青春ラブコメは嘘《フィクション》だらけ 作:龍川芥/タツガワアクタ
「……知ってる天井だ」
俺、
カーテンの隙間から差し込む日の光に、鳥の鳴き声。朝である。
スマホを確認すると、4月16日の午前8時2分。
満月の日は過ぎていた。
「昨日は、確か」
昨夜のことを思い出しながら部屋を見回すと、部屋中に散らかった紙束にほったらかしの手紙。昨日家を飛び出したときの状態そのままである。見回せば、例の眼鏡もベッドのわきに置いてあった。
体の調子を確かめる。昨日の傷はどこにも見当たらないし、服や肌、髪にこびりついていた血も綺麗に無くなっていた。というか今着ている、斬られたはずの服すら直っている。
あまりにも昨日の戦いの証拠が残っていない部屋に、俺は思わず呟く。
「……なるほど。これは『夢オチ』ってやつか」
と、隣の部屋で何かが動く気配がした。多分盗聴でもされてたんだろう……うわなに今の、我ながらすっごい自意識過剰みたい。もし思考が読める異能者がいたら名誉棄損とかで訴えられちゃうかも。
「(ま、それがどうかはともかく『夢オチ』だけはありえないよな。昨日は何度死ぬ思いで魔剣を躱したか。あの腹の底が冷たくなる感覚はそう簡単には忘れられそうにないぜ……)」
無意識に腹を撫で摩っていると、脳裏に閃くものがあった。
「(そっか、多分
俺は苦笑しながら起き上がり、洗面所に歩いて顔を洗い、いつもの癖で「見え辛くしてくれる」眼鏡をかけた所で……ふと思った。
「あれ? 春咲たちって、これからどうなるんだろ」
それは当然の疑問。
「俺能力見ちゃったし、もしかして人員交代? それとも俺が倒れた後やっぱりガチバトルに発展して、今は1人しか生き残ってなかったり? ……くそ、俺が気絶したの、もしかして超マズいんじゃあ……!」
鏡に映った自分の顔が分かりやすく青ざめる。
嫌な想像に顔を洗うどころではなくなった俺は居てもたっても居られず、昨日に引き続き着ていた私服のまま部屋の外へと走った。
「うおおお急げ俺ッ」
どたどたと喧しい足音を立てながら俺は大慌てでドアを開け――。
炎が。
いきなり目の前に現れた炎が、俺の前髪をじゅっと焦がした。
「うぉわぁっ!!?」
ずでーん、とそれにビビって盛大に尻もちをつく俺。目線が低くなったからか、部屋の外の眩しさが妙に俺の目を刺す。
「……な、何がっ」
混乱と朝の眩しさから徐々に立ち直り……そして、俺が見たものは。
「お、オハヨーメグルくんっ。大丈夫?」
「春、咲?」
昨日とは全く違う、純情可憐って感じの笑顔を浮かべる
「……マッチポンプ」
「自分で転ばせておいて可愛らしく心配……今のは酷いですね……」
その後ろで呆れた顔をした
「うるさいのよこのッ――うぐ、あーえっと……や、やめてよぉ」
ちょっと素が見えかけた春咲の手を借りながら立ち上がる。
どこかやりにくそうな彼女たちが3人揃っていることにほっと安堵し……しかしここで、俺はふと気になってしまった。
「……なんで俺んちの玄関前がこんな水浸しになってんの? よく見たら所々穴開いてるし、焦げてるし……」
「「「う"」」」
そう。ドアを一歩開けたそこは、なぜかここだけ大雨でも降ったのかというレベルで水浸しだった。それに壁や柵には指先ほどの大きさの穴や焼け焦げっぽい黒い汚れが沢山ある。ここ学生寮なんで、壊したりしたら怒られるの俺なんだけど……。
「……まあ良いか。3人とも、元気そうで良かった」
ただ、とにかく安心した。昨日の怪我を引きずってもいなさそうだし、3人とも交代とかはしてないみたいだし。昨日のことは「無かったこと」にしとけばいいのか……それはまだ掴み兼ねてはいるが、とにかく俺は戻って来たのだ。
「……まあね」
と春咲朱里。
「ん、げんき」
今度は冬野理沙。
「ありがとう。四季くんもね」
最後に夏目優乃。
この3人との、嘘だらけ秘密だらけの日常に。
繋ぎとめた関係が、握りしめた本物が、痛いくらいに俺の胸の中で輝く。
……と、じーんとしながら突っ立っていた俺を、春咲の声が現実へと引き戻す。
「ていうか着替えて無いの? 学校遅れるよ?」
「やべ、すぐ準備してきます!」
ドタバタと慌ただしい音を立てながら、俺の新しい日常が再開した。
◆
――四季巡の持つ「宝」は「自己再生の超能力」だった。
その事実を知った3つの陣営……「全日本超能力者連合」、 「冬野グループ・先進科学研究科」、 「魔術協会日本支部」は、偶然にもそれぞれ同じような方針を掲げることとなる。
