ハーメルンジェネレーションズ シェリフ×エクシズ 奇箱事変   作:八咫ノ烏

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 落ちる。落ちる。落ちていく。
 意識が暗闇の底へと引っ張られていく。

 これで死ぬのか、と。本気でそう思った。あんな威力のものを食らって、その上何かの下敷きになったというのに生きて帰れる訳が無い。

 これは報いなのだと、そう感じた。復讐のために数え切れない量の命を奪い、その癖して人並みの幸せを得ようとしてしまったその報いだと。
 だが、悪く無い。世界を守ろうとして散るのなら、その最期に幻覚だったとはいえ両親に会えたのなら悪く無い。こんな穏やかな気持ちでこの苦しみだらけだった人生を終えられるのなら、それで良い。

「良いわけあるかよ……」

 いや、良いわけがない。

 そうだ。俺はまだ生きなくてはならない。

 まだ親の仇も討てていないし、自身を嵌めてくれたヴァンダル・リーグとやらも倒せていない。御剣燐に負け越したままだし、そもそもパンドラドーパントを倒せてすらいない。
 まだやらなくてはならないことがたんまりと残っているのだ。

「まだ、死ぬには早すぎるだろうが……!!」

 声を荒げ、わずかに射した光に向けて必死に手を伸ばす。

 彼はそこに、救いを見出した。


ep.8 超越

 黒神恵理也が崩れ落ちた廃ホテルの下敷きになってしまった。数百キロ以上もするだろう物に潰されてしまえば、生還は絶望的だろう。

 これで、この世界にパンドラドーパントを撃破することが出来る人間はいなくなったということになる。

 

「……それでも」

 

 深く息を吐き、エクシズは立ち上がる。仮面の奥のその瞳に、諦めや絶望などといったものは無い。

 例えメモリブレイクが出来ずとも、相手の心をへし折る事くらいなら出来る。ならば、パンドラドーパントが屈服するまで攻撃し続ければ良い。

 

 それに、奇跡的に恵理也が生きている可能性だってある。それを信じてみる、というのもまた一興だ。

 

「僕はまだ、諦めるわけにはいかないんだ」

 

 そう呟きながら、彼は剣を構える。それを一瞥したパンドラドーパントは、天敵であったシェリフを排除できたという事実に興奮冷めやらぬ様子で口を開く。

 

「私を倒しうる仮面ライダーは死んだ。もう私の勝利は決まったようなものなんだしさ……さっさと敗北を認めて自分の世界に逃げ帰ったら?」

「嫌だ。僕は最後まで抗うよ」

 

 挑発混じりのパンドラドーパントの提案を蹴り、エクシズは彼女へ斬り掛かる。

 パンドラドーパントは鬱陶しい、と一言だけ呟くとエクシズの斬撃を黒のバリアで防いだ。ギリギリと音を立て、火花を散らしながら押し込もうとするが、しかし通じない。

 

「出力が足りないのか……!?」

 

 脳裏に過ぎる、先日のエリスの言葉。

 

 エクシズギアの性能はかなり落とされているのだ。本来の性能を発揮出来ていないお前に負けるはずがない。

 

 その理由がどうあれ性能を抑えていることが事実であることは、青樹自身も知っていた。アストライアのリーダー業とギア関連のことを請け負っている雪村の口から聞いていたからだ。

 つまり、まだエクシズには成長の余地がある。本来の性能を全て出し切ることが出来たのなら、このバリアなど容易く破壊出来てしまうのかもしれない。

 

 希望はそこにある。エクシズはそう判断した。いくらメモリブレイクが出来なくとも、圧倒的なまでの力で捩じ伏せてしまえばそれで終わりだ。

 

「それに賭けるしか……」

「何をしても無駄なんだってこと、教えてあげるよ!!」

 

 エクシズギアの出力を上げる方法。それについて考えようとした途端、パンドラドーパントは黒いエネルギーをその手に宿らせた。それを見たエクシズは黒いバリアを蹴り飛ばし、その場から退く。

 次の瞬間、先ほどまでエクシズのいた場所を極太のビームが通過した。森へ着弾したそれは大爆発を引き起こし、エクシズとパンドラドーパントの体を熱風が襲う。

 

