どんちゃん騒ぎも終わり、地球に無事帰ってきました。
そろそろ懸案の・・・。
「発進許可が出ました。銀河連盟からも地球に向けての航行許可が出ています。」
「それでは、地球に帰りましょう。明後日の月曜日からいろいろ大変だし。」
一樹、発進してくれと念じる。操縦系統をリンクした阿羅々樹他と、地球に向け樹雷軌道上から離れ、超空間ジャンプ可能位置まで航行して、無事いつもの暗緑色の超空間に突入した。これで、十数時間後には地球である。一樹へあとは頼むよ、とお願いすると、了解!と元気よく返ってきた。
「水穂さん、あとのことは樹にお願いするのでいいかな?。」
「そうですわね。まず戦闘と言うこともないでしょうし。」
「みんな、いろいろありがとう。各艦、自分たちの判断で休んでくれ。」
各艦から返答があり、いちおう、3時間おきに哨戒任務を交代する当番を決めてくれていた。それに任せて、何かあったら起こしてねと、一樹のブリッジをあとにした。さっきはだいぶ酔っていたが、少し時間をおくと酔いも覚めてくる。お風呂入って、あとはいつものとおり、だったりする。水穂さんの肌は、よりいっそう吸い付いてくるようにつるつるでしっとりと潤いを帯びていた。
幸いにも何事もなく、また左手の赤い宝玉も安定していて、なにかがあったと起こされることもなく太陽系に入ることが出来た。先週までが異常だったんだろう。不可視フィールドを張って、静かに鷲羽ちゃんの亜空間ドックに入港した。阿羅々樹、緑炎・赤炎・白炎は衛星軌道上で、待機している。もちろん鷲羽ちゃんの亜空間ドックにある転送ポートへは各艦とも直接アクセス出来るようになっている。すべてが順調だったので、到着は日曜日の昼過ぎだった。
鷲羽ちゃんのドックの転送ポートから出ると、やっぱり遥照様に天地君、鷲羽ちゃんにノイケさんに砂沙美ちゃん、阿重霞さんと魎呼さんが出迎えてくれた。いちおう、おどろかせてもいけないので天木日亜似の格好である。服も地球のモノに着替えている。
「ただいま帰りました。遥照様、先日はどうもご迷惑をおかけしました。」
と深々とお辞儀する。一通り挨拶が終わると、実は、と言って、水穂さんが樹雷皇阿主沙様や神木瀬戸樹雷様からお土産を頂いていますと言って、まずは遥照様に箱を渡している。さらに一樹の格納庫からかなりの荷物が搬出されていた。それを見ながら重々しく言う。
「身内が殺されかけたのだ。キツイお灸を据えてやらんとな。」
若い遥照様の格好で眼鏡を右手人差し指であげながら遥照様がそう言った。ちょっと見たことのない厳しい視線だったりする。
「まあ、この国の政府も今回の出来事で、どういうことかよく分かったことじゃろう。」
スッと、いつものちょっとお茶目なおじいさんの姿に戻った。
「さあ、みなさんお茶でもどうぞ。長旅お疲れ様でした。」
ノイケさんがすかさずそう言ってくれた。さすが間の取り方がうまい。
「ぐふふ~。田本殿は、さきにこっちだね。」
ええ、そうでしょうよ。検査とか言ってたし。鷲羽ちゃんが、マッドサイエンティストここにありという表情だったりする。しかもガシッと左手をつかまれている。出迎えてくれた全員と、水穂さん、柚樹さんまで気の毒そうな顔をしていた。僕と鷲羽ちゃん以外は、柾木家のリビングへ出て行った。
「そうそう、鷲羽ちゃん、これ。出来れば外してください。むっちゃ危ないし、お酒飲んでも酔わないし、ご飯食べられないですけど。」
これこれ、と左手の甲の赤い宝玉を指差す。鷲羽ちゃんはニッと笑って、黄色いボールのような何かのキャラクターグッズのような物を取りだしてきた。火曜日のように座らされて、頭の上に載せられる。左右の目がかわりばんこに光ったり暗くなったりしながら、数分。ぴここっと電子音が鳴った。そして、鷲羽ちゃんの周りにたくさんの半透明ディスプレイが出現する。
