顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい   作:hikari kawa

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ダーク・ゲートSHIRAKAMI

 空港を出た当初は多かった車通りも随分と減り、たまに右折や左折をするだけであとは平坦な県道をただ進む。アスファルトの上だというのに道なき道を行くかのような不安と二人どこまでも行けるかのような高揚感があった。

 

「やっぱり、東京って楽しいでしょー?」

 

 エンジン音に負けないよう声を張り上げる柚乃さん。

 

「ここ。夜は暗くて、日中も特に何も無くて、ビルなんて一つも無くて、私のお母さんこういうのがイヤだって言ってたなー」

「車が多くて事故るよりいいよ」

 

 ヘルメットのバイザーを開けて答える。

 

「ここじゃあ単独で事故ったら骨になるまで見つからないかもー」

 

 そこまで田舎ではないだろうに。

 

「でも、自然豊かでのどかだよー」

「私は大事な荷物乗せてるから、見る余裕ないっす。レーさんも、前見て変なのあったら教えてねー」

 

 まっすぐな直進に入り、バイクの速度が上がる。

 何十分走っていてもコンビニなんて見えてこない。人間がいない。

 最初は新鮮で楽しかった景色だけれど……。

 たまに思い出したかのように喋る柚乃さんが居なければとっくに飽きていたかもしれない。

 憧れの地方生活の幻想が徐々に崩れる。

 

「田舎の人が免許取る理由わかるでしょー。ドライブは生活手段兼、娯楽なんすよ。こんな僻地までアスファルト敷いてくれた国には感謝っすよほんとっ。ははっ、まあ、友達とタンデムの楽しさ味わうのは、こっちの方が道が空いてていいかー、新発見っす!」

 

 風に混ざって自然の匂いが香る。

 

「ちなみに、右、何があるかわかりますー?」

 

 ザっと抜ける風の中に、確かに湿り気を感じる。

 

「湖だ……」

 

 もう何分走っているのかもわからないけれど、いつの間にか湖の近くに来ていたらしい。青森の地理には詳しく無いけれど随分と遠くに来たものだと改めて思う。

 長細い湖が徐々に離れていく。

 

・・・

 

 細い橋を渡り、ひらけた駐車場には微かに人の気配がある。

 

「さっきの湖が美山湖。向こうの方に進むと……白神山地。ほんと朝まで東京にいたとは思えない旅っす」

「白神山地って秋田じゃないの」

「おっと、その話題は危険っすよ。一説では富士山を巡る争いよりも熾烈だとか」

 

 バイクのエンジンが止まり、凝り固まった柚乃さんの肩を揉む。

 

「おー生き返るー。じつは今日の道、夜に進もうかと思ってたんすよ。放課後の方がインパクト強くてワクワクするかなーって」

「無謀だよ」

「従兄弟にも夜走るなら絶対バイク貸さないって言われたんすけど、従って正解でした。もうへとへとだぁ」

 

 危ない、魅力的な旅の誘いに釣られて危険な橋を渡るところだった。

 

「というか、もしかして今日ってキャンプしに来たの」

「半分せーかいっ」

 

 ヘルメットを外しバイクから降りると、久しぶりの地面に足がふらつく。

 

「安心してください、都会っ子のために今日はコテージっす」

「おお、コテージ」

「しかも二人で五千円くらいっすからね。しかもしかも温泉まであったりします。至れり尽くせりっす」

 

 二人並んで腰を伸ばすと、一気に疲労感が沸いて来る。

 

「来た事あるの?」

「はい。夜になったらちょっと散歩しましょう。きっと楽しいっすよ」

 

 ヘルメットを脱いだ柚乃さんはメガネをかけ直す事も無く、リアボックスから荷物を取り出し歩き出す。

 

「闇の門が、今、開かれるっす」

「急になに?」

「ここのキャンプ施設の名前。ダークゲートなんで。はい、入場っ」

 

 なにをバカな、と思えば……その通りの名前だった。

 

 僕らはダーク・ゲートSHIRAKAMIに足を踏み入れた。

 

。。。

 

 コテージで荷物を整理したあと。

 温泉を独り占めし重曹の湯にたっぷりと浸かってから施設の外に出ると、日が暮れようとしていた。柚乃さんにもらった着替えのお陰で汗が滲んだ服も乾かせるし、なんだか物凄く穏やかな気分だ。

