顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい   作:hikari kawa

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リライズ

「ほら、やっぱり肉まんじゃん」

「あ、え」

 

 出鼻を挫かれるとはまさにこの事だ。

 あとは二人でどうぞと控室を出るつもりだったけれど、想定外の一撃にフリーズした夏生ちゃんを見ていられず、助け船を出す事にする。

 

「エリちゃん気付いてたんだ」

「当たり前じゃん。で、なに? サインが欲しければ家に送ってあげるって言わなかったっけ」

 

 今日の収録の序盤を思い出す……。もしかしたら夏生ちゃんの第一声で気がついていたのではなかろうか。妹からすれば数時間かけて何やってんだコイツらと思っていた可能性もある。

 長らくの徒労を虚しく思っていると。

 

「あの、私ね、エリに言いたいことがあって来た」

 

 気を取り直した夏生ちゃんが一歩踏み出し、煌めく妹の瞳がはっきりと焦点を合わせた。

 

「言いたいことねぇ。というか肉まん、前髪切った? 記憶の中の肉まんとちょっと違うよーな、一緒なような」

 

 こいつは友達の顔もはっきり憶えていないのか。ずいぶん平淡と平淡な態度の妹は夏生ちゃんの言いたいことに一切興味がなさそうで……いかにも僕の妹らしい。

 

「髪切って、メガネもコンタクトにしたし背も伸びた」

 

 妹の物言いにムッとしたのか、夏生ちゃんの語気が強くなる。

 

「あー、それか。前の方がヤマトナデシコのレイレナードみたいで芋かわだったのに」

「レイレナードフラれる子じゃんっ」

「浅いなぁ、そこが可愛いのに。顔も性格も良いのにシチュに恵まれてないのがレイレナードの良いところじゃん」

 

 妹は足を組み手すりに右肘を置き、右こぶしで右頬を支えた。

 

「ミスリルの方が可愛……違う、アニメの話はいいの。エリはさ、私が来て驚かないの?」

「何そのめんどくさい質問。ま、レーに頼んでまで来るってのは不思議だよ。直接うちに遊びに来ればいいのに。わざわざ誰かに頼るのは肉まんらしいけど、こんどは私になにをして欲しいの?」

 

 夏生ちゃん、悪いことは言わないからこんな偉そうなヤツとは縁切った方が良いよ。僕の中で妹への好感度が下がるが、一方の夏生ちゃんはどこか懐かしそうに妹を見つめていた。

 

「その言い方。エリは変わらないね。ずっと可憐で性格悪くて……私の好きなエリのままだ。私ね、エリとまた会って話を聞いて欲しかったの。でも久しぶりで勇気が出なかったから、お兄さんに手伝ってもらった」

 

 夏生ちゃんが妹の目を真っすぐに見つめ返すと、妹はようやく興味が出て来たかのようにソファに座り直した。

 

「言ってみな」

 

 偉そうだなコイツと思いつつ、そろそろ控室の外に出るかなと身体を動かすと――。

 

「レーはここにいて」

「お兄さんはそこにいて下さい」

 

 二人の声が揃い、僕の退出は阻まれた。

 

「……わかったよ」

 

 控室の隅に行き、壁に背中を預ける。

 

「まず、一つ目。あのね、エリ。小さいころから守ってくれてありがとう。私、ずっと弱くてエリに沢山守って貰ってた。だから、ありがとう」

「ありがとうじゃなくて、ごめんなさいだよね。すっごく面倒くさかったんですけど」

「う」

 

 僕の妹性格悪くない?

 

「まあいいけどさ。それで終わり?」

「まだある。二つ目、肉まんって言うのやめて。これもずっと言いたかった。夏生でいいじゃん、なんで肉まんなの」

「横浜だから捻りを利かせてみたんだけど」

「直球だよっ、あと、変なあだ名付けちゃダメって先生言ってるんだからっ、肉まんって言われて嬉しい人なんて居ないんだからバカっ」

 

 夏生ちゃんに正面から指摘された妹の視線が僕に向く。

 

「……レーはいいの?」

 

 ん。どういう質問だこれ。なんだ、審判でもやればいいのか?

