会話があまりなくなって、少し重いかも知れません(^^;;
静かに待ってみる。それにしてもほのかに白く光る幹、銀色にきらめく葉、太陽の下と言うよりは月の下が似合いそうな昏い美しさがある。
「実は、一樹に選ばれたのはほんの二日前です。一樹は、この地球で生まれたためコアユニットを持っていませんでした。 種からすぐに発芽して、力の使い方を知らない一樹はエネルギー・バーストを起こしてしまったんです。自分も文字通り燃え尽きる寸前でした。ここに居る樹雷ゆかりの皆様に助けてもらって事なきを得て、無事コアユニット内で成長出来ることとなったんです。」
「そりゃあ、この星系が良く吹き飛ばなかったものじゃ。われらは、本来津名魅様を始祖とし、最初の種も、コアユニットにまず根付くことによって力を発揮し人とも契約出来る。そういえば、おぬしは不思議じゃ。契約もしておらんのに普通ならこのユニットに入ってくることも出来んはずじゃがのぉ・・・。」
ほおお。ちょっと興味を持ってくれたかなぁ。
「そうなんですか?。自分は、そんな変わったところも無い普通のおっさんですがねぇ。」
「そういえば、お主は、一樹という樹のマスターだと言うが、マスターキーはもっておらんのかの?。」
「マスターキー?なんですか?それ。」
鷲羽ちゃんにも、もらってないし・・・。別に一樹と問題なく話せるし・・・。
「我らの力の依り代で、皇家の樹の樹液や、樹の一部を使って作られるもので、人は本来それを介さないと、樹と会話は出来ないはずじゃが・・・。」
あとで鷲羽ちゃんか勝仁さんに聞いてみよう。
「なんせ、初心者なもので。後で皆さんに聞いてみます。一樹と、魎皇鬼ちゃんがあなたと出会ったのも、僕の夢のせいだそうですし。」
「して、その夢とは何かのぉ。」
「お恥ずかしながら。まずこの地球で、正史として語られるのは、たかだか三〇〇〇年から四〇〇〇年程度しか無いんです。正史とかでは無くて、ほとんど伝説なんですが、一万二千年ほど前に大西洋にはアトランティス大陸と、太平洋にはムー大陸があったなんて言われています。大異変によりどちらも海中深く没したと言われています。」
「そういうミステリアスな部分がいろいろな映画や、本などになっています。自分もそういう話が大好きで、昨夜寝る前にそういうことを思い浮かべながら寝ちゃいました。」
遠い遠い過去にあった、水運の発達した壮麗な大神殿都市みたいなイメージ。
「そしたら、一樹が僕の想いに反応して、魎皇鬼ちゃん引きずって大西洋に潜り、海溝深くに銀色に光るものを見つけ、詳細に調査したら崩れかけた建物跡の中にあなたを発見した、こういわけです。」
ふと、鼻をかすめる弱いけれどはっきりした柑橘系の香り。わずかにざわめくような気配がある。
「おもしろいやつじゃのお。ならば話して進ぜよう・・・。わしがなぜあんなところに眠っておったかじゃが、地球の時間にして1万3千年ほど前、初代樹雷皇の妹君である、真砂希殿が突然辺境探査を志願しての、その配下にあった天木日亜とあともう一人が随行として、樹雷本星を飛び立ったのじゃ。」
「ええと、突然って・・・。樹雷皇の妹様だったりすると、ご公務とか結構忙しいのでは?。」
我が日本の天皇陛下も多忙を極めていると聞くし。
「ま、そういう堅苦しいことは嫌いだったんじゃろうのぉ。」
細い七色の光が、僕の額に当たると同時にイメージが浮かび上がる。
「真砂希様、真砂希様。お待ちください!。」
すたんっとんっと、まるで羽が生えているかのように身軽に走ってくる女性。その後ろから、顔に落書きされたお付きの兵士、といった男が追いかけている。投網やら投げ縄のようなものやらで捕まえようとするが、投網や投げ縄が到達するその一瞬前にかわされ、まったく捕らえられない。
「あははは、居眠りしているおまえが悪いのよ、日亜。」
宮殿のような作りの建物である。無駄に広くて長い螺旋階段。しかし、その建物の建材は木製のように見えた。その手すりに跨がって滑り台よろしく滑り降りる。
ぽんっと跳び箱を跳ぶかのように、手すり最後の飾りを両手で押さえて、着地。後ろを見ながら走り出そうとする女性を背後から両手で押さえ抱え上げる、大柄な男性。
「あら、お兄様。」
下から見上げて、ちらっと舌を出す女性。手足をバタバタさせてもガッシリと捕まえられている。
「あら、じゃない。真砂希、何度言えばわかるのか。我らは以前の我らとはもう違うのだ。樹選びの儀式が済めば、真砂希、おまえとて皇族の一員としてわたしと共に皆の前に立たねばならぬのだぞ。」
