しかし、暴走は止まらない・・・。
あ、美味しい。そりゃ柾木家のお料理のようではないけれど、万人向けというのがとても広い相手を想定したような、それでいてちゃんと特徴もある。
「自動調理器ってのも鷲羽ちゃんの作ですか?」
「もちろんそうですわ。哲学士が公開している技術やパテントなんて氷山の一角と言われています。」
「古今東西の料理レシピに、過去に失われたレシピまで網羅しています。ほとんど銀河アカデミー創設の頃まで遡れるようです。」
うわ、すご。底が見えない深淵を覗いた気分である。でも箸を止める理由にはならない。
「ごちそうさまでした。」
美味かったのだ。十分に満足した。
「それでは、私たちはブリッジ要員を残して休みます。午前2時頃に一度通常空間に実体化して、1,2時間の時間調整の後、再び超空間航行に入り、明朝の7時頃には樹雷到着の予定です。」
「わかりました。」
また端末で、例の超高級な部屋を指定してタップすると、一瞬にして転送される。
「今夜寝られるかなぁ・・・。」
コンコンと戸を叩く音がする。はいと返事すると、水穂さんが入ってくる。
「田本さん、汚れ物を出してください。洗濯しておきますわ。」
え、それはちょっとさすがに申し訳ない。
「い、いえ、さすがに下着を洗ってもらうのは・・・。」
と言ってる間に例の黄色い巾着袋を取り上げられて持って行かれてしまった。うーん、恥ずかしいぞ、凄く。ま、いいやと思いながら寝間着代わりのジャージに着替えてベッドに寝転ぶ。腕時計型万能端末にタブレットモードを命じると、瞬時に変わる。汎用OSだけしか入っていない。これ各種ソフトとかどうしよう。と思っていると、画面を手のひらで触ってくださいと出る。もしかして、認証かなとおもって、右手全体で画面を触ると、認証OKと出て、なんと家においてあるJYURAI_OS仕様のパソコンの画面が出てきた。
生体認証で、共有までできるのかい・・・・・・。それならと思って、画面をもう一回タップしてずらすと一個のウインドウとして共有画面が独立する。その共有画面を普通に終了して、再起動を選択すると、地球のOSが起動して、なんと普通にネットできてしまった。いつもの大量の通販系メールも問題なく見えたりする。しかもこの船、超空間航行中だったりするよな。
「柚樹さん、超空間航行中だよね、いま。」
「そうじゃよ。お前さんの提案した空間を航行中じゃな。今までよりも実測で32,3%位速いのぉ。」
柚樹さんはだだっ広いベッドの中程で丸まって首だけこっち向いて話している。
「しかしまあ、スゴイですね宇宙の技術って。ここにいながら地球のネット環境をタイムラグ無しに見せてくれるし。」
「もともと上位超空間航行というのが超空間通信帯域を使うからのぉ。皇家の樹以外は本来突入出来ないところなのじゃよ。」
「なるほど、それでトップシークレットだったと。」
さて、とりあえず、まだ眠くない。そういえば館内設備にジムのようなものもあったような・・・。1時間程度運動するのも良いかも・・・。以前の田本さんだと考えられないことだけども。守蛇怪の端末を起動して、見てみると確かにあった。使用は・・・可能。
「柚樹さん、ちょっとジム行ってきますけど。」
「おお、なら、わしも行こう。」
守蛇怪の端末持って、さっきの万能端末を木刀モードで右手に握る。遥照様や天地君に教えてもらった型だけでも復習しておこう。端末でジムを指定すると転送された。
またこれがだだっ広いジムである。手前には各種トレーニング機器類。その奥には畳敷きの柔剣道場が見え、その右にはサッカーコートが二つは取れそうな体育館施設である。
ちょうど雨音さんがトレーニング機器の自転車のようなものを使って汗を流していた。スポーツタオルを首にかけている。
「雨音さん、すみません、ここ使わせてもらって良いですか?」
「ああ・・・、良いですよ・・・。」
かなり負荷をかけているようで、息がかなり荒い。その場を通り過ぎ、奥の柔剣道場に行く。相手は誰もいないけど、と思ったら、柚樹さんが人型に変化する。
「あれ、その人もしかして・・・。」
「初代樹雷総帥のパーソナルだな。」
あごひげが特徴の若い闘士である。背は僕よりも10センチは高い。掛けてある剣道の竹刀をとり、僕の前に立つ。すでに声は、あの鷲羽ちゃんのドックで聞いた総帥の声になっている。
「よろしくお願いします。」
道場内に響く木刀と竹刀の打ち合う音。音はすれども、静けささえ感じるほどの集中した太刀筋がかみ合う。速くそして強い。久しく打ち合い、またも双方寸止め状態で終わる。
