青春ラブコメは嘘《フィクション》だらけ   作:龍川芥/タツガワアクタ

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⑩ 4月12日(日)・休日

 4月12日、花の日曜日。即ち約束の日、当日。

 俺、四季巡は駅前のバス停まで道を歩きながらぶつぶつと不安を呟いていた。

 

「……なんか昨日は『ハーレムデート』とかほざいて舞い上がっちゃったけどさぁ、当日になると失敗するイメージしか沸かねえよ……。なんで俺はモテないくせに上手くできると思っちまったんだ? 人付き合いレベル1の奴が『橋渡し』とか、冷静に考えて出来るわけなくないか? そういうのはコミュ強がやるヤツだろ、俺はマンツーマンですら会話途切れるってのに……ああ胃が痛くなってきた……」

 

 腕時計の針は午前9時45分を示している。約束の時間は午前10時。あと5分もすれば待ち合わせ場所のバス停に辿り着くだろう。

 幸運なことに天気も快晴、澄んだ青が木世津町の街を彩ってくれている。だがそんな空模様とは対照的に、俺の頭の中は不安でいっぱいだった。

 

「財布は持ったよな? よし。一応中身も……入ってるな。でも人と遊ぶのってどれくらい掛かるんだ? 奢ることになったとき用に念のため5万円持ってきたが……てか服装大丈夫だよな、ダサくないよな? ファッションセンスに自信ねえよ……くっそ、何だこの心配事の多さ。ラスボスから地球でも守るのか?」

 

 なにせ初めて複数人で外出して遊ぶのだ。そもそも俺は生粋のインドア派、こういうこと自体不慣れなのに、そこにもっと不慣れな「コミュニケーション」という要素をミックスされたのだ。これは人生最高難易度と言って差し支えない。

 

「そもそもこういう感情を抱かないための哲学でもあったのに……最近の俺はがんじがらめが過ぎる気がするぜ」

 

 人間関係は糸のようなものだ……これも何度も言っているが。今の俺はそれに縛られ、引きずられている。異能者であるらしい彼女らとの関係……それらは偽物の柔らかい毛糸を剥され、剥き出しになったワイヤーの姿で残っていた。その糸は俺の心に絡みついたままで、俺が彼女たちを見捨てる選択を取ろうとするときつく食い込み痛むのだ。それでいいのか、全てを忘れて逃げるのかと。

 

「……今回限りだ、これが上手く行ったらこの『使命感』も外れる。そのはずだ。そうすればまた、全てを遠ざける日々に戻ればいい。人と遊ぶ休日も手に入らない代わりに、いちいち服のセンスや遊びの計画に悩まされない人生に」

 

 そうして俺は駅前のバス停に辿り着いて――。

 

「……なんでアンタらが居るのかしら。燃やされたくなかったら帰ってくれない? これから四季巡とデートだから」

「……それはこっちのせりふ。私がお兄ちゃんにさそわれたのに」

「……なるほど。そういうことですか。確かにそれなら、四季くんが嫌われても仕方ない私をお誘いしてくれたことに合点がいきますね」

「はぁ? ブツブツ賢いアピールしてんじゃないわよ根暗魔術師」

「む……やっぱり野蛮ですね超能力者というのは」

「司令部、提案。この様子を録画・録音して目標に見せるというのはどう」

 

 俺が今日誘った春咲朱里、冬野理沙、夏目優乃——それが3人ともそこに居た。そして既にバチバチだった。

 

「(うっわぁ何アレ!? 仲悪いって聞いてたけどあんなになの!? てか俺と居る時と全然違うじゃん、女の人て怖ぁ……)」

 

 思わず物陰に隠れてしまった俺の視線の先で、ガンと罵倒を飛ばし合う異能者少女たち。このままだと戦争になりかねないと悟った俺は、覚悟を決めると物陰から飛び出した。

 

「——お、おーいみんなぁ。遅れてごめんねー」

 

 チラリと腕時計を見れば現在時刻は集合時間10分前の9時50分。別に遅刻したわけではないが、ここは謝ることで空気を和らげようとしておく。

 俺の声に彼女たちは鋭い視線をこっちに向けて――余りにも鋭すぎてちょっとビビった――そしてすぐに笑顔を作ってくれた。まあ作り笑いだろうが。

 

「め、メグルくんっ。どういうこと? この2人が居るなんて聞いてないよ」

「そうだよお兄ちゃん。ほんとうはどっちと遊ぶの?」

「あー、ええっとそれはそのぉ……」

 

 ……冷静に客観的に考えて。事前にメンバーを教えなかった俺は、結構悪い。仮にも相手は異性だしな。だがそれは「メンバーを教えると来ない可能性があった」からだ。特に対立しあった異能者たちは仲悪いって秋月が言ってたし。

 今回はそんな異能者どうしの手を取らせようという作戦なのだから仕方なかったが、これがフツーの遊びだったら俺の判断は要らぬトラブルの元を作ったと言える。

 だがここで素直に謝ることもできない。それは当然、今帰られると困るからだ。

 俺が非を認めたら「もういい! 帰る!」的な展開になりかねないし。そしたら魔剣士への対策を組むなんて絶望的だろう。

 