長めの髪を後ろで結わえ、整った目鼻立ち、あごひげを蓄え始めた、どちらかというと若い闘士、と言った風情の男が言う。体つきは肩幅が広く分厚い。首の太さが本来の気性を物語っている。甲冑のような防具を身につけ、両刃の長い剣なんかを振り回すと、もろにRPGのファイターと言った感じである。
「日亜、おまえも真砂希ごときに良いようにされて。まだまだだなぁ。」
にかっと人の悪い笑みが浮かぶ。
「は、面目ありませぬ。」
スッと膝をつき頭を垂れる真砂希と呼ばれる女性を追っていた兵士。こちらは細身に見えるが、服から出る二の腕の締まり具合と、前後に厚みのある胸から絞り込まれる腹へかけての線が、ただ者ではない雰囲気がある。額に複雑な模様のバンダナのようなものを巻いている。左ほほの斜め下あたりに鋭い刀傷があった。
「日亜、今日は良い酒が手に入った。あとで寄れよ。」
頭を上げ、嬉しそうな表情をする。すかっと晴れた梅雨明けのような笑顔である。
「今日は、負けませぬぞ!。」
「一昨日来いと言い放ってやるわ。」
真砂希様と呼ばれた女性は、とても悔しそうな表情をする。でも、この関係には勝てないというあきらめの表情も見て取れる。しかし、この関係が楽しくてたまらないそんな表情も見える。よっとあごひげの闘士に地面に下ろしてもらう。舌を出して兵士を挑発する。
「真砂希様!。」
またそうして追いかけっこが始まる。背後からあごひげの闘士の豪快な笑い声がその場に響き渡った
木刀を持つ二人。
両手でまっすぐに構えるあごひげの若い闘士。低い姿勢から標的を見定めて切っ先を正面に向け構える兵士。
常人では全く見えないような速さで打ちつける音がする。かあんかあんと場内に響き渡る。ここは天樹と呼ばれる、地上からだと一万メートルは超えようかという一帯。後に樹雷皇家のプライベートルームになるという場所。とても木製とは思えないような金属質な響きが、龍のごとく場内の屋根に向かって登り狂う。
ガッと木刀を持つ二人が打ちつけ合って離れた瞬間、兵士が目にもとまらぬ速さで、あごひげの闘士の眉間に木刀の切っ先を寸止めする。が、あごひげの若い闘士も兵士のあごの下で木刀を止めている。
「腕を上げたな、日亜。」
「あなた様でなければ、我はこのまま突き通しておりました。」
「おまえでなければ、我はこの場に立ちすくまなんだわ。」
そう、良く通る声で二人とも静かに言い放つやいなや何事もなかったかのように離れ、二人とも深く頭を垂れる。数瞬であったが数時間にも取れる緊迫した瞬間はこうして終わりを告げる。
汗を軽くぬぐい、二人とも扉を開け、青々と茂った樹の見える部屋に相対してあぐらをかき座る。上座に見える場所にあごひげの闘士、その反対側に兵士である。
静かに引き戸が開き、酒の入った丙子と塩焼きの季節の川魚、山菜、旬の野菜、花などを煮たり揚げたりした膳が女性たちにより運び込まれる。膳や丙子、杯を運び込めば女性たちは静かに退席する。どちらからともなく、丙子より酒を杯に注ぎ、静かに打ちつけ合って飲み始める。
「こっ」という杯を打ちつけあう音は耳に残るが部屋に居所を無くされてしまう。
つう、と飲み干された杯は、次を呼び、杯が次々と重ねられると、丙子が空になる。柏手を打つと女性たちが現れ、丙子をひとつ、ふたつと持ってくる。
「日亜、これは、神寿の酒ぞ。」
「美味しゅうございますね。」
「ふむ。」
するすると空き続ける杯。運ばれる丙子。
ようやく、二人とも料理に手をつける。外では、風が樹の葉を撫でながら過ぎゆく音がしている。
「そう言えば日亜、おまえは先日樹選びの儀式を終えたそうだな。」
「はい、第二世代の樹と契約出来ました。」
「して、名は何とした?。」
「私を呼ぶ声が聞こえたときに、柚のような良い香りがしましたので柚樹としました。」
「柚、そうか・・・。」
「あの戦いは、我らの今に繋がるものとはいえ、悲しい戦いであった。」
「主皇よ、そのことは、もう・・・。」
「そうだな・・・。」
日は傾き、緑の樹の葉の間から橙色の柔らかい光が部屋を照らす。
「本当に美しい星でございます。津名魅様もお喜びになりましょう。」
「そう、我らはあまりにもたくさんの犠牲を払ったのだ・・・。」
日が落ちる速さと相前後して二人の周りに四つほど、ふうっと球形の光がともる。白とも黄とも付かぬ、浮遊する光が部屋を柔らかく照らした。スッと立ち上がるあごひげの闘士が兵士の傍らに座る。
「我は、お主さえおれば何もいらぬ。が、すでに我の立場はそれを許さぬものになってしまった。」
鋭い風貌の兵士の目からつうっと涙がガッシリした手の甲へ落ちる。その手を若き闘士は取り、するりと舐める。そのまま自分の方向へその手を引く。
ゆっくりと部屋の照明は落ち、長き深き想いは暗闇の中へ沈み込んだ。