なんでもない短編集   作:メーア

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戦闘用アンドロイドが、最後に愛を知る話

「本機は、貴方と出会えて幸せでした」

 

 活動限界まで、後3分。これが、彼との最後の時間。湧き上がる感情の名前を、私は知らない。

 

「本機は、戦闘用に製造された自立思考型のアンドロイド、A型の試作機でした」

 

 人工皮膚の剥がれた膝の上に乗せた彼の頭を優しく撫でる。脈拍はある、呼吸もしている。眠っているだけであろうから、心配はいらない。

 

「同型の後続機達は、もう既に、先の戦争で殆どが大破、全壊しているでしょうし、事実上、A型機で残っているのは私だけです」

 

 血で固まってしまった彼の毛髪を、梳いていく。少し硬い毛の感触は、犬のようで、どうしてか好きだった。

 戦闘配備されていた頃では、考えられない行為と、情動。人の頭に優しく触れて、あまつさえ、その感触を楽しむことなど、あり得なかった。

 

「本機は、貴方からすれば家族もなく、家もなく、行く当てもない、迷い犬のような物だったのかもしれません」

 

 じっと、彼の寝顔を、幾つもの傷跡が深く残る、その顔を見つめる。

 本機と旅をしなければ、こんなに傷つくことも、こんなに遠くに来ることも、無かったはずなのに。

 

「そんな本機を、貴方は迎えてくれました。本機が、世界にいて良い理由を、一緒に探すことも」

 

 戦闘用アンドロイドは、戦争の終わったこの世界には、もう要らない。故に、自壊──自殺を試みた。炉心の融解による、機能の強制停止。

 彼の静止によって、本機はそれをやめてしまったけれど。

 

 今でも、あの時のことは思い出せる。

 なぜ止められたのかわからなくて、強制停止の理由を丁寧に説明し、それでもなお〝意味がわからない〟とばっさり切り捨てられてしまった時は、どうしようかと考えたものです。

 

 ──死ぬ理由が、〝平和だから〟なんて、納得するわけないだろ。

 

 戦闘用アンドロイドなのだから、戦争が終わったら不必要。そういう思考は、戦後の彼らにはもう無いようで。

 

 ──死ぬんなら、もっと生きてから死ね。君の親だって、それを願ってるだろ。

 

「ふふ、全く。本機の親は、そんなこと願わないのに」

 

 自立思考型、A型には、周囲にいる人間の身体の状態、心拍数や、呼吸の仕方、そのほか様々なデータから、その対象の精神状態を測る機能が備わっている。

 だから、目の前にいる彼が、どんなことを考えていたのか、その時本機に何を思っていたのかをある程度知ることができる。

 

 彼は、私を心配していた。

 

 アンドロイドを心配するなんて、おかしな話だった。

 そんなもの、されたことがなかったから。データとしても薄く、収集量も少ない感情で、けれど私の測定に間違いは、多分なかった。

 

 心の底から彼は、自壊する私を心配していた。

 

「それから、いろいろな場所に行って、たくさんの話を聞きました。綺麗な場所に行って、賑わう人々を眺め、後続機達が今何をしているだとか、戦争が終わってから何があったとか、たくさんの話を」

 

 ずっと、一緒だった。彼は本機と一度でも離れようとしたことはなかったように思う。

 

「本機は、試作機として製造されたためか、一度も戦争には出ていませんでしたから。外を見るのは初めてで、全てが、輝いて見えていました」

 

 優しい人々、美しい世界、戦争なんて本当は無かったのではないか、そう思えるような、そんな世界。

 

「でも、本機はやっぱり、居てはいけなかった」

 

 過去の遺物は、本機だけではなかった。

 戦闘用のアンドロイドに限らず、アンドロイドが駆動するためのエネルギーを生産する炉心──リアクターは、独自の電波を放つ。これは、人間の生体電気に似た、けれど決定的に違う、独特の電波であり、これをキャッチすることでアンドロイド同士は言葉を交わさずに互いの存在を知覚できる。

 

 この特性は、本機達が敵対していた派閥にも当然知られていた。

 本機達アンドロイドが放つ独特の電波に反応して、起動する自動迎撃兵器。

 

 それを起こしてしまった。

 

「平和な世界にそんな物は、不要なのに。──いえ、不要なのは、本機達もですが、彼らは周囲の被害を一切考慮することなく、ただアンドロイドを破壊するために製造された兵器。本機は、本機に優しさをくれた世界を、壊してしまった」

 

 今でも、思い出す。

 この平和な世界に似つかわしくない硝煙の臭い、人々の悲鳴、文明の破壊される音、幸せの、壊れる音。

 嫌な、記憶だった。

 

「本機の存在理由はそれを破壊するためで、それの存在理由は本機を破壊するため」

 

 戦争が終わったことを知ってから初めて、本来の役目に引き戻される。なんとも、ひどい話だ。

 

「貴方を、こんなことに巻き込んでしまった本機のことを、貴方は許してくれるでしょうか」

 

 たくさんのものを、彼に、そして人類からもらったから。

 せめて、彼のいる世界を守りたかった──結果は、彼を巻き込んで、本機も活動限界が来た。元より、炉心は型落ちのものを使っていたし、戦闘機能も後続機に比べて低い。

 

「本当に。本機が、本機でなければ。こんな被害など出さず……人は、死ななかった」

 

 終ぞ、戦闘配備されることのなかった理由。

 同型機の中で最も弱く、最も──戦闘に向いていない思考プログラム。

 

「──お前が、お前だったから、俺はお前と一緒に居るんだよ」

「……いつから、起きていました?」

「〝居てはいけなかった〟のあたり」

「……」

「いつ起きようかな、と」

「いえ、本機の独り言ですから、気にしなくて結構です」

 

