顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい   作:hikari kawa

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短編 陽だまり

 

 由緒正しい女子校の、由緒正しい礼拝堂を見上げる。

 白く荘厳な造りは日本の建物ではないようで、私としてはその古さを含めて親近感が湧く。

 

 祈りを捧げるよりも講堂として使われることの方が多い場所で、今日は学校説明会が行われており普段の静かな雰囲気は無い。

 私はこの学校がいかに素晴らしいか、過ごしやすいか、それらをにこやかに穏やかにスピーチし、外様としての役目を終えた。私のような外来種がエスカレーター式の学校の説明というのも違和感があるけど、昨今は生徒数の確保に熱心なようだからこのような役目が回ってくることもあるのだろう。

 一つ心苦しいのは私の甘言に引っかかって入学してきた生徒が派閥やらグループやら、とっくに出来上がっている関係性の中に溶け込めるのかどうかだけど。

 

 あ。……もし、適応できずに苦しみが生まれるのであれば私が、その悩みを聞き入れ癒せばお得なのでは。

 

「ふふ」

 

 ああ、いけない。

 自然とほころんでいた口元を手で覆う。

 もちろん誰も見ては居ないだろうけれ――。

 

「まあっ、なにか楽しいことでもありました?」

「っ……もう。驚かさないでください」

「アンジェリカさんが先に帰ってしまいそうだから、追いかけてきちゃいました」

 

 後ろから急に現れたのはクラスメイトの篠宮あとりさん。上品に微笑む彼女の手元には小さな紙袋が揺れ、シトラスを思わせる香りが漂ってきた。

 香水の使用は校則で禁止されているから、柔軟剤かコンディショナーの香りだろう。

 彼女のふんわりと柔らかそうな髪を見つめる。

 

「?」

 

 そんなぶしつけな視線に気を悪くした様子もなく、陽だまりを思わせる表情を向けられる。

 彼女の常に穏やかで満たされている表情はなんというか……。私が今まで見て来た人間の中で一番好ましい、いや、理想的な顔つきだ。

 

「それで篠宮さん、どうして追いかけて来たのでしょう?」

「あ、そうでした。今日はお渡ししたいものがあって」

 

 彼女は持っていた紙袋を覗き、中を探る。

 なんだかわくわくしているような、楽し気な雰囲気だ。

 

「……」

 

 一方の私はと言うと、どうにも気まずい。彼女と二人きりだと心がソワソワとして仕方がない。

 ――どうしてだろう?

 漠然と浮かんだ疑問を篠宮さんのつむじを見ながら考えていると。

 

 『アンジェは雨雲だから仕方ないよ』

 

 という失礼なセリフがポンと浮かんだ。

 思わず口元がピクと動く程度にイラっとしたものの。なるほど、と納得も出来た。陽だまりと雨雲では相性が悪くても仕方がない。

 

「ありましたっ、これ、アンジェリカさんを想って、その、作ったので。プレゼント、です」

「プレゼント?」

 

 差し出されたのはアロマキャンドル。彼女の手元からシトラスの良い香りが広がって来る。

 

「わたしの手作りなんです。ぜひアンジェリカさんに使っていただきたくて……。匂いのするものはお嫌いですか?」

「いえ、とても良い香りだなと思っていました。でも、プレゼントを貰う理由がないのですが」

「理由……? それは、す、んん。そうですね、では、さきほどの素晴らしいスピーチのご褒美です」

 

 白く綺麗な手のひらからアロマキャンドルを渡される。

 ご褒美か。

 この暑い中、わざわざ学校にやって来ての報酬がコレとは。……わるくない。

 

「そういうことでしたら、ありがとうございます、ありがたく使わせてもらいますね」

 

 微笑み、自然な雰囲気でその場を立ち去ろうと足を動かす――その直前。

 

「あの、それでですね。せっかくの夏休みですし、よければ今日、お泊り会などいかがでしょう……?」

 

