調査兵団…新兵の宿。
偶然か必然か。
まだ昼だと言うのに、食堂には女子だけが揃っていた。男子はもう皆自室に戻っている。
食堂の空気は…重い。その一言に尽きる。
それはアニ・レオンハートがいるからだ。
以前から、アニが壁の外から来たことを知っている者は数人いる。だが、知らない者が多数を占めていた。
アニはキヨンが寝る前に、勇気を振り絞り食堂で皆に壁の外から来たことを話した。
アニが敵ではないと皆は分かっている。
それは他でもないキヨンがそう言った。
最も実力のある一人で皆から慕われている男が、アニは仲間だと言った。
そして、キヨンは皆の前で頭を下げ、アニを許してやってほしいと言った。
だから、誰もアニを敵だとは思っていない。
だが…それでもウォール・マリアを破壊した超大型巨人の仲間と言うことが消えることはない。
仲間だと分かっていても許せないのが、人の心である。
「謝って済む話ではないことは理解している。
でも…ごめんなさい。」
アニは再び、食堂にいる皆に向けて謝罪の言葉を述べた。
食堂はシーンとした空気になっている。
冷たく重い空気が淀んでいた。
「皆!アニのことはもう話したでしょ!
仕方ないんだよ!
マーレがしたことは洗脳なんだから!」
アニを庇うようにヒストリアが立ち上がって、皆にそう言った。
だが、それでも皆はシーンとしている。
そんな皆を見てユミルが口を開く。
「ったく…てめぇら、クリスタにここまで言われても理解でねぇのか?
お前らは王政が作った歴史書を読んで、壁内人類以外は絶滅したと信じ込んでいただろうが。」
その言葉は皆の心に届いただろう。
今まで、王政の闇を知らなかった。
王政の言う事が絶対であり、それが真実なんだ
と、誰もがそう信じていた。つまり、一緒のことである。
「その通りだよ!
私達はもう分かり合えたんだから、啀み合う必要何て無いんだよ!」
ヒストリアがまた皆にそう言った。
「ええ!そうですよ!
私達はもうちゃんとした仲間ですからね!」
と、サシャがそう続くが…
サシャの右手に持っている物はパンであり、それは先程アニから譲ってもらった物だ。
だから、サシャに言われても説得力に欠ける。
だが…
「そうね。
もう私達で争う必要はない。」
ミカサがそう言った。
ミカサに言われれば、誰も反対することは出来ない。
「まっ!
皆もまだ思うところはあるだろうけどさ!
これから時間をかければ、訓練兵の時みたいに戻れるよ!」
と、最期にミーナが言う。
トロスト区襲撃時から少しずつ成長していったミーナは、女子を纏め上げるリーダー的存在となっていた。
ミカサもサシャもユミルも一人か特定の人物としか居ないため、皆を纏める役ではない。
ユミルの言葉から始まり、中心人物のミーナにそう言われてしまえば、もう誰も否定的な雰囲気を出したりはしない。
食堂の雰囲気も段々と戻っていき、雑談をし始めた為、ガヤガヤとしている。
「そう言えば、アニはどこまで逃げていたの?」
ヒストリアがそうアニに聞く。
純粋に気になっていた事だ。
次の日の朝まで帰ってこず、何をしているのかと思えば、死闘を繰り広げていたようだった。
そして、キヨンはもう眠りに就いてしまい、聞く相手がアニしか居ない。
「訓練所まで…」
「え?何でそこまで?」
「それは………その…キヨンに見つけて貰うために…」
アニはヒストリアが目の前にいる為、何と言おうか迷ったが、そう素直に答えた。アニがそう言うと、食べる手を止めてアニを見る女子が多数。
「……何で…?」
「…まぁ…ストレスが溜まった時とかにちょっとね…
キヨンに教えてもらった場所だし…偶に一緒に夜景を見に行ってたから」
最後の言葉は小さくボソボソとした声だった。 しかし、恋愛となると地獄耳と化す女子は、この場にいる全員がそれを正確に聞き取った。
食べる手を止めた女子が追加された。
キヨンに興味なくとも、異性と夜景を見ると言うのは、年頃の少女にとってはとても羨ましいことだ。
殆どの女子が面白そうな話に耳を傾ける中、一人ワナワナと震えだす女の子がいた。
「…そう……夜景…ね。
へぇ………そう…良かったねえ。
色々キヨンに使って貰えて」
ヒストリアの言葉は何処か言い方に棘があった。
「………別に…私自身のためだし。
まぁ…頼って貰えるのは嬉しいけど…ねっ」
アニの言い方は、何処かドヤ顔が伝わってくる。
『メキッ』
「くっ…頼って…?
