顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい 作:hikari kawa
お土産をたっぷり手に持ち、日暮れと共に家に帰ると真っ暗な玄関に出迎えられる。
妹はまだアンジェの家にいるかと思えば、玄関には妹の靴が置かれていた。
帰宅途中にスマートフォンを見れば、『エリが拗ねてます』だの『エリさんがレッスンサボってます』だの『はやく会ってあげなさい』といくつも連絡があった。
たった数日会わないだけで、どうやら妹は部屋に閉じこもっているらしい。もしかしたら僕がもうこの場所に関心がなくなりどこか遠くへ行く、と思っているのかもしれない。
察しがいいのか悪いのか。兄への理解度が更新されてないんだよ。
「……はぁ」
仕方ない、妹の顔でも見に行くか。
荷物を置き、コンコンとノックして妹の部屋に入り。
「エリちゃん、レッスンサボったんだって? そういうのはちゃんと行かないとダメだよ」
そう声をかけると。
ゲーミングチェアに座っていた家着姿の妹がクルリと半回転し不満そうな瞳を僕に向ける。
最初はキリッと何か言おうとしていた目つきだったが、その目は僕をまじまじと見るやウルウルと潤み出す。
ぼんやりと明るい、見慣れた瞳。
恐れも奇異も神秘もなく、この瞳を見ると家に帰って来たのだなと実感する。
僕にとっての日常の象徴。
「れ、レーが見てくれないんじゃ、いく意味ない。もう、ぜんぶやめるっ。エリは、レーがブイチューバーの配信見てたからラインオーバーに入ったのに!」
初耳だ。
そもそも僕はブイチューバーもバーチャルアイドルもよく知らな……いや、そう言われると中学生の時ちらっと見ていた人がいたような……。名前も憶えていないけれど頭の片隅の隅っこに該当する記憶がある。もしかして妹は僕がその配信を眺める様子を背後から見ていたのかもしれない。
「なのにエリのこと、置いてったっ!!」
妹は立ち上がり、両手を握りブンブンと腕を振る。
「なんでエリのこと置いてくの、エリが寂しがったらどうするのっ」
大きな瞳からポロポロと涙が落ちる。
「あの二人がいれば良いかなって」
夏生ちゃんはともかくアンジェであれば妹を任せられる。
だが。
「よくないっ、レーがいないとつまんないでしょっ! 勝手にどっかいかないでよっ、なんでエリを見ないの、レーはエリがいなくて、う、うぅ、レーがエリを泣かしたぁ」
夏生ちゃんが泣いているのを無表情で見ていたとは思えない泣きっぷりだ。
「僕はどこにもいかないよ」
「うそつき!」
まあ嘘なんだが。すぐにバレた。
「だってレー。どこかに行くんでしょ。遠くの大学とか行くかもってお母さん言ってたもん」
余計な事を……。
まったく、本当に妹の相手は面倒くさい。機嫌が直るまで見てやらないと……なんだか結局気になっちゃうからな。
とりあえず妹の両肩に触れる。
「確かに、僕は。ここじゃあないどこかに行きたいと思ってたし、エリちゃんの面倒を誰かに押し付けようとしているし、エリちゃんが一人で生きて行けるように料理を教えたりしてるけどさ」
「やっぱりじゃんっ、気がつくんだからそういうのっ」
世間ではキラキラ美少女エリーゼちゃんだというのに、今はなりふり構わずプンスカしている。柚乃さんがこれ見たらまた絵が描けなくなりそうだ。
「でも……」
「でも?」
ああ、これを言うとまた調子に乗――。
妹の目を見れば、不安そうに揺れている…………まったく。
「でもね、僕の人生には、エリちゃんは最初から織り込み済みだから。どこか遠くへ行くのなら、エリちゃんも一緒に連れて行くよ。……最悪の場合ね」
出来れば身軽な方が良いんだけど、家でこうなってる妹を忘れられないだろうし。
どうしても。……どうしても自立出来ないのであればその時は仕方ない。
「……遠くでも一緒?」
結局甘やかしてしまった。
「遠く、か。まあ確かにどこか遠くに行きたいと思ってたけど。それも、なんというか古いというか」
「古い?」
「今回の旅行で考えが変わったというか。インドに行かずとも価値観変わったというか」
「……?」
「エリちゃん。僕に地方暮らしは無理だわ」
「んぇ?」
青森でのバイク移動を思い出す。
あのどこまでものどかで、平坦でコンビニも滅多に無い場所での生活――。
たぶん無理!
今回の旅行で憧れの田舎暮らしの幻想、崩れました!
住めば都の体現者を自称した事もあったかもしれないけれど、撤回します。東京育ちにはちょっと難しいかもしれない! 北海道とか沖縄とか、きっと無理!
