天地無用!~いつまでも少年の物語~。   作:かずき屋

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夢から覚め、また夢を見る。

今は、静かな時間が過ぎていきます。


遠くにある樹雷4

「あら、お帰り。あんたの様子は見せてもらったよ。見事にあがって固まってたね。」

母の目はだませない。

 「だって、あんなパレードなんて、さすがに今まで見たこともないし・・・。いっときホント吐きそうだったんだから。まあ、しょうがないんだけどね。」

荷物を台所に置いて、水穂さんとリビングに入った。あははは、と父母の笑う声がした。

 「おや、あとの皆さんは?」

衛星軌道上で待機してくれているよ。と答える。そうか、と言ってリビングの液晶テレビに目を戻す父。テレビは、ちょうど古美術を鑑定して金額を出す番組の再放送中だった。麦茶でも持ってこようかね、と母が立ち上がると、水穂さんも一緒に台所に行く。そこにガラスのコップあるから、そうそう、お母様、これお土産です、といつの間に頂いたか買ったのか包みを出している。

 「あの、・・・・・・ところでさ、水穂さんとの、その・・・、結婚式なんだけど・・・ね。」

もの凄く言いにくいけど、先延ばししても面倒なことになりそうだし。父は黙って微笑んでいた。その声を聞きつけた母が、台所から大きめの声で答える。

 「・・・こっちのは近所の緑翠苑でいいだろう。準備出来てるよ。7月の28日、あんたの誕生日の予約が取れたよ。仏滅だから安かったよ。あはははは。それに、さっきアイリ様からも連絡あったし。それよりあんた、ちゃんと入籍しときなさいよ。」

案内状の準備も親戚系、近所系はOK。あんたの友達やら職場の人は自分で準備なさい、としゃべる言葉は機関砲のごとく、だった。

 「あ、左様でございまするか・・・。」

ようやくそれだけ言って、ゴクリとつばを飲み込んだ。うちの両親も結構やるわ。

 「あんたが瀬戸様がらみなら、そういうことだろうよ。総社の聡美のところは、こっちの結婚式に呼ぶから。上の方は私達だけで行くことにするよ。聡美とは今まで通り付き合うつもりだからね。あんたもなるべくそのつもりでね。」

大きく頷く。ちなみに、聡美とは僕の妹である。すでに結婚して留美ちゃんという女の子がひとりいる。旦那は自営業である。あたりまえの地球人である。って僕も元々はそうだったんだけどな。まあ楽しいからいいや。こう言うところがいい加減だと言われるんだが、まあ別に僕にとっては、腹立たしいことでもなければ、悲しい出来事でもない。

 麦茶と、なにやら樹雷土産の水菓子のようなモノを頂いて、なんだかホッとした。やっぱり我が家が一番。うちは一応父母や祖父母の隠された過去はともかく、僕の小さい頃から兼業農家だった。自宅は岡山でも田舎の地区で、周りは田んぼである。隣の家まで50m程度離れている。そのため、たとえばオーディオ機器を大音量で鳴らしても、まず苦情は出ない。出るとすれば階下の父母からである。そう言う環境である。テレビを切ってしまえば本当に静かな田園地帯。遠くを走る高速道路のクルマの音がわずかに聞こえるくらい。今の時期は、蒸し暑い空気が稲穂の間を通り抜けていくサワサワとした音が唯一の音だったりもする。星の海もいいが、こういう当たり前の静かさもいいな、と思う。

 「あなた、別に一樹の中でも、今度の梅皇の中でも田畑は作れますわよ。」

 「そうだったねぇ・・・。」

もはや食事ですらもあまり必要なくなった、自分。また左の手の甲をなんとなく見る。美しい赤いゼリーのような透明感がある。触ると固い。そういえば、これ隠せないのかな。僕の姿形を変えても、手の甲の宝玉は露出したままである。ん~、困った。

 「柚樹さん、光学迷彩かかる?」

近くにいるはずの柚樹ネコにお願いしてみる。なんとかぱっと見には普通の手に見える。まあこれで、明日、変に言われることはないだろう。それじゃあ、と二階の自室に行く。

 独りだと、六畳間のこの部屋はちょうど良かったけど、さすがにふたりで暮らす部屋じゃないな、と思ったりする。まあ、一樹の中に家もあるけど、そのうちリフォームか建て替えだろうな。でも、僕はほとんど住むことはないかも知れない・・・。そう思いながら見慣れた部屋を見回す。水穂さんが持ち出していた服だの、その類いを片付けてくれていた。そうだ!と久しぶりにオーディオの電源を入れる。プリアンプのトグル・スイッチをガチンと上に上げてスイッチオン、同じようにパワーアンプもスイッチを入れる。なんと両方とも真空管アンプだったりする。ヴンという音が一瞬して、サワサワサワとホワイトノイズが出るが、それも暖まると消える。CDプレーヤーをONにすると入っていたCDが適当にかかった。たまたまだが、クラシックの弦楽四重奏だったりした。僕は、演歌にポップスに、気に入ったら何でも聞く。

 「水穂さん、初期文明の惑星でも面白いものがあるでしょ?」

水穂さんは、答えない代わりに目を閉じて静かに聞いていた。ボリュームは午後8時くらいの位置。ちょっとだけボリュームを上げる。静かに流れるバイオリンやビオラが気持ちイイ。この頃はいろいろ熱かったな。必死で知識も求めたし、様々な家を訪問したり(もちろんオーディオを聞きに)、オーディオ店に入り浸ったりした。

