ハーメルンジェネレーションズ シェリフ×エクシズ 奇箱事変   作:八咫ノ烏

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最終話です


ep.10 帰還

 パンドラドーパントとの決戦、そして謎の少女との邂逅から一夜が明けた。

 喫茶ハーメルンが定休日だということもあり、恵理也と蒼樹は小高い丘の上にある公園を訪ねていた。

 

「……どうしてこの世界にガイアメモリとか五十嵐とかが来てるんだろう」

 

 公園で楽しそうに遊んでいる幼子たちを優しく見つめながら、蒼樹はそう呟いた。

 これが自分のいる世界なら。お互いに仮面ライダーが複数人いる世界に住んでいるし、ある程度の規模なら防衛どころな殲滅することも可能だろう。

 

 だが、この世界は違う。仮面ライダーは一人もいない。怪人だとか怪物だとか、そういった手合に対しては無力も良いところなのだ。

 よりによって、そんな世界が狙われてしまっている。

 

 恵理也はその呟きに、空を見上げながら答えた。

 

「どうもヴァンダルリーグとかいう胡散臭い連中があれこれ企んでるらしい」

「ヴァンダルリーグ?」

 

 初めて聞く名に蒼樹は思わず首を傾げる。記憶が無いということは蒼樹のいる世界の組織ではないということか。そんな事を考えながら、恵理也は頷いた。

 

「この世界でなんか企んでるクソ野郎共だ。目的とかは一切わからんが、どうせろくでもないこと考えてんだってのはよくわかる」

 

 この世界にガイアメモリを持ち込んだのもあの野郎だしな、と言葉を結ぶ。そう語る彼の顔がどことなく不機嫌そうなのは、以前ヴァンダルリーグの手先に良いように利用されてしまった過去を思い出したからだろうか。

 蒼樹はそんな恵理也を横目に、顎に手を当てて思案を巡らせる。

 

「この世界を狙う理由は一体なんだ……?」

 

 そう。この世界を狙う理由が全く想像できないのだ。特にこれといって特徴のない世界。強いて言うのだとすれば、仮面ライダーが実在しないというくらいだろうか。

 

 そんな世界に、わざわざ別世界の技術を持ち込んでまでしなければならないことなど何があるだろう。

 もしかすると、この世界にはとんでもないレベルの秘密が隠されていて、それがヴァンダルリーグがこの世界を狙う理由だったりするのかもしれない。

 

 そんな突飛な想像をしている蒼樹の横で、恵理也は欠伸を噛み殺しながら軽口を叩く。

 

「案外仮面ライダーがいねえからってだけの単純な理由かもな」

「だとしたら焦ってるでしょうね。次から次に仮面ライダーが現れては邪魔してくるんですもん」

「俺ならブチギレてるさ」

「目に浮かぶようで怖いですね」

 

 にわかに笑みを浮かべながらそんな会話を交わす二人。その体が、徐々に光に包まれ始めていた。

 なんだこれは、と目を丸くして驚く蒼樹を呆れたような視線で見つめ、恵理也は静かに呟いた。

 

「……時間らしいな」

「あぁ、そういうことか……。びっくりした」

 

 恵理也の言葉に安堵し、胸を撫で下ろす蒼樹。消えるのかと思ったとか死ぬのかと思ったとか、そんなことを考えていたらしい。

 そんな彼に恵理也は苦笑を浮かべ、

 

「いくらなんでもビビり過ぎだ」

 

 と言う。なんとなくでわかるだろう、とでも言いたげな表情だ。しかし蒼樹はそれに納得がいかないらしい。

 

「いきなり体が光って驚かない方が無理ですよ」

 

 と言って不満げな表情を浮かべ、それから恥ずかしそうに笑みを浮かべる。互いに体が半分ほど消えかかっていることに気が付くと、蒼樹は深々と頭を下げる。

 

「何から何までありがとうございました。また会うときは、よろしくお願いします」

「急に畏まるなよ。むず痒くなってくる」

 

 頬を指でぽりぽりと掻き、少しだけ照れくさそうにした。

 

「こっちこそ、次もよろしく頼む」

「もちろん」

 

 それを最後に、二人は世界から去っていくのだった。

 

 

 

▽▽▽▽▽

 

 

 

 場所、もとい世界は変わって蒼樹の住む世界。その一角にある恵九味市の某所にあるアストライアの拠点内にて。

 

「……平行世界、か。にわかには信じがたいが」

「でも蒼樹くんは嘘吐くような子じゃない。でしょ?」

「それはわかっている。だが……」

 