「(俺は今日、この3人に仲良くなってもらわないといけない……少なくとも今よりは! そして『一時くらいなら手を組んでもいいかな』と思わせ、魔剣士を協力して追い払うことで死を回避してもらう。そのために俺が言うセリフは――!!)」

 

 俺はまるで将棋やチェスでもしているかのように無数の会話パターンをシュミレーションし、そして最適解だと判断した一手(セリフ)を繰り出した。

 

「あ、あー。言ってなかったっけかぁ。皆で遊んだら楽しいと思ったんだけど……だめかなぁ」

 

 そう、例えるならそれは無神経朴念仁クソ野郎、もとい「鈍感系主人公」のセリフ。これがこの場において一番の手だと判断した。なぜなら。

 

「……ま、まぁいいよ。メグルくんがそう言うなら」

「……私も、だめじゃない」

 

 そう。この3人は俺と仲良くなって情報を教えてもらうために俺からの好感度を稼ごうとしている。だから、俺なんかの意見すら簡単に否定できず、さらに俺の前では表立って争うこともできないはず。

 だからそれを利用するのだ。

 俺は心の中でメガネクイーしながら、アカデミー主演男優賞が取れそうな演技で「鈍感系主人公」のムーヴを続けた。

 

「よ、よかったぜー。4人で遊べばきっと楽しいぜー」

「そ、そうだねー」

 

 そうして、鈍感のフリをするカス野郎を全肯定するしかない女3人という、地獄みたいなパーティーが完成することでこの場での解散は避けられた。危ない危ない。

 ……夏目先輩が「正気かよコイツ」みたいな目で見てる気する。まあ昨日まであんなに気まずかったんだから当然だが。

 仕方ないんです、あなたも含めて3人の命がかかってるんです……と脳内で言い訳しながら鈍感ごっこをしていると、春咲が真面目な顔に戻って問いかけてきた。

 

「それでメグルくん。今日は何をするの? ……この3人で」

「あー、それは……」

 

 集まった後に「何をするか」。俺はそれを寝ずに死ぬ気で考えた。なにせ俺は友達と遊んだ経験ゼロ、異性となど論外だ。特に男と女は趣味嗜好から価値観まで大きく違うだろう。それが3人。手に余るというレベルではない。

 だが俺は体感200手を超えるシュミレーションの末見つけたのだ。打倒魔剣士のために仲良くなれて、男女どちらも楽しめて、3人全員が満足する方法を。

 俺はゴホンと咳払いし、堂々と宣言する。

 

「今日は今から夜の8時まで、映画館をハシゴして見まくり──」

 

 目が。

 皆の目が「正気か?」みたいになってた。

 

「——ってのは冗談でぇ……」

 

 どうやらお気に召さなかったらしい。俺の5時間かけて考えた最強デートプランが……いや、良い案だと思ったんだけどなぁ? だって某アヴェンジするアメコミ映画とかなら、「色んな能力を持つ人が巨悪を前に団結する」というメッセージを上手く伝えられるし、映画ならいろんなジャンルで様々な人の価値観に寄り添えるし、見てる間は会話しなくていいし……何がダメだったんだ一体。

 

 だがまだ打つ手ナシではない。夜通し考えたんだ、俺には当然、映画作戦がダメだった時の「プランB」がある。

 それは。

 

「みんなは行きたい所とか、あります?」

 

 相手の望みを直接訊く。それだけである。

 ……いや、呆れないで欲しい。これは実はかなり理にかなったプランなのだ。全員の望みを反映できるから全員もれなく楽しめるし、俺のクソカスな経験とセンスもカバーできる。

 エスコート? 誘った人の役目? ナニソレおいしいの? 無理に100点を狙って0点取るよりは確実に50点を取る。初見のエースピッチャーに対してはホームランを狙わずにバント。これが弱者のやり方なのだ。

 そんな俺の開き直った「プランB」に対し、何を考えているか悟らせないように振舞ってくれる3人は、それぞれの答えを口にした。

 

 まずは春咲。

 

「うーん、適度に体動かせるところが良いなっ。最近寝て過ごしてばっかりだったから、軽い運動がしたくて」

 

 軽い運動……モールの近くにボウリング場があったな。

 

「歩いて10分くらいのところにボウリング場あるけど、どうする?」

「うん、楽しそうだね!」

 

 よし、いい感じだろこれは。確かにプランはクソかもしれないが、下調べはしっかりしている。無駄に徹夜したわけではない。

 

 次に夏目先輩。

 

「……私は、書店に寄りたいかな。それ以外に特に希望はないよ」

 

 書店ならショッピングモール内にあるはず。

 

「なるほど。ボウリングの後でどうですか?」

「異存なし、だよ」

 

 よーし、夏目先輩とも普通に会話で来た。これで仲良しまた作戦一歩前進んだ。

 

 そして最後は理沙ちゃん。

 

「……いきたい、ところ」

 

 理沙ちゃんは悩んでいるようだった。単純な優柔不断じゃない、まるでその質問を初めてされたみたいな、回路が繋がってないような印象を受ける悩み方。

 

「なんでもいいよ?」

 

