天地無用!~いつまでも少年の物語~。   作:かずき屋

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遠くにある樹雷19

あ!と気付いたみたいだった。慌てて鷲羽ちゃんにぼそそっとお願いしている。鷲羽ちゃんが指を一振りすると、ちょっと光線の加減で見えにくかったんですぅ、的にピアノ線のような天井梁からの線が出現して、上から吊っているように見えるようになった。同時に、板に紙を貼って寄せ書きしました風におめでとうプレートは変わった。最初からそうしてくださいよ・・・。

 「・・・それでは、田本君始めてくれるかな。」

軽く咳払いして、町長が一言言った。

 「は、はい。」

何とか答えて、県の担当者に目配せする。額縁に入れていた祝い状を取り出して、祝い金を添えてスタンバイする。天地君にも軽く頷いて見せた。まずは、岡山県知事名の祝い状と祝い金から手渡すことになっている。

 「柾木家の皆様、おはようございます。このたびは100歳慶祝訪問と言うことで、お騒がせして申し訳ありません。岡山県では敬老理念普及事業と言うことで・・・。」

ちょっと力業的に慶祝訪問の時に言う、決まり文句で慶祝訪問を始めさせてもらった。

 「続きまして、岡山県知事より祝い状の贈呈です。」

備中県民局の担当者が、部長に祝い状を手渡し、祝い状を部長が読み上げ、このたびはおめでとうございます、と柾木勝仁さんに手渡そうとする。

 「ありゃ、今日はみんな集まって、なにごとかいのぉ・・・。」

眠っていて起きました、というか耳が遠いような演技して、遥照様がしわくちゃの顔を上げる。光学迷彩も見事に決まっていた。

 「あらあら、おじいちゃん、昨日から言っていたではないですか、100歳のお誕生日、100歳のお誕生日で県知事さんと、町長さんが来てくれているんですよ。」

遥照様の耳元で、アイリさんが大きな声で言っている。ひくくっとつかの間頬を引きつらせている遥照様。ふるふると両手を震わせながら伸ばして、祝い状を受け取った。重そうに膝の上に置いている。次いで祝い金も手渡されていた。ま、昨日、樹雷の剣聖として見事な剣技を振るった人物とはとうてい思えない。アイリさんと阿重霞さんもいつもの顔に戻っている。くっそ~、絶対何か諮っていたな。県担当者の方を見ると、阿重霞さんに見とれているし、魎呼さんや砂沙美ちゃん、ノイケさんと見回して顔を赤らめていた。そりゃそうだろうなぁ、テレビ放送で見る美人と格が違う美形ばかりである。

 「おめでとうございます。続きまして、西美那魅町長から祝い状の贈呈です。」

ようやく、ここにこぎ着けた。本気で長い道のりだった。感慨深さのあまり涙があふれそうになる。額縁に入った祝い状と祝い金を手渡す。祝い状を手に取った町長が文面を読み上げて同じように手渡した。天地君に目配せするとよどみなくお礼の言葉を言ってくれた。

 「このたびは、わたしの曾祖父のために、このように祝い状と祝い金を戴きありがとうございます。曾祖父柾木勝仁は柾木神社の神主として・・・。」

嗚呼、美しきかな予定調和。キリッとスーツを着こなし、ネクタイをしている天地君は、町長に勝るとも劣らない雰囲気を醸し出している。視線を天地君から外すと、その背後にホウキを持ち、エプロンをした金髪の女性が、突然転移してきた。一心不乱に床を掃いている。うわっ、と驚いた僕の顔を見たノイケさんが気付き、何事もなかったかのようにつかつかと歩み寄って、ホウキを取り上げて、慌てて台所に引っ張っていく。本日柾木家来賓?のひとり、胸に勲章のようなものを付け、恰幅が良く、褐色の肌で金髪の女性が苦虫を噛みつぶしたような表情をしていた。

 「あらあら、わたしとしたことがぁ、またやってしまったわ・・・。」

その場をまったく気にしていない声が、台所から聞こえてくる。天地君は気付かないフリをして柾木勝仁さんの偽証経歴をさもあったことのように、とうとうと述べて、お礼の言葉を終わろうとしたときに、何かを揺さぶるような、耳の中で共振するような機械音がした。これは・・・。

