〝それ〟はある日、遠い、遠い星からやってきた。
地球が知らない遠い星の、遠い国から、それは降ってきた。
人ならざるもの。けれど、人に近いもの。
私たちが〝宇宙人〟とそう呼称するものははじめ、人間と同じ程度の知能を持つ〝糸〟であった。
人の知能を持った寄生虫と表現するのが最も妥当なそれは、大地に根を張り、ゆっくりと宿主を変え、情報を得て、そうしてこの世界のことを知った。
遥か遠くの星からやってきたそれは、〝糸〟から樹へ、樹から虫へ、虫から鳥へ、鳥から四足獣へ、そしてやがて、この星の支配種たる人へと宿主を変えて、この世界がなんであるかを知った。
【それが私だ、少年】
──遥かの星の友より、愛を込めて──
物心ついた時には既に、〝それ〟との会話はできていた。
頭の中を這いずり回り、同じヘッドスペースを共有する、名も知らぬ同居人。
自らを〝寄生虫〟と語る〝それ〟が、どうやら自分の中にしかいないらしいと言うことを知ったのは、母に〝これ〟の話をした時だった。
頭の中にいる、名も無き友人は数百年間、この星を見続けてきたと言う。
何を言ってるかわからないが、何だかすごいんだなぁと、その時は思っていた。
幼児というのは、好奇心が旺盛だ。
だから、自分以外にも〝こういう〟ものがいるんじゃないかと思って、沢山の人に聞いて回った。それはもう、沢山の人に。
けれど、誰からも求めた答えが返ってくることはなかった。当たり前だ、〝これ〟はこ の星にたった1匹しかいない〝寄生虫〟なのだから。
けれど、〝これ〟を奇妙に思うことはなかった。生まれたときはもちろんのこと、ものを考えられるようになってからは、この同居人は自分の数少ない話し相手だったからだ。
そのなかでも、昔の話を聞くのが好きだったな、と思い出す。
〝寄生虫〟は、沢山のことを教えてくれた。草木がどうやって生きているとか、昆虫が 何を考えているかとか、空を飛ぶ感覚だとか。 まぁ、8割以上わからなかったが、とにかく、〝寄生虫〟は沢山のことを知っていて、 幼い自分に沢山のことを伝えてくれた、という事だ。
【どこまで話したかな。私が宇宙を漂流して、たまたまこの星に墜落したところまでは話したんだったかな?】
「まぁ、大体そんな感じ」
〝寄生虫〟には、発声機能がない。ならばどうやって会話をしているのか。
別に、テレパシーというわけではない。ならば電子機器を介して? それも違う。
正解は、網膜に直接文字列を投射しているのだという。
益々わからない? 大丈夫、僕にもわからないのだから。
【正確には少し違うけれど.まぁ良しとしよう。さて、少年】
「はい、なんでしょう」
突然改まって、どうしたというのだろう。
【私、実は侵略者なんだ】
「へぇ」
「へぇ?」
侵略者。インヴェイダー。
「つまり、君はこの星を滅ぼしにきたと?」
【厳密には違うけど、君達の感性的にはそうなるね】
仮に80%の共存を望む意志があっても、20%絶滅の意思があればアウト、人間というの はそういう生き物なのだ。
「今から僕は自決するべき?」
【宿主が死んだ程度じゃ死なないから、命は無駄にしないようにね。まぁまぁ、落ち着いて聞きたまえよ】
君との会話の場合、〝聞く〟じゃなくて〝読む〟なんだけど。などという無粋なツッコミはしない。それどころではないので。
【侵略者とは言ったが、別に私は侵略とかする必要ないんじゃないかなと思ってる】
「なるほど」
【でも母星の方では違うんだよね、これが】
「なるほど?」
【私たちの種族の特徴として、何億光年離れていても同種の存在をある程度の感度で知覚できるというものがあってね】
「はぁ」
【ちんたらしてると、お前は何をしてるんだーって、同族が来ちゃうんだよね】
「同族が来るとどうなるの?」
【間違いなく、たくさんの人が死ぬだろうね】
「それを.僕が知って、どうしたらいいの?」
【どうしようね】
「どうしようね?」
どうしようね、ではない。一大事である。
「N○SAとかに伝えるべき?」
【信じてもらえるならいいよ】
「じゃあ無理かな」
【じゃあ無理だね】
仮に信じてもらうためには、頭の中を物理的に覗いてもらわねばならない。そんなことをされたら死んでしまう。
「どうしよう」
【実は方法が無いわけじゃないんだ】
「あるんだ」
【あります】
なんだ、それを早く言ってほしい。まったく、無駄に慌ててしまった。
