顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい 作:hikari kawa
「レー、リズムあってるよっ、さすがエリのお兄ちゃんだっ」
「体重の乗った良いキックだっ」
妹の長い脚から放たれるは初心者とは思えないほど速く鋭く重い、無駄に綺麗なフォームの蹴り。
それがリズムに合わせて何度も僕に襲い掛かる。
捌き損ねればリアルにダメージを喰らうのは必須……。そこらの死にゲーよりもスリリングであろう体験をしながらミット型コントローラ―を両手で支える。
「体重は、軽いっ!」
ドンッ、とミット型コントローラーに蹴りが突き刺さる。
アルバイトに行くまでの数時間。妹に付き合ってリビングでフィットキック・ボクササイズ2で遊んでいると、テーブルの上に置いたスマートフォンが着信音と共に震えた。
「エリちゃん、ちょっとタイム」
「え、急には止ま」
バァァチンッ!!
ミットを下げた僕の無防備な太ももに鞭のようにしなる妹の蹴りが炸裂。
「痛ッたっ!!」
「あーあ。エリじゃ無くてスマホを見るから」
「……サマーソルトを会得する前で良かったよ」
足を引きずりながらスマートフォンを見れば、表示されているのは清廉未羽という未だに見慣れない名前。うっかり連絡先を教えてしまったけれど、いったい何の用だろう。
「もしも――」
『おはよ。あたし、お昼からボイストレーニングなんだけどその前に軽くカラオケ行って喉開くつもりなのよ。あんた暇なら付き合いなさい。バクスタで歌がどうこう話していたでしょ? せっかく知り合ったんだし歌のレクチャーしてあげるわ。塾近くの駅、地下に入っていく階段の横で十時半に集合ね』
――プツ、と通話が切られる。有無を言わせずとはこの事か。
時刻は十時、今から行けば間に合うタイミングではあるけれど……。
「……女? カラオケ?」
ぴったり僕の持つスマートフォンに反対側から耳をつけていた妹が訝しむ。小姑エリちゃんは僕の交友関係に厳しい。
「一緒に行く?」
「…………すぅ……外、かぁ」
悩んだ様子の妹はスタスタと窓際まで歩き、ガラッと窓を開ける。
すると冷房の効いた室内に生温い風という表現すら生温い熱風が侵入。妹はぴしゃっと窓を閉じると。
「エリーゼちゃんは家でゆっくりします」
そう言った。
・・・
夏期講習が行われる塾の最寄り駅。地下鉄に通じる階段の入り口付近に小さなリュックを背負った清廉未羽が立っていた。
日よけ帽子をかぶり白いドットが施された紺色のワンピースを着て足元は涼し気なサンダル、その姿は避暑地に訪れたお嬢様のように可憐で……。
「あのさ、今一人? 俺達これからカラオケでも行こーって話しててさ」
「よかったら一緒に行かね、ぜったい楽しいからさ」
清廉はまたもナンパされていた。
大学生に見える男二人組は静かに黙っている清廉を押しに弱いタイプと思ったのか更に声を掛けるが、清廉はそっけないまま。直情的に見えつつもすぐに事を荒げようとせず、
とりあえず『待つ』を選べるのは彼女の美点のように思える。
逆に言えば、そんな清廉をしっかり怒らせた綾野礼とやらは中々に度し難い。
出会って数日の清廉ではあるけれど、僕は初日から彼女の地雷を踏み抜いたのだ。
「……はぁ。私、待ち合わせしているんです」
「え、ともだち?」
「ならその子も一緒にさぁ――」
さて、これ以上黙って眺めているのがバレたらひどく機嫌を損ねてしまいそうだ。清廉が爆発するに迎えに行こうかと足を一歩踏み出すと――目が合った。
「あ」
「お、行く気になった?」
「いえ、彼氏が来たので。カラオケは彼氏と行きますね」
清廉が大学生二人にペコリと頭を下げパタパタとこちらに駆け寄ってくる。
その顔は僕に近づくほどお澄まし顔から眉間に皺を寄せた表情に変わっていく。僕はもう少し早く家を出るべきだったようだ。
「おっそい。あんた、五分前には着いてなさいよ。おかげで馴れ馴れしい奴らに絡まれたじゃない。今日はあんたの歌を聴いて面白がろ……一緒に練習してあげようってんで集まったんだから先に待ってなさいよ」
ドスの効いた声で、詰められる。一方的に誘っておいてこの発言である。
「妹と遊んで足を負傷したもので」
「妹。あぁ、ほんとに仲良いんだ」
「……?」
「ま、とにかく行くわよ」
清廉の感想にどこか引っかかりつつ、そのまま二人揃って駅前のカラオケ店へ向かう。
大学生たちからの何とも言えぬ視線に心が痛い。店内で鉢合わせたらどうしよう。
「せーれん、なんかお洒落に気合い入ってる?」
「ふふ。ほんのりお化粧して、普段着より良い生地のワンピースを着て来たわ。だってあんたさえ居なければ推しとのデートだもの」
「暑くて汗かくんだから、ボイトレ終わってから家で準備すればいいのに」
「……ごもっともだわ。そうよねぇ、あたしもそう思ったんだけど買ったばかりの服だったからすぐに着たかったのよ。これじゃあんたに見せびらかしたくて準備したみたいじゃない」
「後ろの大学生にも好評みたいだけど」
「それはどうでもいい。あんたもああいう真似はしないように、がっつく男はモテないわよ。そういうのは、その。ねえこの服…………星野は、どう思うかしら。悪くは思われないはずだけど」
清廉がもじもじしている。
星野さんと会うまであと数時間はあるというのに随分な気合の入りようだ。星野さんみたいな大人が高校生を相手にするのかな、とは茶化せない雰囲気。