 「・・・あらあら、あ~~いやぁ~~~。」

大型ガラスサッシの向こう側の池に、池の水と反応したのだろうか、一瞬七色に輝く機影が見えた。まさか宇宙艇?そう思わせるような、地球の翼がある航空機とは違うデザインの物体が池に落っこちているように見えた。同時に若い女性の声も聞こえる。僕の目には見えたが、普通の人には見えないだろう速さで鷲羽ちゃんが端末を操作する。その刹那、大型ガラスサッシの向こうに、六角形で半透明に見えるバリアが、積み上げられるように形成され、ざっぱ~~んと押し寄せる池の水とその爆音も防いだ。先ほどの恰幅の良い女性は、眉間に青筋が出来ていた。それに、握っている拳が震えている。町長と、県担当者、県民局部長は、目を見開いて外を見ている。鷲羽ちゃんがそれに気づき、端末を神速で操作、ガラスサッシには先ほどの風景が映し出される。天地君は、少し大きな声で何もなかったかのようにお礼の言葉を終わらせた。

 「・・・それでは、以上をもちまして慶祝訪問を終わります。皆様お疲れ様でした。西美那魅町広報誌に載せる写真を撮りたいと思いますので、少しお時間をくださいませ。」

こちらも何事もなかったかのように、デジカメを取り出し、祝い状を手にした柾木勝仁さんを写真に撮っていった。何か言いたそうにしている、町長と県民局部長、県担当者は無視である。

 さっきのおめでとうプレートも入れたり、町長や県民局部長も入ってもらって写真を撮っていく。天地君やアイリさん阿重霞さん、親戚一同的な写真も撮った。その背後で、お茶でもどうぞ、と、ノイケさんが絶妙のタイミングで県民局部長や町長に声をかけている。長テーブルが用意され、すぐにお茶とお茶請けが準備される。全く普通の家庭のように。

 遥照様は、こっくりこっくりと船をこいでいた。そう本当に、100歳のおじいちゃんのように。今度は阿重霞さんに、お疲れのようですから、お部屋に戻りますか?と大きめの声で言われて、一度聞こえないフリをしてその後、小さく頷いていた。完璧な演技である。

 「・・・そうですか、神主さんをもう60年も続けられているんですね。」

美しいアイリさんと県民局部長と、町長は世間話していた。ふたりとも、頬を紅潮させてまるで少年のようだった。

 「ええ、そうですのよ、わたくしとわたくしの娘を300年もほっといて・・・。この地球で安穏と神主などと・・・」

言ってる途中から拳を握って、怒りを押し殺しているアイリさんだった。水穂さんと大変だったようなことは、ちらっと水穂さんから聞いていたけど・・・。300年はマズイ。

 「は?300年、娘?」

町長と、県民局部長が顔を見合わせている。県担当者は、お茶を飲むフリをして砂沙美ちゃんをガン見していた。

 「町長、この土地では、時間の言い方が、方言かもしれませんが少し私たちと違うようです。・・・さて、そろそろご公務の時間ですし、皆さんでお祝いのようですからお暇しましょう・・・。」

冷や汗だらだらで、言い繕った。天地君もおんなじような表情をしている。いまさらのようにアイリさんはしまったぁと後悔の表情をしているし。同時に台所では、

 「あ~、わたしのホウキぃ・・・。」

と美兎跳さんがノイケさんの後を付いて歩いている。冷蔵庫を開けて、さあさ、これでもどうぞ、とノイケさんが特大プリンを出していた。さらに後ろを振り返るとずぶ濡れの、美兎跳さんによく似た女性が、頭から池の草やら藻やらを垂らして恨めしそうにガラスサッシに蛙のように張り付いていた。涙が滝のように流れ、号泣しているように見える。口はごめんなさあああい、みたいに繰り返し動いている。さっきの鷲羽ちゃんのフィールドのせいで入ってこられないらしい。同じような金髪だから、たぶん美兎跳さんの知り合いだろう。西南君の制服と似たデザインの服を着ている。ほお、身体のラインが出る服のようで、結構細身だけど、豊満かつグラマラスな女性のようである。

