なんでもない短編集   作:メーア

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やさぐれ男×ロックなお嬢様

こういう組み合わせが好き


赤鉄のリベリオン

 食い扶持、という言葉がある。

 生きる為に必要な仕事、それによって得られる俸給のことを指す。

 

 俸給、つまり金。

 

 世知辛いことではあるが、人間は生きていくだけで金を使う生き物だ。パンを買うのにも、肉を買うのにも、家を借りるにも、義体の整備をするのにも、パーツを買うのにも、弾丸を買うにも、武器を買うにも、なんなら息をするだけでも。何をするのにも金を使う。金は稼がなければ得られず。どこからか降ってくることはない。──つまり何が言いたいかというと。

 

「テメェ、俺から30センチ以上離れるなつってんだろ!」

「私は生身よ! それに名前はカレン! 何度言えばいいの!?」

 

 金を稼ぐためならば、鉛玉が降り注ぐ中、戦う力の一つも持ち合わせていない子供を護り抜く必要がある。ということだ。

 

 

『赤鉄のリベリオン』

 

 

 護衛というのは、難しい。

 名無し(コードレス)の傭兵ロックが、このクソッタレなお仕事を続ける中で思い知ったことだ。

 非戦闘員を護りながら目的地に送り届ける。言葉にすればたったこれだけだが、非戦闘員というのは戦場におけるイロハというものが無い。

 恐怖で突拍子もない行動をするし、混乱してこちらの邪魔をしてくる。

 護衛というのだから、何かしらに追われている。そんな奴を守りながら追手を追い払うのは、簡単なことじゃない。

 しかし、そう言う案件は往々にして金払いが良いものだから、断るに断れない。

 

 今まで、それなりに護衛依頼を受け、その全てで「二度とやらない」と後悔してきた俺ではあるが、今回のはこれまでで一番かもしれない。

 

 ドタバタと、時に護衛対象の手を引き、時に背中を押して目的地を目指す。

 背後を見ている暇はない、しかしただ逃げるだけではいつか追いつかれる。そう考え、思考CPUが弾き出したのは、牽制と言う名の、追手への乱雑な発砲。

 生身であれば手根骨であった部分が、ガチリと折れて、9ミリ弾を射出するための銃身が露わになる。

 

「アイ!被害はゼロだ!」

『アームカメラによるロックオン、ターゲティングを修正、着弾地点を決定、誤差を修正、射撃を続行』

 

 サポートAIの弾道誘導に従い、民間人への被害はゼロに、しかしターゲットへの被害は最大に。

 

「こいつ一人捕まえんのにチャカ持ち出すかよ!」

 

 ターゲティングのために一瞬視界に収めた追っ手達が握りしめる黒い鉄の塊に、ぶわりと、冷や汗が溢れる──ことはない、鉄鋼の躯体に、汗腺なんてないのだから。

 

「っ、埒が空かねえ!こっちだ!」

 

 追手を撒くために入った路地を、護衛対象である少女と共に走る。

 ちらりと背後を見れば、黒いスーツの男達が、突然の銃撃に路地を逃げ惑う一般人達を蹴散らしながら追いかけてくる。先ほど確認した時と比べて、人数が減っているところを見るに、先ほどの牽制射撃は牽制以上の効果をもたらしてくれたらしい。

 

「何に追われてんだよアンタ」

「そ、それは──」

『警告』

「っと危ねえ!」

「きゃっ」

 

 脳に直接響く警告音(アラート)に咄嗟に、少女の身体を射線の切れた脇道に突き飛ばし、銃弾一つで簡単に殺せてしまいそうな華奢な体を射線から逸らすことに成功する。

 

 しかし、その直後、瞬きをする間も無く、先まで彼女が晒されていた空気を鉛玉が引き裂き、代わりに俺の全身に弾丸が雨霰と降り注ぐ。

 着ていた衣服を切り裂き、見るも無惨なボロ雑巾に変えることには成功するが、その下の外部装甲に対しては、小さな弾痕のサインを残すことしか叶わない。

 

 視覚端末とリアクター部を両腕で庇いながら、叫ぶ。

 

「アイ! 直行は中断、セーフポイントでクールタイムを入れる!」

『了解』

「ロック、貴方、まさか全身……」

「あァ、貧乏人だからよッ!」

 

 制圧射撃のような弾丸の嵐を防ぎ切り、装填の合間に一気に距離を突き放す。

 視覚端末にルート情報が付与され、脳内に直接マップが叩き込まれる。

 

 追手との距離は近い。仕方がないかと意味もなくため息を吐く。呼吸が必要なくなっても、人間からこの仕草がなくなることはないのだろう。などとくだらないことを考えながら、次の動きを考える。

 

「絶叫マシンは得意か?」

「え?」

「苦手でもやるんだけどさ」

 

ぐっと、依頼人の腰に手を回す。

 

「ちょっと、何!?」

「舌ァ噛むなよ」

「え──むぐっ」

 

 お米様抱っこで依頼人の少女を担ぎ上げ、脚部のスラスターを勢いよく噴かし、複雑に入り組んだ路地を飛ぶように駆ける。

 