 俺は膝を折って彼女と目線を合わせ、安心させるように笑った……上手く笑えたかは分からないが、それが功を奏したのか理沙ちゃんはたどたどしくも望みを口にする。

 

「……みんな知ってる、おいしいものがたべてみたい。その、はんばーがー、とか」

「おっけ。ハンバーガーショップもモール内にあったはず」

 

 そうして全員の「行きたいところ」が分かった所で、俺はそれを上手くまとめた今日の予定を発表する。

 

「えー、話を総合すると……今から近くのボウリング場行って、その後ショッピングモールに行って、時間あったら書店行って、お腹が空いたらハンバーガー屋に行く……で、その、時間あったら映画とか……というので、どうでしょう……」

 

 まとめ役とかしたこと無いので最後尻すぼみになってしまったが、皆の反応は、

 

「私は良いと思う!」

「うん。問題ない」

「私も異存なしだよ」

「! よーし、それじゃ早速ボウリング場行きますか!」

 

 好評のため、このプランで決定した。

 

「(よし、出だしは順調と言えなくもないんじゃないかこれは)」

 

 ボウリング場に向かって歩き始めた一行の先頭で、俺は密かに手ごたえを感じていた。

 と、春咲が小声で呟く。

 

「……ていうか、映画諦めてなかったんだ」

「う……『時間あったら』なんで許してくれ……」

 

 仕方ないじゃん! どれがいいかなとか調べてたら俺の方が気になっちまったんだよ! アヴェンジするアメコミ見たいんだよ!

 

 ◆

 

 十数分後、駅から近くのボウリング場にて。

 ――ガコォン、とボールが並んだピンの中央を少し外れた辺りに命中し、7本のピンが倒れた。

 

「うーん、思ったより難しいな」

 

 ストライクを取れなかったことを悔やむように、レーンの前に立った朱里はぼやく。そんな彼女の背に純粋な声。

 

「いや、7本倒してるじゃん。ストライクなんてそう簡単に出るもんじゃないだろうし、充分上手いと思うんだけど」

「そ、そう? ありがとう。あはは……」

 

 巡に褒められながら、朱里は苦笑いを隠した。

 

「(……『傷が痛む状態で普段通り動く』のが難しい、ってことだったんだけど……まあいいか)」

 

 巡、朱里、理沙、優乃の4名は予定通りボウリング場を訪れていた。今は全員合わせて最初の投球。順番は朱里→巡→理沙→優乃の順だ。

 

「(今度は少し力を入れて……っつう)」

 

 朱里の二投目がズレる。

 ボールは残ったピンに命中することは無く、レーンの奥に消えていった。

 

「あー、惜しいなぁ。良いコースだと思ったけど」

 

 惜しくもスペアを逃したが、その結果自体に朱里は何も思わない。ついでに四季巡のフォローにも。

 そもそも彼女が「軽く運動したい」と言った理由は、本格的な戦闘が起こる前に「自分が現状どれだけ動けるのか」を確認する為である。

 

「(……今ので慣れたわ。体は思ってたより問題なく動く。あとは痛みを気にしなければいいだけね)」

 

 朱里の超能力は発火能力。炎を生み出すという特性上攻撃性能は高いが、防御力はゼロに等しい。なので基本的には朱里の防御手段は「純粋な回避」となり、それを行うには一定以上の身体能力が必要だ。手も足も動かさず対象を燃やせるとはいえ、手も足も動かなければ相手からの攻撃は守れない。だからこそ、自分がどれだけ動けるのかを把握することは朱里にとって重要なのだ。

 

「くそ、5点かー」

 

 がこーん、とピンの倒れる音が響く。一投目はガーターだったし、巡はそこまで上手ではないらしい。

 と、理沙がやけに自信のある態度で前に出た。

 

「お兄ちゃん、見てて」

 

 無表情ながら自信を滲ませた声。

 そして彼女は一機の人型ボウリング・マシーンとなる。

 

「(身体強化装置オン、指をアームで補強。ストライクコース計算、視界に表示。学習(インストール)した動きを再現することで安定性を上昇、成功率99.8%——)」

 

 服の下に隠した機械のアシストにより美しいフォームで放たれたボールは、まっすぐにピンの真ん中に激突。子気味良い音を立てて全てのピンが倒れた。『ストライク!』と華々しいファンファーレが鳴る。

 

「す、すげー……」

「ん」

 

 巡に向かって胸を張る理沙……だが、他の2人にはその無表情が自分たちのことを鼻で笑っているような気がした。

 

「(ふっ。これが科学の力)」

「(……何アイツ。喧嘩なら買ってやるわよこのチビィ……!)」

「(……なんかムカつきますねこの娘)」

「(そういえば理沙ちゃん、意外と力強かったもんなぁ。思わぬ才能だ)」

 

 龍とか虎とかが背景に滲み出る。約一名を置き去りにした異能者たちのプライドバトルが、いつの間にか始まっていた。

 

「(必中の(まじな)いくらい覚えてるんですよこちとら!)」

『ストライク!』

「(超能力を使うまでもない、基礎スペックが違うのよ!)」

『ストライク!』

 