 

「夏生ちゃんに1ポイント」

 

 スッと右手を夏生ちゃんに振る。

 

「……ばか。じゃあそこについてはエリが悪かったよ、夏生。これでいい?」

「あ、うん。許す」

 

 一瞬空気が和らいだ気がしたが――依然として妹の表情は冷ややかだ。

 

「で?」

 

 まるで怒っている時のリリーのように冷たい視線の妹。本人としては機嫌が悪いわけでも無いのだろうが、美形の無表情はそれだけで威圧感がある。

 夏生ちゃんはビクっと身体を震わせ一度妹から視線を逸らすが、息を吸い、再び妹に視線を向ける。

 

「学校のこと、憶えてる? 私がイジメられてエリが助けてくれて、その後。色々あったでしょ?」

 

 教会で聞いた話を思い出す。人を惑わす妖精の怪談だ。

 

「そんな日もあったっけ」

「それでエリが学校に来なくなる前。最後に何て言ったか憶えてる?」

「ぜんぜん」

「下らないバカ共、これだからアイツらは愚かなんだ。私が関わる価値もない、はぁ、なんだか飽きちゃった。って言ったの」

 

 思ったよりボロクソ言ってた。

 

「憶えてないよ、そんなこと」

「それでその時、私何も言えなくて、エリを止められなかったから。その時思ったこと、今言うね」

 

 夏生ちゃんはスゥと息を吸い――。

 

「そんな言い方しなくたっていいじゃんっバカ! なんでそんな酷いこと言うの! 私、そう言えなくてずっと後悔してた!」

「――は?」

 

 妹が虚を突かれたように目をパチリと開閉する。

 

「同級生になんでそんなこと言うの! そんな言い方したらっ」

「なんで! エリは悪くないじゃん! みんなバカばっかりで、どうしようもないじゃん!」

 

 ここに来て初めて妹が感情を露わにし、立ち上がった。

 おそらく夏生ちゃんは自分の味方だと、自分を悪く言わないと思っていたのだろう。

 けれど――ああ、やっぱり妹の友達を名乗るだけある。夏生ちゃんがここに来てくれて、良かった。

 

「にく、夏生だって嫌がらせされてたじゃん、それなのに何でエリが悪いって言われないといけないの!」

「上手くやれば良かったじゃん! そんなに周りを見下せるくらい偉いならもっと上手く、エリが大人になってあげれば良かったじゃん。そうすればまだエリは一緒にいれたのに、エリなら、上手くやれるのに拗ねるだけで。……なんで急に居なくなっちゃったのっ」

「嫌なの! 嫌だからっ。エリは……エリは、夏生を虐めた奴らと仲良くする気なんて無い。馴れ馴れしくて、私を伺うような表情なんて見たくもない。ムカつくの、全部!」

 

 妹がドサリとソファに座る。

 

「ムカつくから、もういらないの。必要ない。見える場所で泣かれるなら、見えない場所の方がいい」

 

 不機嫌を隠さず腕を組む妹は、年相応の子供に見えた。

 

「……ばか、私はもう気にしてないのに」

「夏生じゃなくてエリの気持ちが大事なの。どーせつまらない連中だし」

「つまらなくなんてないよ。エリ、知ってる? 昔、私を虐めた子、今、私のこと好きなんだよ?」

「なんだそれ」

「カッコよくなりたくて頑張ってたら、なぜか告白された。面白いでしょ?」

「意味わかんない」

 

 妹の視線が解説を求めて僕に向けられるが僕も意味が分からなかった。最近の女子中学生の情緒どうなってるんだ。首を横に振ると妹は「はぁ」とため息をつく。

 

「少女漫画だって、最初仲悪い子でもそのうち仲良くなるでしょ?」

 

「だからつまんないんだよ。エリは追放モノでチート能力でかつての仲間をブッ飛ばすのが好きなの」

「自分から出て行ったくせに」

「……」

 

 鋭く指摘され妹が黙る。

 

「……あのね、エリが許せないって気持ち、わかるよ」

「じゃあなんで」

「だって、それでも。許せないほどのコトをされたとも思えないから。あの時、エリが大人になれなかったなら、じゃあ私が大人になってみようって思ったの。私は、エリがいなくても頑張れるって証明したかった」

 

 すぐに泣く子が出すとは思えない落ち着いた声色だった。

 

「…………そう」

「エリも、私もみんなも子供だったんだよ。だって中一だったんだもん。間違えることもあるよ」

 