「この宝玉、よほど田本殿と相性が良いんだね~。身体全体に根を張っちゃってるよ。これは危険すぎて外せないね。さらに、しかもあんたまた、アストラル融合してるね。」
あはは、ばれちゃいました?と言って天木辣按様のカッコになる。とにかく樹雷であったことをかいつまんで話した。
「津名魅がそう言ったのかい・・・。そろそろわたしたちも・・・。」
ちょっと遠い目をして、剣士君が行った日の不思議な雰囲気を出す鷲羽ちゃんだった。
「いやいや、それは良いんですけど、これ何度も暴走して・・・。はずせませんかね?。」
頭を横に振る鷲羽ちゃん。どうしても?と聞いてもあんたの身体がボロボロになるよ、と言われればだまるしかなかった。
「今のところ安定しているようだね。その梅皇の封印が効いているのかも知れないよ。」
どこか他に負荷がかかってなきゃ良いけど・・・。
「だいじょうぶさ。前樹雷皇の樹だろう。いろいろよく分かっているだろうさ・・・。」
また含みのある言葉を言う。いつも思うけど、この人はつかみ所がない。鷲羽ちゃんちゃんと呼んで!と言っているときはまさに少女のように見えるし、印象もその通り。しかしまれに見せる遠くを見通すような透徹した視線は、例え身体が少女のままだとしてもとても人とは思えなくなるときがある。
「なにさ、人の顔を見つめて。どうしたんだい?。」
やだよ、この子は、と目を細めて右手を振っている。ん~、よく分からんなぁ・・・。いえ何でもないですと言って、立ち上がった。一樹も肩に乗った気配がある。こっちを見る鷲羽ちゃんの目は、僕をまぶしそうに見ている、どちらかというとお婆ちゃんのような優しい目だった。
一通り検査が終わったので、鷲羽ちゃんのあとについて柾木家のリビングに行く。また、みんなに驚かれた。あ、天木辣按様の姿のままだった・・・。まあ、いいかと水穂さんの隣に座った。僕の姿と手の甲の赤い宝玉と、みんなの視線が行ったり来たりしている。
「また今度は・・・、何と融合したんです?」
驚愕のショックから、いち早く立ち直った天地君が頬を引きつらせながら、聞いてきた。阿重霞さんも砂沙美ちゃんも、ノイケさんも魎呼さんも見事に目が点になっていた。
「今度は、前樹雷皇の天木辣按殿のパーソナルだそうだよ。」
ニタニタと面白くてたまらない、と今にも言わんばかりの鷲羽ちゃんだった。鷲羽様、お茶ですと差し出された湯飲みを、ノイケ殿ありがとう、と言って受け取っている。水穂さんは黙ってお茶を飲んでいるが、微妙に口元がひくひくしている。
「・・・・・・と言うことは、ひょっとして第1世代の樹がらみかの?」
次に目が点状態から立ち直った遥照様が口を開いた。
「土曜日の祝賀会が終わって、赤い宝玉のせいで、お酒飲んでも酔わないし、ご飯もあまり食べられないし、と思って柚樹と剣術の練習してたんですよ。天木辣按様のパーソナルが一樹の中に入ってきて・・・。そのパーソナルを操っていたのが、前樹雷皇の樹、梅皇さんだそうで・・・。」
これ、これの宝玉がと、これ見よがしに右手で左手の甲を指差して、両腕の樹の封印も見せた。鷲羽ちゃんが、おほほほ、何を言ってるんだかこの子は、と手を口に当てて笑う。その場にいる全員の視線が鷲羽ちゃんに集中する。額から一筋の汗が落ちていく。
「・・・マスターキーを兼ねた封印だそうで・・・。津名魅様の指示と、梅皇の意志だと言われました。」
ため息と共にそう話した。どこからともなく、あら、失礼ね。わたしはあなたのためを思って、そうしているんだから。と誰かさんの声が聞こえてきた。一万五千光年の距離は関係ないのかい。
