天地無用!~いつまでも少年の物語~。   作:かずき屋

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日常へ・・・。果たして帰れるんでしょうか?


遠くにある樹雷2

 「僕は、ひょっとすると、あなたがたとの別離を悲しむ側かも知れない・・・。なぜかここ最近そんな気がします。」

ふっとそう言う考えが頭をかすめた。あくまで直感だけど。柚樹さんがスリスリと足下で身体を擦りつけている。

 「だから、その両腕の印なのよ。私たちを置いてどこかに行くことは、たぶん出来ないわ。たぶんね。でも、あなた見てるとその自信が揺らぐわ。」

なんかえらい言われような気がする。って時計見ると、あんまり時間ないじゃん。そういや、この格好はまだ面が割れていない。水穂さん達はどうせ会場へ転送で来るだろうし。

 「走って行こうっと。」

朝の樹雷だ、たぶん凄く綺麗だぞと。そうと決まれば、阿主沙様の服とこのカッコのままで一樹に転送を頼む。昨日は、あまりのたくさんの人がいたのと、セレモニー用に様々な用意があったりで、町の様子は見えなかった。宇宙港入り口に転送してもらって、昨日のパレードの道を行くことにした。柚樹さんも足下にいる。一樹も小さくなって、肩に乗った気配がある。気持ちよく晴れている青空だった。おっともう時間が無い。地を蹴って走り始める。空気も綺麗だし、だいたい、排ガスの類いや、機械の何かの匂い、オイルが焼けるような匂い、そういうモノが一切無い。地球でも山深い場所の朝でないとこういう空気は吸えない。確かパレードでは、天樹までゆっくり歩いて2,30分ほどだったと思う。宇宙港から市街地に入ると人の行き来や木製のクルマも多い。バスや路面電車のような公的な乗り物みたいなものもみあたらない。クルマも荷物を積む類いのモノが多い気がする。物流のためのものだろう。体力に自信があるのか、町中にスロープとか障がい者用と思える施設は少ない。医療が進み健康寿命が極端に長くなった結果も知れない。それに遺伝子操作の類いも当たり前だろうし、ナノマシン系のテクノロジーは非常に進んでいるのだろう。地球ではよく見る、医者の看板や介護施設の看板はほとんどなさそうだ。そのかわり、進学塾や武道場のようなものが多い気がする。子どもの教育には熱心なのかも知れない。あと、ギャンブルのようなものも少ない。でも、平田兼光さんの話だとピンクなお店は結構あるみたい。朝だから閉店したばかりかな。そんな感じで天樹に着いた。

