なんでもない短編集   作:メーア

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ダンジョンに潜る、女の子を拾う、世界を救う

 人は繁栄を求める生き物だ。死ねばそんなものは無駄になるのに、命をかけてそれを得ようとする。黄金、名誉、夢、目標、他にもさまざま。

 

 そして、それらがたった一つの行為、すなわち、〝冒険〟で得られる場所がある。

 それこそが魔窟──ダンジョンと呼ばれる、前人未踏の闇の城。

 

 そして、そんな、夢と絶望の詰まった場所で僕は──。

 

「どうか、私にお恵みをください。具体的にはやわらかくてジューシーなお肉を」

「まず君は誰なんだよーっ!」

 

 不審者に追いかけられていた。

 

 ***

 

 魔窟、迷宮、宝物庫。人によって呼び方はさまざまなこの場所は、遥か昔、〝創世神〟が人類に与えた試練だという。

 

 曰く、タダであげるのはなんか癪だから迷路と化け物達を試練としてくっつけた。

 曰く、奥底には怪物の親玉がいて、それを倒したものがダンジョンの全てを手に入れる。

 曰く、放置すればいずれ世界を滅ぼす。

 

 曰く、曰く、曰く。

 

 僕が生まれるずっと前から存在した巨大な地下迷宮であるが故に、さまざまな伝承や伝説、神話がごちゃ混ぜになっている。

 

 どれが真実で、どれが嘘かの判断など学のない自分にはわからないけれど、このダンジョンには試練と、それ相応の恩恵がある、ということだ。

 

 内部には地上にもいるような獣から、人智を超越した化け物まで、幅広くユニークな害意と悪意がびっしり。迷宮だから、当然トラップもある、こっちも殺意が満点。

 そんなクソッタレな試練を乗り越えたら、ようやくお宝にありつける。

 

 僕は、この迷宮に、人生の全てを賭けていると言ってもいい。

 

 一歩間違えれば魔獣の餌、そうでなくてもトラップの餌食になるかもしれない、しかし、僕の人生を一転させるには、ここしかない。

 

 何故ならば、僕には借金があるからだ。

 

 僕のものではない、しかし、僕に降りかかる借金がある。

 

 それは、今は亡き父親が遺した、唯一のもの。

 僕があの人の子供であると証明するたった一つの証拠。

 クソッタレな証拠だ、本当に。

 父が死んで流れていた涙が一瞬で引っ込む程度には、忌むべきもの。

 

 しかし、借金は借金。

 借りた金は、いつか返さなければならない。

 

 迷宮であれば、それが叶う。

 

 とても、普通に働いても返しきれない借金も、返し切れる。

 

 そんな、夢も希望もない理由で、僕は迷宮へと潜る、探求者になった。

 しかし、金を稼ぐと言うのは、とても大変なことだった。

 

 人一人を簡単に食い殺せてしまう獣を相手に、たった一人で立ち向かい、そして傷を負うことなく帰らなければならない。

 治療費は高い、仲間を雇う金もない、何より、僕と一緒に冒険してくれる人など、何処にもいない。

 

 だから、今日も今日とて、僕は一人で冒険に出た。

 通り慣れたルートを行き、慣れてしまったが、気を抜くことはできない戦いを終え、そしてその死体から必要な部分を切り取る。

 

 血の匂いは獣を誘き寄せ、それは命取りになるからと、水場で体を洗っていた時のことだ。

 

 どぼんと、大きな音が鳴る。

 周辺の警戒は怠っていなかった筈なのに、唐突に。

 

 咄嗟に、脇に置いていた剣を取った。

 何があっても、相手ができるように。

 

 ざぶりと、何かが動く。

 

 どくりと、心臓が跳ねる。

 

 ざぶざぶと、何かが近づいてくる。

 

 そして、その姿を見て、剣を取り落とした。

 

 ──それは、女の子だった。

 