 エクシズと比べても圧倒的な力。メモリブレイクによって倒される道理も無く、彼の攻撃に特筆するべき点も無い。

 

「メモリブレイクも出来ない。特に強い攻撃方法も無い。あんたに何が出来るってのよ」

 

 優位に立っているのはパンドラドーパントだ。それは絶対的な真実である。いや、優位どころの騒ぎではない。そう判断して彼女が調子に乗るのは仕方のない話である。

 しかしそんな彼女に、エクシズは叫ぶ。

 

「さっきから言ってるだろ、僕がお前を倒すんだ!!」

 

 策ならある。エクシズギアの出力を限界まで引き出すという策が。その方法はわからない。そう簡単にロックが外せるとも思えないし、外せたとしても勝てる保証など無い。

 だとしても、諦められない。簡単に諦めてしまっては黒神恵理也に顏が立たないし、何より自分が納得できるわけがない。全てを賭けて、彼女を越えなければならない。

 

「頼む、エクシズギア……!! 力を貸してくれ……ッ!!」

 

 祈るように呟きながら、エクシズはパンドラドーパントを強く睨みつける。彼女は再び自身の頭部を構成している箱の蓋へと手をやっていた。何度も斬りかかってくるエクシズの存在が鬱陶しく、一瞬で決着をつけるつもりなのだろう。

 

「これ以上うだうだ言われても鬱陶しいし……これであんたも消すね?」

 

 はぁ、と溜め息を吐きながら彼女は言った。殺意が多分に込められたそれを聞いたエクシズは焦る。先ほどシェリフを襲ったあのビームをもろに食らってしまえば、そこに残るのは死という結果だけだろう。だというのに、何とかできる手段は何一つとしてない。

 

 ここで諦めるしかないのか。いや、せめてもの抵抗として必殺技をぶつけてやろう。ただで死んでたまるか。

 そこまで考えるまで、ほんの一秒すらかからなかった。咄嗟にエクシズギアへと手を伸ばした。

 

 その思考に神か何かが応えたのかはわからない。分からないが、とにかく、彼の視界に異変が発生した。それに動揺したエクシズは思わず手を止め、その一文を見る。

 

《Are you ready for exceed?》

 

 超える準備は、覚悟は出来ているのかという問い。

 それを見てエクシズは目を丸くする。

 

 何の意味も無くこんなものが表示されるわけがない。エクシズギアが何らかの意図をもって表示した文のはずだ。

 思わずエクシズは笑みを浮かべる。逆転の一手、その鍵となるはずのそれが今目の前にあるのだから。

 

「準備出来てるかって? そんなの、当たり前だ……!!」

 

 エクシズギアからの問いに迷い無くそう返答し、エクシズはエクシズギアのスイッチを押し込んだ。

 

《Confirmation of order. Activate code "EXCEED"》

 

 エクシズギアから聞いたことのない音声が鳴ったのと同時に、パンドラドーパントはその頭部の箱の蓋を開いた。超高エネルギーのビームがエクシズに向かって放たれる。

 エクシズはそれを剣で受け止めた。しかしそんな程度で受け止め切れるわけもなく、数メートルほど押されてしまう。

 

 数メートルだけは。

 

 エクシズギアを中心にして、全身に走っていたピンク色のエネルギーラインが金色へと変化していった。さらに何もなかった背中からコートのようなものが生成され、エクシズの剣とパンドラドーパントのビームの衝突による衝撃派でこれが大きく翻る。

 エクシズの剣にも変化があった。刃は鋭さと光量を増し、刀身が少々伸びた。それだけでなく、その剣が秘めるエネルギーが徐々に増していく。

 

 元のそれとは比較にならないほどの威力を持ったそれは、パンドラドーパントが放ったビームを徐々に斬り裂いていく。

 

「う、おぉぉぉぉあぁぁぁぁ──ッ!!」

 

 喉が裂けそうになるほどの大声を腹から出し、全力で剣を振り抜いた。パンドラドーパントが放ったビームはかき消え、残滓が宙に霧散する。

 

《All restrictions are lifted and output is fully released》

 