「キャァァァァァッ!?!?!?」

 

聴覚センサの真横での大絶叫。当たり前だろう。下手なアトラクションよりもスリルとリスクとハプニングを孕んでいるのだから。でも(センサ)が壊れてしまうからやめてほしい。

 

方向転換のために配管を蹴り壊し、足下の強化コンクリートが一歩ごとにヒビ割れるのを内心謝罪しながら、脳内コンピューターの指示通りに進むと、辿り着いたのは陰鬱とした廃ビル。

 

 随分と前に放棄されたのか、外装や壁は取っ払われ、基礎の柱が等間隔に配置されているだけの、埃まみれの空間。

 

『所定地にて、冷却時間を含む潜伏の提案』

「……そうだな。お守りしながらあの数は骨が折れる」

 

 ジェットコースターすら生ぬるい恐怖のアトラクションを終えた少女を、埃だらけの床に降ろした後、外部装甲を展開、冷却システムを全稼働させる。

 

「さて──カレン。さっき聞きそびれたこと聞いていいか?」

「……」

「ひっでぇ顔色、ウケる」

「ぶっ殺すわよ」

 

 吐き気のせいか土気色の顔が血の気を取り戻すまで待ってやるかと、コンクリートの基礎に腰を下ろそうとしたところで、少女は口を開く。

 

帝都御守護(ていとおんまもり)──俗名的には特別警察かしら。知ってる?」

「あぁ?」

「さっきの質問よ」

「あぁ、あー……」

『検索中』

 

 脳内CPUが高速で動く。冷却ファンの音が大きくなった気がする。

 出力された解答は、『治安維持』の四文字。さっきの銃撃で検索エンジン壊れたかも。

 

「帝都の……こう……治安維持するやつだろ?」

 

 絞り出されたのはアルコール度数ならば1%程の薄さの解答。仕方がないだろう、マジで情報が出てこなかったのだから。

 

「表向きならね、あってるわよ」

「へぇ、まるで別の側面があるみてえな言い方だな?」

「ええ。本来の役割は、五十年前の内戦で帝国領土各地に散らばった、〝神具〟の捜索と確保」

「……」

 

 思っていたよりもずっと面倒な案件に思わず天を仰ぐ。煙草だのをやっていなくてよかった、間違いなく二十本くらい一気に吸っていただろうから。

 

「そして──これがその〝神具〟の一つ。〝八式特殊強化外装『火愚椎(かぐつち)』〟」

 

 そう言うと、少女は己の右腕に嵌められた腕輪を指す。

 ゆらめく炎をそのまま物質にしたような、仄かな光を放つそれこそが、〝神具〟であると彼女は言う。

 

「へぇ、綺麗だな」

「不用意に触らない様にね。勝手に武装接続されるわよ」

「……そこまで馬鹿じゃねえっての」

「どうかしら」

 

 少女の胡乱げな視線から逃れるように咳払いをしてから、本題を切りだす。ちょっと触ってみようかな、とか思ってはいない。

 

「で、どうしてそんなもん、お前みたいなちんちくりんが持ってんだよ。それの貴重さは俺も知ってる、本来なら国宝級の扱いだろ?」

 

 神具、それ自体は国家機密でもなければ、御伽話でもない。実在するロストテクノロジーの代表格として保管されているはずのもの。年に数回、代表的な神具は帝国の力を示す兵器として一般公開もされる。

 

「それは……」

「盗んだってんなら、俺がお前を庇い立てる義理はねえ、ちゃんと話してくれ。依頼主ってンなら尚更な」

 

 もごもごと口を動かし、何度もこちらの顔色を窺う少女。残念ながらヘッドパーツは人工表情筋が内蔵されていないヘルメット式、つまり完全なポーカーフェイスだ。肉の顔があったなら、まあ、気まずそうな顔をしていたかもしれない。

 小さく、息を吐いて少女は口を開く。

 

「これは、お爺さまからの預かり物。だから、盗んだわけじゃないし、非合法的に所持してるわけでもないわ」

「……お爺さまね。まぁ、それならなんで追いかけられてんだ」

「この神具は、政府組織に絶対に渡しちゃいけない、そういうもの。深くは言えないわ、貴方を無駄に巻き込んじゃうから」

「……既に手遅れじゃね?」

「だとしてもよ、経緯までは明かせない」

「厄ネタがすぎるだろ、ふざけやがって……」

 

 ガシガシとヘッドパーツを義肢で掻く。何度目かの、依頼を受けたことへの後悔で頭がいっぱいだ。

 恐らく、既に殺される条件は整っている。護衛としての仕事を受けた時点で、不穏分子としては十分すぎるだろう。

 ここでこの仕事から手を引こうにも、いつその帝都御守護とやらが牙を剥いてくるかわからない。

 

「金、貰っちまったんだよなぁ」

「ええ、前払いできっちり支払ったし。ロック、貴方もそれを確認したわよね?」

「今から返金とか」

「できると思って?」

「……よく性格が悪いって言われね?」

「悪くもなるわよ、こんな国に居たら」

 