 優乃、朱里も難なくストライク。それを見て「え? ボウリングってストライクが普通なんだっけ?」と常識を疑い出す巡。

 彼がガーターするのも構わず、小さな戦争は続行される。

 

「(ふん、私の機械補助投球は安定性・再現性が段違い。これが科学の力)」がこーん

「(いくら結界の外とはいえ、この程度で魔力を使い切るとでも!? 魔術を舐めないで下さい!)」がこーん

「(この器用貧乏共、私の不利なフィールドでイキリやがって! やってやるわよコンチクショウ!!)」がこーん

 

 そうして巡を置き去りに、ストライクがデフォルトのうえボールが燃えたりピンが狙撃され倒れたり逆に岩みたいになって倒れなくなったりする超次元ボウリングが繰り広げられ、最終的に事故に見せかけてボールを直接ぶつけ合う競技になった所を巡とスタッフに止められた。

 その際巡が「修羅場やるならウチの外で頼むよ」と言われ、もれなく全員微妙な顔になってしまったのは余談である。

 

 

 さて、お次はモール内の書店。

 

「何か買うんすか?」

「まあね。目をつけている新作がいくつか」

 

 勝手知ったる様子で書店に入る優乃と、彼女についていく形の巡。しかし、優乃は巡の後ろの2人に対して思うところがあった。

 

「……君たちは入ってこなくても良かったのでは? 買いたい本がないなら、横のゲームセンターで遊んでいる方が有意義だと思うよ」

「はぁ? バカにして、本くらい読むわよこの――よ、読むよぉ。あはは」

「子どもあつかいしないで。科学の本なら、私のほうがくわしい」

 

 場が一触即発状態となりハラハラしだす巡。こうなることはほとんど予想できたものの、あえて言ったのには理由があった。

 

「(此処に来たのは、秘密裏に『魔本コーナー』があるからなんだけど……まさか皆ついて来るとは)」

 

 そう。優乃も巡と同じように基本ぼっちであり、友達と遊んだことなどほとんどない。そんな彼女は「書店に寄る=書店に用がある人だけ別行動」と思っており、全員で書店に行くパターンを想像もしていなかったのだ。

 

「(今日は諦めるしかないかなぁ。魔剣士の出没で被害が出てないかとか、色々知りたかったんだけど……)」

 

 『魔本コーナー』とは、魔法のかけられた本が置かれているコーナーのことだ。魔本は魔導書とは違い、攻撃的なプロテクトも数世紀前の大魔術も秘めてはいない。それは主に非協会所属魔術師およびその素養がある人間の掲示板的コミュニケーションの場であり、また新鋭の魔術の共有場所でもある。要するに、(売り物の)本に魔術師にしか読めない文字を(勝手に)書きこむ、またはそれを読み取るといったことをする、魔術師たちが勝手に決めた書店の一角である。

 優乃はそこに立ち寄りたかったのだが、

 

「ほら、お子さまは幼児向け絵本(これ)でも読んだら?」

「……あなたは科学の教科書(これ)でべんきょうするといいよ」

 

 後ろでバチバチしだした他陣営の異能者2人を出し抜くのは難しそうだ。

 優乃は大人しく頭に魔のつかない本を数冊買って、すぐに書店を出ることにした。

 

「四季くん、私の用は済んだけど、どうする?」

「俺も買い終わりました」

「そっか。なら……早く出ようか」

「……そっすね」

 

 優乃と巡は、他2人が今にも書店内を戦場にしかねない空気感であることを察し、そこを去ることにした。

 ……まあ、ある意味では手遅れだったのだが。

 

「ねえ四季くん、もうあの2人置いていかない? 売り物の本の背表紙ぶつけ合ってチャンバラする輩と知り合いだと思われたくないよ私」

「……いや、俺もそうっすけど! 見逃してやってください今回だけは!」

 

 解散だけは防ぎたい巡は、2人の喧嘩を止めるために駆け出した。

 

 

 今度はバーガーショップ。

 

「これが……はんばーがー……ごくり」

「正しくは『キングビッグウルトラバーガー』ね。それデフォルトじゃないから、一番デカくて一番高いやつだから」

 

 巨大なハンバーガーを目の前にして涎を必死に我慢する理沙。その姿を見て、巡はひょっとしてと尋ねる。

 

「もしかしてだけど……理沙ちゃんって、ハンバーガー食べるの初めて?」

「(こくり)」

「マジか」

 

 「箱入りだなぁ」と驚く巡、「()()()もたいがいブラックだなー」と思う異能者2人。そんな外野の反応など理沙には届いていなかった。

 

「分析……カロリー量800オーバー、糖質約40g、コレステロール値130mg……こんな非効率的な食べ物があっていいはずが……でもこの、異様に食欲をそそる見た目と香りはいったい……ごくり」

「……こっちは食欲無くなるんですケド」

 

 あんまり聞きたくない分析結果を呟きながらトレイの上に鎮座するハンバーガーを見つめる理沙。そんな理沙(かなり小さい)とバーガー(かなりデカい)のサイズを見比べ、不安になった巡は声をかける。

 