 蒼樹の目の前で、アストライアのリーダーである雪村と副リーダーである篠崎が眉を顰めて首を捻っていた。

 理由は月宮蒼樹が語った数日間の内容である。

 

 というのも、考えてみれば当たり前ではあるのだが彼があの世界で過ごしている間、こちらの世界では行方不明扱いとなっていたのだ。

 連絡も取れず、家にも学校にもアストライアの拠点にも現れず、探せど探せど見つからない。そんな中、いきなりしれっとアストライアの拠点に現れたのだから大騒ぎになるのも当たり前である。

 

 ひとまずどこに行っていたのか、どうして連絡しても返さなかったのかを問い詰められ、蒼樹は全てを正直に話した。こことは別の世界に行き、別の世界に住む仮面ライダーと出会い、共に敵と戦ったことを。

 

 その反応が最初の二人の言葉である。

 いきなり平行世界がどうだとか、その世界を狙っているよくわからない組織がいるとか言われても信じられないのも当然だ。気でも狂ったかと思われるのが関の山だろう。だが、揺るがない証拠としてエクシズギアが蒼樹の言の信憑性を上げていた。

 

「でもエクシズギアの戦闘ログとかにも変身したって記録もあるし……」

 

 そう。エクシズギアに残っている戦闘ログに、数回ほど変身して戦ったと記録されているのだ。蒼樹が嘘を吐いているのだとしたら、こんな記録が残るはずがない。

 

「まぁ信じる他ない、か。まぁ無事で何よりだ」

 

 篠崎は一つ大きな溜め息を吐き、そうして自分を納得させた。事実か否かは置いておくとして、蒼樹が無事だっただけで万々歳である。

 そんな彼を横目に、雪村はモニターの一点を指差しながら蒼樹に一つ尋ねる。

 

「ところでエネルギー切れを起こした形跡があるんだけど……。これは一体何があったの?」

 

 彼女が指差したのはエクシズギアに内臓されているエネルギー量のグラフであった。戦闘が起きるとある程度まで下がるが、しかしすっからかんになるほど使用することなどまずないようにシステムが組んである。そのためこれは異常という他ないのだ。

 それを指摘され、そういえばとパンドラドーパント戦のことを思い返しながら理由を述べる。

 

「……なんかいきなり限界を超える準備、覚悟はできてるかって文が視界に表示されて」

「え?」

 

 そんな仕様は知らない、と言わんばかりの反応に少し不穏な空気を感じ取る。かなり助かったというかあれが無ければもしかすると死んでいたかもという状況だったのだが、まさかあれは予想もしていなかった挙動なのだろうか。

 そんなことを考えつつ、蒼樹は言葉を続ける。

 

「もうそれに縋らないとどうしようもない状況だったから、なるようになれ~ってエクシズギアのここ押したらなんかすごい強くなっちゃって」

「それでエネルギー切れに?」

「はい」

 

 そうして言葉を締めくくった。それを受け、篠崎と雪村は一瞬だけ視線を交わした。

 それだけでお互いに考えていることを察したらしい。雪村はすぐに視線を蒼樹に戻す。

 

「そっ……か。わかった。色々あって疲れたでしょ? いったんお家に帰ってお休みしな?」

 

 労うかのような言葉。だがその実、目的は蒼樹をこの部屋から帰すことにある。

 蒼樹はそんなことに気付きもしない。その善意の部分のみをくみ取って、

 

「おっけーです。また明日来ますね」

 

 と言ってにこやかな笑みを浮かべながら部屋を出ていった。

 

「さて」

 

 その背を見送り、部屋に残った二人。雪村は部屋の天井を見つめながらこう言葉を零した。

 

「……そんな無茶なシステム仕込んだ記憶ないんだけどな」

「そうなのか?」

 

 意外そうな発言に、篠崎は少し驚いたような表情を見せる。どうしても出力を上げなければならないときに、リミッターをある程度まで緩める機能を搭載していてもおかしくはない。

 そんな篠崎の想像を否定するかのように、雪村は首を横に振った。

 

「現段階で扱い切れるうちのエネルギーで、その中でも相手を倒すに足りる必要最小限の出力に留めてある。制御し切れずに暴発して蒼樹くんが怪我したら意味無いし」

 

 彼女の言うことはもっともである。どれだけ出力を上げようが、扱い切れないようでは無用の長物だ。そのうえ、暴発して中身の人間を負傷させているようでは危なっかしくて使用させられない。

 そんな危険なシステムを組み込むわけがない、という雪村の説明は単純だが至極当然と納得のいくものである。

 

 で、あれば。

 

「ならなぜ出力が上がった。まさかエクシズギアが勝手に出力を上げたとでも?」

 