 はぁ、と呼吸器系もないのにため息をつく。

 

「わかった。とにかくカレン、アンタを目的地まで運ぶ、それは絶対だ、そこだけは通す」

「当然よ」

「だが、その後は知らん。今回の仕事は目的地まで送り届けるだけだ。確かに組織だとかにゃ属してはいないが、俺は別にアングラな傭兵じゃない。違法行為を仕事にはしない。だから、その、特別警察とやらに今回のことを聞かれたら、場所は答える」

「……」

 

 露骨に、むっとした様な表情をする少女から視線を逸らす。

 

「俺は死にたくない。というか、答えなかった場合ヘッドメモリ取り出されて色々されるに決まってる、嫌だねそんなの」

「それは……否定できないわね」

「だからそれが嫌なら、俺がお前を送り届けた後、俺を殺すなりなんなりしろ。全力で抵抗するけどな」

 

 もしもそうなったら、本気で暴れて爪痕を残してやる。タダで死ぬか。

 

「……」

「じゃ、休憩終わり。俺の排熱も済んだ、後は2時間くらいさっきと同じ様に走れば、終わりだ」

 

 立てるか、そう手を差し出し、少女がそれを掴んだその時。

 

 ゴウと、何かを砕く音が聞こえた。

 

 無意識のうちに少女を抱いて横っ飛びに転がる。機械の身体になっても、勘というものは働くのだ。それが、命に関わるのなら、なおさらに。

 

 直後、先程までいた地点を光の渦が抉り、目で追うこともできない速度で向かいの壁、そのさらに向こうのビル群を蝕みながら進んでいく。

 その攻撃を感覚的に回避できたのは、間違いなく運が良かっただけ。

 超局所的な破壊の嵐。ミサイルを打ち込むでも、迫撃砲を落とすでも、榴弾を投擲するでも、戦車砲を叩き込むでもなかった、全く未知の攻撃。

 

 もしも、避けれていなかったら? 

 コンクリートをアイスクリームの様に削る攻撃だ、無事では済まない。特に依頼人の少女は、言葉にするのも凄惨な、そんな結果に終わっていたはずだ。

 

 そこまで思考して、ハッと気づく。

 

「ッおい、無事か!?」

 

 腕に抱いた少女に声をかける。咄嗟のことで、まともに準備も、受け身も取れなかったはずだ。

 

「な、何が、起きて……?」

 

 理解ができない。そういった面持ちで少女はキョロキョロと辺りを見回し、抉り取られた床を見て顔を青ざめさせる。

 

「な……」

「長居しすぎたな。アイ、地形情報の更新だ」

『了解、スキャンを開始』

「……」

 

 アイのスキャンを待つ間、視覚でも状況を確認する。

 廃ビルの外壁には大蚯蚓が真っ直ぐ通過して行った様な穴、依然、その攻撃手段がわからない。

 こんな風な攻撃痕が残る手法を、俺は知らない。まるで魔法だ。そんなことができるのは、たぶんこの世でたった一つ。

 

「神具……?」

 

 見た事は無い、経験したことも。けれど、〝それ〟ならば可能であろう事。

 五十年前、この地を二分した内紛と呼ぶにはあまりにも大規模な戦争があった。そこで用いられたのが、神具。この国に伝わる、神の名を与えられた武具。

 当時の記録では、神具同士の激突は天候すらも変えたと言う。

 その逸話が、過剰に盛られたお伽噺でないのなら。

 これでも出力を抑えた方なのかもしれない。

 

『スキャン完了、衛星情報との統合を開始、マップ情報を更新。ロードします』

 

 アイのスキャン結果に、ゾッとした。

 ある地点から、真っ直ぐに、全長500mほど地形が抉り取られている。スタートからゴールまで、その間にある全てを無視して。

 

「……逃げられねぇ」

「え?」

「カレン、一般義体が神具とやらから逃げれる確率、何%くらいだと思う」

「え、えっと……ごめんなさい、わからないわ」

「ゼロだ、今確信した」

 

 これは、ちょっと。お手上げかもしれない。射程範囲もそうだが、問題は弾速だ。音よりも遅いが、俺の脚よりは速い。それに、一撃ずつしか放てないとは限らない。

 

『オープンで回線を開きます』

「は?」

『ハローハロー、裏切り者と護衛君』

 

 スピーカーモードで、アイが──否、内臓無線が〝勝手〟に通話を開始する。ハッキングではない、これは、この国で作られたすべての通話プログラムに組み込まれている、警察組織からの強制受信システム。

 

 軽薄そうな、笑顔で人を殺しそうな男の声が半壊した廃ビルの一画に響き渡る。

 

『僕は帝都御守護、執行部隊の〝加賀〟だよ。よろしくねぇ』

「……」

「……」

『あれ、聞こえてる? おーい」

「どうすんだ、場所はバレてる」

「……」

 

 暗い顔をした少女が、ぎゅっと拳を固く握りしめるのが見える。怨嗟と、怒り、そういった顔だ。

 