 夏生ちゃんの言葉は随分と効いたようで。妹は息を吐くと背もたれに体重を預け、自分の爪を見つめた。判定をするまでも無く、妹の負けだ。

 そしてここにもう一人、夏生ちゃんの言葉が効いて自分の爪を見つめる男が居た。

 

 僕だ。

 

 僕はこんな大人な考えの中学生に、なんちゃってシスターとのバカなケンカ見られたのだろうか。立ち直れないかもしれない。

 

「じゃあなに。いまからエリに学校に行けって言うの?」

 

 妹の口から思いもしない一言が出た。それは、僕では引き出せない言葉――。

 

「無理。いまさら無理。もう関係だって出来上がって部活だって二年目で、エリが来たって混乱が増えて、どうせエリは拗ねてみんな大変なんだから……遅いよ」

「ひど」

「保健室登校がエリにはちょうど良いよ」

「……まるでエリが問題児みたいじゃん」

 

 妹が呟く。

 

「でも……。もっと、準備して、エリみたいなのが居たって大丈夫な場所を探して、エリみたいな変なのがいても良い場所だって絶対あるからさ、エリ、あのね」

 

 夏生ちゃんはエリの正面まで近づき、片膝をついた。

 

「一緒の高校行こうよ。どんなとこでも、一緒に」

「……エリ、お金あるし教育の必要性を感じないけど」

 

 感じろ。

 

「エリの気持ちは、どうでもいいよ。だって私がエリと一緒にいたいんだもん。……これが、一番言いたかったこと、です」

 

 妹は困ったように僕を見ると、ため息をつく。

 

「イヤだよ、人間が沢山いるところなんて。レーだけいればいいんだから」

「エリ……」

「でも。仕方ないから……夏生とは、また遊んであげる。今はこれでいい?」

 

 そう言われた夏生ちゃんの表情がみるみる変わっていく。

 

「ほら、泣け、夏生」

 

 妹が夏生ちゃんをツンと蹴ると。

 

「う、うわあぁあああんっ、よがっだああああ、仲直りできたあああ」

 

 盛大に涙を流す夏生ちゃんを抱きしめるわけでもなく、妹はただその様子を無表情で見るだけだったけれど――心なしか、嬉しそうに見えた。

 

・・・

 

 雑居ビルから出ると夜風が吹き、心地の良い解放感に包まれる。

 終わった終わった。面倒くさいことが一つ終了しました。もう二度と妹の友人関係に踏み込みたくない気分だ。

 

「レー、乗らないの?」

 

 マネージャーさんが運転する丸みのある可愛い外車が近くに停車すると、妹やトネリコさんそして夏生ちゃんが乗り込んでいく。トネリコさんが助手席で中学生二人が後部座席だ。

 

「狭そうだから、僕は電車で帰るよ」

 

 時間はかかるけれど歩いたって良いかも知れない。

 重い鎖が一本千切れたかのような解放感だ。家に帰らず、どこか遠くへ行きたい気分だ。

 

「レー、なんで、夏生を連れて来たの? エリはレーがいれば」

 

 窓から身を乗り出した妹と目が合い、ポンポンと頭を撫でて車内に押し込む。

 

「マネージャーさん、二人をお願いします」

 

 妹の質問には答えず、一歩離れ、走り出す車を見送ると――、すっきりとした気分になった。

 やはり僕にとって最大の重荷は妹だ。

 

「……」

 

 スマートフォンを操作してスィッターのアカウントを表示、妹が原因でいつの間にかフォロワーが一万を超えており――そのアカウントを消去する。これもまた、凄く気分が良い。必要のないもの全てが消えて――。

 

「あーやのん。なにしてんの?」

「……出たなバカ悪魔」

「なにその反応」

 

 姿の見えなかったマリリが後ろから現れる。

 本当にこの悪魔はタイミングが良い。マリリの登場に少しだけ、ほっとした。やっぱりこの悪魔は僕を捕まえるのか。

 

「柚乃さんは一緒じゃないの?」

「先に帰ったよ。あやのんによろしくだってさ。あとユズちゃんの好みのタイプはガッシリした男だって」

「マリリはなんでまだいるの」

「帰り道一緒じゃん」

 

 残念ながらそうだった。最寄り駅まで一緒だ。

 

「ほら電車でもタクシーでも歩きでもいいから帰ろ?」

 

 手を握られそうになり、避ける。

 

