんです。勝手に勇気もらっちゃいました。だから、霊感少女日村柚乃としてのお願いを、衝動的にしたくなっちゃったんです」
霊感。
不確かだ。否定はしないけれど、肯定も無い。
そういえば池袋でも霊感あるとか言ってたっけ。あれ、本気だったんだ。
そもそも霊感があると言わなくても僕がユズリハさんの言う場所にはこれまでのようについて来ると解るはずだ。
それなのに、何故か、勝手に白状した。
それは何故なのかと考えれば――日村柚乃は隠し事をしたまま他人を利用できない正直者だから……かもしれない。
霊感があると語る人間にしては随分と不器用だ。
「柚乃さんって変なやつだね」
「……そうなんすよ」
僕を見下ろす茶色い瞳は、やはりリリーを彷彿とさせる。
「……だから僕もエリちゃんも気に入ったのかな」
「え?」
「柚乃さんが頼ってくれるならどこへなりとも一緒に行くよ。霊感がどうとかは信じてないけど、柚乃さんの事は信じる。お願いとかなんて言わないでも普通に誘ってくれれば、普通に付き合うから。……ほら、その、友達だし」
拳をグッと突き出すと、柚乃さんの目がパチリと瞬く。
「……なんか。泣ける」
コツンと拳が重なる。
正直なところ、また面倒なことに首を突っ込んだなと思うけれど。首を突っ込まないで知らんぷりするよりは、ずっと気分が良かった。
・・・
「あ、ちなみにエリちゃんのキラキラ、普通の人は視えないっすよ」
「え」
「機会があれば確かめてみてください」
「じゃあ僕はなんで視れるの」
「あのキラキラ吸い込んで頭が変になっちゃったのかもしれません」
ということで柚乃さん回でした。
コメント、評価ありがとうございます!(作者からいいねが押せない?みたいですけど読んでます)家と二郎ごっちゃになってました、失敬。修正しました!
誤字報告も助かるラスカル!
次回明日12時曜投稿です、よろしくお願いします