「理沙ちゃん、1人で食べれる? 余るんだったら俺貰うけど――」

「必要ない。これは私のモノ」

「そ、そっか……」

 

 それを即答で断った理沙は、まるで誰かに奪われるのを恐れるように、紙包みを素早く剥して、出てきたバーガーにかぶりついた。

 

「!!」

 

 瞬間、彼女の舌と脳が人生最大の衝撃を受ける。しっとりとしたパンズに挟まれた具材、特に肉厚のパティからは肉汁と旨味があふれ出し口内を蹂躙。シャキッとしたレタスは歯ごたえに彩りを添え、その下から出てくるもったりとしたコクのあるチーズが堪らない。ピクルスとトマトも絶妙にマッチし、特製の味の濃いソースが味蕾を刺激しつつも全体の調和をさらに高める。

 

「はむ、むぐっ……理解不能理解不能、大したテクノロジーも使えないのに、これほど味覚に訴えかける味を合成できるハズが……はむもぐっ」

「……黙って食べなさいよウルサイわね」

「しかし、ハンバーガーでこれほど驚ける中学生が居るとはね……」

 

 異能者2人に呆れられながらも、物凄い勢いでハンバーガーをぱくつく理沙。数分後、『キングビッグウルトラバーガー』は跡形もなくなっていた。

 あっという間に食べつくし、忘我の状態となった理沙は呆然と呟く。

 

「……私はいままでなにを食べて……」

「そこまでか……」

「……科学の、敗北」

「そこまでか!?」

 

 科学の敗北すら認めた彼女は、今まで食べてきた強化人間用完全栄養糧料(どろどろしたペーストっぽいナニカ)を始めとする食事を思い出していた。それは完璧な栄養に体を強化する化学物質と、科学的観点から見れば「最高の食事」だった。しかし理沙の本能は、舌は、今食べた栄養も不完全で何のテクノロジーの影もない茶色い塊を「最高の食事」だと言っている。

 理沙がハンバーガーを選んだのは本当に小さな理由。「どこに行きたいか」と聞かれて、中庭での一件もあり「そういえば普通の人が食べるものって知らないな」と思ったのが理油である。その最たる例——完璧な栄養管理のされた食事の対局であるジャンクフードの王様に少し興味が沸いたのだ。それが、まさかこんな衝撃を受けることになろうとは。

 

「……お兄ちゃん」

「ん?」

 

 理沙は中身を失った紙袋を示し、真剣な顔で巡に尋ねる。

 

「これは世界でなんばんめにおいしいごはん?」

「うーん……まあここチェーン店だし、世界で見たらランキング外かなぁ」

「!!?」

 

 これよりおいしいものがたくさん……!? とショックを受ける理沙に、思わず全員が噴き出した。

 

 

 その後は映画を見たり……理沙がポップコーンとコーラに感動していた。

 

 UFOキャッチャーをやったり……軽い気持ちで始めた巡が3000円を溶かした。

 

 ウィンドウショッピングをしたり……朱里が優乃の容姿を褒めたら優乃の自覚がなくなんか変な空気になった。

 

 

 そうして様々なことをし、少し疲れた一行はモール内のカフェで一息ついていた。

 

「クッソ、もうちょっとで取れたんだけどなぁホゲ〇タ……」

「(まだ言ってんのコイツ……)ま、まああんな大きなぬいぐるみ、持って帰るの大変だし逆に良かったんじゃない?」

「……アレは推測されるアームの力と景品の形状・重量だと力学的にはほぼ不可能な設定、っておしえたのに」

「あはは……ほ、ほら。四季くんが見たがってた映画は見れたじゃないか」

 

 テーブル席でなんたらかんたらフラペチーノを啜る若者4人。その様子は、最初よりはいくばくか打ち解けたようにも見える。

 

「(映画、映画……そうだ!)」

 

 その光景と「映画」というキーワードで、巡は本来の目的を思い出した。

 巡はごくりと唾を飲み込み、勇気を振り絞る。彼の直感はここだと告げていた。

 

「……い、いやぁ、映画おもろかったなぁ。皆はどう?」

「まあ『こういうの男子好きそー』とは思ったけど、私もそれなりに楽しんだかな」

「映像から見受けられる高いCG技術には一見の価値が……いや、えっと、CGがすごかった」

「伏線やカタルシスもあって脚本の質の良さを感じたよ」

 

 まあおおむね好評、といった所か。しかしこの話題の核心は違うところにある。

 

「(行くぞ俺、覚悟を決めろ!!)」

 

 そうして巡は、下手すれば即解散になりかねない話題をぶっこむ。

 

「あ、あの映画だとさぁ。滅茶苦茶強い敵が出て来て、それまでいがみ合ってたキャラたちが共闘したじゃん。異能者ってそういうのやらないの?」

 

 ――ピシリ、と。

 周囲の空気が固まった。

 その空気に押しつぶされそうになりながらも耐える巡。

 

「(そりゃそうだ! 皆バレてるのは分かってただろうけど、そのうえでなんとなく『異能の話はNG』って言う暗黙のルールがあった。それでこの関係は成り立ってた。それくらいは俺でも分かる。でも――)」

 