けれど、〝寄生虫〟が詳しく語ろうとしないときは、大抵、よくないことだということを、僕は知っている。
「もしかして、危ない?」
【捉え様によっては危ないね】
「一応詳しく聞いても?」
【君の体を使って、これからくるであろう同族をぶち殺す】
「なるほど、どう捉えても危ないね」
なんでちょっと、含みを持たせたのだろう。100%危ないじゃないか。
【そうだね】
「君、たまにバカになるよね」
【聞き捨てならないな、それなりに知能は高いよ】
「それはごめん。言い換える、脳筋なんだね」
【それは否定しないかな】
否定してほしかったな。君、考え方によっては僕の脳細胞みたいなものだから。
「それで、具体的にはどうやって戦うの。僕、自慢じゃないけど喧嘩弱いよ」
【知っているよ、君が生まれた時からずっと一緒にいるからね】
「なんだとこの野郎。喧嘩売ってるのか」
【喧嘩弱いんじゃないのか】
「冗談だよ。人間は図星を突かれると怒るんだ、勉強になったね」
【そうだね、ありがとう】
「それで、侵略の話についてなんだけど、戦うってマジなの?」
【大マジさ。君は勘違いしていそうだからちゃんと説明するけれど、私たちは本来情緒なんてものを持ち合わせてないんだ。だから、侵略可能と判断されているこの星での戦闘は必ず起こる】
「長いな、もう少し縮めて」
【めちゃくちゃ戦う】
「めちゃくちゃ戦うんだ、了解」
【というわけで、君にはほとんど選択肢がないわけだけれど】
「.まぁ、戦うって行為とそこに至る理由はわかった。でも、僕は戦えないよ」
【どうして?】
「どうしてって君、一般少年に戦闘能力はないよ」
【それなら大丈夫、君の体を使うって言っただろう】
「いや、だから──」
動くのは僕なんだろう? そう言葉を続けようとして、突如として動き出した自分の身体に勢いよく口を閉じる。
自分の意思に反して、伸び伸びと動き回り、動作を止めようとしても全く違う動きを続ける己の身体に、絶句した。
「うおっ!?」
普段の自分であれば、絶対にできない動作──バク転やら、前方宙返りやら、倒立やらを ──軽々とこなし、何事もなかったかのように制御権を突き返される。
ぴりと筋に痛みが走るのを無視して、恐る恐る口を開く。
「僕の身体、動かせるの?」
【ああ、今までやらなかったけどね】
「君が理性的でよかったなって初めて思った」
【宿主との信頼関係というのは大事なのさ】
「.えっと、つまり君は、文字通り僕の身体を〝使って〟君の同族と戦うと?」
【そうだね。もっと言えば、身体を操る以外にもできるけれど、おおむねそうなる】
凄えなあ、なんて。どこか他人事のように考える頭を殴りつけ、感覚を自分事にチェンジする。
【びっくりした、急に自分の頭殴るなんてどうしたんだい】
「価値観の違いを正した」
【えっ】
さて、こうなると本当に選択肢は無さそう。この〝寄生虫〟の冗談ではないだろうし、断って、戦うことなく〝侵略〟が始まれば、きっと僕は後悔する。
「.本当に君は、侵略する気がないの?」
【無いね。長く住みすぎた】
「この星は好きかい?」
【好きだよ。古郷よりも思い入れがある】
それが、本心かはわからない。〝寄生虫〟はただ、文字を羅列しているだけにすぎないし、その心の奥底はわからない。テレパシーなんて便利なものはないし、心を読めるわけでもない。
けれど──。
「君には、同族を殺してでもこの星を守ろうとする意志があるんだね」
【ああ、僕は仲間を殺してでも君達を守りたい】
「そっか、じゃあ信じるよ。君のことを」
生涯を共にした、いや、これからも共にする友人の話くらい信じてあげなきゃ。そう思った。
「ところで、他に出来ることって何があるの」
【君達でいう超能力さ】
「マジ、すげえ!」
【一番テンション上がったね】
それと、少年というのは非日常に憧れるものなのだ。
***
さて、宇宙人の宿主であり、なんか戦うことになった僕ではあるが、本職は中学生である。少年だから。
この理屈はおかしいかな。でも少年って言ったら大体が小〜中学生じゃないかな。
【そこの問いの答えはそうじゃないよ、途中式をよく見返して】
.如何に頭の中に宇宙人がいると言っても、勉強はしなければならない。と言うか僕よりも〝寄生虫〟の方が学校に行きたがるのだ。
下手な子供なんかよりよほど好奇心が旺盛な一面がある〝寄生虫〟は、当然、僕よりも頭がいい。腹立つな。
【君、本当に数学が苦手だね】
.
