顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい   作:hikari kawa

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八月一日(2)

 

 冷房の効いた教室内には二十名ほどのクラスメイト。僕らの合唱に釣られて歌ってはいけない、というテレビ番組の企画を丸パクリした文化祭の出し物の練習に集まった面々の視線は今一人のいたいけな男子生徒に向けられていた。

 

「……なに。ちゃんと歌ってるけど」

 

 その男子生徒というのは僕だ。

 至って真面目に、周りの人と同じ様な声量で覚えた音程通りに歌っているというのに。なんと表現すればいいのか、周囲からは戸惑いのような、生暖かい視線を感じる。合唱の指揮者をやってくれている横浜さんに目を向けると。

 

「んー。みんなの言いたいことをまとめると――」

「まとめると?」

「綾野、お前はボカロか」

 

 横浜さんがそう言った瞬間、ドッと笑いがおこった。

 それだー、みたいな雰囲気が広がる。

 

「あははっ、それだー、綾野ボカロじゃんっ」

 

 左隣で歌っていたちんまいツインテール、北野が大笑いする。

 ボカロ、ボーカルアンドロイド。機械音声の歌い手。可愛らしい音と人間とは違う歌声が人気の音声ソフト。詳しくはないけれど、僕はあの独特の歌声を生来の技能として備えていたとでもいうのか。

 

「音程も合ってたし歌詞も間違えず偉いなと、私は思ってたけど」

 

 横浜さんが無表情で僕を庇おうと試みるが。

 

「けど?」

「感情をまるっと置き忘れてる」

「……家の鍵じゃ無いんだから」

 

 右隣で歌っていた文化祭実行委員の綿貫君に僕の歌声について聞いてみると。

 

「んー。ほんとに音程も歌詞も声量もばっちりなのにな。不思議だよなぁ」

 

 と言い、改めて北野に目を向けると。

 

「わたし、てっきり綾野がまた真顔でふざけてるんだと思ってた。ししししん中の、アレみたいな」

「しが多い。いや、皆を惑わす為に送り込まれたわけじゃ無いから」

 

 今回の企画、もとい文化祭の催し物『みんなでハモリ我慢大会』が凄く面白そうだから、恐らくここに居る誰よりも熱心に歌詞を暗記して曲を聞き込んで来た僕に対する仕打ちかこれが。

 

「真面目に歌ってたよ」

「まわりの人間を惑わそうとしてたんじゃなく?」

「そんな器用じゃないから」

「へんなのっ」

 

 北野、思っていても口にするんじゃない。僕のクラスでの評価が変なやつに固まってしまうだろ。

 

「はいはい。綾野には後でお手本になる歌手でも教えてあげるとして、もっかい練習しよ。練習しなそうな綾野が頑張ってたんだら。みんなもちゃんとやるぞー」

 

 クラスのまとめ役、大路さんがパンパンと手を叩き練習再開の空気になり――。

再び僕に視線が集まる。

 

「いや、歌いますけど?」

 

 視線に応えると誰かがムフっと吹き出し、再びクラスに意図せぬ笑いを起こしてしまった。

 これは笑わせているんじゃなくて、笑われているっ!

 

 ・・・

 

 九十分ほど行われた合唱練習が終わり、クラスメイト達が散っていく。

 

「横浜さん、どうして中学の時に教えてくれなかったの」

「私のせいにしないでよ。綾野がこんなおもしろ特技持ってるとは知らなかったし」

 

 横浜さんは長髪をポニーテールにまとめながら僕の話を聞き流す。

 

「歌に思いを乗せたいんだけど、どうすればいいの」

「伸び悩んだ歌手みたいなこと言わないでよ」

「……ふっ」

 

 笑ってしまった。

くそ、今日の横浜さんの打率良いな。的確なワードがポンポン出てくる。

 

「miuとかおすすめだよー」

「……みう?」

 

 北野が通り抜けざまに僕の脇腹をポコンと殴りつつ横浜さんに抱き着く。

 

「ちょっと北野じゃま、まだ髪結んでるから」

「コンビニいこ。マンゴーソース乗ったプリン出たんだって」

 

 みう。

 恐らく、話の流れ的におすすめ歌手の名前だとは思うものの……。

 

「みうって何」

「は? え、綾野いつ生まれ? 時代に取り残されてるの?」

 