 もう後に引けない巡は、一晩悩んで出した自分の考えを主張する。

 

「多分()()()皆に重傷を負わせたんだろうあの魔剣士、アイツがさ、満月の日にまた皆を襲いに行くらしいんだ。それもこの前よりパワーアップして。だからその、皆は対立してるっぽいのは知ってるけど……その日だけ一時休戦してさ、協力して戦うってのいうのはどうかなって――」

 

 ガタン! とテーブルが揺れた。朱里が立ち上がったのだ。

 

「なるほどね。今日はそれを言うために、わざわざ私たちを集めたってワケ」

 

 紅蓮の瞳が、巡を射る。

 それに気圧されつつも、巡は縺れる舌をなんとか回した。

 

「そ、そうだよ。俺は皆に死んでほしくないんだ。あんなバケモノに襲われたら、今度こそ殺されるかもしれないっ。それを黙って見てるなんてこと……うわッ!?」

 

 ――炎が。突如として現れた炎が、巡の前髪を少し焼いた。巡の体が反射的にのけぞる。

 

「おあいにくサマ。私たちは()()()()()よ。魔剣士(アイツ)と同じ、異能者って名前のバケモノ」

 

 朱里は、激情が燃えているようにも、逆に冷え切っているようにも見える鋭い視線で巡を見る。巡がこちらを見上げる目、その中に怯えの色が含まれているのを、彼女は敏感に嗅ぎ取った。

 

「……アンタは異能者じゃない。私たちの世界を知らない。それなのに『絶対に自分が正しい』みたいな顔で、平和な世界(そっち)の常識を持ち込まないでくれる?」

「自分が正しいなんて、そんな、ことは」

 

 思わず反論しようとした巡の姿に、朱里の中で何かが爆発した。

 

「思ってるでしょ!! アンタは『人殺しなんて間違ってる』って思ってる!! 『野蛮なことだ』って、それで私たちを殺そうとした魔剣士を悪者だと決めつけて、殺されかけた私たちに同情して!! ふざけんな!! もしも立場が逆だったら、アンタは何も考えず魔剣士(あっち)側に立つんでしょ!?」

 

 その言葉に、巡は何かを言おうとして……しかし何も言えなかった。そんなはずないと思っているのに、その通りだと、どこかで認めてしまった自分が居た。

 

「もしアンタの基準で善悪を測るなら、私もこの2人も、あの魔剣士に匹敵する『悪』よ!! 私たちがやってるのは喧嘩じゃない、全力の殺し合いなんだから!!」

 

 そしてそれがトドメだった。もう巡は何も言えず、ただ自分が間違えた事だけを悟った。ただ、「何を」間違えたのかは分からなかったが。

 

「私たちは別に『助けて欲しい』とも言ってないし『殺しが悪』とも思ってない……何も知らないくせに首を突っ込んで来るな!! この一般人ッッ!!!!」

 

 それを捨て台詞に、春咲朱里は店を飛び出した。彼女を追うことは、完全に気圧された巡にはできなかった。

 

「お、俺は……」

 

 その先の言葉が繋がらない。動けない。何をするべきか分からない。

 そんな彼の横で動きがあった。理沙が席を立ったのだ。

 

「『他陣営との共闘はしない』。これは冬野グループの決定。そしてグループの決定は、私の決定」

 

 彼女は耳に手を当てながら言う。恐らくどこかと通信をしているのだろう。彼女も自分の提案を否定したことに、巡は大きな驚きを抱かなかった自分に驚いていた。

 

「これは間違いじゃないと、私もおもう。他陣営との共闘関係中に不意打ちされる確率は統計で72.6%……この数字にせなかをあずけることはできない」

 

 それはあまりに尤もな意見で、反論できるはずもなく。

 

「……私がつくられたのは、敵を殺すため。私のうまれた意味はそれ。……ごめんね、お兄ちゃん」

 

 理沙も店を出ていく。残されたのはあの日と同じ、巡と優乃の2人。

 そして優乃も、申し訳なさそうに言う。

 

「四季くん。私もだよ。彼女たちと協力することは出来ない」

 

 まるであの日の焼き増しだな、と巡はどこか上の空で思った。ただ違うのは、今回は正面からぶつかり正面から否定されたということ。対話の上で、己の間違いを悟ったということ。

 

「……今だから言うけど。異能者の世界って言うのは、君が思ってる10倍は酷い。頻繁に戦争状態になって、そのたびに敵を殺して味方が殺されて……それの連続。そんなのがもうずっと続いている」

 

 巡は俯く。それは失敗を受け入れるためか、それとも受け入れられないがゆえか。

 そんな彼に対し、優乃は静かに続ける。

 

「私の母は、超能力者との抗争中に殺された。父は科学使いに捕まって死んだ。仲間が回収した父の死体には、酷い拷問の跡があったらしい。いや、奴らの言葉を借りるなら『耐久実験』の跡と言うべきか」

 

 巡はそれに驚いて、すぐさま自分を恥じた。自分はそんなことも知らずに彼女らの手を取らせようとしていたのだ、親の仇と協力しろと言ったのだ、と。

 