 「う、昨日は、転送されたんだっけ。一樹、転送ゲートはどこだっけ?」

 「転送ゲートで行くと、玄関で追い返されちゃうわよ。わたしが送るわ。」

梅皇さん、やっぱり見てたのね。ここは素直にお願いしますと言った。グリーンの転送フィールドが僕らを包む。そして、会場の僕らの席へ・・・。

 目の前の転送フィールドが下がっていき、転送完了だ。ったって、ここは・・・。

 「皇家の樹の間ではないですか。ここへをひとりで来ることはまずいですって。だいたい、昨日、樹のネットワークで連絡済みでしょう?」

まださすがに樹雷皇阿主沙様の顔に泥を塗るわけにはいかない。

 「一樹、会場に転送してくれるかい?」

 「だめなんだ、梅皇さん以上の意思が働いている。僕はそれに逆らえない。」

柚樹さんも同じようで、ネコの姿のまま首を振っている。じゃ、とにかく誰か来てもらわないと。

 「だいじょうぶ。ここでわたしと話しましょう。」

皇家の樹の間の大扉に、美しい樹雷の服を着た女性が現れる。ただし実体ではないようだ。うっすらと扉の模様が透けて見えている。

 「うむむ、こういう場面だと、だいたい女神様とかそう言うキャラでしょう?」

 「くっ、やっぱり最近の子はスレてるわね。でも、さすがにこれでは?」

美しい樹雷の女性がいきなりかわいく両手を握って、

 「魎呼お姉ちゃん、魎ちゃんいじめちゃだめぇ。」

 「はあ?砂沙美ちゃん?」

ちょっと舌っ足らずな、お料理上手な砂沙美ちゃんの声だった。

 「そうだよ。わたし、砂沙美なの。・・・・・・そして津名魅でもある。わたしも砂沙美と融合してるのよ。」

さらによく見ると、津名魅様の後ろに、ふたりの女性のような影が見える。

 「今は、それはさほど重要ではありません。追々、姉様と妹がお話しするはずですから・・・。とにかく、あなたは天地様と並びわたしたちの可能性の一つ。でもまだふ化には早すぎます。第2世代の樹を2樹でも押さえられないため、第1世代の樹もあなたのリミッターになってもらうことにしました。ふふふ、ちょっと不安ですけどね。みんなと仲良くね。早くわたしにも水穂ちゃんの子ども見せてくださいな・・・。」

それだけ言うと、ゆっくりと消えていった。

 「津名魅様にそう言われちゃしょうがないわね~。こんなとこにいたのね。探してたのよ・・・。ふふふ、今度は逃がさないわ・・・。」

瀬戸様が僕の服の襟首を後ろからつかんで、軽々引きずっていく。ふたりの樹雷の闘士が付いていたが、ニヤリと笑ってあとは無表情を決め込んでいる。

 「み~み~。」

 「少しもかわいくないわよ。その左手の玉のせいで酔えないんだってね。樹雷には、本当にたくさんの酒があるわ。アルコール度数80%越えの酒なんて掃いて捨てるほどあるわよ。昨日言ってくれれば良かったのに。」

どうしても酔って帰らないといけないらしい。いつまでも引きずられていてもいけないので、一度立ち止まってもらって、服を整えて歩いて付いていく。

 「でもよく分かりましたね。僕、今日の朝のカッコなのに。」

 「今日の朝の通信で、あなたのパーソナルは樹のネットワークを通じて、3種類取得済みよ。今度こそ逃がさないんだから。」

ピタッと立ち止まって、振り返りざま、また抱きつかれる。お付きの闘士の顔が一瞬気の毒そうになったのを見逃さなかった。

 「こんなに、大きくなっちゃって。しかもさらにイケメンだし。お披露目がもったいないわね。いっそのこと水鏡に幽閉しちゃおうかしら。」

抱きつきながら、右手で僕の左ほほをなでなでする。ちょっと良いかも、とか思う自分自身が節操ない、と天木日亜の記憶が言い、瀬戸殿も大年増になったものよと天木辣按の記憶が言う。って、天木辣按様の記憶???

 「また記憶ごとパーソナル融合した・・・。」

左手で顔を覆う。大きく長いため息が出た。

 「まあ、樹雷皇の記憶なんて、なかなかゲット出来ないわよ。」

 「そりゃそうなんですが・・・。たとえば、僕は瀬戸様は綺麗だなって思うんですが、天木辣按様の記憶だと、瀬戸様のお若い頃をよくご存知のようで、怒らないでくださいね、大年増になったものよのぉ、だそうです。」

ビシッと音を立てるように青筋がこめかみに現れる瀬戸様。

 「くっ、く、悔しいけれど・・・。さあ、祝賀会場に行くわよ!。」

ぷ、くくくとお付きの闘士ふたりが笑っている。あれ?もうひとりは・・・。

 「なんだフードかぶってるから分かりませんでした。平田兼光様ではありませんか。」

 「おう、残念、見破られたか。こっちは、竜木西阿殿だ。田本殿のおじいさまにお世話になったようなので連れてきた。」

フードを取って、ニカッと笑うのは紛れもない平田兼光さんである。もうひとりの方もフードを取ると、あの、ばあちゃんが大切に持っていた記録映像に映っていた人だった。スッと手を差し出される。

 「こちらこそ、うちの祖父がとてもお世話になったようで・・・。ご挨拶が遅くなって申し訳ありません。」

こちらも右手を出して、握手した。ガッシリした働き者の手だった。そういえば、握手で良いのだろうか?

