LANケーブルとか、USBケーブルとかではないけれども、ほとんど有線でプラグインされた、そんな感じで一樹とも話が出来ている。マスターキーの話もそうだけど、これって普通じゃないことなのかなぁ、と思う。
「ホント、自分は初心者なもので、皇家の樹と言われる皆さんと、まるで人と話すように会話出来ていますけど、それって、普通なんですか?。」
「うーん、そうじゃな。マスターキーを介してなら、不自由なく天木日亜とも話が出来たものじゃが、そのほかの人間とは片言のような感じで表面的な気持ちが伝わる、そういう感じだろうかの。まあ、そんな意味でお主と何も介さずにクリアに話が出来ることが不思議と言えば不思議じゃの・・・。」
まあ、今夜大先輩方が大挙していらっしゃる(笑)ので、どういうことかも分かるかも知れない。
「そういえば、さっきのお話では、柚樹さんの葉っぱは一部分だけ銀色に変わったようにおっしゃってましたが、今はすべて銀色の葉になっています。それは、またどうしてですか?。」
「そうさ、のう、どこから話せば良いか・・・。天木日亜と真砂希姫は、太古のこの地球に降り立ったわけだが、結局真砂希姫は、ダメージの大きな自分の樹をこの地に根付かせることにしたのじゃ。」
また七色のレーザー光が僕の眉間に当たる。鮮やかな映像データのようなものとして僕の中に入ってきた。
「さて、と。これで良いわ」
真砂希姫は、自分の樹を1年前に降り立った第三惑星の自宅の庭に植えた。
「真砂希様、これで、この樹は生き延びられましょうが、真砂希様はこの樹のバックアップを受けられませんし、この樹もゆっくりと力を失って行きます。」
「わかっているわ。私、この惑星が気に入ったの。それに好きな人も出来たしね。」
晴れやかな笑顔だった。元々長命な樹雷人であるが、皇家の樹のバックアップがない以上、寿命も限られてしまう。この星の人間の寿命は、この星の公転時間を一年と考えて一千歳程度。樹雷皇家であれば、樹の力もあるのでその十倍程度の寿命はある。
「柚樹、この惑星の人々は、遺伝子的に樹雷人とほぼ同じなのは間違いないな。」
「はい間違いありません。ほぼ同じですね。寿命以外は。もちろん交配可能です。」
この惑星に降り立ち、二隻の皇家の船が双方とも恒星間航行は不可能であるし、修復もこの星では期待出来ない。天木日亜としてもこの星で骨を埋めることに異存は無かった。
「それに、あとから来る人のために、私のアストラルコピーと、私の樹の挿し木を船に置いてきたわ。」
真砂希姫の樹はダメージが大きく、コアユニット内で何とか命を維持してきたが、皇家の樹としての往年の力は期待出来ず、そのような場所よりも他の木々がたくさん居るこの第三惑星の土の方が生き残る可能性が高い、そう期待して最適と思われる場所に植えたのである。
「銀河連盟へのこの星の登録は、登録しようと問い合わせたら登録されることにしておいたわ。だって、この星は美しくて、あまりみんなに来てもらっては困るもの。」
いたずらっぽく笑う。真砂希姫はこの地に降りたときに髪を短くしていた。
「真砂希様、もしかして樹雷への未練は・・・?」
「ぜんっっぜん無いわ」
肩凝らなくなってせいせいした!という表情である。
「まあ、いいでしょう。ここでの事業もうまくいっているし、たくさんの人と知り合えました。」
「本当にそうね。みんないい人ばかり。」
そう言って、薄ピンク色にかすむ空に目をやる。この惑星は厚い水蒸気に覆われていて、太陽が直接見えることはほぼ無い。紫外線や有害宇宙線も地上では驚くほど低レベルである。そのためか、様々な生物は長命なようであった。
「おっと、真砂希様、商談の時間です。今度はムーのサカエ屋との商談です。ちょっと手強いですよ。」
「あの女主人、ちょっと一筋縄では落ちてくれないわね・・・。うーん、新しい大陸への足がかりとしたいけれど、あまり譲歩はしたくないし・・・」
この地に降りたって一年になる。はじめは金や銀などの交換で生活の足がかりを作ったが、樹雷の木材加工技術が売り物に出来ることに気がつき、木彫りの精密装飾品の販売を始めると、真砂希姫の木彫りの女性向けアクセサリーデザインがアトランティスの中央で大ウケし、美しくグラマラスな真砂希姫のルックスも手伝って、今では新進気鋭のアクセサリーデザイナーとなっていた。
マサキ・ブランドは大手ギャラリーで展示会をすれば即完売。この地でもあるオークションでは、一時販売価格の3倍以上のプレミアがついたほどである。
天木日亜は、そのマネージャー兼秘書のようなポジションである。真砂希姫は、この第三惑星のアトランティスと呼ばれる大陸の中央都市近くに自宅兼事務所を構えているが、天木日亜は、惑星の衛星上で待機している自分の船へシャトルで帰っていた。この惑星にもあるマスコミ対策でもあるし、自分の船がホッとする、そういう理由もある。
真砂希姫も樹雷王の妹君という立場ではあるが、もともと侍女を置いて世話をさせるような生活を嫌い、自分の身の回りのことは自分でしていたほどで、ひとり暮らしも全く危なげが無い。さらに、護身術も樹雷王譲りであり、棒術と体術は天木日亜も手を焼くレベルである。
このアトランティスでの個人用移動交通手段が、豊富な無線伝送電力を元にした重力制御を行っており、樹雷でのエアカーに似ていた。天木日亜は手に入れたその乗り物に不可視フィールド発生装置や、大気圏外航行機能を追加して柚樹までのシャトルにしていた。
浮き沈みはあれど、そんな生活が30年ほど続き、真砂希姫はアトランティス中央都市の青年実業家と結婚した。天木日亜は、その時点で真砂希姫との関係に一線を引き、遠くから見守ることにした。真砂希姫は3児のママとなり、その子たちも成人し孫ができ年月は過ぎていく。真砂希姫の樹は大地に根付き皇家の樹としての力はなくしている。その樹のバックアップがないため、真砂希姫はゆっくりと年老いていった。マサキ・ブランドはアトランティス中央都市やムー中央都市部で盤石の人気があり、今では女性男性問わずアクセサリーの定番になっていた。さらに副業で始めた、女性護身術の道場もヒット。何十人もの弟子たちをとり、アトランティス中央都市有数の護身術道場になっている。一緒に事業を頑張り仲の良かった夫が850歳で逝ったあと、ほどなくしてたくさんの子どもや孫に囲まれながら、静かに真砂希姫は息を引き取った。享年1278歳であった。生前しめやかな葬儀を嫌っていた真砂希姫の遺言でもあり、盛大なお別れ会が開催された。
天木日亜は、お別れ会の様子を会場近くから見守り、会場から離れる方向にゆっくりと歩き始めた。一つの仕事が終わった開放感と寂しさが同居していた。真砂希姫のくるくると良く変わる表情が思い出されてくる。晩年は優しさと厳しさが同居する綺麗なお婆ちゃんだった。いまだに兄皇のところへ無事連れ帰ることができなかったと言う無念さも胸にわだかまっている。何度もそのことについては話し合っているが、真砂希姫はあっけらかんとしたもので「みんな元気にしているわよ」の一言で会話は終了してしまう。