「別に私は、そこまで彼女らを憎んでるわけじゃない。どちらかと言うと、殺し合いがバカらしくなって研究者の道に進んだタイプだからね。それでも手を汚したことが無い訳じゃないし、彼女らを好きになったり信じたりすることも出来ない。それは多分お互い様だ。魔術師も有史以来、いったい何人の父母を殺し孤児を作ったかは分からないんだから」

 

 言葉を選んでいるだろう優乃の優しさすら、今は辛かった。

 巡が顔を上げると、彼女と目が合った。優乃は少し表情から力を抜き、静かに語りかける。

 

「君の優しさは、勇気は、日の当たる世界では美徳です。でも私たち多くの異能者にとってそれは、自身の生き方を糾弾され、否定されるのと同じこと。どうかそれを分かって欲しい」

 

 あの日と同じ、普段見せるのとは違う口調。それが「素」の優乃であることを、巡は直感した。

 

「さようなら、四季くん。もし満月を超えても私が無事だったなら、また2人で日誌を書きましょう」

 

 そうして、優乃も席を立った。

 あの日と同じように、残されるのは巡ひとり。

 けれどあの日とは違う。あの日は偽物の関係に罅が入り、そこから剥き出しになった本物の関係が見えた日だ。それは偽物よりも遥かに色あせていて、きつくて痛くて、ささくれとほつれだらけだったけど……どこか偽物よりも温かいような、血の通っているような、そんな気がする関係だった。

 けれど今日、その本物が千切れてしまった。

 

「……俺は、甘えてたのか」

 

 ぽつり、言葉がこぼれる。

 

 ――そうだ。俺は甘えていた。何もせずとも千切れず寄ってくる偽物の関係、それを忌避しながらもどこかでそれに甘えて、すぐに千切れてしまう本物の関係という糸を今までと同じように扱った。偽物の糸が切れなかったのは相手が努力していたからなのに、そのことに気付きもしないで。

 

「何も知らないのに、全部知ってる気でいて」

 

 彼女たちのことを知ろうともしなかった。「自分が正しい」と思い込んでいた。「俺がなんとかしなきゃ」って暴走して、相手の気持ちも考えないで。ただ自分勝手に助けようとして、糸を自分の望み通りに引っ張って……それが彼女たちのことを傷つけた。

 かつてあれほど恐れたことを、俺は知らぬうちにこの手で行っていたのだ。

 

『私たちは別に「助けて欲しい」とも言ってないし「殺しが悪」とも思ってない……何も知らないくせに首を突っ込んで来るな!!』

『……私がつくられたのは、敵を殺すため。私のうまれた意味はそれ。ごめんね、お兄ちゃん』

『君の優しさは、勇気は、日の当たる世界では美徳です。でも私たち多くの異能者にとってそれは、自身の生き方を糾弾され、否定されるのと同じこと。どうかそれを分かって欲しい』

 

 彼女らの言葉が、それを言ったときの表情が、頭の中でぐるぐると回る。

 

「俺の、クソバカヤロー……」

 

 ——皆、泣いてた。涙は流れていなくとも、その心は確かに泣いていた。

 俺が、泣かせた。

 するり。手にかかる幻の感触。

 3本の糸が、俺の手のひらをすり抜けるように離れていく。これ以上繋がって居たくないと、傷つけられたくないと、逃げるように。

 その糸を追う気力も、資格も、今の俺には存在しなかった。

 これが「間違える」ってことなのか。今まで逃げ続けたその痛みが、嗤いながら俺を突き刺した。

 

 ……何分そこで俯いていただろう。

 ふと、項垂れた俺の頭に影が射した。

 

「巡先輩」

「……秋月?」

 

 顔を上げると、そこには秋月コノエが立っていた。何故ここに居るのか、と目で問いかけると、

 

「はい。影ながら護衛していました。異能者とご一緒のようでしたので」

 

 変装用なのか深く被っていた帽子を外しながら、何でもないように彼女は言った。

 

「失礼ですが、先ほどのやり取りは見ていました。先輩は春咲朱里、冬野理沙、夏目優乃の3名に情を感じている。そして彼女らを団結させることで魔剣士の脅威から助けようとした。そうですね」

「ああ……結果は大失敗だけどな……」

 

 俺は自嘲気味に笑った。2人の間に沈黙が下りる。

 ふと思いついたことが合って、駄目元で秋月に問いかける。

 

「秋月が所属してる『異端審問会』ってトコに、3人を守ってくれって頼むのは……」

「……それは不可能です、巡先輩。審問会は非異能者を守る組織。いつ人々の安寧を脅かすともしれない異能者を狩ることはあっても、守ることは決してありません」

 

 すげない答え。断られるのは予想していたのに、それでも傷つく自分が馬鹿らしい。

 

「そして私個人としても、その頼みを聞くことは出来ません。私の力不足を棚に上げるようで心苦しいのですが、余裕がないのです。応援は呼びましたが、あの魔剣士は余りに強い。とても誰かを守りながら倒せる相手ではない。寧ろ『連続戦闘』で消耗したところを狙うのが……いえ、何でもありません」

 