 エクシズの姿が完全に変化し切った。エクシズの視界の端にEXCEED system extendedと表示されている。この姿は拡張版、といったところだろう。

 残心を解き、パンドラドーパントに向き直る。彼女は酷く動揺している様子であった。顏を手で押さえ、うわ言のように信じられない、と繰り返し呟いていた。シェリフをも倒したあのビームを放ち、それでも通用しないなどと。

 

「あぁ、それでもお前にメモリブレイクは出来ない……」

 

 そうだ。エクシズがいくら強大な力を手に入れようが、そこは変わらない。自分が倒される心配などない、ということだ。こんな程度のことで狼狽えるわけにもいかない。

 気を持ち直したパンドラドーパントはゆっくりと天を仰ぎ、高らかに笑い始めた。

 

「あの黒い仮面ライダーが亡き今、私の勝利は揺らがないんだ……!!」

 

 静まった場に、パンドラドーパントの笑い声が響き渡る。

 それに答える声が一つ。

 

《Hazard!! Maximum Drive!!》

 

 その音声の出所は、廃ホテルの瓦礫の下であった。

 

 二人は弾かれるように、瓦礫の山へと目をやる。

 

 瞬間、その下から黒いオーラが噴出。轟音と共に、瓦礫の山が吹き飛んだ。

 凄まじい量の土煙と衝撃、轟音に、エクシズとパンドラドーパントは目を細める。

 

「なんで、こんなことが急に……」

 

 驚きと恐怖に顏を歪め、パンドラドーパントは数歩後退りする。こんなことが起きるとすれば、それは彼女の天敵の生存と復帰が理由である。

 だが、そんなことはあり得ない。必殺にも等しい威力を持つビームを食らった上に、瓦礫の下敷きになったのだ。普通なら瀕死か既に死んでいる状態のはずなのだ。

 

 普通なら、だが。

 

「あんなので死んでられるかよ」

 

 土煙が晴れた後、そこに現れたのは仮面ライダーシェリフであった。足元はやはり覚束ないようだが、しかししっかりと地を踏み締めて立っていた。

 そんなシェリフの姿を見て、エクシズは思わず慌てて駆け寄った。

 

「恵理也さん……!?」

「もしかしてお前まで本気で俺が死んだと思ってたのか?」

 

 どうして生きているのか、と言いたげなエクシズにシェリフは思わず呆れたかのような声音で言い返す。

 図星だ。死んでいたと思っていた。そんな事をバカ正直に言ってしまえば、シェリフの気を削いでしまうかもしれない。直感でそう感じたエクシズは、大袈裟に顔を横に振りながら否定した。

 

「いやいやそんなまさか。信じてましたよ、僕は」

「その割には嘘臭えな」

 

 そんな軽口を叩きつつ、シェリフはパンドラドーパントに視線をやった。

 どうして死んだはずの人間が生きているのか。あのビームを食らってなぜ生きていられるのか。それらの疑問とシェリフが生きていた事に対する衝撃で彼女は固まってしまっていた。

 

 そんな彼女を醜いものでも見るかのような目線を送り、鎌を肩に担ぎながら口を開く。

 

「確かに前に言ったよな。後できっちりぶっ飛ばしてやるって」

 

 その声音からは、彼の怒りと殺意が真っ直ぐに伝わってくる。

 

 彼にとって、家族というものは大切な思い出だ。絶対に忘れたくなくて、誰にも汚されたくない大切な記憶なのだ。

 そんな大切なものを、こんなくだらない事のために利用されたのだ。たかだか自身を殺すため、などというくだらない理由のために。

 

 許せるはずが無い。

 そんな怒りを抱くシェリフの体からは黒いモヤのようなものが立ち昇っていた。ハザードメモリとの適合率が上昇しているのだ。

 

「ただで済むと思うなよこの下衆女が」

 

 その言葉と同時に、シェリフは駆け出した。それを追うように、エクシズも走り出す。

 

 パンドラドーパントはそこでようやく我に返ったらしい。慌てて手のひらに黒いエネルギーを集め、それを彼らに向かって発射した。

 

「こんなもの!!」

「邪魔くせえッ!!」

 