「相変わらず、つくづく難儀なやつじゃのぉ・・・。」
じょぼぼぼ、と手近のポットからお湯を急須に注いでいる遥照様。
「いよいよ、役場職員とはとうてい言えなくなりましたねぇ。」
遥照様は勝仁様の姿で、お茶をすすり、天地君は頭を掻いて他人事だし、みたいな感じだったりする。
「なんかね、この腕輪がね、見えない鎖が付いているようで。」
「当たり前よ。勝手にどっか行っちゃいそうな、あなたには良い装備です!」
ズバッと、結構冷たく言い放つ水穂さんだった。湯飲みを持って正座してそう言った。厳しい姑みたいなこと言わんでも。しかも装備って・・・。外れないしこの腕輪。というか皮膚が変化したようなコレ。結構情けない顔をしていたんだろう。その場でどっと笑い声が起こった。天木日亜似の姿に戻って、本来の僕の姿に戻った。
「先々週の金曜日、このカッコで柾木神社の境内まで、息を切らせながら登っていたんですけどねぇ。こんな綺麗な人とお知り合いになることも思いもよらなかったし。」
そう言って水穂さんの顔を見た。またげしっと脇腹を小突かれる。へっへっへ、お腹の脂肪がカバーしてくれるのさ。このカッコだと。ぽゆんと揺れる大きなお腹。
「わたしたちは綺麗じゃないって言うのかいぃ・・・?」
珍しく、魎呼さんが絡んでくる。ぬおお、結構怖い。八重歯がちょっと牙に見えたり。
「いえいえ、魎呼さんも、阿重霞さんもノイケさんもみんな綺麗ですよ。」
必殺、八方美人の公務員笑顔で、そう言ってみる。ぷい、と魎呼さんは下唇を突き出してそっぽを向く。その言い方に、不満顔の3人さんだったりするが、僕としては水穂さんいるし。他に立派な闘士が二人もいるし個性的で有能な三人娘もいる。ほらほら、天地君がんばれよ、と視線を天地君に飛ばす。天地君は明後日の方向を見て、知らんぷりを決め込んでいた。阿重霞さんは、しばらくこっちを見ていたと思ったら、赤くなってうつむいちゃうし、砂沙美ちゃんはかいがいしくお茶請けとかの準備をしている。阿重霞さんと同じようにちら、ちらとこちらを見ながらうつむき加減だったノイケさんは、砂沙美ちゃんが台所に立ったのに気付いて、席を立って手伝いに行った。天地君、そろそろ責任取らないと・・・。
大きめのアルミサッシの向こう、外は、真夏の陽光だった。まだまだ暑い日が続く。来週をピークにわずかずつ秋に塗り代わっていく、そんな季節だった。柾木家は、エアコンを効かせているようでもないのに、快適な温度に保たれていた。樹雷の喧噪を離れて、ホッとする静かな家だった。来客用だろう茶碗に入れてもらった温かいお茶がうまい。ずずっとちょっとだけ音を立ててすすった。
「それで、水穂との結婚はどうするのだ?」
お茶をすすりながら、ポロッと遥照様が聞いてきた。なんの前触れもなく。いきなり。ぎっくぅぅぅぅと思いっきりびっくりする。またも霧吹きのようにお茶を吹き出すところだった。なんとか喉にやって、その熱さにむせそうになる。
「・・・ええと、とりあえずよろしく結婚させて頂きたいのですが、なにやら8月初旬には樹雷に行かないといけないんですよね。ちょっと父母と相談しておきます。」
そこまで言って、これではいけないと思い直して、正座し直して、遥照様に向かい正式にお願いした。
「どうか、水穂さんと結婚させてください。幸せにして見せます、と言いきれないのが辛いところですけど。それでもできる限りふたりで幸せになろうと思っております。」
左手で水穂さんの腰を抱く。うつむいた水穂さんが顔を赤らめていた。
「うむ。わしもちょっと不安だが、まあしょうがないだろう。どうか幸せにしてやってほしい。」