 

 施設内の案内を見たところ、ここから白神山地に入れるルートがあるみたいだし明日の朝に散歩してみても良いかも知れない……。

 

「ふ、はは」

 

 平日から何をしているのか、何でこんな所にいるのかわからず笑ってしまう。

 

「れーさーん。同じタイミングっすね」

 

 湯船で疲れを落としてきた柚乃さんが現れる。

 

「……」

「どうしたんすか?」

「メガネしてない柚乃さんって新鮮だなーって」

 

 湯上がりの柚乃さんは普段とは違う雰囲気だった。メガネをかけている時は柔らかい印象だったけれど素顔はたおやかだ。

 

「ここに来てまで伊達メガネはいらないっすよ。どーせ会う人レーさんだけだし。さーてと、ちょっと早いっすけど夕飯にしましょ」

 

 二人で歩いてコテージに向かう。

 

 他の利用者は見当たらず、やはり平日なだけあって周囲は静かなものだ。

 

「ここ、家族で来たことあるんすよ。家族と親戚。うちの家系、ほとんどアウトドア派なんで付き合うのも一苦労っす」

「最初柚乃さん見た時はこんなフットワーク軽いと思わなかったよ。というか。こうして一緒に遊ぶとも思わなかった」

「それはこっちのセリフっすよ。一応言っておきますけど私けっこーパーソナルスペース広いんだから。もう自分でも驚きっすよ、もしかして生き別れた姉弟だったりします?」

「まあ、ほら、柚乃さん僕のママでもあるから」

「はっ、そうだった。……ふふっ、そっか。じゃあ納得っす」

 

 冗談めかして言ったものの、それこそ僕も随分と柚乃さんに懐いたものだ。あの内向的で人見知りなかつての礼君が見たら驚くに違いない。

 コテージの前に着き、ドアに手を伸ばすと。

 

「ちなみにここバーベキューも出来るんすけど、どうします?」

 

 なんとも言えない選択肢を提示される。

 

「二人で?」

「ちなみに私は反対っ。楽しさと片付けの手間が割に合わなそう」

 

 楽し気に肉や野菜を焼いて、その後黙って洗い物をする姿が目に浮かぶ。

 

「やめておこうか」

 

 楽しそうではあるけれど、少なくとも頭数三人か四人は欲しいところだ。

 

 ドアを開き、綺麗なコテージの中に入る。

 

「ふー、ここはホテルとかより落ち着いて良い場所っすねー」

 

 このまま一晩明かして何事も無かったように家に帰っても最高の一日だったような気がするなぁ。地元を遠く離れて乗ってみたかったバイクに乗って温泉に入ってコテージで一泊。

 友達と遠出するのってこんな楽しかったんだ……。

 居間でゴロゴロとしていると、キッチンでゴソゴソしていた柚乃さんが戻って来る。

 

「ケトルでお湯沸かしたっすよ」

 

 空港で買ったカップ麺にお湯を注ぎ、サバ缶の蓋を開ける。

 

「カップ麺にサバ缶に、おにぎり。ミリタリーズのサンドにまるごとアップルパイ。雑な食事が最高っす」

「妹がこれ食べてたら注意するかもしれない」

「じゃあママとレー君二人の秘密っすね」

 

・・・

 

 居間で寝転びながらスマートフォンを眺めて通知を確認する。

 

『どこ行ってるんですか! 学校は!』『サボりましたね。リリーさんに報告ですよ』『礼、りんごが丸っと入ったアップルパイ買ってきて。私のと、エリーにも買ってあげなさい』『あやのん! あああやのん! アンジェが送って来たよ!』『綾野、先生には夏休みの旅行に行ったと報告しておいてやったぞ』『これは浮気ですよ!』『しじみラーメンも買ってきなさい』

 

 アンジェしか僕の心配してないな……。

 

 スマートフォンを置くと時計が目に入る。まだ十九時前。テレビもパソコンも勉強道具も無いと、時間が過ぎるのがゆっくりだ。

 さきほどから姿の見えない柚乃さんはもしかしたら部屋で休んでいるのかもしれない。

 目を瞑り、記憶を整理する。

 僕としては今日は楽しい楽しい旅行だったのだけれど。

 あの日。東京タワーの下で柚乃さんが語っていた事はまだ憶えている。楽しい旅行すぎて正直なところ忘れそうだけれど。柚乃さんは霊感があると言っていた……気がする。

 僕の死んだお母さんに会わせるかわりに、僕について来て欲しい所がある。

 おかしな交換条件だ。そもそも妹の誕生日記念イラストを描いてもらえれば良かったのだけれど。柚乃さんへの興味の方が大きかったから、受け入れた。

 