『無視は悲しいなぁ。会話してくれないなら、強引な手段に出なくちゃいけないんだけど?』

「それは困る。まだ死にたくねえ」

『だろう?良かったよ、ダンマリを決め込まれたらどうしようかと』

 

へらへらと、男は軽い口調で続ける。

 

『あ、そうそう。おとなしく投降してくれるなら、命は保証するよ、僕らも無闇矢鱈と人を殺したくは無いしね』

「……‥嘘つき」

『えぇ、酷いなぁ。僕は嘘なんてついたことないよ──なんてね、君のお爺様のことはすまなかったよ、でも仕方なかったのさ」

 

キッと、カレンは俺を──スピーカーの向こう側の加賀という男を睨む。

 

『お互いに仕事だった、それだけさ。ほら、早く投降して、神具を返すんだ。今なら、大きな問題にはならない」』

「嫌よ。誰が、誰が渡すもんですか」

 

ぎゅっと、少女は己の腕に嵌められた炎のリングを抱きしめる。

 

「これは……これは、あんた達みたいな奴が、持ってていいものなんかじゃ、ないんだから……!」

 

 手放さない。口にせずとも彼女の意思が固いことは一目瞭然であった。ならば。

 

「……悪いな、カガさんだっけ? 嬢ちゃんはどうしてもそれを渡したくないらしい」

『えぇ、困るなぁ。護衛君からも説得してくれたまえよ〜』

「無理な相談だなぁ、アンタ、俺の雇用主じゃねえし」

『そこをなんとか!」

「嬢ちゃんが無理ってんなら、俺も無理だわ、ってか、俺がなんか言ってはいそうですかってなるタマじゃねえだろ」

『そうだよねぇ……そうだよ。そっかぁ、ま、じゃあ仕方ないか』

 

 落胆したような、しかし予想通りと言った声音で、加賀は呟く。

 次いで、がしゃん、がしゃり。回線の向こう、加賀のマイクが、何かの駆動音を拾う。十中八九、先ほどの攻撃を放った武装であろう。

 

「啖呵を切ったはいいが……どうする。自爆でもするか」

「……」

「……カレン?」

「っええ、どんな方法を使っても、逃げないと」

『──最後通告だ。──』

 

 回線の調子が悪いのか、ところどころにノイズがかかる。この距離で回線にノイズがかかることなど、普通はあり得ない、ならば、その原因は何か。

 

「電磁兵器、レールキャノンか?」

「いいえ、これは、〝神具〟の磁場よ」

「なんでそんなことわかんだよ」

「知っているからよ」

「……じゃあ尚更どうすんだよ」

 

 推測でしかなかったものが、確実になる。それ自体は喜ばしいが、事実としては何も喜ばしくはない。今の装備で、警察──神具とやり合うなんて、不可能だろう。

 途方に暮れそうになる俺の隣で、少女は自らの腕に嵌めていた腕輪──神具を外し、その手に握る。

 

「ロック。貴方は、私の護衛よね」

「はあ?……まあ、そういう契約だけど」

「依頼主のわがままは聞き慣れてる?」

「……傭兵稼業、長えからな」

 

想起される、これまでの人生。大体クソみたいなことばかりだった、思い出さなきゃ良かった。

 

「もしも……もしも神具があれば、貴方は私を連れて逃げられる?」

「さあ、わかんねえ。無いよりマシだろうが──っておい、お前、まさか」

 

『十秒数──る。投降しろ』

 

「ロック、今からあなたに、火愚椎の使用を許可します」

「おま、マジか」

「動かないでね」

 

 突然、彼女の顔がグッと近づく。よく見ていなかったが、随分と、綺麗な顔をしているのだと、バカみたいな感想が頭に浮かんだ。

 そして、少女が宝の様に握りしめていたそれを、かちりと()に嵌められる。

 

「は?」

「いいから、動かないで」

「これ腕輪じゃ──ッッッッ!?!?」

『10──9──』

 

 言葉を続けようとして、首筋を中心に全身を襲う強烈な熱に膝をつく。全駆動系どころか、リアクター、神経系統、思考系統すらもオーバーヒートを起こした様な、あり得ない感覚。擬似血液の全てが炎と化したかに思える、内側から何もかもを焼かれる感覚。

 

「ぐ、ぁ、ぁぁぁあっぉぉっ!!」

「遠隔接続、解除音声コード〝ホノカミ〟。起動シークエンスをスキップ、全機能強制励起、ちょっとだけ我慢して!」

「──ッ! ──!」

『8──7──6──』

 

 べちゃくちゃ、隣で彼女が何事かを喋っている。熱に浮かされた頭が、ぐるぐると過去の記憶を掘り起こす。

 これが走馬灯か。

 

『5──4──』

 殆どがクソみたいな記憶で、本当、嫌な気分になる。確かにろくな人生では無かったが、もう少し、なんか、無かったのか?

 

 しゅうしゅうと、ハンドパーツの接地点が赤熱して、どろりと沈む。

 

『3──2──』

 

「簡易フィッティング完了、サポートAIに火愚椎を擬似接続するわよ!」

 

 ボッ、ボッ、ボッ。不発したロケットの様な、不可解な排気音が全義体のファンから噴射される。見れば、周囲の空気がゆらめくほどの超高温の排熱であることがわかる。

 

『1──〝金弓箭〟発射』

 

「駆動系オールグリーン! ロック、動いて!!!!!!!」

 

 誰かが、遠のいた気がする。

 

 離れるなと言っているのに──? 