へぇ~命懸けの手紙の配達でしょ…
あと…情報を全て吐かされただけでしょ?
そう言うのを『駒』って言うんだよ。
良かったわねぇ〜
『使って』貰えて」
ヒストリアは、駒と使ってと言う部分を強調して言った。
だが、ヒストリアが気に障るのも無理はない。
未だに、キヨンから頼られることは少いからだ。
『メキメキ』
「……何?
そっちは、ただ守って貰ってるだけだよね?
子供みたいに扱われて満足?
ホント…羨ましいよ。
甘やかしてもらって…さ」
『『バキッ!』』
「「ああ?」」
とても、女子とは思えない。二人とも美少女だが、そんな2人から出たとは思えない野太い声が聞こえた。
そして、先程から何かの音が聞こえていたが、 今、ようやく分かった。
2人が手に持っていた、木のコップ。
2人とも握り潰してしまった…
コップに入っていた水が手に掛かるも、構うこと無く、2人は立ち上がり睨み合う。その視線が交差するところでは、火花が散っていた。
食堂に居る女子は誰も話さないし、動こうとしない。
食堂は先程よりも重い重い空気になっていた。
「何よ。私だって、頼って貰えるように努力してるの!」
「結果に結びついてないね」
「あ~そう!よし!やってやる!!行け!ユミル!」
そう言って、アニを指差しして命令する。
「何で…私何だよ。
と言うべきだろうが、ここは私がやる。」
いつになくやる気を見せたユミル。
「 何?珍しいじゃん。あんたもキヨンに惚れたの?」
「…は、はぁ?」
普段なら噛まなかっただろう。
だが、気が抜けていたのか少し同様してしまったユミル。
「ユミル…?貴女もキヨンを狙ってるの?」
グルンッと、ヒストリアはユミルの方を振り返った。
「ばっ…そんな訳ねぇだろ!」
「…でも…壁外調査のときの夜、ユミル…キヨンに手を繋いで貰ってたから…
あの時は、ただ怖い思いしただけなんだと思ってたけど…」
みるみるヒストリアの顔が暗くなっていく。
ユミルの顔はみるみる青褪めていく。
「ユミル…貴女、精神は60歳なんだから、もう良いじゃない」
ヒストリアがまた無駄な煽りを入れてしまった。
カッチーンと来てしまったユミル。
ユミルの顔は青から無へ。色を失くす。
「クリスタ…お前とは仲良くやっていけると思っていたんだが…残念だ」
「私も残念だよ。
まさかユミルが敵になるなんて…」
ここでも火花が散る。
一触即発。
だが、それを止めるべく動いた一人の勇敢な女子がいた。
「やめなさい。
そんな事をしても何も生まない」
ミカサの一言に三人がハッとする。
「「ごめん…」」
「あ~いや…私も熱くなっちまった」
「キヨンの事になると、皆さん怖いですね!」
「「「うっ…」」」
サシャの言葉は三人の女子に深く突き刺さった。
「けど私はキヨンが、私を選ぶことは無いと確信しているし、キヨンと添い遂げたいとは…………………考えてない。」
落ち着きを取り戻したアニがそう言う。
だが…最後は熟考したようだが。
「え?そうなの?」
「…うん。だって、キヨンから特別扱い受けてるのはクリスタくらいだしね。
まあ、キヨンと一緒にいるのは気が合うし、一緒に居て落ち着くから…まぁ、その、隙あれば…って感じ…」
アニがそう言い、ヒストリアは全然落ち着けないよ!と突っ込んだが、その後に揉めることは無かった。
たが…それはこの三人が…である。
「あっ。
そう言えば、ミーナから聞いた話何ですが、キヨンが班を引き連れて獣の巨人を倒しに向かった時、ミカサが珍しくキヨンを心配していたと聞きました。
何か、心境の変化があったのですか?」
