顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい   作:hikari kawa

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飛び立つ

 あと四日。金曜日になれば夏休みが始まる。

 それを思うと放課後、似非シスターの英会話レッスンで勉強をサボった事をたっぷり詰められるとしても耐えられるのだけれど……それとは別に。

 

「……」

 

 朝七時過ぎ。登校前に制服のままリビングのソファに寝転ぶ僕を先ほどから妹が無言で見下ろしている。

 昨日も一昨日も同じような態度で、思えば先日、エリちゃんクイズを終えてから妹の様子がおかしい気がする。

 具体的に言えば不安そうにしている。

 

 ……いったい何なんだ?

 

「エリちゃん、どうかしたの」

 

 と聞いてみるも。

 

「……」

 

 不満気に唇を尖らせ、ポコン、と怒っているエリオットのスタンプを送って来るだけだ。

 

「んー。だっこして欲しいの?」

 

 と言うと妹は首を横に振るが。

 試しに脇に手を入れ持ち上げてみると、「ふへ」と笑い満更でもなさそうだった。

 まあ、今月はもう十分面倒見たし放っておいても良いか。妹を床に下ろし、再びソファに座るとピコンとメッセージが送られて来た。

 

『旅立ちの準備は出来たっすか?』

 

 柚乃さんだ。

 どこに行くかも知らされていないけれど、ついに旅立ちの時が来たらしい。

 幽霊関連のモヤモヤは柚乃さんと関係のないところで一区切りついてしまったので僕としてはただただ遊びに行く事になる訳で気楽なものだ。

 

『どこいくの』

『とりあえず、これから浜松町に集合で。リュック背負ってきてください。あと動きやすい服と靴、ズボンは長いヤツで!』

『これから?』

『がっこう、さぼりましょ!』

 

 学校をサボった事なんて一度もないけれど……。

 なんだ、山でも登るのか? 

 

 浜松町に何があるのかは知らないけれど――まったく、締め切り間際でスランプにもがくイラストレーターというのは哀れなり。暇つぶしがてら様子を見に行ってやるとしよう。

 

「エリちゃん、そろそろ出かけるから」

「駄目。どこにもいかないで」

「柚乃さんとだよ?」

「駄目。ユズは思ったより危険なママだった。ぎりの息子に手を出しかねない。というか学校の時間でしょ、サボったらダメだよ」

「誰が言ってんだ」

「……」

「まあとりあえず出かけるから、エリちゃん、今日はもし僕が遅くなるようならアンジェのとこ行って」

「スコさん?」

 

 食いついた。

 

「うん、食材持ってけば何か作ってくれると思うから。泊まってもいいよ」

「お泊り?」

「うん、ついでに今日のレッスン休むって伝えておいて。妹のために出かけますって言えば許してくれると思うから」

「レー、勉強いやなの?」

「違うよ? ただ、出された宿題ほんのちょっとだけサボってたのをアンジェが知ったらどう思うのかなって考えると、今日は行かない方が良さそうだなって」

「…………いいよ。うまく言っておいてあげる」

 

 ふぅ。問題を先延ばしにする事が出来た。遊びに行っちゃお。

 どうせ今週学校行ったってやる事もないだろ。

 柚乃さんに言われた通り動きやすい恰好に着替えて、リュックを背負い、家の戸締りをして準備完了。

 

「じゃあエリちゃん、行ってくる」

 

 妹に別れを告げ、浜松町で柚乃さんと合流し促されるままモノレールに乗ると。あれよあれよと空の玄関口、羽田に到着し――。

 

「さあ、行くっすよ」

 

 柚乃さんが僕に手を差し伸べた。

 

・・・

 

 ピンポンパンポーンと、空港独特の音階で館内放送が流れる。

 

『ご搭乗の案内を致します。ソラレミエアー737便、青森行き十二時十五分発――』

 

 視線の先、大きなリュックを背負い半袖Tシャツに青いオーバーオールを着た柚乃さんが僕に手を差し伸べる。

 

「さあ、行くっすよ」

 

 知らない場所へ連れていかれる不安が胸をよぎる。でも――。

 

「わくわくしないっすか。今日も明日も学校があるのに空の旅っす」

 

 差し出された手に、右手を重ねる。

 逃避ではない飛翔。あまりにも耐えがたい魅力が柚乃さんの手にはあった。

 

「掴んでくれるって信じてました」

 

 グイと引き寄せられると、柚乃さんの嬉しそうな、安心したような明るい瞳に見つめられる。

 