 蒼樹が話したように、エクシズギアの出力が上がったことだけは確からしい。ならば、そのようなリミッターを一時的に外すシステムが搭載されていることは間違いないはずだ。そうでなければエネルギー切れを起こすまで出力を上げられるはずがない。

 それに対して、雪村はそれなりに見当はついているらしい。ふんと鼻を鳴らし、椅子の背もたれにどかんともたれかかった。

 

「さぁ、ね。少なくとも、私はそんなシステムの存在は知らない。だから、そんな芸当が出来たのであれば篠崎の言う通りエクシズギアが勝手に判断したか、もしくは……」

 

 そこで言葉を切り、エクシズギアを見つめる。だが、彼女が見ているのはエクシズギアではなく、もっともっと遠い場所。

 

「ねぇ、姉さん。あなたは私に一体どれだけのことを隠して逝ってしまったの……?」

 

 

 

▽▽▽▽▽

 

 

 

 風が常にそよいでいる街、風都。その一角で、黒神恵理也はとある公園を訪れていた。

 

「……ここに来るのも久しぶりだな」

 

 神妙な面持ちで、地面を見つめる。

 

 この公園は、彼にとって全てが終わり、そして狂った始まりの場所。

 両親が惨殺されたあの場所である。

 

 彼はあまりこの場所に来る気にはならない。それもそのはず、あの思い出したくもない辛い過去をどうしても思い出してしまうからだ。

 

 ここに来るときは決まって両親に何か伝えたいことが出来たときである。墓に行けばいいとは思うが、しかし今の彼には少し距離が遠すぎる。

 だからこそ、両親が死んだこの地で言葉にするのだ。きっと、あの二人なら聞いてくれるだろうから。

 

「なぁ、母さん。俺はもう引き返せないレベルの罪を犯してきた。ごめんよ、優しい子に育って欲しかったよな」

 

 彼の母はとても優しい人だったと聞いている。姿形すら朧気になり、もはや声など全く覚えていないがそれだけは確からしい。

 そんな優しい彼女が、自身の息子がこんなどうしようもない殺人鬼と化してしまったと知ったらショックを受けて膝から崩れ落ちてしまうことだろう。やはり、パンドラドーパントが見せてきた幻覚は所詮幻覚。あんな優しく受け入れてくれるはずがない。

 

「父さん。多分、あんたも俺には真っ直ぐで正直な子に育って欲しかったんだろ? ごめんよ。真反対のクソ野郎になっちまった」

 

 父は、嘘が嫌いな人だったという。公明正大が服を着て歩いているようだと言われるほどだったそうだ。

 やはり、殺人鬼となった恵理也を受け入れるような人ではない。きっとキツく叱りつけた上で絶縁を申し入れる事だろう。

 

「俺は二人とは違って地獄行きだ。多分、死んだとしても二人には会えないや」

 

 少し寂しそうに、そう呟いた。死後に天国地獄の世界があるとして、恵理也は確実に地獄行きだ。恐らくは天国で静かに過ごしているだろう両親に会えるはずなど無い。

 それを承知の上で突き進んできたとはいえ、やはり寂しいものはある。

 

「俺は俺なりに変われるように頑張るよ。今更遅いだろうしどう足掻いても無駄かもしれないけど、多少マシにはなるだろうしな」

 

 例えば、数年に一回は会えるようになれるくらいには。そう言って、彼は両親が死んだ場所に背を向けた。

 

「じゃ、それだけ。また気が向いたときに来るよ」

 

 そう言い残し、彼は公園を後にする。そんな彼の頬を、そよ風が優しく撫でた。

 

「……そういやあのエリスとか言った野郎、結局出てこなかったな。まだあの世界にいるんだとしたらしばかねえとな」

 

 

 

▽▽▽▽▽

 

 

 

 時は遡り、エクシズとシェリフがパンドラドーパントをなんとか撃破した時のこと。

 喫茶Hamelnのある世界にて、エリスこと五十嵐恭一はとあるビルの屋上に一人佇んでいた。

 

「……やっぱ負けた、か」

 

 液晶端末を眺めながらそう呟く。パンドラドーパントの女が拠点としていた廃ホテルの周辺に仕掛けていたカメラで戦闘を見ていたのだ。

 

「まぁしゃあねえか。あんなバケモン相手に勝てる方がおかしいっての」

 

 そう言って彼はシェリフの事を思い返す。エクシズを殺そうとしていたときに横槍を入れてきた邪魔者。死にたいなら地獄へ送ってやる、などと大言壮語を吐いていたことからどうせ特に強くもないのだろうとあのときは判断していた。