「日亜よ、腕を上げたな・・・。」
「主皇よ・・・。」
1万2千年の時を経て、天木日亜の記憶が泣いていた。遙か彼方の憧憬がしずしずと歩み寄るように記憶から掘り起こされてくる。深く大きな記憶と後悔の、ごうごうと渦巻く思いに翻弄されそうになる。気持ちを奮い起こして何とか踏みとどまり、
「柚樹よ、ありがとう。」
「は、日亜様・・・。」
膨大な時間の彼方から舞い戻った樹とその主人が再び邂逅したようだった。ようやくそれだけを絞り出すように声に出せた。気付くと水穂さんが、顔をのぞき込むように涙をぬぐってくれていた。柚樹のこれも長い寂しさの記憶と、天木日亜さんの記憶に押しつぶされそうになって、思わず水穂さんを抱きしめてしまった。女性の暖かさと柔らかさが現実につなぎ止めてくれる・・・。
ってことは・・・・・・。と周りを見回すと、道場に正座して、皆さん鈴なりになって、ハンカチで涙をぬぐいながら見てくれている。慌てて手を離そうとするけど、水穂さん、うっとりと頭を預けている。西南君まで正座してみてくれている。その涙は霧恋さんがぬぐっていた。
「あ、あの・・・。」
「マッドサイエンティストの笑い声を聞かされたときは、どうしようかと思いましたが、良いものを見せて頂きました。」
目頭を押さえながらリョーコさんが席を立つ。
「ちょっと、萌え萌えだったぜ。」
雨音さんは汗をふきふきシャワールームへ。
「西南お兄ちゃん、行きましょ。」
とグッと自分の胸に西南君の腕を引きつけて、西南君を立たせるネージュさん。その仕草に若干般若顔で、後ろ髪がふわふわと逆立ちかける霧恋さん。
「ごゆっくり。」
西南君と、ネージュさん、霧恋さんの三人が例の関わってはいけない系の笑顔で、一礼して出て行く。
「あ、西南君、お風呂って・・・。」
「ええ、二十四時間大丈夫ですよ。混浴じゃありませんけど。」
そう言いながら、に~~んまりと笑う顔は、天地君に勝るとも劣らない。そう言う左手にGショックに似た、ちょっとヘビーデューティなデザインのデジタル腕時計が見える。
「おお、作ってみてくれたんだ。」
「ええ、やっぱりこういう小物はかなり好きな部類なので。鷲羽様修正版で、ちょっとデザインはアレンジして。」
と言いながら、形態を変えてくれる。その辺は自在にできるだろう。自分が考えたものを他人が使ってくれているというのは、本当に嬉しいものである。
「どうもありがとう。」
すでに柚樹さんはネコの姿に戻っていて、足下で身体を擦りつけながら喉を鳴らしている。水穂さん、お風呂行きませんか?と声をかける。ハッと身を離す水穂さん。今日何度目だろうやはり顔が赤い。木刀を腕時計モードにもどす。大浴場にそそくさと転送してもらって、柚樹さんと一緒に入って、またあの超高級(に見える)部屋に帰る。
ベッドの布団をはぐって、照明を落としてホッとする。今日もいろいろあったなぁとか思っていると急激に眠気に襲われた・・・。
あれ、何か良い香りがする。それと横が暖かい・・・・・・。よいしょと寝返りを打つと、
「み、水穂さん!」
そういえば、この屋敷というか部屋、上級士官用で夫婦部屋だったような・・・。そこでご一緒しましょうと言った水穂さんは・・・。
「わたくしも小さな頃は、いろいろありました。お母様とアイライという星を逃げるように出て、銀河アカデミーに行った日のことは忘れもしません。」
目を覚まして、綺麗な目でこちらを見る水穂さん。お母様というと、アイリ様か。
「一生懸命勉強して、銀河アカデミーを卒業して、瀬戸様に召し抱えられたまでは良かったんですけどね・・・。」
そう言いながら、身体を預けてくる。うーん・・・。
「わたくし、いろんな勉強しておりますのよ・・・。」
え、どんな?と聞こうとした口を唇でふさがれる。イイのかなぁ、野暮は言いっこなしで良いのかなぁ・・・。
薄ぼんやりと点けていた照明だが、水穂さんの操作でさらに光度を落とす。ええい、もうどうにでもなれ・・・・・・。張りがあり柔らかい胸、くびれていながら筋肉質な脇腹、どちらの手とも言えない手が二人を一緒にした・・・・・・。
熱い抱擁から、温かい手をむつみ合う頃になったとき、突然、警報が鳴り響いた。二人して慌てて衣服を着け、タブレット端末を操作して、守蛇怪ブリッジに転送を命じる。
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