天地無用!~いつまでも少年の物語~。   作:かずき屋

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始まりの章4

「かなりご高齢だけど、お話は問題なくできる?。」

実は僕自身、介護保険の認定調査員をしていたこともある。つまり介護認定するための聞き取り調査である。本人に会い70数項目の聞き取り調査をしていた。さすがに百歳ともなると聞こえが悪くなっていたり、こちらの問いかけが理解できないこともあって、会話が無限ループに入ることもある。

 「ええ、大丈夫ですけど?。」

そんなのあたりまえじゃない?みたいな表情である。

 「いや、付き添い、誰かいた方が良いんじゃないかなぁって。」

天地君、ハッとした顔をしている。そうでしょそうでしょう、やっぱり百歳のご老人ですからね、いくら元気だと言っても、そこはやっぱり物忘れとかもあるだろうし。

 うんうんと心の中で頷いていると、天地君ちょっと口の端をあげて毒のありそうな笑顔で答える。にやり、とまでは行かないまでも、ちょっと、なんか関わってはいけないような嫌なものが背筋を這うほほえみ。

 「・・・そうですか。それなら遠縁の叔母にあたる人についていてもらいます。」

 「そうですか、急に無理言ってごめんね。それじゃぁ、午後4時に柾木神社社務所に行くわ。場所は、上竹地区の○○番地でいいのかな?。」

 「そうです。公用車で行かれるのでしたら、裏側から入れば社務所の裏へ出る道がありますから・・・、ちょっと待ってくださいね。」

 手近のメモ用紙をちぎり取って、大通りから入る道を絵に描いてくれる。お、なんか公務員の手じゃないな。がっしりと太い指に、少し荒れた肌は日常的に何か農作業でもやっているような手に見える。

 「柾木君、家は兼業農家だっけ?。田んぼとかやってるの?」

 「え、よくわかりましたね、誰にも言ってないんだけどなぁ。」

 「いやぁ、働き者の手だからねぇ・・・。ああ、ごめんね。じろじろ見て。前の仕事のときに人間観察しまくってたんで、癖になっちゃって。」

と言っているうちにメモ書き完成。なるほど、明石自動車のところを曲がって、山陽道をくぐってトンネル抜けてすぐか。この道良く通るけど、こんなところに入り口があったっけ?ああ、なるほどこのまままっすぐ行くとスーパー山田の裏道に出るんだ・・・。

 ちなみに、スーパー山田、この近隣では結構な噂のお店だったりする。最初は町の小さな雑貨店だったけど、十年くらい前に一挙に中規模の食料品と衣料品のお店として移転。その店の出店時には超美形のモデルみたいな店員が何人もいると大評判。ほんの数日間で見物客やらなにやらで横の道路は大渋滞。その数日間は自分はあおりを食ってほとんど帰宅困難者状態だった。何が悲しゅうていつもなら10分程度で通過する道を高速乗って迂回して帰宅せにゃならんのよ?。西美那魅町役場にも苦情の電話やら美人さんたちの情報を求める電話やらで電話回線がパンクしたことを覚えている。

 それだけで終わらないのがスーパー山田のすごいところで、その後は、お総菜やオリジナルスイーツが評判になり、テレビの「今週の特選素材を切る!」と言う番組で紹介されたときには、これまた大渋滞。販売整理券がオークション出品されたときには、10万円前後の値がついたという。ここからは噂の噂だが(まあ、役場にはこういう嘘だかホントだかわからないような話が黙っていても入ってくるのです)、数年後にはこの土地に大手スーパーマーケットの出店から始まる一大ショッピングモール建設の青写真を描いていたこの地域を牛耳る某地方銀行、癒着していた県議会議員からのダークな金の流れを会計検査院に指摘されて、同族経営でのさばっていた経営陣は総退陣で一掃。さらにペーパーカンパニーを経由して某官僚に流れていた金の流れまで中央の新聞にスクープされ、株式は急転直下大暴落した。経営が傾きまくっているところをスーパー山田社長に、株式の半分以上を取得され経営は実質山田家のものになったそうな・・・。その裏に美しく可憐な白いリンゴの花のような美女経理軍団がいたというまことしやかな伝説がある。

 

 「ありがとう。何となくわかったよ。ここからだと20分ほどか・・・。」

 「そうですね。そんなもんだと思います。それでは。」

 すっ・・と一挙動で遠ざかったような気がした。歩いて自分の前から行く感じではない、どことなく普通と違う動きである。

 気を取り直して、箸袋からお箸を抜き昼食である。今日は鯖の塩焼きとキュウリとわかめの酢の物、野菜のかき揚げが一個ついている。彩りもよく考えられていて、値段より少しだけ美味いし量もある。やっぱりご飯を食べるときが一番幸せである。生臭いお金の話は、この今の仕事だとまずありえない。

 

 午後1時を回り、午後からの業務が始まる。昼休みに来られるお客様のため昼当番として残っていた職員が、昼休みから帰ってきた職員と交代して時間差で昼休憩に行く。

また慌ただしい数時間が過ぎ、気がつくと午後3時半であった。

 「課長、柾木君に教えてもらったので、柾木勝仁さんの神社に行ってきます。」

 「わかった気をつけて行ってこい。今日は金曜日だ。話が長引くようなら直帰してもかまわんから。」

 「わかりました。いちおう5時15分頃には連絡入れます。」

 今日、会って話をしようとしているのは、百歳の高齢者である。いままでは介護保険やら後期高齢者医療やらそういった制度やサービスを使わずとも過ごせたかもしれないが、これからは、もしくは今までも様々な問題があるかもしれない。とりあえず、地域包括支援センターのパンフレットやら介護保険の申請書やらを持って行くことにした。

 

 公用車という選択もあるけれど、「直帰」の甘い誘惑もあって自分のクルマで行くことにした。自分のクルマと言ってもそこは地方公務員。国産の軽自動車を個人リースで購入している。7年後にはリース会社に返すか残金払って自分のものにするかと言う例のリース契約である。

 自分のポリシーなんてかっこいいことはいえないけど、とにかく肩が凝るようなことが嫌いな性分なので、人からどう見られようが全く気にしていない。まあ、後輩や同僚の女性陣あたりに言わせると、もっと気にしろということらしいが(笑)。

 ドアを開けるとむわっと暑く重い空気がのさばり出てくる。ばしゃんと安っぽい音を立ててドアを閉め、助手席に持ち出したパンフレットや、申請書を置いてクルマを出す。おお、ぶいいいんと今日も元気だ直列3気筒のビートが車内に響く。エアコンをオンすると、前の方からゴンと言う音とともにコンプレッサーがエンジンに接続され、そよそよとちょっと頼りない冷気が出始めてくる。

 ちょうど季節は梅雨から夏にかけての時期。田んぼの沼臭さがまざって湿った風が吹く時期。それでもこの季節は、重ったるく湿った空気が、何か力を溜めて、それがはじけるような、そんな何かが起こるような気がして自分的には好きな季節だったりする。汗っかきなデブには厳しい季節の到来ではあるのだけれども(笑)。

 役場から国道に出てしばらく走って、柾木天地君が書いてくれた地図通りに右折して走って行く、うーん、やっぱりいつもの道だなぁ。柾木神社の裏に通じる道の入り口も見つからない。

 ふと、誰かに呼ばれたような気がした。車中、しかも走行中である誰かが外から怒鳴っても聞こえるものではない。

 また、今度は首をくすぐるような感じ。そして声。

 何となくブレーキを踏んで、そのまま横を見ると古い石組みの階段が見えた。粗末な石碑のようなものに柾木神社とうっすらと刻まれているのが読める。


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