 その姿を見られまいと、町長と県民局部長の視線の間に天地君と入り、その女性の姿を見えなくした。余計に、さっさとこの家から出た方が良いと、強烈な予感というか想いがわき上がる。先ほどの褐色の肌で恰幅の良い女性は、うつむいて頬をひくひくとけいれんさせていた。相当怒っているように見える。

 「それでは、皆様、本日はお世話になりました。私どもはこれで失礼いたします。」

町長と県民局部長が立ち上がったのを見計らって、天地君といっしょに3人の背後に立って、変なモノを見せないように玄関に連れ出した。

 「どうもありがとうございました。」

玄関で一礼して、顔を上げるとホッとした表情の天地君と目が合う。軽く頷いて玄関引き戸を閉めた。数日前の夜のように静寂が訪れる。

 「部長さん、町長、お疲れ様でした。次回は12月に100歳を迎えられる方がいらっしゃるのでどうぞよろしくお願い申し上げます。」

そう言いながら、公用車を置いた場所まで歩いて行く。町長公用車運転手の大川さんがびしょ濡れになって、クルマの横で途方に暮れていた。公用車も泥水をかぶったように汚れていた。県の公用車、僕が乗ってきた公用車も泥だらけだった。

 「一体何が起こったんだ!。」

さすがに3人ともびっくりしている。

 「・・・い、いえね、窓開けて、たばこを吸っていたら、突然大津波のように水が降ってきて・・・。泥水を頭からかぶって、クルマもこんな状態で・・・。」

大川さんは、せっかくのスーツが台無しになっている。しかも泣きそうな表情である。さっきの宇宙艇が落っこちてきたせいだな。そこら中水浸しになっていた。3歩ほど静かに下がって、小声で、

 「一樹、すまないけど、クルマ三台と、大川さんをナノマシン洗浄してくれ。」

了解と声を聞いてすぐ、まるで魔法のように、瞬時にクルマは綺麗になりずぶ濡れだった大川さんも見事に綺麗になった。ちょっと髪が乱れているのと襟がおかしい程度であった。

何とか取り繕えた、とホッとした瞬間、頭上にイヤな気配を感じる。腕時計モードから木刀モードにして右手に持ち替え、木刀を上げて、何者かの一撃を受けた。同時に一樹が光應翼を張る。

 振り返りざま、四足動物型攻撃兵器のようなモノを切って捨てた。以前も攻撃を受けたことがある。ひょっとすると、鷲羽ちゃんのフィールドが変わった瞬間を突かれたのかも知れない。以前もそうだったし。2つに裂かれけいれんして、爆発しようとするその兵器を柚樹さんが光應翼で包んだ。さらに不可視フィールドでも包む。

 後ろを振り返ると、驚愕と顔に大書しているような4人だった。見られたのかも知れないが、ここは気のせいで押し通そう。両手を後ろにやって、こっそり木刀を腕時計に戻す。キョトキョトとおびえながら周りを見ている。

 「・・・いやあ、今日は不思議な日ですね。朝の雨のせいですかね、ちょっと足下がぬかるんでますけど、もうお昼前ですし、帰庁しましょう。」

自信たっぷりの笑顔で、今のはなんだったんでしょうかねぇ?と言った。まさに狐につままれたような顔の4人を促して、とにかくこの土地から脱出する。そう、本当に気分は脱出だった。柾木家から出て、見慣れた県道に出て、これまた見慣れたコンビニを通り過ぎたところでようやくホッとする。県の公用車は途中で分かれた。そのまま何事もなかったかのように西美那魅町役場に到着する。町長車は所定の位置に駐車し、こちらの公用車も駐車場所に入れた。町長車に走り寄り、お礼を言うと、まだ町長は何かに化かされたような顔をしている。

 「お疲れ様でした。」

 「・・・・・・お前は何者だ?あの人達は・・・?」

 「僕は、西美那魅町役場福祉課の田本ですよ。あのおうちは、天地君の自宅ですし、今日の100歳のお祝いの方は天地君のお爺様で、柾木神社の神主されている柾木勝仁様ですし・・・。」

何も問題ありません。にっこり、いつもの田本さんの笑顔で言った。何か言いたそうに、口を開きかけた町長だったが、口を閉じ、頭を振りながら総務課の町長室に戻っていった。大川さんも何か腑に落ちない様子だったが、襟を直し、総務課に入っていった。


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