──仕方ないだろう、難しいのだから。
〝寄生虫〟のことは、誰にも言えない秘密。つまり、大っぴらに会話ができない。故に、学校にいるときなんかは当然、筆談になる。
さっきまで? 自分の部屋で話していたに決まっているだろう。
【確かに、年々論理の難易度は上がっている。でもこれまでの経験から必要なことは修めているはずだけれど】
──君と違って、僕は物覚えが悪いんだ。人間だから。
【大きい主語だね。全く、テストの前にまた私とみっちり勉強だね】
勘弁してくれ、そう嘆息する。
そうして、また問題に取りかかろうとして──。
【来る】
その二文字が、目に映る。
次いで、何かが爆ぜて大地が揺れ、校舎がひび割れた様な音──実際、窓は粉々に砕け散り、蛍光灯は落下してきていたから、甚大な被害を被ったのだろう──が響く。
そして、それに共鳴する様に、周りの生徒達は悲鳴をあげて、教室から逃げ出す。 酷い耳鳴りだ。あまりの大音声に鼓膜が破けたように感じる。
【想定より早かった】
ぽつんとひとり、取り残された自分の網膜に淡々と流れる文字に悟る。
【数日前に話した通り、私が君を使って、落ちてきたアレと戦う。いいね】
当然だと声に出そうとして、もう一度押し寄せた大激震によろける。
一体、何が暴れているのかはわからないが、今の衝撃は校舎にとっては致命的だったようで。
音を立てて、全てが崩れる。
特別、好きだったわけではないが。想い入れはあった。勉学は好きではなかったし、毎朝起きてここに来ることが煩わしいと感じたことは何度もあるが、ここに居た時間と、その思い出は気に入っていたから。
少しだけの寂しさを感じながら、〝寄生虫〟に動かされるままに校舎の外、爆心地であろうグラウンドへと出た。
そして、理解する。
〝寄生虫〟がどうして、詳しい説明をせずに「殺す」とだけ語ったのか。なぜ、ほかの方法を提案すらしなかったのかを。
ぐちゃり、べちゃり、ぶちぶち、ごきり、ばきん、ごくん。
「──」
クレーター状に凹んだグラウンドの上で、この星にいるとはとてもではないが思えないような、けれど強いて例えるのなら、二足歩行のトカゲに、映画の〝エイリアン〟の頭をくっつけたような異形が、積み上げられた肉の塊から一つ一つ、丁寧に、味わうように肉をちぎって、引きちぎられた頭をポップコーンのように噛み砕いて、咀嚼して、溢れる血
をまるで極上のドリンクのように飲み込んで、口の端から垂れ下がる誰かの臓物を揺らして。その口の周りを真っ赤に染めている。
そんな異形は、僕に気づくと、喜色にその顔を染めているように見えた。
「──」
【見るな、感じるな、聞くな。君にこの情報は必要ない、私に任せればいい】
見知った顔が幾つもあった。談笑もした、同じ教室で、同じ授業を受けた。好ましいと感じた奴がいた、ちょっと嫌いだなと感じた奴もいた。人付き合いが苦手な僕と友達になってくれた奴もいた。
だけど。
「殺して」
肉の塊の一つが、そう口にした気がした。それが例え、幻覚であったとしても、心を抉るには、十分だった。
グンと、体が勢いよく動く。自分の意思ではない、同居人が頭の何かを弄って、身体を突き動かしているのがわかる。
「痛い」
「苦しい」
「食べないで」
彼らが、こんな目に会うべき理由が、かけらも見つからなかった。
「あぁ──あぁぁぁあっ!」
頭に、声が響く。それが自分の絶叫であると気づくのに、随分と時間がかかった。