「繋いだっていーじゃん」

「せっかく良い気分なのにマリリに捕まったら台無しじゃん」

「はいはい、そーですか」

 

 不満そうなマリリと目が合うと、マリリは僕の心を探るようにジッと見上げて――パッと僕のスマートフォンを奪った。

 

「何でアカウント消したの」

「必要ないから」

「必要無いと消しちゃうの?」

「うん、せっかくどこへでも行けるって分かったから。余分なものは捨てようかなって」

 

 重りが無い方が楽に生きられる。

 妹が少し成長した『今という瞬間』に誰にも止められなければ、そう生きようと決めていたのかもしれない。

 でも――。

 

「わたしも、捨てるの?」

 

 マリリがジッと僕を見つめる。

 

「……ふっ」

「なぜ笑う」

 

 僕がマリリを捨てる?

 まるで普通の人みたいな事を言うとは思わなかった。

 

「どこに捨ててもいつの間にか戻って来る呪いの人形みたいなものなのに。茉莉花ちゃんは僕が捨てたくらいで居なくなるの?」

 

 マリリは三秒ほど考え……。

 

「あ、そっか。そうじゃんわたし。もー、びっくりしたぁ。急にアカウント消すとかわたしの手元から遠くに逃げる気なのかと思ったよー。とりあえずパスワード入力してアカウントは復活させておくから使いたくなったら言って。それまではわたしがこのアカウント運用するね」

 

 なんだこの女。

 予想通りの部分と予想外の部分が混在しており、これがマリリがマリリたる所以かもしれない。そして。そんなどうしようもない生き物を受け入れている僕も大概どうかしている。

 

「マリリ、可愛すぎw、と。お、いいねついた」

「……ふ」

 

 屋外に居るのに密室にいる気分。せっかくの解放感が閉塞感に様変わりだ。

 

「ちょっとずつ匂わせしちゃおっと。へへ」

 

 マリリが下唇をペロリと舐める。

 僕は、この悪魔が居る限り自由になどなれないのだろう。

 人のスマートフォンを許可なく弄り始めるマリリを置いて歩き始めると。

 

「あやのんさー、断捨離もいいけど。それが本当にしたいことなの?」

 

 後ろからそんな声が聞こえて来る。

 

「したいことなんてないよ。昔からなーんにもない。礼君は子供の頃に胸に穴が開いたから、夢も希望もドボドボ色々抜け落ちてる」

 

 自分ではどうでも良いと思っている事を、同情を誘うように言ってみると。

 

「おほ、それはそれは。じゃあわたしで栓してわたしで満たしてあげるねっ。ほら、これで解決!」

 

 眩しい笑顔を向けられる。

 

「っふ、解決ってなに」

 

 せっかく可哀想な僕を演じてみたと言うのに。マリリは同情するどころか『良いこと聞いたっ』みたいな笑みを浮かべていた。

 

「あ、でも空っぽの方が囲いやすいから、あんまり世の中のこととか、自分のこととか知らないようにしてね。知識は悪だから、学ばず、マリリの管理下で喜怒哀楽して? 必要な情報はわたしを通してね?」

 

 普通は形だけでも心配するだろうに――。

 

「欲しいモノはわたしが全部あげるから、余分な知恵をつけないで? あ、そういえば弁護士って知ってる? すっごく悪い人だから頼らないでね? 示談、不起訴って言って?」

 

 頭の悪い事を本気の顔で言っている。本気風の冗談なのか、冗談風の本気なのか。

 至って真面目な表情でずっとキモいこと言い続けてる。

 

「……ふ、ふふ」

「あやのん?」

「あははっ、ははっ」

 

 ……やっぱりマリリは面白いや。

 

「もー、なんで笑うのー?」

 

 笑い出す僕をマリリは満更でもない顔で見つめていた。

 

 ……ああ。この愉快な変態に付き纏われているのが他でもない自分だと思うと、真剣な顔をして過去を、亡霊を求めるのが馬鹿らしくなる。

 

 僕が過去に思いを馳せて空を眺めたとして、その様子をマリリは後方からじっとり眺めつつ白飯をかき込んでいる訳だ。もはやホラーかコメディか、少なくとも、そこに悲しさは無い。

 一度その光景を想像してしまうと、僕の悲しみにはマリリが住み着いてしまった。

 心の中にバカな悪魔が居るのでは、もう、過去の悲しみに浸れそうもない。

 