 放たれたビームを、彼らはその手に持つ得物で斬り捨てた。ビームの通った空間に、黒い残滓が舞う。やはり、既に彼らにとって彼女の放つビームなど大した脅威にはなり得ないのだろう。

 だが、僅かの間だがその足を止めることが出来た。それこそが彼女の狙いであった。

 

「少しでも箱の中の力を溜めることが出来れば……!!」

 

 そう。箱の中から直接放たれる必殺ビームなら。あれならまだ分からない。だからこそ、悪足掻きであっても時間を稼ごうとしているのだ。

 あれをまともに食らったシェリフが生きていられたのも、当たりどころが良かったからだろう。でなければこうして動き回れるはずもない。

 

 彼女はそう思い込んでいた。

 

「そんなに長引かせる気も無いんでな……」

 

 詳しい思惑は分からずとも、箱内部のエネルギーの充填のための時間を稼ごうとしているのはシェリフに看破されていた。

 そもそも手負いの状態であり、それに加えて適合率が上がっている事からいつ倒れるか分からないというのに、敵の準備が終わるのを律儀に待ってやる必要など無い。

 

 そんな思いと共に、彼は鎌に着いているスロットへハザードメモリを装填した。

 

《Hazard!! MAXIMUM DRIVE!!》

「悪いがこいつで終わらせてやる!!」

 

 ドス黒いオーラをその刃に纏わせ、シェリフは一層強く地面を蹴ろうとする。

 

 が、それはパンドラドーパントによって防がれた。パンドラドーパントがシェリフの進路上に毒をばら撒いたからだ。

 それに触れてしまえば、装甲ごと溶かされてしまうかもしれないほどの強い毒性を持つそれに、シェリフは立ち止まざるを得なかった。

 

 その隙を突き、パンドラドーパントは頭部の箱へと手を伸ばす。

 

「今度こそ葬ってあげる……!!」

 

 そんな言葉と共に、シェリフを瀕死まで追いやった極太ビームが放たれた。シェリフはそれを迎撃しようと鎌を振り被るが、エクシズがそれを制止する。

 

「僕がなんとかします」

《connected!!》

 

 剣のスイッチを一旦切り、ただの筒と化したそれを接続した。二振りの剣であったはずのものは、エネルギーが集約され一振りの長大な大剣へと変化する。

 これなら柄が長いこともあって力を込めやすい。それにきっと強いはずだ。取り回しは悪いだろうが、極太ビームを斬らなければならないこの状況でそんなものは必要無い。

 

《extremely drive!!》

 

 エクシズギアを操作し、エクシズは大剣を上段に構えた。彼のの持つ剣が眩い光を帯び、今彼が持ち得るエネルギーのその全てがそこに集まっていく。

 

「──ッ!!」

 

 強く踏み込み、目前にまで迫っていたビームをその剣で受け止めた。彼女の必殺ということもあってか、やはりその威力は馬鹿げていると思ってしまうほどに強い。

 

 だが。

 

「……嘘でしょ」

 

 パンドラドーパントのビームを、エクシズの剣が裂いていく。それどころか、先に毒を撒いた地面を踏み締め、こちら側に近付いてくるではないか。

 痛みがあるはずだ。毒に侵されているはずなのに、なぜ。

 

 動揺と恐怖に塗れ、思わず動きを止めるパンドラドーパント。そんな彼女の目の前で、エクシズはビームを完全に断ち切ってみせた。

 そのまま地面を蹴って彼女に肉薄する。

 

「喰らえッ!!」

「ギャァァァッ!?」

 

 すれ違いざまに腹を一文字に斬られ、甲高い悲鳴をあげる。その見上げた空を、黒が塗り潰していた。

 

 シェリフが宙に浮いていた。パンドラドーパントのビームを裂いているエクシズの肩を台に、宙へと跳んだのだ。

 いつの間にと驚く彼女へ向け、シェリフは一言。

 

「終わりだ」

 

 そう言い、彼は重力に引かれて落ちてくる。その軌道上には、もちろんパンドラドーパントがいた。

 地面に着地すると同時に、シェリフは鎌を振り抜いた。袈裟斬りにされ、頭部の箱を破壊されたパンドラドーパントはふらふらとした足取りでシェリフから逃げるように離れていく。

 