 が、冷静になってから思い返すと、あの青年は酷く死の気配を纏っていた。

 

 恐らく自分と同じ類の異常者。

 理由はともかくとして、人を殺さないと生きていけないような、ろくでなし。

 手はきっと血で染まり切っている。

 

 そんな匂いを感じ取った五十嵐は、パンドラドーパントと組んでいた手を切ったのだ。

 

 パンドラドーパントは確かに強力な能力を持っていた。実際、二人の仮面ライダーを相手にして、ある程度は優勢を保てていたのだからそこは揺らがない事実だ。

 だが、同時にそれを使いこなせない軟弱者でもあった。もし使いこなせていれば、あの二人を始末するなど造作もないことだったろう。少なくとも、無様に敗北を喫するはずなどなかったのだ。

 

 つまるところ、損切りしたというわけだ。シェリフに恐れを為したとも言える。

 

「仮面ライダーシェリフ、ねぇ……。ただの人殺しが処刑人を名乗るなんて、この国の司法がギャン泣きするだろうな」

 

 そんな軽口を叩きながら、人々が行き交う地上を見下ろした。彼らはみな、仮面ライダーたちが死闘を繰り広げていることなんて全く知らず、平和を享受している。

 

「……あいつら斬ったらどうなるだろうなァ」

 

 末恐ろしい想像をして口の端を歪めた。彼もまた、シェリフの事をあれこれ言えた義理ではない、ろくでなし人間である。それどころか、まだ犯罪者しか殺していないシェリフの方が幾ばくかマシだ。

 

 湧き上がる殺人欲求。この世界にいる仮面ライダーはどう足掻いても間に合うわけがない。

 

 つまり、殺したい放題。

 

「クハハッ!! 絶好のチャンスじゃねえか!!」

「何がチャンスなの? ボクに教えてほしいな〜、なんて」

 

 五十嵐の哄笑は、突如として背後から聞こえた誰かの声に遮られた。

 先まで誰もいなかったはずなのに、一体誰がどのタイミングで。そんな焦燥と共に彼は勢いよく振り向いた。

 

 そこにいたのは、赤い瞳を持つ少女だった。口元にはニコニコと笑みを浮かべているが、目が全く笑っていない。

 あぁ、これは狩る者の目だ。五十嵐はそう感じて思わず数歩後退る。

 

 そんな五十嵐に睨みつけるような鋭い視線を送りながら、少女は一つ質問を投げ掛ける。

 

「ねぇ、おじさんってさ、指名手配犯だよね。いっぱい人を殺して殺人とか死体遺棄とか死体損壊とか諸々のあれのさ」

 

 図星であった。だが、この世界ではまだ何もしていない。ただの言い掛かりでしかないのだ。何も焦ることはない。

 ざわつく心を落ち着かせ、彼は冷静に

 

「……人違いだろ」

 

 と返した。だが、少女が話しているのはこの世界での事ではなかったらしい。

 

「確かにここでは違うけど、ボクらの世界だとそうだよ。ね、五十嵐恭一さん」

 

 そう言って少女は宙に手を翳した。するとどうしたことだろうか。独りでに炎が少女の手から伸びていくではないか。

 その炎は瞬時に刀へと形を変え、少女はそれを手に取って切っ先を五十嵐の喉元へと突き付けた。

 

「ナニモンだ、テメェ」

 

 人間離れした超能力を持ち、それでいて世界を渡れるような人間。そんな化け物があの世界に一体どれだけいることだろうか。

 思い当たる節が無いわけではない。だが、彼はそれの存在を噂程度でしか聞いたことがない。

 

 仮面ライダーという名の始祖。もしくは……。

 

「ん~~、言う必要無いかな。教えてもどうせ記憶消すなら意味ないし」

 

 少女の素性を推測しつつ、じわじわと後退する彼に向けて少女はそう言い放った。

 記憶を消す。その一言で彼は少女の素性を察したらしい。厄介な奴が来たな、と呟き思わず苦笑を浮かべる。

 

「まさかヒノミコがこんなとこまで俺を殺しに来るなんて……。よっぽどか暇してんだな、テメェらは」

 

 ヒノミコ。そう呼ばれた少女はそれを肯定も否定もせず、突き付けていた刀を降ろして一つ溜め息を吐いた。

 その顔はどこか面倒臭そうな、やりたくもないことをやらされているような、そんな表情をしていた。

 

「酷いこと言ってくれるね。ボクはおじさんを殺しに来たんじゃなくて連れ戻しに来たんだけど」

「連れ戻しに来た?」

 