 

 眼前の、ポッカリと空いた穴の向こう、そのずっと遠く。

 微かな、けれど確か光が見えた。それは先ほど自分達を襲った破壊の嵐と同じもの。

 

 無意識だった。それに手を伸ばしたのは。

 

 綺麗だったとか、掴みたかったとかじゃない。その逆だ。

 

 鬱陶しいと、そう思った。

 

 直後、己を飲み込まんとする光の渦が、もう一度飛来する。それは先よりもずっと太く、そして、より濃く殺意を孕んでいた。真っ白な、ともすれば初雪の様な白は、柔らかな光とは反対に絶殺の意志を持って、突き進んでくる。

 

 いつも、いつか誰かに殺されると思って生きてきた。所詮は使い捨ての駒だったから。

 あの場所から逃げても、そうだった。価値のない、人間未満の何かだったから。

 

 それでも、それでも──。

 

 ただ美しいだけの、それ(・・)に殺されるのは──何故だかとても、癪だった。

 

 ゴウと、風が鳴る。光の渦が直ぐそこにまで迫っている証拠で、俺と、彼女が死ぬ音だ。

 

「消えろ」

 

 それがあんまりにも、キラキラと光るものだから。

 それがあんまりにも、白く輝くものだから。

 それがあんまりにも、それがうざったかったから。

 

「失せろ」

 

 全部、燃やしてやった、消えてなくなると思ったから。

 全部、燃やしてやった、消し炭にしてやろうと思ったから。

 全部、燃やしてやった、心底、それを嫌悪をしたから。

 

「何もかも、燃えて無くなれ──!!!」

 

 熱が溢れる。周囲が解ける。何もかもが炭になる。焔が蠢く。陽炎が世界を覆う。

 

 焔の壁が、あたりを囲った。内外を灼熱に変えながら、外部からの進撃を阻む、鉄壁のゆらめく炎盾。

 

「成功した……?」

 

 誰かが、喋った。耳障りではなかったが、言ってやりたいことがあった。

 

 ぼうと上せた頭で、考える。

 考えるのは苦手だ。

 でも、腹が立つ。

 なんで腹が立つ。

 面倒だ。

 あぁ、でもこれは言ってやらないと、気が済まない。

 

「俺は──犬じゃねぇ──?」

 

 自分でも何を言っているのかわからない。

 けれど、そうだ、首輪だ。俺は犬じゃない。

 

「それに、俺は──俺は! こんなところで、犬死はしねェ……! 絶対に、生きて──生きて! 最後は笑って死ぬって決めてんだよ!!!!」

 

 嫌な顔が頭をチラつく。うざったらしい、俺の、俺が──俺が殺した、アイツの顔が。

 頭が熱い、体が熱い、燃えて、燃えて、炭になりそうだ。だけど、こんなもんじゃ無い、もっと熱くなれる。

 

 クソッタレだ、全部クソッタレだ。ガキ一人殺すのに躍起になってるアイツらも、こんなモノを造った奴も。そして、こんなものに頼らなければならない、俺も。

 

 怒りがこみ上げてくる、八つ当たりのような理不尽な怒りが、グツグツと煮えたつ。

 

「アイ!」

『戦闘サポートを起動。不明な接続を確認しました、セルフスキャン──新ユニット〝カグツチ〟を確認。使用マニュアルを提示』

「カレン、無事か!!!」

「ええ!」

「後で説教だ!」

「え、ええ!」

 

 ちらりと、燃え盛る世界の中、視界の端に煤だらけの少女を捉えた。無事ならば、問題はない。言ってやりたいことはいくらでもあるが、それは後だ。

 アイが提示したマニュアルは、バカでもわかる、簡単なものだった。なんのことはない、これはただの〝武器〟だ。強力なだけ、神の名前なんて大袈裟なものをつけられただけの、武器でしかないのだ。

 

「──反撃だ、ぶっ消してやる!」

『脚部固定ヒールアンカー、展開、固定完了。掌部収束排熱砲、収束開始』

 

 登攀用のアンカーを突き刺し、姿勢を固定。

 

『対狙撃用位置特定システムを起動。弾道修正を開始、完了。着弾地点を決定』

 

 掌を真っ直ぐ、アイのサポート通りに向ける。周囲の炎を吸い尽くし、通常であればあり得ない、〝凝縮した炎〟が、掌の中心に丸く集まり始める。

 

『収束完了、排熱砲、放射準備完了』

 

「燃え尽きろ──!」

 

 煤だらけ、焦げだらけの廃ビルの中心に、小さな恒星が顕現する。眩いばかりに光を放つそれは、直後、爆ぜた。

 

 ジェットエンジンの噴射炎を小さく、小さく束ねて細くして、一つの方向に向けたなら、こう言うものになるのだろうか。それとも、太陽を細く依って、一直線にしたのなら、こう見えるのだろうか。