「もし、僕が断ってたらどうしたの」

「それならそれで良いんですよ。私のサマコミ用貯金が無駄になるだけなんで。ちなみに、なぜ平日かと言いますと週末は高いからっす」

 

 手を離した柚乃さんから搭乗用の二次元コードが送られて来る。

 

「格安便ですみません」

「いや」

「あ、僕の分は出すは無しっすよ。これは私のわがままなんで。どうしても気になるなら今度は南の方か、もっと北に連れて行ってください」

「わかった」

「んじゃ、いざ快適な空の旅へ行くっすよ」

 

 搭乗手続きを終え、保安検査場で特になにも入っていないリュックを検査してもらい、出発ロビーに入る。

 

「ちょっと休めそうっすね」

 

 搭乗時間まで数分の余裕があり。搭乗ゲート近くの椅子に二人並んで座ると。

 

「これと、これ。渡しておくっす」

 

 男物のシャツとパンツを渡される。

 

「安物っすけど、着替えはそれで。あと、歯ブラシっす。リュックに入れてください」

 

 ……泊まりか。まあこの時間に乗って日帰りっていうのも忙しいとは思っていたけれども。

 

「言ってくれれば持ってきたのに」

「なに言ってるんすか。そんなことしたら空港に連れてこられて唖然とするレーさんの顔が見られないかもしれないじゃないっすか。あれ、どこか泊まるのかな、って感づかれるくらいなら千円は安い。というかこのチケット代だって将来『あー自分学生のころ急に旅行行きたくなって学校さぼって飛行機乗ったんすよー』てイキれるんだから。先行投資と思えば悪くないっす」

 

 このイラストレーター、変人だ。

 やっぱりエピソードトークは足で稼がないといけないんだな……。ハガキ職人の端くれとして見習わなければ。

 

「ん、搭乗できるようになったみたい。行くっすよ」

 

 最後に飛行機に乗ったのって何年前だっけ。

 キャビンアテンダントのお姉さんの指示に従い、二次元コードを機器に読み込ませる。飛行機に繋がる通路は普段は圧迫感があって独特の籠った空気で満ちている。

 

「こっちっすよー」

 

 先行していた柚乃さんが手を振って座席の場所を教えてくれる。

 

「どっちが窓際かじゃんけんします?」

「じゃんけん」

「ぽん」

「僕はパーを出したぞ」

「レー、ありがとうございました」

 

 柚乃さんが勝利を手にした。

 小型の旅客機ということで座席は通路を挟んで3席づつ。柚乃さんが窓際、僕が真ん中、そして。隣に人が来ないまま出発時刻となった。

 

「飛行機って全席埋まってるイメージだったけど、三人並ぶとこに二人だと楽でいいね」

「平日はこんなもんなんすかね。たぶん、週末とか土日だとギッシリっすよ」

 

 機内はシンプルで座席の前はテーブルのみ。モニターが付いているタイプでは無かった。

 

「大きい旅客機もいいっすけど、小型だと浮遊感と装甲の薄さを感じて怖いんすよねー」

「そうなの?」

「飛行機乗るの久しぶりなんでうろ憶えだけど、ギュインって感じっす」

 

 ポーンと機内アナウンスが響き、指示に従いスマートフォンの電源を落としシートベルトをしっかりと締める。

 

「ドキドキの帰郷っす。……なので、しばらく外見てますね」

 

 柚乃さんはなにを求めて飛び立つのだろう。

 自称霊感少女は、僕に何を視せたいのだろう。

 そんな疑問は口にせず。

 

「じゃあ柚乃さん、一時間後にまた」

 

 目の合った柚乃さんは無言で笑みを浮かべ、窓の外の光を見つめた。

 徐々に動き出す機体。ジェットエンジンの音が響き、加速していく。ガタガタと伝わる振動は壊れるんじゃないかと不安になるほどで――。

 

「……飛べ」

 

 柚乃さんの独白と共に、僕らは地上から飛び去った。

 

・・・

 

 胸の上に手を置く。

 浮遊感は痛快で、流れていく薄い雲が晴れていく。点々とした街の姿は寂しくて、グッと下がる高度にヒヤッとする。

 

「着くっすね」

 

 空の旅の最中。機内ドリンクも飲まず、ずっと窓の外を眺めていた柚乃さんはようやく僕の方を向いた。

 

「目的地までは陸路で二時間か三時間ちょい。久しぶりの運転っす」

「運転?」

「おっと。口が滑った」

 

 流石に気になって聞こうとすると――グン、と再び高度が下がり……ジェットエンジンの音が響き、強い衝撃に身体が揺れる。

 

 着陸だ。

 