 五十嵐は少女の言葉に思わず首を傾げてそう返す。どこに連れ戻すつもりなのだろう。元よりこの世界に居場所など無いというのに。

 そんな五十嵐の疑問に、少女は首を縦に振ってから言葉を続ける。

 

「うん。早いところ自分の世界に帰ってくれない? 時空歪むかもじゃん」

「嫌だ、と言ったら?」

「ん〜、少し勘違いしてるみたいだから言っとくけど、別におじさんみたいな極悪人なんか生かしとく義理も無いし、ここで殺っちゃっても良いんだよ? こんな感じでさ」

 

 そこで言葉を切り、少女は目にも留まらぬ速さで五十嵐に肉薄した。一瞬で五十嵐が後退った分の距離を詰めると、直ぐ様彼の首元に刀身を当てて静止した。

 にこやかに笑いながらほらね、なんて言う少女。いつでも殺せるんだという事を身を以て教えたかったのだろう。

 

 五十嵐は一見冷静に少女の刀を見つめているが、その実内心ではかなり焦っていた。

 少女の動きが何も見えなかったのだ。生身の人間にも関わらず、エリスへ変身した状態の五十嵐よりもずっと早く動いている。そんな馬鹿げた芸当が出来る人間相手に、どう勝てば良いというのだ。

 

 彼は完全に戦意を喪失していた。

 

「でもね、それだと色々面倒くさいことになるし避けたいんだ〜」

 

 少女はそう言いながら五十嵐の首元から刀を離すと、少しだけ息を吸い込んだ。

 そのまま刀を大上段に構え、しばしの間静止した。一体何をする気なのだろうか。まさかこのまま斬られるんじゃなかろうか。

 

 五十嵐がそんな恐怖を抱いた次の瞬間。

 

 少女は口から僅かに空気を漏らしながら、凄まじい速さで刀を縦に振り抜いた。

 何も無い空間を通過した刃の軌道。それに沿って、空間がぱっくりと割れた。

 

「ってことで、大人しくここくぐって自分の世界に帰って?」

 

 空間に現れた裂け目を指差しながら、少女はそう宣った。

 

「……はぁ!? なんだよこれ、何したんだよ!!」

 

 少し遅れて我を取り戻した五十嵐は、少女にそう問い詰めた。

 この裂け目は一体何なのだ。刀を振るだけでそんな馬鹿げた芸当が出来るようなものなのか。

 

 思わず取り乱してしまっている五十嵐に、少女はなんてことの無い単純な事だとでも言いたげな表情を浮かべながら自身が行った事について説明してやった。

 

「何って……。空間を斬って、私たちのいる世界と繋げただけだけど」

「バケモンか?」

「失礼だな。そんなに死にたいならここで殺すよ?」

 

 せっかく帰してあげるっていうのに、とボヤきながら少女は五十嵐を睨み付けた。このままでは本当に殺されかねないと判断した五十嵐は急いで両手を挙げて降参のジェスチャーをした。

 

「……命あっての物種だ。従ってやるよ」

 

 そう話す五十嵐はどこか不服そうで。裂け目に体の半身を突っ込んだところで動きを止め、少女の方を強く睨み付けた。

 

「次会ったときは殺してやるからな」

「ふ~ん、あっそ」

「……このクソガキが」

 

 相手にもされていない事に苛立ちを覚えたのか、五十嵐はそう言い残して今度こそ裂け目の中に姿を消した。役目を終えたからなのか、独りでに裂け目が閉じてゆく。

 

「あ~あ、疲れた。さっさと帰って照ちゃんに報告しなきゃな〜」

 

 少女は肩をぐるぐると回しながらそう呟いた。

 ちょうどそのタイミングで、屋上に繋がっているドアノブが回った。きっと誰かがいるぞと騒ぎにでもなっているのだろう。

 

 少女はそれを察するとヤベっと思わず言葉を漏らす。何をしてもここからは逃げられない。このままではここにいることを酷く叱られ、そして咎められる事だろう。

 

 ガチャリ。屋上のドアが開いた。数人のサラリーマンが各々箒や刺股などを手に、屋上へ突入してくる。

 

「誰かいるのはわかってるんだぞ!! 大人しく出て……来い……?」

 

 勇ましくそう叫びながらドタドタと現れたのは良いものの。

 

 屋上に人影は無く。

 変わりにどういうわけか火の粉が舞っているだけだった。




[profile.10] ヒノミコと呼ばれた少女

 突如として現れた謎のボクっ娘。
 炎を手から出してそれを刀へ変えたり、その刀で空間を斬って別世界に繋げたり、その場からいきなり消えたりと人間とは思えないような現象を引き起こしているが、その力の源は一体何なのだろうか。
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