 「どうも重ね重ね済みません、握手で良かったのでしょうか・・・。大先輩なのに・・・。」

にっこりと、柔らかい笑顔だった。腹黒いとか、そう言うイメージからはもの凄く遠く感じる人のように見えた。

 「歳のことは言いっこなしですよ。・・・うん、あの正木さんによく似ています。本当に懐かしい。あなたのおじいさまは、部下に慕われた善き司令官でした。わたしも助けて頂いたことが何度もありますよ。」

瀬戸様の後ろを歩きながら、竜木西阿様とお話しした。よく考えると、じいちゃんのことは、晩年の様子しか覚えていない。病院通いに付いていったとか、家で伏せっているイメージが強かったりする。

 「そうなんですか。実は祖父のことは、身体の具合が悪くなってからのことしか、覚えてなかったりします。祖父は、20年ほど前に、祖母は5年前に亡くなりました。」

そうだったんですか、あなたのおじいさまとお婆さまは仲の良い夫婦でね。などなどちょっと嬉しくなる会話だった。

 転送ポートをいくつか乗り継ぎ、昨日の会場到着した。時間は、いちおう午前9時に10分前だった。樹雷皇阿主沙様もすでに着席されていた。竜木西阿様には、どうもお世話になりました、今後ともよろしくお願いします、と言って分かれた。今日も僕は主賓らしいし・・・。

 「遅くなって申し訳ありません。そして、この服、急遽頂いてしまってありがとうございます。」

 「ほう、似合ってるな。わしが、武者修行に行ったときのものだ。懐かしいな。船穂よ、まだ持っていたんだな。」

樹雷皇阿主沙様が目を細めて僕を見ていた。だいぶ懐かしい服のようだ。

 「まあ!、それ、地球で、わたしを抱き上げて霧封に運ばれたときに、召されていたものではありませんか。」

卒業アルバムを見るときは、みんなこんな顔するんだろうな。

 「お姉様を樹雷にお連れになったときのものですの?」

 「そう、確か天木辣按様が急に危篤になられて・・・。もう800年以上前のことになるんですわね。わたくし、阿主沙様に郷里へ持って帰って頂きたくって、一生懸命山の幸を採ってきましたの。そしたら、とても顔を赤くされて。照れたと思ったら抱き上げられてしまって・・・。そのままわたしのおじいさまに一言お願いされて、わたくしは、この樹雷に来てしまいました。」

なんだ、阿主沙様も結構やんちゃ者だったんじゃん。ちょっと重々しい咳払いなんかやってる樹雷皇阿主沙様だったりする。しかし、それから800有余年・・・。そんな年月、僕には想像も出来ない。

 「わたしは、船穂お姉様のお部屋に、始めて行ったのは窓からでした。」

 「ええ、そうでしたね。ちっちゃな美沙希ちゃんが、まるでお猿さんのようにわたしのお部屋に来てくれて・・・。一緒にお勉強もしたし、楽しかったわね。」

なんでも、天樹のえだや幹を伝って、船穂様のお部屋に来ちゃったらしい。おほほほ、とお二人の華やかで軽やかな笑い声だった。でも800年あまり、なんかいろいろあったんだろうなぁと、ちょっと気の毒にも思う。そうやって、お二人のお話を伺っていると、慌てた水穂さん達が到着して開式の時間になった。水穂さん、何事もなかったかのように僕の隣に座る。昨日と同じように祝いの会が始まるが、さらに今日は、昨日の出来事も加わって、僕の腕輪の件もお披露目された。会場は昨日を越えて、大いに湧き上がる。今日は瀬戸様が準備してくれた、強いお酒を頂きながら、僕のテーブルを尋ねてくれる方々と談笑する。それでもそう、地球で言う中ジョッキのビールを一杯飲んだ程度しか酔わない。