サシャがまたしても、いらんことを言った。
実にサシャらしい。
カクカクとロボットのような動きでサシャの方を振り返るミカサ。
サシャの言葉にミカサの動揺を見た女子達は、当然黙っていられる筈もない。
「ミカサ何かあったの?」
「な、なな何もない」
「いや…あったんでしょ」
「何も無いって言ってるでしょ…?」
ミカサは怒気を込めてそういった。
しかし、こう言う時の女は怖いもので…
睨み合いが始まった。
「さぁ!吐け!何をしたのか」
真っ先に動いたのはヒストリア。
ミカサを掴み逃さない。
ミカサはそれを引き剥がそうとするが、何故か引き剥がせない。
「私も…猛獣に効くのか一度試したかったのよね…」
アニが動き出す。
その後ろにはユミルとミーナもいる。
「ちょっ…本当に何もしてない。
家族として、一緒に寝てくれただけ!」
皆に詰められ、勢い余ってミカサはそう言ってしまった。
ハッとするミカサ。
固まる女子達。
「いや…だから…私が落ち込んでいたから、一緒に居てくれたの。
家族だし、一緒に寝ることは昔からよくあった」
ミカサはそう皆に説明するが、その言い方は早口だったため、何処か言い訳臭く、寧ろ皆には不信感を与えるものとなった。
ヒストリア達には不安を与えることになったが、食堂にいる女子達には、面白い話であり、ドキドキしながら、赤くなった頬に手を宛てミカサを見ている。
「でも、それは昔の話でエレンも居たんだよね?
今回は2人だよね?」
「……家族だから…か、関係ないでしょ」
「でも、ミカサはどう思ったの?」
ヒストリアにそう言われ、ミカサは少し顔が赤くなり、反射的にそっぽを向く。
それを見ていた周りにいる女子達は、キャーと黄色い声を出し食堂に響く。
そんな女子達をヒストリア達が睨み黙らせた。
「ちっ違う。
キヨンは家族だから!」
「じゃエレンは?」
「か…家族…」
「ふ~ん……」
「も、もう寝よう…離して」
何とか逃げようとするミカサ。
どうするべきかと考えるヒストリアだが、不満げな表情をしながらもミカサの腕を離し、席に戻った。
「そう言えば、何でヒストリアはキヨンのことが好きなの?」
ミーナがヒストリアに聞く。
それを聞くために、寝床に向かおうとしたミカサも席に戻った。
「えっ…」
ヒストリアは理由を言いたくない訳では無い。
ただ、安易に言っていい内容ではないため、なんて言えば良いか分からず黙ってしまった。
「そんなの、雪山の訓練で逸れたときに、キヨンに助けられたからだろ」
ユミルが助け舟を出す。
「それで、あの時は大泣きしてキヨンに抱きついていたのですか?」
と、サシャが純粋無垢な表情で、そう言う。
「うっ…そう……………ううん。そうじゃない」
ヒストリアは肯定しようとしたが、首を振り否定する。
言わない方が良いのかもしれない。
でも、ここまで一緒に過ごしてきた仲間に嘘を付き続けるのも心が傷んだヒストリアは、自分の事を話すことに決めた。
「実は…私はシーナで生まれ育ったの。
貴族のような裕福な暮らしではないけど、貧しい暮らしでもなかった」
ヒストリアは過去を話し出す。
親との関係。
そして、壁が破壊された日に母を殺され、偽名を与えられ、訓練兵に志願させられたことを、包み隠さず話した。
「へぇ〜、本当の名前はヒストリアって言うのね。
じゃあ、王家も潰れたことだし、これからはヒストリアって読んでも良いの?」
ミーナが明るい雰囲気でそう聞く。
暗い話にはさせない。そんなミーナの計らいをヒストリアは嬉しく思ったのか、笑顔で答える。
「うん。