 部屋の真ん中くらいにふたりで並んで座る。今となっては大型のスピーカーだろう。20数年前ならブックシェルフと言われていた、スピーカーから軽くコクのある音が出てくる。あるとき、このシステムで満足、と言うか何か興味が薄れる感覚があり、十数年前からそのままになっていた真空管アンプシステムだった。ガラス球のなかに荘厳なお城のような電極が並び、その中がほのかに赤く光る。トランジスタが出来る以前の増幅素子。真空の中を電子が飛び増幅作用を行う。効率も悪く出力も小さいが、六畳間くらいだと最適である。

 「初めてのデートで部屋に呼んだみたいですね・・・。」

我ながら、何となく昭和のデートみたいだと思ったりする。これで、喫茶店とかで話し込んだり、映画やコンサートののチケットがデートのきっかけだったりすると見事に昭和コンプリートだろう。とはいえ、その知識も古い歌謡曲からだったりするけれど。

 「樹雷にも音楽はあるの。でもこれほど多彩な物ではないような気がするわ。」

 「そうですか・・・。」

天木日亜似のカッコになって両腕を後ろにやりごろんと寝転がる。これが一番楽な気がするのは、やはり染まったと言うことだろうか。今までは、ほんとうにずっと自分はひとりだと思っていた。傍らに、こんな綺麗な女性がいてくれることになるとは、妄想好きの自分としても考えることもなかった。オーディオから流れる曲は、第2楽章に入っていた。システムが暖まってきたのだろう、角が取れて丸みのある音になっていく。

 「ほおお、なかなか良い趣味持ってるじゃないか。」

は?と思って、ずり、と頭を引いて後ろを見ると、真っ赤な髪の毛の鷲羽ちゃん。ああそう言えば二点間ゲートがあったんだっけか。

 「・・・来るときは、連絡くださいね。でも面白いでしょ、トランジスタ以前の増幅素子ですよ。」

座り直しながら後ろを向いた。水穂さんはそのまま聞き入っていた。

 「私達が、効率追求のあまり遙か彼方に置いてきた技術だね・・・。」

遠いところを見るような目だった。ずっとずっと昔・・・。一体どのくらい前なんだろうか。

 「そりゃそうでしょ、真空管やトランジスタで超空間航行出来ないでしょ?」

 「まあ、そうなんだけどね~。」

目を閉じて鷲羽ちゃんも聞き入っている。

 「そういや、神我人もこう言うの好きだったよな。自分で演奏もしていたし。」

魎呼さんも遠い目をしている。遙か彼方・・・いなくなった人のことを思う、そんな目。

 「魎呼さん、連絡してから行かないと、不審に思われますわよ。」

う、なぜか阿重霞さんまで。この部屋じゃ狭いって。と言うことは・・・。

 「あら、阿重霞様、魎呼さん、どこに行ったのかと思ったら・・・。」

 「阿重霞お姉ちゃん、お買い物行くから付いてきてもらおうと思ったのに・・・」

やっぱりお約束の、ノイケさんと砂沙美ちゃんまで。ふたりとも狭い部屋の隙間に入って目を閉じて聞き入ってしまう。CDは第4楽章に移っていた。ええい。それなら適当にかけてしまえ。ほどなくCDの演奏が終わった。

 「それでは皆様、続いては、歌劇「蝶々夫人」でございます。長崎が舞台で海軍士官と没落藩士の娘との悲恋を描いた物です。」

CDをセットし、プレイボタンを押す。第1幕が終わり、第2幕の例の特徴的なソプラノが始まった。アメリカに帰ってしまった、海軍士官をきっと帰ってくると信じて歌うあのシーン。

 ソプラノが空気を切り裂くような高音を出し始めたときに、その場の女性陣は大粒の涙をこぼしていた。わたしの元に返ってくる、きっと、きっと帰ってくる、と信じて蝶々さんは歌う。水穂さんは、僕の胸に突っ伏してさめざめと泣いている。さらに両腕のあの腕輪がゆっくりと明滅している。僕とつながっている梅皇も泣いていた。嗚呼、辣按様・・・。と繰り返していた。

 「それでは、最後になりますが、昭和の歌姫が亡くなる直前に録音した、川の流れのようにを聞いて頂きましょう。」

歌謡曲が突然流れ出す。しかし、クラシックに負けない力のある曲である。1番は、身体の具合が悪く、声が揺らめくが、二番はさすがに歌姫の貫禄を見せて堂々と歌いきる。そう、歌が寄り添うように。まさに歌に愛された女性だろう。

 「あなた、わたしを置いて行っちゃいやよ。」

涙でぐしゃぐしゃの水穂さんだった。もの凄く可愛い。

 「ちょっとしたコンサートだったね。田本殿こんなことやってたんだねぇ。」

鷲羽ちゃん、近くに置いてあったティッシュペーパーをとって、び~~っと鼻をかんでいる。

 「ええ、このシステムをそろえた頃は、音楽再生に命をかけていたようなところもあったもんで・・・。」

頭を掻きかき照れて言う。音楽は、悲しみを再生するが、その後元気を呼び込んでくれると僕は思う。なんか凄かったねえ、阿重霞お姉ちゃん急いでお買い物にいこうね。とか何とか言いながらどやどやと柾木家女性陣が帰っていった。なんだか微妙にプライベートがないような気もする。そんなこんなで夕方・・・。

 


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