 飛行機、しばらくの車輪移動。

 

「なんかさ、飛行機が車輪で移動してるのって貧弱でかわいいよね」

 

 昔から飛行機に対して思っていた事が口から出る。

 

「なに言ってるんすか」

「胴体に対して足ほっそ、てならない?」

「ふっ、ちょっと、しょうもないことで笑わせないでください。そろそろ出ますよ」

 

 キャビンアテンダントさんの案内に従い、ぞろぞろと出口へ向かいつつスマートフォンの電源を入れると――。

 

「……やばい」

 

 アンジェから着信とメッセージが入っていた。さっそく妹がちくったらしい。メッセージを確認すると『怒らないから出なさい』と書かれている。やれやれ、どーすんだこれ。

 

「ふー、たった一時間ちょいで陸路の果てっす。二階のミリタリーズコーヒーで昼食とっちゃいましょう」

 

 そう言われ、二人で空港の中を進む。

 ぱっと見ただけでも羽田空港よりも小さいことが分かる。これなら迷うことも無さそうだ。

そうして特に目新しくもないチェーン店で昼食を口にする。

 

「美味しいっすね」

 

 ホットドッグを頬張りケチャップを口に付けた柚乃さんに紙ナプキンを渡し……昼食終了。

 

「んじゃ、私トイレいってちょっと寄るところあるんで、出口で待っててくださいっ」

 

 走り去っていく柚乃さんを見送り、見慣れない空港を見学しつつ階段を降りる。

 まるで異邦だ。羽田と比べると随分人が少ない。

 ひと足先に出口から外にでると。

 

 ――広い。その広さに圧倒された。

 

 空が広い、電線も無くビルも無く街灯だけが人工物だ。

 青森空港を背景に自撮りし、アンジェに送信。

 

「おま、たせ、っす」

 

 柚乃さんの声に振り向くと、着た時の倍近い荷物を持っていた。

どこから持ってきたんだそれ。

 

「ロッカーに入れておいて貰ったんすよ。はい、これ着て、かぶって。カモンっす」

「え」

 

 ゴロゴロと荷物を渡され、駐車場に連れていかれ――。

 

「さっ、続きましてはわたくし地元民が案内いたします」

 

 ポツンと置かれた三輪車の前で柚乃さんが立ち止まる。前輪が二つ、後輪が一つのタイプのバイクだ。

 柚乃さん、どこまで僕の想像を超えていくんだ……。

 

「バイク屋で働いてる従兄弟の兄ちゃんに無理言って持って来て貰った旧型トリヴィレッジ250。安定感のある安心バイクっす」

 

 前輪が二つ、後輪が一つのバイクにキーを近づける。電子ロックだ。

 

「柚乃さん免許持ってるの?」

「十六になった瞬間取りました。もう十七歳なんで二人乗りも解禁。ほら、ヘルメットしっかりかぶってジャケット着てくださいっ」

 

 促され、プロテクターの入ったジャケットを羽織り、初めてのフルフェイスヘルメットをかぶる。

 

「うわー、兄ちゃんカスタム好きだなー。フォグランプに車載カメラに色々付いてる。美的センスを疑うっすねー、不便でもビジュアル優先するのがバイクだろうに。さて、リアボックスに食料色々突っ込んでと」

 

 柚乃さんはさっとジャケットを羽織りメガネを取りバイクのシート下から取り出したフルフェイスヘルメットをかぶる。

 

「三輪は二輪の機能美とはまた違った存在感っす。お、ここにスマホをセットか」

 

 柚乃さんはバイクの周りをグルリと一周する。

 

「僕と妹はこういうごちゃっとライト付いてるの好きだよ」

「男子的センス。えっと、足は届くと、ブーツ履いて来てよかったー。タンデムグリップはここっす。ま、バランス悪かったら遠慮なく抱き着いてください」

 

 柚乃さんがバイクのシートに座り、僕に手を差し出す。

 まるで母親に手を引かれる子供のような気分だ。

 柚乃さんは、僕を遠くどこまでも連れて行ってくれるな……。

 

「お、レーさん乗ったらサスが沈んで更に足つき良くなった」

 ハンドルを握る手が動き、エンジンが掛かる。

 飛行機とはまた違った、地に足着いた加速感。

 駐車場出口を抜け一般道へ出ると――。

 

「青森よー、私は帰って来たーっ」

 

 柚乃さんの声が、県道に響いた。

 






柚乃さん回でした。いよいよ終盤です。
コメント、評価、ありがとうございます!
誤字報告も助かるラスカル!
次回、明日18時投稿します、よろしくお願いします
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