 起きたという安堵と、起きていたのならちゃんとそう言ってくれればいいのにという憤り。

 

「お前、結構表情豊かになったよな」

「そうでしょうか……でも、もしそうなら、少し嬉しいかもしれません」

「嬉しい?」

「はい、貴方と同じように、楽しいも、嬉しいも、悲しいも、感じられるということですから」

「……そんなもんか」

「はい、そんなもんです」

 

 二人の間に、沈黙が落ちる。

 おそらく、彼は気付いている。本機がもうすぐ、動かなくなることを。

 

「聞きたいことが、一つだけ、あります」

「なんだ? ……別に、一つだけじゃなくて良いんだけどな」

「貴方は、本機と居て、幸せでしたか?」

「──」

 

 これは、ズルい言い方だ。

 本機の思考系統が、『優しい彼はこう聞けば望んだ答えを返してくれる』と言っている。

 

「──幸せ、だったかもなぁ。俺にも、家族居なかったしさ」

「そうですか、それは、良かったです」

「でも、幸せなだけじゃなかったぞ。結構大変なことも、あった」

「それは、ご迷惑をおかけしました」

「そうじゃなくてな……いや、いい、お前に言っても、お前はわからんだろうから」

 

 彼の状態を測定する。鼓動が少し早い、呼吸系統に異常はないため、外傷によるものではないと推定。

 けれど、本機は今彼が何を考えているか、わからない。

 

「〝それ〟は、なんですか?」

「……は?」

「その感情です。私の計測データに、幾つかの近似値がありますが、貴方が本機に、それを感じるはずがない」

「……心が読めるんだったっけ」

「読めるわけではありません、計測結果から、推察をすることが可能なだけです」

「……近似値が何か聞いて良いか?」

「はい。直近では、トマリの町で見た恋人たちから得られた物です。聴取データでは、特定個人と共に過ごす、会話をする、食事をするなどの行動によって鼓動が早まる現象──恋と呼ばれるものに、よく似ています」

 

 彼は本機の膝の上で、ほのかに耳を赤くする。

 

「……そこまでわかってんなら、それで良いだろ……」

「いえ、恋、とは、人間が人間に感じる物です。──本機は、人でありません」

「人によく似てんなら、人だろ」

「いえ、似ているだけです。本機は、人ではない」

「お前は、バカだなぁ……」

「呆れを検知。馬鹿ではありません、貴方より賢い」

「いいや、馬鹿だよ、お前は」

 

 ふっと、彼は笑うとろくに力の入っていない手で、本機の頬を撫でる。くすぐったい感触、本機は彼にそうするより、される方が好きなようです。

 

「人から生まれたものを人って言うなら、お前も、人だよ」

「──」

「俺にとっては、お前はちょっと間抜けな、娘っ子だ」

「訂正を求めます。本機は……いえ、確かに、間抜けかもしれませんね」

「珍しいな」

 

 困ったように笑う彼に、再度知らない情動のエラーを吐く。

 

「なあ、後何秒だ?」

「……あと1分も無いかと」

「そうか、じゃあ、言っておくか」

「はい?」

 

 のそりと、彼はボロボロの体で起き上がり、座り込むと本機と目を合わせる。

 

「俺は、お前に恋をしてる。一目惚れだ、初めて会った日からずっと」

「ですが──」

 

 口を挟もうとした本機と口を人差し指で止めると、彼は言葉をつづける。

 

「お前と一緒に居たのは、お前が心配だったのもあるが……お前が好きだったからだ」

「……」

「まぁ……なんだ。時間もギリギリで、旅も終わるこの時に言うのは、ずるいかもしれねえけどな」

「……あぁ……!」

「もっと、お前にちゃんと教えてやれば良かった。いろんなこと」

「いいえ、いいえ!」

「俺がお前に恋をしたのは一目惚れだったけど、お前を好きになったのは、一緒に旅をしてからなんだよ。もっと、たくさん伝えたら良かった」

「本機は……本機も……! 本機も、もっと貴方と……」

「俺は、馬鹿だから。おまえの治し方とか、わかんねえけど……もし、お前を直す方法が見つかったら……その時は、もう一度ちゃんと伝える」

 

 もっと、この人の声を聞いていたい。

 もっと、旅をして、いろんなものを食べて、いろんなものを見て。

 

 でも、それは叶わないから。だから、最後に──ちゃんと、言わないと。

 

「本機は……本機は、貴方といて……幸せでした。本当です、本当に」

「うん」

「もしも、本機が──私が、目を覚ましたら。私も、あなたに思いを、ちゃんと──」

 

 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。

 お別れをしたくない。目を閉じたく無い。駆動系に力が入らない。リアクターは止まってしまった。

 

「またな、俺の愛した人」

「──はい、私の、大事な人」

 

 けれど、嫌がって眠ってしまったら、彼を悲しませてしまうから。

 私は、彼を信じるのです。

 アンドロイドには不要な機能を、希望という不要な機能を抱いて。

 

 ***

 

 こうして、自立思考型戦闘用アンドロイド、A-001、識別コード〝IRIS〟は静かな眠りに落ちた。長い長い、けれど安らかな眠りだ。

 彼は、IRISが眠りにつくと、各地を旅した。アンドロイドの製造技術は、先の戦争で失われたが、資料は、残っているかもしれないから。

 

 いつか、彼が彼女を直したら。

 

 今度こそ、彼らは一緒に在れるだろうから。

 

 IRIS、それは希望の花。彼女はその名の通り、彼を信じて、希望を託して今日も眠る。

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