 マリリ。

 きっとこの感情は生涯言う事は無いだろうけれど。

 キミに捕まってから、僕の心は軽やかだ。

 

「ちなみにねあやのん。地球は平らだし、重いモノほど速く落下するんだよ?」

 

 バカ話が二人だけの夜道に響く。

 また誰かを目の前で失うのが嫌で遠くに逃げようとも、この悪魔はいかなる手段でも僕を連れ戻そうとするのだろう。それに気がつくと随分と愉快な気持ちになる。随分と楽になる。

 この悪魔がもし居なくなるかと思うと余計にここから離れたい気もしたけれど。

 よくよく考えればマリリが急逝したとしても怨霊として僕を真後ろから見張っているだろうし、これほど心強い使い魔もいない。

 

 今も、妹を遠ざけようとした僕を捕まえた。

 

「聞いてる?」

「……聞いてるよ」

「ならいいけど。あ、そういえばね――」

 

 喋り出すマリリに適当に相槌を打ちつつ、心の中で『諦める』準備をする。

 

 可哀想な礼くんを慰めて支えてくれる人は何人か居たけれど……僕は慰められたいと思ったことは無かった。ありがたいと思う反面、いつからか心の奥底で鬱陶しいとも感じていたくらいだ。でも。

 マリリはそんな過去の僕を知らずに付き纏ってきた。マリリはマリリで面倒くさいし鬱陶しいし邪魔くさいし理解しがたい変態だと思う事が殆どではあるけれど。

 それでも。

 マリリは僕を哀れまない。

 マリリは、僕の代わりに『今の僕』に価値を見出してくれた。

 それだけで、日頃の言動の全て……六割は許せてしまう。

 

 誰かと深く関わるのは怖くて恐ろしい。

 依然として逃げ腰な考えが頭を占めるけれど、それもいい加減面倒だ。

 こんな自分はいっそ――この愉快な悪魔に委ねてしまおう。

 

「マリリってさ、後ろ向きに進むのと前向きに進むの、どっちが好き?」

「なに、心理テスト? んーそりゃ前向きだけど。もしかして、恋の心理テストだったりするのこれ?」

「いや。人生を左右するだけの二択」

「なにを選択しちゃったんだわたし!」

「マリリが言うなら前向きにしよっかなー」

「ちょっと教えてよっ、どういうクイズ?」

「マリリの言うこと聞くの、今日が最後だからね」

「なんでよっ、なにがよ、教えてよっ」

 

 楽しい楽しいマリリがそう言うのならば、そうしよう。

 

 ――亡霊を求めるのはもう止めだ。

 

 もう、過去に求めるのも、引きずるのも。

 どこか遠くへ行きたい……逃げたいという願いはここで、捨てよう。

 

 今、この瞬間から。前に。

 

「マリリ、長生きしてね」

「え、わたし死ぬタイプのチョイスしちゃったの?」

「マリリが居た事は大事な思い出としてずっと忘れないから」

「忘れないのは良いけど。ん、なんだ、混乱してきた。このわたしちゃんがあやのんの心を読めないんですけど!」

「マリリ、元気でね。……たくさんのこと、ありがとね」

 

 冗談の中に本音を混ぜると、マリリが一瞬固まった。

 

「え。わたし微笑まれた? うわ、うわうわっ、なにか一大事が起こっているけどそれが何かわかんねーっ。ちょ、ほんとに教えて? お姉ちゃん、あのね? って可愛く言って?」

「キモ」

「は?」

「あ、マリリが捕まったら週に、月に一回は面会に行ってあげるから安心して」

「なんで週一回来ないの、じゃなくて被害届出さないでよ。そしたら捕まる心配無いんだから」

「今の仕事無くなったらベビーシッターとして雇ってあげるからね」

「誰の子っ!」

「ははっ、頭の回転はやっ」

 

 ――きっと。

 あの日、マリリに襲われ防犯ブザーを鳴らした日。泣くほど笑った日。

 事故現場に囚われた地縛霊は解き放たれた。

 






『エリちゃん良かったね』と『不起訴の真実、六割許されている女』の二本立てでした。
コメント、評価ありがとうございます!
誤字報告も助かるラスカル!
次回明日12時更新です、よろしくお願いします
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