「ク、ソ……。まだ、終わってなんか……ない」

 

 うわ言のように、そんな事を呟いている。だが、しかし既に終わりである。

 限界を迎えたパンドラドーパントは、爆散。パンドラメモリが砕け、その破片が散らばった。

 

 それを遠目に見つつ、シェリフは鎌を放り投げながら口を開く。

 

「アホが。てめえの計画はこれで……ッ!?」

 

 言葉は途中で途切れ、変身が勝手に解除された。生身を晒した恵理也は地面に膝から崩れ落ち、そしてえづいた。その口からは、多量の血液が吐き出されている。

 

 これはハザードメモリとの適合率が上昇した結果だ。適合率が上がることで全体的なスペックは向上し、致命傷になり得るような攻撃の軌道が見えるようになるという利点はある。

 だが、しかしその反動というものもしっかりある。恵理也の体に大きい負担がかかってしまうのだ。

 

「なんだってこんな、クソが……」

 

 視界がグルグルと回る。吐き気も凄まじく、まともに立っていられる気がしない。いくら自身が感情に左右されやすい性分とはいえ、こんな目に遭わなければならない道理などないではないか。そんな怒りすら、今感じている吐き気や痛みによって流されてしまいそうだ。

 そんな状態の彼に、変身を解除した蒼樹が駆け寄った。

 

「……とりあえず日陰に行って休みましょう。ほら、肩貸しますから」

 

 恵理也の腕を肩に回し、ゆっくりと立ち上がった。恵理也の口から垂れる血が自身の服に着くことなどお構いなしである。

 

 そうして比較的大きな木の下へと移動すると彼を寝かせ、蒼樹は急いでパンドラドーパントの正体だった女の元へと歩み寄る。

 

「……気絶してるだけ、か。良かった」

 

 見たところ恵理也ほどの重傷を負っているというわけでもなく、ただ気絶しているだけであった。場合によってはマキシマムドライブを受けた後に死んでしまうこともある。そんな話を恵理也から聞かされていたこともあり、彼女が生きていたことに安堵して彼は胸を撫で下ろす。

 出来ることなら人は殺したくない。犠牲者は少なければ少ないほど良いのだ。

 

 そんなことを考えながらパンドラドーパントであった少女を抱き上げ、彼女も日陰にやろうとしたその時。

 

「……貴様ら、よくもお嬢をこんな目に遭わせてくれたな」

 

 森の中から、そんな声が響く。蒼樹には聞き覚えのない声。

 だが、恵理也にはそれだけで誰なのかがわかったらしい。全く回復し切っておらず、立つのもやっとのはずの彼は大木を支えに立ち上がり、声のした方向を真っすぐと見据えた。

 

「おい、騎士野郎……。一度負けた分際で何しに来やがった……!!」

「無論、お嬢の仇を討ち、そして願いを叶えるためにここに来たのだ」

 

 木々を掻き分けて現れたのは、先日恵理也が下したナイトドーパントの中身であった。

 その目は焦点が定まっておらず、どこか正気を失っているかのようにすら見える。ただ一つわかるのは、彼は今大きな怒りを抱いているということだけである。

 

 お嬢の仇を討つ、などと言い放った男に恵理也は口から垂れる血を拭いながら強気な態度で言い返す。

 

「だったらもっと早く来いよ……。もうパンドラメモリは壊れた。お前のやつだって、前に壊したばっかだぜ……。何も出来るわけねえだろうが」

 

 そう。もう彼らに戦えるだけの力は無い。男も少女もメモリを破壊され、ドーパントになることは不可能になった。そんな状態で、世界の破壊などという大それたことが出来るはずがないのだ。

 

「だが、ガイアメモリにも持っていたとしたらどうだ?」

 

 男は僅かに笑みを浮かべながらそう問うた。何だと、と言い警戒する彼に向け、後ろに組んだ手をゆっくりと解いてそれを見せつける。

 

 その腕には、無骨な見た目をした機械が巻き付けられていた。一見ただの腕時計のようにも見えるが、しかしその機械には時を刻む針も時間を示す液晶も付いていない。

 例えるならばエンジンだろうか。紐を引っ張って起動するタイプのもの、という表現が一番近いだろう。

 