プロの陸上競技選手のような速度で走り、異形の顔面を右拳で殴りつける。
信じられないような顔で異形が僕を見た。
──そうか。こいつにとって、僕は仲間なのか。
そう理解して、反吐が出そうだった。
【武器が欲しいところだけど、贅沢は言ってられないね】
二メートルはあろう異形が叫び丸太のような腕を振るい、肉薄した僕を叩き潰そうとするが、逆にその腕を蹴って飛び上がり、異形の脳天に踵を叩きつける身体。他人のゲームを見ているような感覚で、僕の頭はそれを処理する。
何をされても、どんな攻撃が来てもひょいひょいと避けて、いなして、受け流して、反撃を加える。
〝寄生虫〟は僕の貧弱な体で、巨大な異形の身体にどんどんと傷をつけていく。
何度も何度も、何度も何度も攻撃を繰り返し、やがて異形の肉が抉れ始めた。
初めて、異形が痛みに呻き、ただらを踏んだ。
【私は、おそらく初めて、この星に来たことを後悔したんだ】
戦いの最中、〝寄生虫〟はそう漏らす。声はなくとも、何を想い、考えているかが我が事のように理解できる。
【君にとって、彼らはかけがえのない友達だった】
返り血で制服が徐々に赤色に染まり始める頃には、異形は動きが鈍くなって。
異形の動きが精細を欠き始めたあたりで、〝寄生虫〟は悲しそうにそう漏らす。
【私にとっても、彼らはかけがえのない友人だった。勿論、会話をしたことはないし、彼らは私のことを知らないけれど】
悔しそうに、網膜の字が震える。拳が硬いものにあたった感覚がした。
【私は、君たちとの日々を楽しんでいた】
ついに、異形が膝を折る。それでも拳は止まらない。
【私は、君たちの行く末を見たかった】
そうして、異形が動かなくなる。それでも身体は止まらない。
【私が、君たちを殺したんだ】
念入りに、念入りに、〝寄生虫〟は異形の脳を潰し始めた。握り潰し、踏み潰し、かけらも残らないように。
【すまない、少年。私は君達を巻き込んだ】
「.謝らないでよ、君は悪くない」
ようやく、体の制御が戻ってくる。
どろりと、拳を伝う気色悪い液体を振り払って自分の意思で、もう一度、異形の脳漿を踏み潰す。
惨たらしく変形した異形の死骸に、ぐつぐつとたぎる何かをぶつけるように。
「悪いのはこいつだ、君は悪くない」
「他のだれが、何と言おうとも、君は悪くない」
怒りというのは、向けるべき相手にちゃんと向けるべきだ。
矛先を間違えてはならない。
「君はちゃんと、僕らを想っていた。これは事故だ、だから、君がこの星に来て、僕の友達になってくれたことは間違いなんかじゃない」
「君と、彼らといた日々を否定する権利は、君にだってない」
それでも、と言葉をつづける。
「君がこうなったことを悔やんでいるなら、次こそはだれも死なせないように、僕ら二人 で頑張ろう──まぁ、僕は見ているだけなんだけれどさ」
【ああ、ありがとう。なら、君の期待に応えるために、次も頑張ろう。私たち二人で】
そう言って、たくさんの血と肉の海で、一人と一匹は約束をした。
〝寄生虫〟は、次を否定しなかった。だから、次が訪れるのは、言葉にせずとも伝わる残酷な現実なのだ。
侵略は一度では終わらない。悲劇は何度も訪れる。一人と一匹はそれが分かった上で、〝それでも〟と誰も傷つけさせないことを約束するのだった。
その後、当然のように少年は級友からの質問攻めや、さまざまな機関から事情聴取を受け、さまざまな問題やゴタゴタに巻き込まれるのだが、それはまた別のお話。