 赤から橙、橙から青、青から紫、紫から白。

 誰かが遠くから見たら、そんな色をした炎の渦が、真っ直ぐ、光の渦が飛来した方角へと放たれる。

 

 それは、彼らを殺すために放たれた、二射目の光の渦ごと巻き込み、突き進む。

 

「く、おおおおおっ!!!」

 

 反動で肩が文字通り外れて飛びそうだ。骨なんてもんが無くてよかった、もしもあれば、間違いなく砕けていただろうから。

 事実、排熱砲が直ぐ傍を突き抜けていったコンクリートの外壁は、余波でひび割れ、徐々に炭になりつつある。

 

 拡張情報に追加された熱量ゲージが、とてつもない速度で削れていくのが見える。いつからあった、このゲージ。

 

『排熱完了。蓄熱を再開』

 

 5秒間ほど、強烈な反動を抑えながら射出を続け、ようやく全ての排熱を出し切る。

 そうして、また一から、リアクターが排出した熱の蓄積を開始した。

 

 シンと静まりかえる二人。先までの轟音が嘘のようで、つまりそれは、戦いの終わりを意味していた。

 

「これで──」

「終わりな訳、ないよね」

「がっ」

「ロック!」

 

 殺せたか、言葉は続かなかった。

 土手っ腹に向けて、丸太を横薙ぎに振るわれたかのような衝撃。アンカーで固定していたにも関わらず、コンクリートの地面ごと吹き飛ばされ、何度もバウンドしながら、地面を転がる。

 

 戦いは終わっていない。敵は死んでなどいない。

 

「全く。いくら護衛といえど無関係な一般人を使用者にするなんて、思い切ったね、裏切り者ちゃん?」

「っ、裏切り者は貴方達でしょう!?」

 

 本日何度目かの、義体であることへの感謝が溢れる。これほどの衝撃を受けても、脳が多少揺らされる程度で済んでいるのだから。

 顔を上げれば、右半身部分が溶けかけた甲冑に身を包んだ大男。声と喋り方、そして状況からしてあれが〝加賀〟とやらだろう。

 

 炉心が、鼓動する。冷却システムが停止した。

 

「いいや、裏切り者は君──いや、君たちさ。国の為にその身を捧げる、それが僕らの生まれた意味だというのに」

「一緒に、しないで」

「……。まぁ、いいさ。さてと、死んではいないだろう、護衛君?」

「……」

 

コツと、加賀は向きを変え、這いつくばる俺を見下ろす。

 

「君も馬鹿だなぁ。君みたいな全義体なら、脳系統さえ生き残っていれば、ボディなんていくらでも修復できただろう。〝そう〟なってしまえば、君は殺される以外に道はないのに」

「……ケッ、馬鹿はテメェだろ。狙撃手がノコノコと出てきやがって」

 

 ピンチではあるが、これはチャンスでもある。ここで、この大将首を取っておけば、少なくとも今だけは安泰だ。

 

 炉心が、鼓動する。放熱システムが停止した。

 

「驚いた、君、僕に勝つつもりでいたの?」

「……あァ?」

「確かに、君の砲撃は効いたよ、認める。直撃すれば、僕は消し炭だっただろう。狙いは正確だったし、僕の予測していなかった攻撃だ、正直、君のことを舐めていた」

 

 講釈でも垂れているつもりなのか、腕を組み、小さく頷く大男。

 

「そして、こうも考えられる。不意をついた、最大威力の攻撃は不発に終わった。君は僕を殺せなかった。最大のチャンスを逃したのだ、と」

 

 そして、大男──加賀は、無事な左腕側部からブレードを展開し、ゆったりと近づいてくる。油断しているように見えて、その実、俺が身じろぎの一つでもすればいつでも首を落とせるよう準備をしている。そういう動きだった。

 

「君は失敗した、だから、その報いを受けないとね」

「グ……ッ」

 

 半壊した右腕で、俺の頭を鷲掴みにし持ち上げる。ぎりぎりと、万力でもついているんじゃないかと思うくらいの音。ヘッドパーツが軋みを上げる。

 

『警告、警告。これ以上の圧力、高温は脳系統が甚大な損害を受けます』

「首を落とそう。必要なのは、その腕、輪……なんで首についているんだい?」

「知るかよ……」

「まぁ、いいか。それを貰うだけだ、それで僕の仕事は終わり」

「……」

「手を出してはならない者に手を出した、君の過失だよ」

「……ぐ、ぉ」

 

 ブレードの鋒が、ぎらりと狙いを定める。

 

「一応、遺言を聞いておこうかな」

「は……」

「僕、お化けとか好きじゃないからさ。あんまり、未練とかそう言うの残してほしくないんだよね」

 

 加賀は、ふるふると頭を横に振りながら、ちゃけたようにそう言葉にする。

 