 それはつまり、春咲たちと戦って消耗したところを狩るということか。彼女らを見殺しにするということか……そう叫べたらどれだけよかっただろう。

 そんな資格は、俺には無い。これ以上間違えることはできない。

 口をぎゅっと結び堪える俺に、秋月は諭すように言う。

 

「巡先輩。あなたはこれ以上何もしない方がいい、と私は思います」

 

 ……一瞬。ほんの一瞬だが、「よかった」と思った自分が、心のどこかに居た。もう頑張らなくていいのだと、その大義名分を得たのだと……それがどうしようも無く恥ずかしく、恨めしかった。

 自分の弱さが、苦しかった。

 

「魔剣士は我々審問官が倒します。だからこれ以上、あなたが動く必要は無い。たった数日親交のあった異能者よりも、自分の身を大切にして欲しい」

 

 「俺が頑張らなくていい理由」が、秋月の言葉によって積み重なっていく。優しい言葉のハズなのに、俺の身を案じた言葉のハズなのに……まるで立ち上がるなと、もう膝を折って諦めろと言われているみたいで。

 

魔剣士(ヤツ)にあなたの身が脅かされることは二度とないと誓います。だから、彼女たちのことはもう忘れて……」

 

 俺は衝動的に、秋月の言葉を遮った。

 

「なあ秋月。俺さ、友達いないんだ。俺に挨拶してくれるのはおまえくらいだった」

 

 彼女と目を合わせる。その鋭い目に、これ以上は止めてくれと念じながら問いかける。

 

「俺、おまえが危ないのも死ぬのも悲しいよ。でも()()は、迷惑、なんだよな」

 

 秋月は目を逸らして、そして踵を返した。

 

「……すみません先輩。恨まれても嫌われても文句は言いません。けれど、これが私の使命なのです。私はあなたを護る刃。あなたの望み全てを優しく受け止めることは、できません」

 

 そうして去っていく秋月。彼女もまた、俺とは違う世界の住人。

 

「……結局俺は、傷つけただけかよ。なあ(しきめぐる)……なんでおまえは、自分に救えるなんて思ってたんだ? 誰かを救った事なんて、一度だってないくせに」

 

 あの日よりも遥かに沈んだ気持ちで、俺はしばらくその場を動けなかった。

 

 ◆

 

「……ッ」

 

 人でにぎわうショッピングモール内を、春咲朱里は速足で進む。その表情に、仕草に、燃え滾る怒りを滾らせながら。

 

「うわっ、なんだ!」

「熱っ……鞄が燃えてる!?」

「火事!? イタズラかっ?」

 

 人が持つアクセサリー、観葉植物、ゴミ箱……朱里の周囲で際限なく小火(ぼや)が発生する。普段は完璧に制御できている超能力が暴発していることが、彼女の抑えきれない憤怒を表していた。

 その原因は、四季巡。

 その顔を思い出したときに、更に猛る怒り……それは炎に変わることは無かった。

 

「——っう」

 

 ズキン、と胸の傷が痛み、朱里はよろけて壁に手をつく。気付けば人気の無い階段まで来ていた。

 階段に座り込んで、朱里は息を整える。人目が無いのは良かったが、それゆえの静寂は彼女に思い出したくないことを思い出させた。

 

『俺は皆に死んでほしくないんだ。あんなバケモノに襲われたら、今度こそ殺されるかもしれないっ。それを黙って見てるなんてこと……』

 

 四季巡の言葉が頭をよぎる。

 彼は正しいのだろう。それは朱里たちの身を案じた言葉で、優しさで……だからこそ、その考え方に吐き気すら覚える。

 ――今まで「燃やした」敵にも、そう思っていた人が居たはずだから。その場合彼が言った「バケモノ」は朱里自身。

 もし四季巡の手を取れば……朱里は否定することになる。これまでの殺人も、これからの殺人も。自らの幸せを勝ち取り、守るための行為であったそれらを。

 

「やっぱり嫌いよあんなヤツ。こっちのこと何にも知らないでッ」

 

 朱里は巡の顔を思い浮かべながら悪態をつく。一度決壊すると、恨み言は止まらなかった。

 

「そもそも気に入らなかったのよッ。普通の生き方できる癖して友達居ないとか、馬鹿にしてるわ。そんなだから人の事情も考えず行動できるのよッ」

 

 朱里にも「普通」に憧れていた時期があった。異能も戦いも絡まない、普通の生活。それを最初から持っているはずの巡がつまらなそうに生きるのを見て、朱里はとても苛ついたものだ。

 

「異能者ってだけで私がどれだけ苦労したか! もし私がアイツの立場に居たなら、友達も恋人も溢れるくらい作って……」

 

 その無意味な仮定に、朱里の中の怒りは鎮火された。それはかつて、何度も今と同じことを考えたがゆえ。だから知っている。これ以上はむなしいだけだと。

 それなのに、むなしいだけの言葉が今日は止まらなかった。

 

「……そっか。結局、私も友達、居なかったな……」

 

 思わず漏れたその言葉に、どんな意味が込められていたのか。それは朱里自身にすらもう分からない。

 

 ――それから魔剣士が襲撃してくるそのときまで、春咲朱里と四季巡が顔を合わせることは無かった。

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