あ、でももう少しクリスタで呼んで欲しい。
キヨンにはまだ、秘密だと言われているから」
「ほほぅ。それで?」
「??」
「いや、そもそもの話の内容は、なんでキヨンに惚れているのか。だよ?」
「あ…そ、そうだったね」
ヒストリアは後頭部を掻いてから話す。
「それで、その雪山のときにキヨンが、私に過去を話せと言ってきたの。
でも話したらキヨンが消されかねないし、その当時の私は人と関わることが面倒くさいとか思っていた。だから、消されるかもしれないから話せない。と言って断った」
「ヒス…クリスタがそんなことを考えていたとは…女子とは、恐ろしい…ね」
「ははっそうだね」
真剣な話をしているものの、ときに冗談や笑いが混じり雰囲気が悪いわけではなかった。
「でもね、キヨンは…かまわない。ってお前の関わる全てのやつを排除しよう。と言ったの。
言われたときは、何を言っているのか、そんなことできるわけがないと思ったけど、直後キヨンの目を見て…ね。なんでだろう…信用して話してしまった」
「おお〜カックイイね。キヨンは」
「キヨン以外が言ってもね〜何とも思わないし、寧ろ何カッコつけてんだとか思っちゃうけど」
と、食堂にいる女子が口々に言う。
「それで、初めて自分のことを話せたから…安堵したのかな?
お前は一人じゃないって言ってくれたから…抱き着いちゃった」
「「「おぉっ」」」
ヒストリアが照れくさそうに言うと、女子はキュンと来たようだ。
「それは好きになってしまうよね。
なんか納得したよ。
でも、キヨンは罪な男だよね。ヒストリアにアニ、そしてミカサもかぁ〜」
と、ミーナが自分のことを棚上げして言う。
「「「「それはミーナもでしょ」」」」
と、食堂にいる女子全員が突っ込む。
「あ、あははは、ぶっちゃけさ…キヨンが好きな人ってどれくらいいるの?」
と笑って胡麻化すミーナだが、敵を確認するためにも食堂にいる女子に問いかける。
その言葉に顔を背ける女子は…………
皆の反応を見たヒストリアは、まさかの事実に愕然としていた。キヨンがモテるのは知っていた。しかし、これ程とは想定していなかった。
口を半開きにしながら、震えているのを見たアニはヒストリアを弄る。
「クリスタがもし本物の王家で、それをキヨンが知っていたのなら、あんたも駒ってことだね」
「えっ…」
追い打ちをかけるアニ。
どうやらアニは少し根に持っていたようだ。
青褪めるヒストリアにニンマリと笑みを浮かべる。
「はははっ。冗談」
「もーっ!」
その後も主にキヨンの話で盛り上がっていた。
同じことを何度も繰り返す。
アニやヒストリアが睨み合い、ミカサが皆から問い詰められ、その度に顔を赤くする。そしてまた掴み合う。
だが、この場には気まずさは欠片もなかった。
緊迫した状況から笑いが絶えなない場となった。
「私は…別に、キヨン…が、好きーと、言うわけじゃ、ない…し」
一人だけ常時拗ねていたが……
兎にも角にもアニ・レオンハートがこの場に馴染む事ができた。
アニが皆の前で謝り、ヒストリアが自分のことを包み隠さずに話したことで、この場に集まる全員と分かり合うことができた。
皆は気付いていないが、それは紛れもなく素晴らしい事だった。
戦争。
啀み合い、何百年と続いた戦争の中、分かり合うことができた。
たった一人だが、それでもこの何百年間不可能だったことだ。
皆は知らない。
まだ知らない。
この気付かない一歩が戦争を終わらすための最初の一歩となることを、今はまだ……知らない。
たった一人を除いて。
この流れすらも計算にいれていたのかは……本人のみぞ知る。