「あーその、女の子ってイベントとかで推しに会いに行くときお洒落していくらしいね」
「そりゃするわよ。どーせなら良く思われたいじゃない」
ひとまずお茶を濁す。もじもじしている清廉を見るとこっちまでソワソワしてくる。推しとか言っているけれど完全に恋する乙女だ。
「想像してみなさい。小学生のころから推しているボカロPとに会えるのよ。こんな嬉しいことないでしょ」
「そーだね」
「そうよ」
小学生の頃からか。清廉は少なくとも三年以上は星野さんの動向を追っていたらしい。
「例えるなら僕が真野先輩と遊びに行くようなものか」
「誰よ真野先輩って」
「僕の推し。こんどワンダフル・カーニバル行くんだよ?」
「わんだふる……?」
そんなことを話しながらしばらく移動。
建物の影に入りながら上手いことカラオケ店に向かって進めていたものの。目と鼻の先にあるカラオケ店への道は直射日光が降り注いでおり、二人の足が揃って止まる。この先の灼熱空間に足を踏み入れるのは中々に気が進まない。妹がくれた日傘を家に忘れたのが悔やまれる。
「……星野さんがボカロP?」
「遅っ。一分くらい前の会話よそれ」
「さらっと言ってたから聞き流してた」
「あんたねぇ……。まあいいわ、星野がボカロPってのはホント。星野が高校生の頃に活動開始して『無貌の星』を投稿。当時は歌ってみたとかでわりと人気になったの」
「無貌の星をあの人が……。勝手に歌ってるだけだと思ってた」
「ま、一発屋に近いけどね」
ボカロP。作詞とか作曲する人ってもちろんこの世界には居るのだろうけれど、僕の人生で関わる様な人種とは思わなかった。
「投稿者の名前くらい確認しなさいよ。ハレPってあったでしょ? んで、そのハレPのプロフィール欄からSNSに飛ぶとレクチル、つまりバンドやってた時の星野のアカウントに飛ぶでしょ。そんな事も知らずにバンドに入れてくださいって言ったの? 星野の動向探るならまず見ないと駄目でしょ」
あの明るい雰囲気の星野さんが無貌の星という『激しくて尖った名曲』を作り上げたのも意外だし、清廉がストーカー予備軍みたいなムーブをしていた事も引っかかるし、僕の懇願でバンド加入した事になっているし……。
「……、……」
「なによ、口パクパクさせて」
「何から喋るか、決めきれない」
「変なやつ。ともかくね、なんの縁が繋がったのかは知らないけど。あたしはこの千載一遇のチャンスぜったい手放さないわ。綾野が乗り気じゃなくても、バンド組むの。そしてあんたはあたしと星野の晴れ舞台を後世に語り継ぎなさい。伝説のバンドの脚光を浴びないメンバーがインタビュー受けてるシーンみたいな感じで頼むわ」
「僕、いる?」
「仲間外れになんてしないわよ。それにあたし一人だったら……星野もバンドやろうぜなんて言ってくれなかっただろうし。その時点であんたはあたし的MVPと言っても良いの。今日のカラオケはちょっとしたご褒美と言っても良いわね」
清廉は星野さんとバンドを組める事がそうとう嬉しいらしい。
憧れの人と一緒に何かをやる、か。
自分に当て嵌めて想像してみれば、僕の中には『恐れ多い』という結論が出るだけ。真野先輩の創作は真野先輩だけで完結する。そこに余分が入り込む余地はない。どこまでいっても僕は受け取るだけの人間だ。
でも――清廉は違う。
憧れに手を伸ばせる自信、自負があるのだろう。
「ふふっ、こんなに夢みたいでワクワクするの生まれて初めてだわっ。ね、綾野、バンドってみんなで一緒に音楽作るのよね? どんな練習になるのかしら」
目の前でやる気を漲らせている女の子は歌姫『miu』で、星野さんが足元で消し飛ぶくらいの知名度を誇っているだろうに。清廉は確固たる自分の尺度で物事を見ている。
――特別な才能を持つ、特別な人が僕の隣ではしゃいでいる。
夢みたいなのは僕の方だ。
悪夢さえ晴らすようなあの歌声の持ち主が――。
「なに黙ってるのよ」
「二人と一緒にやるってのは初心者には」
「いーのよ初心者とかそーいうのは。あたし、案外あんたのこと気に入ってるみたいだし。あんたもあたしのこと好きでしょ?」
「……」
どうにも、清廉未羽という存在は僕の心臓に悪い。まるで太陽の擬人化のように眩しくて仕方がない。
「せーれんも星野さんも、僕にはもったいないくらい凄い人だと思ってるよ」
「星野も、ね。そうでしょう、そうでしょうっ。どーせ暑いだけの八月なんだからたのしー音楽の授業と思ってバンドも気楽に始めるのよっ」
清廉は満足気に頷きながら一歩前に進み、ぐいっと僕を焼けつくような直射日光の下に連れ出し――。
「なにより。あたしの作ったラブソングを鼻で笑ったあんたを、あたしの生歌で感動ギャン泣き反省謝罪会見させることが今年の夏の目標なんだからっ」
眩しい笑顔を僕に向けた。
――そして、カラオケ店に入り僕の生歌を聞いた清廉は。
「あははっ、あっはっはっ。ふはっ、げほっ、ひぃっ、あははっ、あたしは好きっ!」
死ぬほど笑ったのだった。
十二時ごろのは次の話を誤投稿でした、すみません。この話からです
本編書き終えました。今回は十五万文字ほどです。どうぞお付き合いください!
読み直しつつ今週は水曜、金曜お昼の十二時に投稿します!
感想、誤字報告、評価、ともどもありがとうございます!よろしくお願いします