「確かにガイアメモリは破壊された……。だが!! こいつがあれば今の弱り切った貴様を殺すことなど造作もないことなのだ!!」

 

 そんな機械を自慢げに掲げながら、彼はその機械の持ち手を掴んで勢いよく引っ張ってみせた。

 

《レッツ・ドライビング!!》

 

 そんな歪んだ音声を辺りに響かせながら、その機械から様々な絵の具を乱雑に混ぜた時のような汚らしい色をした硝子のようなものが大量に飛び出した。

 それらは男の体に張り付いていき、その見た目を化け物へと変貌させていく。

 

 その見た目は、奇遇にもナイトドーパントに似たものであった。どころどころ鎧がひび割れてはいるものの、手に持っている大剣や大体の外見はほぼ同じである。

 

《ランペイジ・ウィズ・アパタイト!!》

「さぁ、これで斬首刑に処してやろう!!」

 

 大剣の切っ先を天に掲げ、彼は高らかにそう宣言した。恵理也はなんとかロストドライバーを手にしたが、しかし戦えるような状態ではない。変身したところで、嬲り殺しにされるのがオチだろう。

 

 そんなことをさせるわけにはいかない。月宮蒼樹は焦りながらエクシズギアにもう一度カードキーを装填した。いくら戦った後とはいえまだ体力は残っているし、何より先の戦いの中で理由はわからないが進化を遂げたばかりである。

 あの時の全能感。なんだって倒せるはずだという確信めいた予感。そして恵理也を守るのだという使命感。それらが彼の背中を押していた。

 

 だが、エクシズギアはその気概に応えることはない。

 

《running out of energy》

 

 返ってくるのはそんな音声だけ。要はエネルギー切れだ、ということだ。

 

 英語にそこまで明るくないが、しかしこの音声の意味を直感で理解した蒼樹は思わず顔を青ざめさせながら恵理也の方を見る。

 当然というべきか、逃げることすらままならないらしい。自身の首を刎ねようという剣を強く睨みつけていた。

 

 そんな彼の首に向け、騎士の剣は振り下ろされる──。

 

「やめろ──ッ!!」

「おりゃ~!!」

 

 ──ことはなく。少々気の抜けるような掛け声と共に、何者かが騎士の脇腹に向けて飛び蹴りをお見舞いした。それによって剣の軌道は逸れ、あらぬところを斬る。

 

 まさかこんなタイミングで再び闖入者が現れるとは思ってもいなかった。それも、行動からして味方側。だが、彼女の見た目に覚えはない。

 

 黒と白が混じる独特な髪。青と赤のオッドアイという、あまり見ない珍しい瞳。

 

 ここまで特徴的な人が知り合いにいたとしたら、忘れるはずもない。確実に初対面だ。

 

 蒼樹も誰なのか知らないらしく、ポカンとした表情を浮かべて闖入者を見つめていた。

 

「……大丈夫? あの物騒なの当たらなかった?」

 

 たかが生身の蹴りであの騎士を数メートルほど吹き飛ばしたその奇抜な少女は、力無く地面に座り込んだ恵理也に言葉を掛ける。

 恵理也はゆっくりと首肯を返し、そして一体誰なのかを問い質そうと口を開こうとした。しかし少女はそれを手で制止し、

 

「安心して。あれは私()()がなんとかするから」

 

 と告げる。騎士が恨めしそうな視線を送っているのもどこ吹く風といった様子で、かなり強気であった。どうやら、自身があの騎士に負けるなどとは微塵も考えていないらしい。

 グルグルと腕を回しながら、

 

「じゃ、やっちゃうよ~!!」

 

 などと呑気に宣った。その手にはいつの間にか白い装置が握られており、いつの間にか腰にベルトが巻き付いていた。




[profile.8] ディスペアーメモリ

黒神恵理也が所有するガイアメモリの内の一つ。
「絶望」の記憶を秘めており、変身に使用すると銃を武器に戦うこととなる。
恵理也とはそれほど適合率が高いわけではなく、その力を十分に発揮できた試しは一度もない。
別の時間軸では、最終的にハザードメモリや彼の持つロストドライバーと共に恵理也の友人である蒼の手に渡っている。
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