 モジモジとするお嬢様にそう切り出されてしまった。

 前々から気がついてはいたものの、やはりこのお嬢さまはどうにも私と『プライベート』でも仲良くなりたいらしい。

 その気持ちは嬉しいけれど、どうにも近寄りがたいというか、私にはもう少し性格の悪いタイプの方が付き合いやすいというか。イギリス仕込みの皮肉と嫌味を言う私に対して更に皮肉で返してくるくらいの相手の方が気楽というか。

 学校で食事を共にする程度でよければ付き合うけれど、お泊り会とはまたハードルが高い。

 

「すみません、私、今日はその」

 

 このあと予定はないものの、どうにか嘘を吐かずに上手いことこの曲面を乗り切れないだろうか。

 ――主よ。

 心の中で祈った瞬間。

 

 ポツリ、と雨粒が落ちて来た。

 まだ空は明るいというのに、通り雨だろうか。

 

「あ、シーツ」

 

 ポロリ、と声が漏れる。特に意図はなく、頭の中では『夕方からの天気の急変にお気を付けください』と言っていた天気予報士の顔が浮かぶ。

 ……まだお昼前じゃないですか。今日は夕方から雨だと聞いたからシーツとタオルケットを干して来たのに。

 

「もしかしてお洗濯ものを干して来たのかしら。大変、どうしましょう」

 

 関係無いはずの篠宮さんがおろおろとする。

 うん、ま、丁度良い。シーツは濡れるだろうけれど急いで帰る理由が出来て――。

 

「あ、よければ迎えの車でお送りしましょうか。濡れたら大変だわ」

「……すぅ」

 

 主よ、私はどうすればこのお嬢様を傷つけずに遠ざけることが出来るのでしょう。

 思わず手を組み祈りそうになると。

 

「あとりさん、そろそろ出番……、あらアンジェリカさんごきげんよう。先ほどはご苦労様でした」

 

 礼拝堂の方から見覚えのある生徒が駆け寄ってきた。確か生徒会役員の……、竹内さんだ。

 ふふ、どうやら主は私の味方のようです。

 

「あら、もうそんな時間、でもお泊りに」

「はいはい、また今度挑戦しましょうね、行きますよ」

「でも」

 

 篠宮さんの視線が礼拝堂と私とで行き交う。

 

「私のことなら心配無用です。アロマキャンドル、ありがたく使わせていただきますね」

 

 そうして。

 私は「アンジェリカさん、きっと、お休みの間には遊びましょうねー」と言いながら竹内さんに手を引かれ礼拝堂に連れ戻される篠宮さんを見送った。

 

 お泊り会、か。

 私は一人の夜の方が居心地が良くて好きだ。

 

 ・・・

 

 雨。

 

 通り雨かと思えば本格的に降りはじめて、古びた教会を無慈悲に打ち付ける。

 ある男子高校生が度々「廃教会」だの「この教会、陰気なシスターの霊が出るらしいよ」だの、軋む床板を踏んで「アンジェ、ここから埋められた異教徒のうめき声が聞こえるんだけど」などと我が家のボロさをからかうけれど。確かに、本格的な台風が来ようものなら吹き飛んでしまいそうだ。

 

 迷える子羊の居ない礼拝堂。小さな火が揺れるアロマキャンドルを演台に置き、役目を終えた長椅子に腰を掛けゴロリと寝転ぶ。打ち付ける雨音のいくつかは屋根に染み渡り、ポツンポツンと床板を濡らす。あとでバケツを置いておかないと。

 

 私一人の教会。私一人の空間。

 昼から夕方に。夕方がいつの間にか夜に切り替わって、アロマキャンドルの暖色が存在感を増した。

 

「…………」

 

 どこからか入り込む隙間風。ポツンポツンと落ちる雨粒。教会全体に響く風の音。アロマキャンドルの香り。

 たった一人の夏休みは、暗闇に沈み込むような安堵を私に与える。

 我ながら華やかさとは無縁の趣味嗜好だけど、えぇ。このくらいが私には丁度良い。

 

「良い香り」

 