 柚乃さんが言う『門』とは――。

 

 スマートフォンに保存した画像をスクロールする。空港をバックに映した自撮り、マリリの自撮りは消去、真野先輩のドラゴン。そして。

 柚乃さんが描いた雪原の画像に辿り着く。

 雪原の画像。雪原の中にただ一つ、瑞々しく成った果実がある。

 

 僕はこの光景を聞いた事がある。

 

 スマートフォンをスクロールしても記録されていない古い記憶。

 いつだったか図書館でリリーが言っていた光景を思い浮かべていると。

 

 ――ガチャ、と玄関が閉まる音がした。

 

「……柚乃さん?」

 

 コテージの中を探すも柚乃さんの姿はなく、タイミングよくスマートフォンにメッセージが届く。

 

『いきましょう』

 

 視界の端に何かがチラつき窓の外を眺めると――。

 白い影が在った。

 月光に照らされる綺麗な白いワンピース姿の女性。髪をポニーテールに纏めて、足元は格好に似つかわしくないブーツ。

 片手には大きな懐中電灯が握られている。

 

「ゆのさ……」

 

 微笑んだ、気がした。

 

 彼女は僕を待つことなく軽やかに子供のように駆けだす。

 

「っ」

 

 なんなんだ。

 ここで見失ったら二度と会えないような、そんな予感が過ぎる。

 霊感少女の失踪なんて冗談じゃないぞ……。

 

 せっかく楽しい旅の思い出、楽しいまま終わらせてくれ。もう、不思議もオカルトも幽霊もどうだっていいじゃないか。

 急いで靴を履き、玄関から飛び出すが……人影はない。

 

 かくれんぼのわけも無い。耳を澄ましても木々の揺れる音で足音は聞こえない。

 母親の痕跡を探すような怖さと共に歩き……駆けだすと。

 駐車場の向こうに白い影が視えた。

 

「柚乃っ!」

 

・・・

 

 五分か、十分か、それ以上か。ライトの光と白い影が視界のどこかにチラつく度に、そこに向かって走って行く。既にアスファルトではなく土の上、一向に追いつけないのは僕のスニーカーよりも柚乃さんのブーツの方がしっかりと地面を捉えるからだろう。まるで新宿の山のアップグレード版だ。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 きっと、こういう女に振り回された男の話が幽霊騒ぎの元なんだ。きっと、東京タワーでも今の僕みたいに可哀想な男が居たに違いない。階段の先に女がいるなら階段の下には男が居てどうにか機嫌を取ろうと追いかけた。

 なんで、旅行先でまで母親探しをしないといけないんだっ。

 

 どうせなら明日の朝にでも散歩して、その時にポツポツ悩みでも言ってくれればいいだろ。

 柚乃さんと巡った場所の記憶が蘇る。まるで全てがここの予習みたいな――そうか池袋は。

 池袋は……遊んだだけか。

 

 ガクリと立ち止まり、息を整えていると――。

 

「レー、さんっ」

「っ」

 

 突然ガサっと音がして、背後から抱きしめられる。

 

「ゆ、なんでこんな」

「夜に散歩しようって言ったじゃないっすか。一緒に来て欲しい場所があるって、言ったじゃないっすか」

 

 ライトが消えた懐中電灯を持った柚乃さんが僕の前に躍り出て。

 木々の隙間から伸びた月光が柚乃さんを照らす――。

 

「――」

 

 その姿は非現実的で、息を飲むほど美しかった。

 柚乃さんは伏し目がちに微笑む。

 

「子供の頃、家族が眠るテントを抜け出しこの辺りまで冒険に来ました。お気に入りの白いワンピースを着て、伸ばした髪をポニーテールにして。私、子供の頃から怖くて暗くて不思議な、知らない世界が好きだった――でもね」

 

 柚乃さんが虚空に手をかざす。

 

「ここが私のアナザーワールド。――私ここで、神隠しに遭いました」

 

 月光が雲に遮られ、闇に包まれる。

 









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