「……ハッハッ、デケェ図体、しといて、案外、ビビリだなァ」

「そう。僕はビビリなんだ、だからここで君をちゃんと殺しておくよ」

「そりゃ、どうも」

「それじゃあ、さようならだ。護衛君」

「……待てよ、そういや、聞きてェ事があった」

「そうかい? 早くしてくれるとありがたいんだけど」

「そう長くはねえよ、どうせ死ぬんだ、お喋りくらいさせろ」

 

 もう少し、もう少しだ。

 

「てめェらは、神具を、集めてんだろ、なんでこんなもん集める」

「危険だからさ。危険な思想を持った人間がそれを持ち去り、何か良からぬことに使えば、簡単に大勢が死ぬ」

 

 ちらり。加賀は、項垂れ、震える少女を一瞥する。

 

「君のような、多少〝できる〟人間が持つだけで、あれほどの被害を齎せる。危険で無いわけがない」

「……頷くしか、ねぇな」

「彼女に、一体何を言われたかは知らないけど、僕としては神具なんてものは、この世界にはもう必要の無いものであると、そう認識しているんだ」

 

 炉心が、鼓動する。熱伝導効率の極めて低い外部装甲が、ゆっくりと赤みを増していく。

 

「だから、それを誰も扱えないように、政府で集めて、安置しよう。というわけさ、わかったかい?」

「あァ、理解した、そんで──」

 

 炉心が、鼓動する。今度は、仕留めきる。

 

「やっぱお前ら、それ以外んコトに使おうと、してるよなァ!」

『リアクター露出、胸部熱源収束排熱砲、チャージシークエンスをスキップ、即時放射』

「っ──!?」

 

 ボディパーツの中央、炉心の内より、光が放たれた。

 五分にも満たない極短時間の蓄熱であっても、それは人骨ですら易々と焼き切る熱量を有していた。

 加賀の鎧から、激しい火花が散る。収束の甘い、ただエネルギーを放つだけの、〝砲〟とすら言えない代物だったが、その光は確かに、その障害を焼き切らんとする。

 

「カレン! 隠れてろ!」

「貴様──ッ」

「テメェはやっぱり、仕事の邪魔だってことが解った──!」

 

 ちらりと視界の端で少女が廃ビルの柱に隠れたことを確認。

 鳴り響くビープ音、視界を赤く染める警告表示。

 距離を取ろうと拘束を解いた加賀を、逆に掴む。マニピュレーターが、軋みを上げる。さんざ、熱を加えられ、排熱砲の衝撃に耐えていたのだ、限界が近いのだろう。もはや、傷のないところなどない。現に、拡張情報には、新しく義体の機能低下や、損害状況が逐一報されていた。

 

 けれど、リアクターからの放射だけは止めなかった。ここを逃せば、もう勝てなくなると理解していたから。

 

「お、おおおお!!」

「離せ! こ、の……!」

「神具をここに持って来なかった、お前の負けだッ!」

「舐、めるなァっ!」

 

 加賀も、ただ炎に曝され続けたわけではない。何度も、何度もロックのボディを殴りつけ、時に拘束を続ける腕を引きちぎろうとした。

 しかし、どこにそんな強度があるのか、彼の義体はヒビが入りこそすれ、決して破壊はされなかった。

 神具を持ち出されていれば、否、まだ光の渦による砲撃が続いていれば、もっと自分達は追い詰められていたかもしれない。

 半分ほど機能の止まった脳が、そんなことをぼんやりと考える。

 そして、ついに加賀の膝が崩れ落ちる。

 

「焼き、切れろ……ッ!」

「があああああっ!」

 

 放射は止まらない、炎は、その熱を絶やさない。けれど、器はその限りではなかった。

 バン。それまでずっと、彼の体を支え続けたリアクター、その一部が爆ぜる。

 鳴り止まない警告音が、また一つ増える。

 

「根比べと行こうぜ、役人様よォ!」

「傭兵、如きが──!」

 

 システムの停止音が、幾つも鳴り響く。火器管制、駆動系の安定システム、疑似神経システム、どれもこれも、〝今〟は必要のないものだ。

 無駄を削ぎ落とす、それらを無視してでも、ある一つのシステムの動作だけは止めたくなかったからだ。

 

「上出来だぜ、アイ!」

「何を……ッ!?」

 

 そして、それは訪れた。己の相棒たるサポートAIは、それをやりきった。

 

 それまでは、ただ放射されていた排熱砲が、収束していく。

 金切り音にも近い、エネルギーが高密度に変化していく音が、もはやほとんど機能のしていない聴覚システムに届く。

 

「消し飛べよ、加賀ァ!」

「ぐ、がぁぁぁぁあっっっ!!!」

 

 何度目かもわからないロックの咆哮と共に、一際眩い光が放たれる。

 表面温度数千度、太陽を直接浴びせかけるような、そんな砲撃がロック自身がしていた拘束すら強引に突破し、加賀の身体を吹き飛ばす。

 

 熱量と威力とは、必ずしも比例するものではないが、広がらんとするエネルギーを強引に一つの形に押しとどめ、直接叩きつけるようなそれは、間違いなく数百キロはあったであろう加賀の大鎧ごと彼を弾き飛ばし、遥か彼方へと追いやる。

 

「──ハッ! ざまぁ見晒せやァ!」

 