 篠宮あとり。あのおっとりしたお嬢様の顔が瞼の裏に浮かぶ。満たされている人間の顔だ。ふわっとした髪、穏やかな表情、健やかに大切に育てられた人間から向けられる親愛の眼差し。

 あの子には、私はどう見えているんだろう。……持たざる者、かな。

 たまにジッと見つめられている気がするのは、見慣れない者への好奇心だろうか。

 

「なんて」

 

 ふふ。素直に好意を受け止めればいいのに。なんでこんなに捻くれてるんだろ。

 ふふ、ふふふ。でも、こういう自分がキライでも無いんだから困ったものだ。そう、私はけっこう可哀想な悲劇のヒロ……。

 

「……」

 

 気持よく感傷に浸ろうとすると、瞼の裏に男子高校生の顔が浮んだ。

 彼は無表情で「お、今日も調子よさそうじゃん」と100パーセント皮肉で構成されたセリフを口にした。私が悲しみ含めて愉しんでいると見透かした上での発言だ。

 

「……くっ」

 

 もちろん今のは想像だけど、うん。絶対に言う。 

 最近気がついたけど、あの男は私の『人の悩みを聞くのが好き』という分かりやすい悪癖には呆れるだけだというのに私の『卑屈で後ろ向き』という隠しておきたい本性が漏れると面白いものを見るように私を見ている時がある。

 普通は「どうかしたの?」とか言って慰めるでしょ。何を笑ってるんですか。うんうん頷いてテキトーに慰めて話を聞けば――。

 

「……いーんですよ、礼さんのことは」

 

 はぁ。すっかり感傷に浸ったり、クラスメイトについて考えたりする気分が萎えてしまった。

 

「お夕飯にしますか」

 

 雨で買い物には行かなかったから残り物でパパッと。

 ――そう考えていると。ガチャガチャと、雨音に紛れて教会の裏口のドアが動く音が聞こえた。

 

「っ」

 

 ビクッとしつつ、立ち上がり様子を伺う。

 礼さんだったりマリリさんだったりが不用心すぎると至る所に施錠と監視カメラを設置した結果、要塞みたいになりつつある我が家だけど……。変な人が来たらどうしよう。

 

 そろりそろりと裏口に向かうと――。ガチャ、と鍵をかけていたはずの扉が開き白金のような、名状しがたい長髪がバッと広がり。

 

「やっほー、スコさん」

「アンジェ。遊びに来たよ」

「…………はい?」

 

 ずぶ濡れの綾野兄妹が現れた。

 

「見て、これ懐ゲーのいただき街道っ。押し入れ漁ってたら見つけて。レーと遊ぼうって言ったら、何が悲しくて妹と二人でボードゲームやらないといけないんだって言うから――」

 

 半袖シャツと短パン姿というラフな格好のエリさんが昔のゲームのパッケージを見せてくる。

 

「ね、今からやろ?」

「アンジェ、食材持ってきたからなにか作って」

「……いやいや」

「エリね、遊びながら食べれるのがいいな。今日は徹夜だからね」

「あ。先にお風呂貸して。着替えは持ってきたからタオルだけ貸してくれれば」

「なに女の子の家に押しかけて勝手に泊まろうとしてるんですか」

「いや、こんな雨ふってるんだから。主も見てるよ?」

「異教徒が勝手に来てこの物言い。見てませんよ、こんなとこ」

「エリね、スコさんと一緒にお風呂入ってもいいけど」

「なんでエリさんが許可する立場なんです……」

 

 この兄妹は……。

 

「……まあ。いいですけど。とにかく、さきに身体拭いてください。もう、来るなら来るで一言くらいないんですか」

 

 そう言いながら、私は、暗闇に光が灯るような感覚をもっていた。

 私に陽だまりは暖かすぎるから、今は二つの灯火で丁度良い。

 





 たぶんアンジェを良くない目で見ている女子高生がいる回でした。


作者近況。

八月が始まる前。
「一ヵ月あれば長編書けるな」
八月最終日。
「一文字も書いてない」

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