「だから大学も都内にすると思う。ま、そーいう訳だから、どのみちもう暫くは一緒だよ」
自分に呆れながらそう口にすると、妹は心底安心したような表情を浮かべた。
「レー、ばかぁっ」
「でも、一人で居たいのは本当だからさ。学校サボったりレッスンサボったりしないで、立派な大人になってよ」
「むり」
「無理じゃないよ」
たまには、シスターさんの助言に従い妹を応援してやるか。
「最近のエリちゃん、よくやってるじゃん」
「……ほんと?」
「レッスンに行ったり外に出たり努力しているのを知ってるよ。僕は、エリオットだけじゃなくて、エリの人生全てを応援してるから。……一緒に頑張ろ、エリちゃん」
我ながら恥ずかしいセリフを言ってしまった。
妹はあれこれ言いふらす相手がいないとはいえ、ちょっとサービスし過ぎてしまった。
「う、ううっ、うえぇ」
妹が泣きながら後ずさり――、カタカタとキーボードとマウスを弄りだし……ん?
「と、というごどで、みごとエリが、学校サボってエリの、めんどうも、みながった兄を、完全論破しまじだぁあ」
終わったわ。
モニターをみれば『【緊急】エリを捨てようとする愚かな兄を泣かせる配信』と表示されており、ふと妹の首元を見ればご丁寧にワイヤレスマイクが装着されていた。
同時視聴者数一万千八百人。
高校二年の夏、デジタルタトゥーが刻まれた。
・・・・・・
『エリちゃんの事、僕はちゃんと見てるよ。エリオットだけじゃなくて、キミの人生全てを応援してる。だから、頑張れ』
何度聞いても笑えて……泣ける配信だ。
「ふ、ほんと礼くんは愉快っすねー」
自分でも驚くほど順調に爆速でイラストが描きあがった。
浴衣を着たエリオットが誰かに手を差し伸ばし、人の集う賑やかな夏祭りに向かう。
そんなイラスト。
「……」
ふと、帰りの羽田空港での数分を思い出す。
ロビーの椅子で二人で窓の外の飛行機を眺めながら、少し話をした。
『いっそ、今からお母さんに会いに行きますか?』
私の無遠慮な言葉に礼くんは。
『現れないのなら、それでいい。最近の素行を知られたら怒られそうだし。アン……知り合いにまたマザコンって言われそうだし』
そう言った。
『伝えたいことは無いんすか?』
と聞けば、見るからに『話したい事沢山あります』という逡巡をした後。
『ペットの動画でさ、テレビの撮影が来た途端に仕込んだ芸をしなくなるやつあるじゃん』
『あるけど、それが?』
『意気揚々とあの場所に行って、それで柚乃さんに恥をかかせるわけにもいかないじゃん』
『……いや。私は大丈夫っすから、急に人見知りして霊感引っ込んだりしないんで。そんな感じで引っ込むなら苦労しなかったんで』
人の話は散々聞いてくれたけれど、自分の話はしたくないらしい。自己完結しているというか、友人甲斐がないというか……。
『それじゃあさ、もうしばらく不思議探そうよ。もし柚乃さんの一発芸が本物だってわかったら。その時に改めてお願いする』
『一発芸って。人の渾身の秘密をなんだと思ってるんすか』
礼くんは結局、お母さんとの再会を望むと口にはしなかった。
現れない幽霊を求めないと決めたのかもしれない。
きっと彼の目は過去には向いていない。少なくとも、縛られてはいないらしい。
「……マリリさんのおかげか」
昼間の白神山地を観光している時、たまにマリリさんの話が出て来た。どうやら思った以上に深い交流があった模様。
――そうしてマリリさんに死ぬほど笑わされた結果。昔のことがどうでもよくなったと笑っていた。
さすがはトップお喋りバーチャルアイドルだ。ただ……。
「大事なことは本人に言わないと大変っすよー」
作業を中断しスィッターを見ると、マリリさんが礼くんのアカウントを乗っ取ってマリリガチ恋アカウントにしたのがファンにバレて祭りになっていた。
「ふっ、ほんと、なにやってんだか」
不思議な目の自分よりも、ずっと愉快な人たちと知り合ってしまった。
そもそも礼くん、結局あれから私の瞳に興味ゼロだったし。普通じゃない妹に慣れ過ぎてるっすよ。
――そう思ったけど。すぐに考えを改めた。
あの、妹を不思議ではない当たり前の存在と受け入れているのだから、ちょっと目の色がおかしいくらいはどうでも良いことなのだろう。
それが、私にとって、丁度良い反応だったのだろう。
いつか。
彼にとっての特別が現れるのだろうか……。いや、もう既に――。
「なんて、とりあえずマリリさんの依頼にも手をつけますかね。高額だし」
懇願された『幼いレーきゅん』のイラストのアイデアを落書きする。
このイラストの報酬で――。
今度はどこに行きましょうか?
『現れない幽霊』完
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あとがき
約1か月のお付き合いありがとうございました。
たくさんのコメント大変励みになりました! 評価もありがとうございます!
誤字報告も助かるラスカル!
幽霊は現れずとも礼君含めて登場人物が前向きになれる話が良いなと思いながら書きましたがいかがだったでしょうか。楽しんでいただけたなら幸いです。
ということで、楽しんでいただけた方、ぜひSNSや職場の上司、喋った事のない同級生に薦めてやってください! それでは、失礼します。
特に呟かない作者プラモ用SNS→ https://x.com/hikarikawa3