オリジナル色が強くなりますが、ご勘弁ください。
「ひとまず、私の家に寄ってください。A地区に向かってください。」
A地区と言えばアトランティスの行政中枢部である。行政系を仕事にする者でなければあまり立ち入らない場所である。言われるままに、そこに向かう。
「リンクウ殿、そろそろA地区ですが・・・。」
「はい、そこの通りを左折して、山の手に向かってください。」
今度は、天木日亜が驚く番であった。そこは、アトランティスの中枢部。国王陛下の御座所であった。
「え~っと、ここはアトランティスの国王陛下の御所ではありませんか?」
「はいそうです。もしかして、私の顔はご存じなかったとか?。」
ここしばらく、アトランティスの世事には特に注意も払わず、真砂希姫を陰から見守りしていたため、国王やその周辺の人物の顔など全く知らない天木日亜であった。
「私の名前は、リンクウ・ド・ロルジュール。3ヶ月前に父王崩御にともない王位を譲られた者です。・・・クルマは裏へ回してください。今、先ほどの者たちを呼びます。」
「もしかして、国王陛下ですか?」
今度はリンクウがいたずら小僧のような笑顔で言う。
「はい、そう呼ばれております。」
リンクウは、左手首に時計のようなモノをつけており、その上で簡単な文字を書くように人差し指を踊らせる。小さな文字が浮かび上がりそれが光ったあと、小さなディスプレイが立ち上がる。一言二言話してディスプレイを閉じた。クルマは城壁に囲まれた、一種の神殿様式に見える城へ近づいていく。正門を左に回り込みしばらく走って。裏口に回ったところに先ほどの男二人が待っていた。
「リンクウ様、勝手な行動は本当に困ります。お立場はご存知のはずでしょう。」
「カガミ、スゴウすまぬ、迷惑をかけた。」
スッと、頭を下げる。家臣に対して躊躇なく頭を下げる国王を天木日亜も初めて見た。元々樹雷皇家の一員のはずだったが、まったく素で驚いていた。
「この方は天木日亜殿という。先ほどのならず者から、そのほかのことまですべて納めてくれたのだ。」
カガミとスゴウと呼ばれた男二人は、スッと右膝を地に着き、右腕を90度曲げアトランティスの最敬礼をする。天木日亜も慌てて、樹雷式の最敬礼で返した。
「このたびは、国王陛下をお守りくださり、誠にありがとうございます。」
「とは言うものの、あのような危険な目に遭ったのは、この方の不注意によるもの!」
と、いきなりリンクウの頭にゲンコツする、カガミと呼ばれた男。
「ああ、ごめんよう、カガミぃ。戴冠式も終わったからちょっとお忍びで町に出ても良いかなぁっておもったんだよう・・・。」
「いいえ、今回ばかりは、本当に我らは肝をつぶしました。天木日亜殿がいらっしゃらなければ、あなたは死んでいたかも知れない・・・。」
スゴウと呼ばれた男が言う。さすがにリンクウもうなだれて聞いている。
「お取り込みのところ申し訳ないが、もしかして、カガミ殿とスゴウ殿は国王陛下の教育係とかそういう関係でしょうか?。」
「ええ、そうです。」
天木日亜は、心底気の毒そうな顔をした。若き日の真砂希姫を追いかけた思い出が蘇る。思わず口をついて言葉が出てしまう。
「お疲れ様、お気の毒に・・・。」
二人の顔がふと赤くなり、続いて、はらはらと涙がこぼれ落ちる。
「全くの他人様に、このようなお言葉をおかけいただけるなど本当に我らの不徳の致すところ。しかし、しかし、うれしゅうございます。」
「いえ、私も同じような思い出がありましてね。ちょっと眠りこけた隙に、顔に落書きされたり・・・。捕まえようと追いかけても、すばしっこくてなかなか捕まえられなかったり・・・。」
「小さな頃はそれでも捕まえられたんですけどねぇ・・・。大きくなられると体力もついて、速い速い・・・。」