 「カズキ様、梅皇は無事コアユニットに入りました。これから1週間から10日程度かかりますが、全長10kmの梅皇の船体建造にとりかかります。」

立木謙吾さんが、ちょっと狂気を宿らせた目つきでそう言った。むちゃくちゃ楽しそうである。

 「う、すっかり忘れてました。やっぱり一樹と合体する、第1世代皇家の樹、梅皇は母艦状態なんですね。」

一樹とは合体するが、阿羅々樹や樹沙羅儀、緑炎・赤炎・白炎は格納庫に搭載されるらしい。籐吾さんも杯を持ってこちらに歩いてきた。

 「そうです。わたしたちの樹は、いわば艦載機状態ですね。梅皇には、わたしたちのおうちを建てています。水穂様に、あやめさん達も張り切ってましたよ。」

ということは、籐吾さんや謙吾さんと・・・。

 「ええ、ずっと一緒ですよ。」

ポッと顔を赤らめる二人だった。

 「ややこしいおっさんに、ほんとうに済まないねぇ。」

この天木辣按様のパーソナルだと、さらに二人を見下ろすような感じになる。

 「おっさんって・・・、その顔で言われるともの凄くギャップがありますよ。ホントに。樹にまで心配されるはずだわ。この人。」

二人にジト目で見られて、やっぱり水穂さんに脇腹小突かれて、ってやってると樹雷から帰る時間になってしまった。その頃にはさすがに結構僕も酔っていた。まあ、飲んだお酒の度数は80度を超えていたし、その量も1升は越えていたと思う。我ながらすでに人ではないよな、とか思う。またたくさんの樹雷の皆さんに見送られ、一樹に乗り込み、阿羅々樹、緑炎・赤炎・白炎を従えて樹雷をあとにした。立木謙吾さんは、今回は梅皇建造のため、樹雷に居残りである。いちおう、宇宙港からの離床時は阿羅々樹他を従えた形である。衛星軌道上で、一樹に他の艦の操艦をリンクした。西南君達の守蛇怪は、もうしばらくして樹雷を離れるそうである。

 発進許可を待つ間、衛星軌道から樹雷を眺める。青と緑が本当に美しい星だった。地球はどちらかというと水の青、そして雲の白、各大陸の土色そして緑だが、樹雷は特産の巨木種もたくさん茂っているため緑の色が強い。しかも、数万年前の入植時にはすでに大気汚染などの原因となる技術はなく、地球の常識から言えば、クリーンエネルギーでもって厳重に管理され開発されたらしい。さもありなん。恒星間航行技術があるなら、危なっかしい核とか何らかの燃料を必要とする内燃機関や外燃機関を使うこともないだろう。しかも、皇家の樹があれば、他のエネルギー源もあまり必要ではないだろうし。

 「樹雷は、美しい星ですね。」

思わずそうつぶやいた。

 「手に入れますか?」

水穂さんが、イタズラっぽくそう言う。ちょっと目が怖い。

 「・・・いえ、面倒くさいのでやりません。そんなのは樹雷皇阿主沙様や瀬戸様に頑張ってもらいましょう。」

そりゃ、自分のモノにすることも、もしかしたら可能かも知れないが、その後が大変である。様々な対外手続きから始まり、統治体制、それをになう人材の任命やらなにやら。考えるだけでゾッとする。そこに住まう人々にとっては、より善い人なら良いわけで、もっと言うなら税金や各種公的なお金を納めるのが少なくて、自分たちの権利をしっかり保障してくれること、何か困ったときのサポートが完璧なら、国の長は何でも良いはずである。

そんな面倒くさいことは、誰かそう言うやる気のある人に任せておけば良い。

 「第1世代の樹を得た、あなたなら簡単なことですわ。」

水穂さんがダメ押しする。そうだろうな。無血革命もできるだろう。

 「そういうのは、苦労している人間を外から見ているのが一番楽しいし楽ですよ。そうだ、こんど樹雷の国会のようなモノも見せてください。四苦八苦して答弁している瀬戸様が見てみたいですね。」

ほほほ、そうですわね、と口に手を当てて水穂さんが笑っている。この賢く美しい人は時々人を試すようなことを言う・・・。じゃ、やりますか、と言ったらたぶん問題なく任務を遂行するだろう。

 「発進許可が出ました。銀河連盟からも地球に向けての航行許可が出ています。」

 「それでは、地球に帰りましょう。明後日の月曜日からいろいろ大変だし。」


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