『超能力は遺伝する! つまり彼を陣営に引き込むことが出来れば、「再生能力」を持つ一族を抱えることが出来る! それは戦闘・技術の両方で陣営の大きな助けになるだろう!』
それは、闇に呑まれた室内で、複数の高齢の超能力者が座るドーナツ状の机に囲まれた春咲朱里に下される命令であったり。
『しかし、四季巡を強引に引き込むことは出来ない。「超常殺し」の脅威は決して無視できるものでは無いからだ。四季巡は扱いを誤れば、陣営を繁栄させるどころか破滅させうる爆弾となる。少なくとも「超常殺し」の死亡が確認されるまでは、このまま平和的な接触を続けるべきだ』
司令部の中で「メンテナンス」を受けている理沙の前で行われている、有能な冬野グループ社員たちの会議であったり。
『つまり、今まで通り接触は続ける。すでにある程度の信頼関係を築いているとの報告から、現場の人員の変更はない。ただ、変わるのは方針だ。今までは諜報だったが、これからはもっと直接的かつ具体的な「恋愛ミッション」——』
祭壇と呼ばれる荘厳な教会に似た場所で、賢者様の前で優乃に行われる任務通達の儀式であったり。
そんな3人は、一方的に、あるいは事務的に、あるいは儀式的に、超重要任務——
『——つまり! 結婚を前提に、
まあ大体そんな感じのことを押し付けられた。
無論、3人のうちの2人が大声を上げたのは言うまでもない。
その3人の異能者は今、件のターゲット四季巡と一緒に登校していた。
さて。普通に考えて、「1週間前に知り合った異性と結婚しろ」と言われ、しかも「相手の了承は自分で取れ」と条件を付け足された場合。その異性とのコミュニケーションはどうなるだろうか。
「……」
「……」
そう、気まずいのである。という訳で巡一行は全員無言、もれなくあの気まずすぎる日常に元通りなのであった。
巡半ば現実逃避のように頭をひねる。
「(あっれー? 昨日結構色々あったよな? 俺結構頑張ったよなぁ? 雨降って地固まるじゃないけど、もうちょいこう、発展があってもいいんじゃないですかねぇ?)」
その昨日のことを話題にできないのと、相手がまた新しい秘密を抱えているせいで気まずいのだと気付けない、眼鏡をかけたコミュニケーションLv.2の男、四季巡。
そんな彼は例の曲がり角にさしかかり……。
角から飛び出して来た人物にぶつかった。
「うわっ」
どて、と尻もちを搗く巡。
「ちょっとアンタ、前見て歩きなさいよ!」
「大丈夫かい四季くん」
ぶつかってきた人物は急いでいるらしく、朱里の罵声を無視して謝罪も言わずに走り去っていった。その姿に見覚えは無いが、どう見てもオッサンなので流石に新ヒロインとかではないだろう。そうであってくれないと困る。
「いてて……」
巡は手を擦りむいてしまったようで、その砂利まみれの手のひらから血が滲む。
だが、その傷は数秒放置していると、再生能力によって塞がろうとしていた。どうやら軽傷くらいなら「なんか空気の良くなることを言わなければ!」程度の使命感で治るらしかった。
「……」
巡はすっかり完治した手のひらを見ながら少し考えこんで……半ば独り言のように語る。
「……今までさ、親父の言いつけもあって小さな怪我しかしてこなかったし、友達もいなかったから確証はなかったんだけど、違和感みたいなものはあって……やっぱりこんな速度で怪我が治るのって普通じゃない、よな」
「……何が言いたいの?」
朱里の問いに、巡は少し言いよどみながら、
「いや、その……気持ち悪かったりすんのかな、と……」
そう言うと……朱里は、その再生した手を掴んで彼を無理やり立ち上がらせた。その鋭い眼光が、外面を外した「春咲朱里」の真剣な表情が巡を射抜く。
「逆に訊くけど、アンタはどう思った? 私たちが超能力だったり魔法だったりが使えること。それで『気持ち悪いな』って思ったワケ?」
「え、いや……」
「つまりそういうことでしょ」
ふん、とそっぽを向く朱里。そのツンとした仕草が何だか愛おしく思えてしまって、巡は思わず笑った。傷を治した手をぐーぱーと動かす。その不思議な力が、なんだか本当の意味で自分のものになった気がした。
と、朱里がそっぽを向いたまま口を開く。
「……それより、アンタの異能が超能力で良かったわね。パチモンじゃない、真に異能に選ばれし者ってことよ。誇りに思いなさいよねっ」
それに「聞き捨てならない」と反応する理沙と優乃。
「……超能力者が超能力者の陣営に入らなければならないルールはない」
「そうですよ。それに超能力者なんてのは、全員もれなく傲慢で差別主義者です。えーだからですね、結婚するなら、その、魔術師とかの方が……」