 北野が驚きを通り越して唖然としている。

 

「今回みんなでやる歌の中にも入ってなかったし。そんなヒットしてる歌手なら僕でも知ってると思うんだけど」

「はー。綾野ってボケっとしてると思ってたけど。しょーがないなぁ、なんだかんだ頑張ってたしご褒美に推し活してあげる」

 

 近寄ってきた北野はスカートのポケットからワイヤレスイヤホンを取り出し、僕の耳に差し込んだ。北野は非常に子供っぽい女子だけれど、こうやって自分のイヤホンを僕の耳に突っ込むことを良しとするあたり根は良い子なのかもしれない。

 

「miuの歌ってね、起伏とか音域とかすごくて一般人じゃ歌えないから今回みんなで歌うやつには入らないの、常識だよ?」

 

 北野はそう言いつつスマートフォンを弄り、ポンとタップ。

 

 

「――――」

 

 これは、特別な声だ。

暗澹を晴らすような、目が覚めるような歌声。

どこまでも透き通った声は、吹き抜ける風のように爽やかだ――。

 

「……これは、すごいな」

「ぞくぞくするでしょ。その曲、作詞作曲はSFPっていうバンドの人で気に入った人にしか提供しないんだよ? で、次の曲が、こっちはアニソンで有名な人が提供したやつ。めっちゃテンポよくてカッコいい」

 

 ゆっくり聞かせてくれ、と思いつつも簡単な紹介と共に流れていく曲はどれも素晴らしく、北野が僕に唖然としていた理由もわかる気がする。

 

「最初の曲、なんて言うの?」

「インサイド。一番新しいヤツなんだけどいーよね、なんかわかんないけどすっごい爽やかな気持ちになるよねっ」

「うん……なんかよくわかんないけどすっごい爽やかな気分になる」

「でしょー?」

 

 ……浅い感想言い合ってしまった。

 いや、でも本当にこの歌声は……特別だ。

 もしかしたら。僕の推しの真野先輩にすら届くほど――好きだ。

 

「綾野。こんだけ教えてるんだからサブスクじゃなくて買いなよー、お布施しろー?」

「とりあえず、全曲ダウンロードする」

「よしよし。良いよねーmiuいつか会ってみたいなぁ」

 

 会う、か。

声の透明感からは静かでお淑やかな人をイメージ出来るけれど。確かに、どんな人がこの歌声を発しているのか興味がある。

 

「ライブとかやってないの?」

「miuは顔出ししてない歌手で、そろそろ初ライブかもってところで学業に専念するため活動休止になっちゃったの。ライブあるかと思ってせっかくお小遣い貯めてたのにさー。ね、ちょっとわたしにも聞かせて。このナインボールって曲、好きなの」

 

 我慢できなくなった北野はスポッと僕の耳からイヤホンを抜き自分の耳にイヤホンを挿す――が。

 

「あ、うわっ、綾野の耳に突っ込んでたやつそのまま入れちゃったっ」

「……」

 

 北野は耳から抜いたイヤホンを制服のシャツで拭く。

 

「そのリアクションには思うところあるぞ」

「だって、男子って汚いじゃん」

 

 僕はもう片方の耳に入れていたイヤホンを抜き、そのまま北野の耳に突っ込む。

 

「ぎゃっ」

「すっごい良い歌だった。教えてくれてありがと」

「そ、そうでしょ? miuの曲聞いたら綾野も感情を取り戻せるよ」

「……奪われた訳じゃないのよ」

 

 ……でも、本当に良い歌手を教えてもらった。

暑く寝苦しい夜に目覚めても、miuの清涼感があれば気が紛れそうだ。

 

「って、あれ。みんなは?」

 

 北野がキョロキョロと僕ら二人しかいない教室を見渡す。

 

「皆帰ったよ。横浜さんはさっき部活に行った」

「えーもー言ってよー。わたしも昼から部活あるんだから。じゃーね綾野、みう様からしっかり歌を学びなさいっ」

 

 北野が教室から走り去っていく。

 一人教室に取り残された僕はスマートフォンをタップし、みう……miuを検索する。

 インターネット発の歌い手。

 どんな人が歌っているのかは非公表で、ただ、歌声だけが彼女の価値を証明している。力強くも繊細で心の琴線を震わす歌声から。

 

――貌の無い歌姫。

 

そう呼ばれているらしい。

 







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