 当然、大鎧を弾き飛ばす程の威力だ。ロックの義体も、ただでは済まなかった。システムはほぼ機能停止、駆動系統もボロボロで、これ以上の戦闘行為は本当に取り返しのつかない結果を招くだろう。

 しかし、外装部分は不自然なまでに損傷が少なかった。超高温と急速な冷却を何度も繰り返し、一度は義体が宙を舞うほどの一撃を見舞われた。にも関わらず、その外部装甲は多少のヒビ割れ程度に損傷が抑えられているのだ。

 

「……こんな頑丈だったか?」

 

 しげしげと、無理をさせた義腕を眺める。多少の変形こそすれ、その機能はまだ依然として保たれている。それほど良い躯体ではなかったはずだ。それこそ、この超高熱に耐えられるほどのものでは。

 

「言ったでしょ、特殊〝強化外装〟だって」

「……顔真っ黒だな」

「貴方のせいでね……」

「お前のせいでもある」

「……そうね」

「責めちゃいねえよ、文句はあるけどな」

 

 煤だらけ、炭だらけの護衛対象の顔を見ながら、ボロボロの床に大の字に倒れ込む。

 アラートは鳴り止まないが、少しだけ休みたい。頭がどうにかなりそうだ。安物のCPU、安物の躯体には、この戦闘は堪えるのだ。

 

「えっ、ちょっと!」

「あぁ……いや、疲れたなと」

「……そう……」

 

 ほっと、少女は胸を撫で下ろし、直後に目を見開き、少し早足で近寄ってくる。

 

「……休むのは、後でも平気かしら?」

「……もう行けってか? 人使い荒すぎねえか」

「私だって色々ありすぎて今すぐにでも休みたいところだけど……次の追手が来る前に、目的地に着かないと」

「……ぐう」

「はやく」

 

 ……頭がどうにかなりそうだ。

 

「わぁかったよ! 仕事だもんなァ。ン……仕事……?」

「今、貴方のサポートAIに座標を……って、どうしたの?」

「……ノリと勢いとは言えよ、俺は特別警察ってやつに手を出したんだよな」

「そうね、ガッツリと」

「俺もお尋ね者?」

「そうね、間違いなく」

「仲間だと思われてる?」

「確実にね。だって貴方、事実としてそうでしょう?」

「……」

 

 首を、生身であれば喉仏のある部分、そこにしっかりと嵌められた神具をさする。

 完全に首と一体化しているようで、外し方が全くわからない。

 

「ロック、貴方は神具の使用者になった」

「……強制的にな」

「関係ないわ。判断基準は、使ったかどうかでしかない」

「……」

 

 お前が無断でくっ付けたんだろうがと文句を言おうとして、まぁ、自分もノリノリで使ってたから同意のもとみたいなものだなと考え直す。

 

「これから、犯罪者になった貴方に二つ選択肢をあげる」

 

 ニコリと、少女は笑っているのだか威嚇しているのだかわからない笑顔で指を二つ立てる。

 

「……てめぇ」

 

 いい性格をしてやがる。

 

「貴方にとってもいい話よ?」

「カレン、お前こうなる事も想定して、全身義体の俺を雇ったな?」

「……NOとは言えないわ。私にとっても、最悪の場合だったもの」

 

 その言葉は本当のようで、彼女はそっと、俺の首、そこに嵌められた神具に触れる。

 

「使わなくていいのなら、使いたくない。けれど、そうなってしまった」

「……」

「じゃあ、さっきの話の続き。一つ、これからも私と一緒に行動し、私の目的のための手足となる。一つ、私を送り届けた後、その神具を外し元の生活に戻る」

「選ぶ余地があるようで、全く無えじゃねえかよ」

「当たり前じゃない、そもそも加賀に手を出して、あまつさえ撃退しちゃった。パーフェクトエネミーなのよ、今の貴方は」

「ぐ……他に生き残る手段がなかったんだから、仕方ねぇだろ!」

「私を売るなりなんなり出来たじゃない」

「ンな事するかよ、傭兵五箇条に反する」

「何それ」

 

 呆れたように笑う少女の手を取り、立ち上がる。別にこれは冗談なんかではない、ちゃんとあるのだ、傭兵五箇条は。

 

「──仕方がねえから、手を貸してやる。傭兵も引退だ」

「そうね、これからは専属ということでお願いするわ」

「調子に……いや、あながち間違いでもねえのか」

「それじゃあ、ロック、これから宜しくね」

「……あぁ、宜しく、カレン」

 

 握手を交わす。どうやら俺は、どこまでいっても誰かにこき使われる定めらしい。

 ただまぁ、今までのクソ共よりはずっと、マシな上司な気がした。

 

「あ、勝手に神具使っちゃった責任は取らないとだから……お説教に付き合ってね?」

 

 前言撤回、やっぱりクソ上司かもしれない。

 

 何度目かもわからない、無意味なため息をついて少女を背負う。休眠状態に入っていたサポートAIを叩き起こし、ナビゲーションを開始させる。

 

 これからの道のりは随分と、長くなりそうだ。

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