「照れんなら言うんじゃないわよこの賢者カルト宗教女! アンタらの地雷率のが高いでしょ!?」
「なっ、今賢者様を侮辱しましたね無礼者!」
「……お兄ちゃん、けんかしてるふたりはおいて行こう」
「なっ、アンタ中学生でしょ!? 1人で学校行ってなさいっ!」
ぎゃーぎゃーわーわーと賑やかになった4人。巡は理沙に手を引かれながら朱里と優乃に追いかけられながら、巡は思う。
「(……ナニコレ、なんか楽しいぞ!? え、もしかして友達居るやつってこんな楽しい思いしてたのか……そりゃあ友達作るわ!)」
自然と笑顔になってしまう喧騒に囲まれながら、巡は今までの自分がどれだけ愚かなことをしていたのかに気が付いた。
いずれ来るだろう別れ……それがいかに恐ろしい、耐え難いことだろうと。その恐怖は輝ける「今」を前に無力であることを、巡は今更ながら知ったのだ。
関係という名の糸は、四季巡に絡まった。彼はそれを、笑顔と共に受け入れた。
と、そんな通学路の途中。桜の街道に1人の少女が立っていた。
「ん、あれは……」
その見覚えのある茶髪に、巡は足を止める。
「秋月?」
「はい。おはようございます巡先輩」
秋月コノエ。異能者に敵対する組織の少女。
その見覚えのある姿には、しかし見慣れぬ部分が。
「それ、ウチの制服……そうか、今日入学式か!」
「はい。今日から私も木世津高校に通います」
「はぁ!?」「む」「なんと」
後ろの3人の三者三様の反応。
それを受け流しながら、キセコーの制服姿のコノエは巡に近づき、その手を自然な動きで取った。
「護衛は任せてください、先輩」
「え? あ、うん、よろしく?」
「そして、これは追加通達ですが」
そして、コノエは朱里、理沙、優乃を順に見てから、巡に向き直り……鼻と鼻がくっつくほどの距離で。
「彼女たちは友好的なフリをして何かを企んでると思われます。先輩と彼女らは異性ですから、中には誘惑的なものもあるでしょう。なので、惑わされそうになったときは私を呼んで下さい。『添い寝』くらいならできますから」
そう、言った。
「……? ? ?」
その吐息がかかる距離で行われた発言の刺激の強さに、真っ赤になってショートする巡。
「「「!?」」」
そして新たなライバルの出現に、驚き喚き騒ぎ立てる異能者娘3人衆。
「なっ、誘惑してんのはどっちよ1年!!」
「……まずい。年下はキャラが被っている気がします司令部」
「さ、最近の子は進んでるんですね……なんてアダルティなっ」
そんな3人……いや、それにコノエを追加した4人と巡の新しい日常が……慌ただしく騒がしく、孤独なんて付け入るスキのない喧騒と共に始まった。
――俺は友人も恋人も作らない。その必要性も感じない。
そんなことを言ったバカも今は昔。ソイツは偽物の関係性を契機に人と関わることを学び、静かに昔のポリシーを撤回した。
ずっと、他者との関係は互いを縛る「糸」だと、人を縛り苦しめるものだと思っていた。いや、そういう無駄なものなのだと信じようとしてきた。
だがそれは違った。そのネガティブなイメージは「糸」の半分でしかなかったのだ。
そのもう半分とは、人を導き、窮地から救い上げ――そして何でもないハズの瞬間を彩る、縛られたって構わないとさえ思えるあたたかな縁。
そんな「糸の半分」――即ち「絆」を知った今、それを要らないなんて俺には口が裂けても言えないから。
桜舞う春、とある高校の前にて男女は踊る。
「学校へは私と2人で行きましょう、先輩」
「ちょ、待ちなさい茶髪1年っ!」
「お兄ちゃん、妹と後輩どっちがだいじなの」
「ひ、ひえぇ……あんながっちり手を組んで……と、とにかく止めねばっ……」
「ちょ、春咲! こんな往来で炎はヤバいって! 知られたらマズいんじゃないの!? 理沙ちゃんも機械のアーム仕舞って……って夏目先輩までそのヤバそうな本出さないで下さいって! ああちょっと秋月止まって、このままだと2人一緒にバーベキューから銃弾喰らって面白オブジェになっちまうから!! ちょ、ま、誰かあああああああ!!」
春陽の下、喧騒の中心にて少年の口元がほころぶ。
ああ、まったく――今日も、俺の青春ラブコメは
ここまで読んで頂きありがとうございます。
お気に入り登録・高評価して頂いた方ありがとうございました。まだの方もよろしければ是非。
この先を書くかどうかはまだ分かりませんが、また続きが出たときには読んで頂けると幸いです。
繰り返しになりますが、長々とお付き合いいただきありがとうございました!