三人は、は~~、と大きなため息をついた。これ幸いと、抜き足差し足で逃げようとするリンクウの首根っこをスゴウがガッと捕まえる。
「とにかく、このような場所ではいけません。陛下のお母様もお待ちですので、こちらへどうぞ。さあ、リンクウ様もお母様にお小言を頂かないといけませんよ!」
なにやら、とても肩の力の抜けた王家に思える。そして、本当に王のことを思う家臣がついていて、リンクウは幸せ者だと天木日亜は思った。
こちらでお待ちください、と通された部屋は城下が見渡せて、風通しが良い部屋だった。調度品の善し悪しには疎い日亜であったが、豪華には見えずとも良い素材を良い職人が手をかけて作った物のように見えた。ベッドと、机、鏡、そういう物がそろった部屋。なぜか落ち着く雰囲気が気に入った日亜だった。
活気あふれる城下の様子を見るともなしに見ている。中央部に大きな公園があり、人がたくさん行き交う。真砂希姫のお別れ会のあとだから、かれこれもう夕方に近い時間になっていた。今の時期は日没は遅いが、日が落ちてくると涼やかな風が吹いてくる。王都ということもあって、これからあちらこちらに明かりがつき、さらに活況を呈するのだろう。
樹雷での思い出を重ね合わせながら、静かに想いを走らせていた。
ドアをノックする音に現実に引き戻される。どうぞと答え、ドアを開けるとそこには、先ほどのリンクウと妙齢の美しい女性が立っていた。慌てて、姿勢を正す日亜である。他に誰もおらず、メイドや執事も連れていない。
「こんばんは。このたびは我が息子の命をお守りいただきほんとうにありがとうございました。母として、お礼申し上げます。」
さらりとよどみなく言う声は、良く通り澄んだ落ち着いた声だった。
「ご丁寧にありがとうございます。私は天木日亜と申します。あのならず者どもは危険な装備を持っていたため、私の流儀で対応致しました。こちらこそ後始末などをしていただきありがとうございました。」
と言ってしまってから、そう言えば国王陛下のお母上だったと思い出して、慌てる日亜。
「あ、すみません国王陛下の御前でした・・・。」
「お気になさらずに。今はこの子の母として行動しております。私は、キヌエラ・ド・ロルジュールと申します。」
そう言い、微笑みながらまっすぐに日亜の目を見る。整った顔立ちは艶やかという雰囲気ではないが良く通る声と共に一種の迫力があった。
「夕刻までしばらく時間があります。私の部屋でお話をしませんか?」
「わかりました。」
通された部屋は、天木日亜が最初にいた部屋と作りはよく似ていて、調度品もさほど変わらない。右手に奥に通じるドアがあり、まっすぐ前には大きな机がある。左手にはよく手入れされ、黒光りする8人掛けほどテーブルとイスのセットがある。
上座にリンクウ国王の母キヌエラ、その右手方向に息子であるリンクウ、その反対側に日亜が座る。すぐにカガミとスゴウと呼ばれた二人が呼ばれ、国王側と日亜側に着席した。
「天木日亜殿、このたびは本当にありがとうございました。」
深く頭を垂れるリンクウの母。天木日亜の方が恐縮してしまう。
「とんでもない、顔をお上げください。こちらはこちらの都合で対処しただけのことですから。」
「リンクウから聞きました。あの者たちは、外からやってきた海賊だと言うではありませんか。本当に、日亜殿が居なかったら、私たちどころかこの星もどうなっていたか分からないとのこと。」
ちらりとリンクウを見る目が厳しい。この星の真の実力者といったところか。
リンクウを見れば、手を合わせてごめんなさいとジェスチャーで言っている。
「さらに、こんな文面も届いていたのです。」
上質な白い厚手の紙に赤蝋の封印がある。シャンクギルド風の書簡である。内容は、我らの代表をまずは政府に入れよ、1年後にはその者にこの地の実権を握らせよ、さもなくばこの惑星を消し去ることもできると慇懃な文面で書かれてあった。