複雑で、ちょっともの悲しそうな雰囲気の遥照様。自分的にもこんな瞬間が訪れようとは、と思って感慨深かったりする。
それにしても、遥照様とアイリ様の娘さんにして、樹雷皇のお孫様・・・。良いのかな、本当に良いのかなと言う思いはまだあったりする。そっちに思考が行って、視界に左手の甲の赤い宝玉を見て、様々なことを思い出し、自分が大変なことになっていることに、さらに気がついたりもする。昨日の今日である。慣れるとかそう言うレベルではない。
「ねえ、水穂さん、今回さらにややこしくなったんですけど、本当に良いのでしょうか?皇家でしかも控えめに言っても聡明なお嬢様なのに・・・。」
まだそんなことを言ってるの?と言う目をする、水穂さん。
「わたしは・・・。あなたが好き・・・。それじゃ駄目?」
一度目を伏せて、そしてその大きくて綺麗な目をまっすぐこちらに向けて言った水穂さんだった。阿重霞さんがうるうるしながらハンカチで目尻をぬぐっている。それを見て魎呼さんがちょっと引き気味だったりするのもいつもの柾木家だな。
「樹雷さえも遠く離れた地に行くかも知れませんが、それでも良いのですか。」
「・・・ええ、あなたはそうでしょうね。それでも私は一緒にいたい。それだけでいい。」
そう言って頭を預けてくる水穂さんだった。にんまり、と遥照様は笑い、お茶をすすっている。天地君はいつの間にかいなくなっていた。あれ?天地君は?と聞くと、長くなりそうだし、今日のうちに収穫しておきたい畑があるから、魎皇鬼ちゃん連れて行っちゃったよ、と台所で砂沙美ちゃんが答えてくれた。すぐにリビングにお茶請けと自分のマグカップ持ってきて座った。砂沙美ちゃんは、カップを持って持ち上げるとクマさんが見えるかわいらしいマグカップ。ノイケさんはちょっと珍しい花柄のマグカップだった。
「そうと決まれば婚姻の儀ね!アイリちゃんにも連絡しなきゃねっ。」
電子音のあとに、でかいディスプレイが出現する。やっぱり、瀬戸様だった。どこで聞いていたんだか。
「あ~。うちのほうも結婚式考えないと・・・。両親は良いけど、親戚一同どこか宇宙に呼ぶわけには・・・。」
「そうよね~。それじゃ、地球編と樹雷編で行く?」
右手人差し指を立てる瀬戸様。そうですね。地球編は、普通にこちらで結婚式を挙げて、宇宙編は皆さんにお任せします。と言った。ディスプレイの向こうでガッツポーズしている瀬戸様が、ものすご~~く気になるけれど。さらに、水穂さんもこっちを見て若干引きつった顔をしている。まあ、でも経験豊かな瀬戸様でしょう・・・?あうう、不安・・・。
「遥照様、その辺は良いのでしょうか・・・?」
「瀬戸殿が聞いとる時点で、話は決まったようなものじゃからの。こっちはこっちでやるかの。」
お茶をずずずっとすすりながら、ホッとした表情で言う遥照様。本当につかみ所のないお方だ・・・。
「もしかすると、8月からこっちに帰ってくることが、極端に少なくなるかも知れないです。とにかく父母とも相談してみます。」
それじゃ、帰ります、と乗ってきていたクルマに、水穂さんや柚樹さんや一樹と乗る。車内からムッとした熱風が出てきた。見た目十数年前の軽自動車のあれである。その実体は、恒星間探査船兼、研究設備だったりする。そういえば、まだ今日は日曜日だった。日曜日の昼下がり・・・。ちょっと寂しい感じもある。明日は、いろいろあったけど役場には行かないと。珍しく、国道を普通に運転して、ちょっとコンビニ寄って、水穂さんとカップのアイスコーヒーなんか買ったりして家に帰る。ほとんど午後3時前だった。
「あら、お帰り。あんたの様子は見せてもらったよ。見事にあがって固まってたね。」
母の目はだませない。