 長い金髪を水面に垂らし、陶磁器のような白い肢体をあられもなく晒した、全裸の少女。

 

 言葉を失った。

 

 それは、少女の姿に、ではない。

 

 こんな、貴族のような少女が、このようなところにいることに、だ。

 

 ぴくりと、少女がこちらを向く。剣を水場に落とした音で、気づいたようだ。

 

「っ、君、こんなところで何を?」

「──」

 

 少女は、ぼうと、こちらを見つめて、口を開いた。

 

「お腹が、空きました。お肉でいいです」

 

 その言葉に、理解した。

 関わるべきではなかったと。

 

 

 

 そうして、冒頭に戻るわけだ。

 

「なんで追いかけてくるのさ!」

「人間を知るためです」

「何言ってんの!?」

 

 どたばたと、迷宮を駆ける。

 背後には全裸の少女、僕はずぶ濡れ。普通、逆じゃないだろうか。

 

「お話ししましょう、お名前を教えてください」

「全力で走りながら、よくそんなこと言えるよね!!!!!」

 

 濡れた装備が重い、水を吸って、走るたびにバシャバシャと水分が弾ける。

 見慣れた道を、普段ならばしないような全力疾走で駆け抜けた。

 

 が、しかし。

 少女は、足が早かった。

 その華奢な見た目とは裏腹に、豪快な走り方で、ぐんぐんとスピードを上げる。

 対する僕は、そんなに足が速くなかった。

 その上、水分を含んだ布は、重たく、冷めた体温が体力を奪う。

 

 だから。

 

「うごっっ!?」

「捕まえました」

 

 背後からのタックルを避けられるはずもなく。

 

「さあ、お肉をいただきます。人間は、〝味付け〟をすると聞きましたよ、楽しみですね」

「た、食べないで」

「……?」

 

 ぎゅうと、万力のような力で抱きしめられながら、呻く。

 普段なら、背中に当たる柔らかい感触にドギマギしていただろう。

 しかし、今は違う。

 あまりにも強い少女の力に、体の中身が出そうな気分なのだ。

 

「あなたを食べる事はありません。私が欲しいのは、美味しいお肉ですから」

「……僕は不味そうだって?」

「はい」

「……なんか、ショックだ」

 

 観念した僕を、もう逃げないと思ったのか、少女は腕を離す。

 事実、もう逃げる気力はなかった。どうせまた捕まるし。

 

 どたりと、大の字に寝転ぶ。疲労困憊だ。

 

「……それで、お肉?」

「はい、脂が乗っていて、口に入れただけでとろけるような、そんなお肉がいいです。食べた事ないので」

「どんな高級食材だよ、僕だって食べた事ないぞ、そんなの」

 

 ぼうと、彼女の顔を見る。端正な、ともすれば人形のような、そんな美しさと不気味さを感じる。

 もう、この子をただの不審者だとは思っていない。

 彼女は多分、人ではないのだから。

 

「君、なんなの?」

 

「私ですか。私は──私は、鍵です」

 

「はぁ? 鍵? なんの?」

「鍵です」

「……???」

 

 全く、わからない。わからないが、適当を言われているふうでもない。

 

「……えっと、よくわかんないな……。あ、ご要望のお肉だけど、いまはあいにく持っていな──」

 

 轟音、そして衝撃。

 響く振動、咄嗟に起き上がり、剣を構えた。

 

 迷宮には、獣がいる。

 それも、ただの獣ではない。

 迷宮に満ちた魔力によって変質、進化した、魔獣と呼ばれる存在が。

 

 迷宮は数多くの層に分かれた、階層構造になっている。

 浅い層には人間でも太刀打ちできる魔獣が、深い層には、とても人が敵うとは思えないような強大な魔獣が存在する。

 

「なっ……!」

 

 それは、この、第一層、つまり最も浅い層にはいないはずの魔獣だった。

 

 黒い体毛、丸々と肥えた胴を太い四足が支えている。何より目を引くのは、豚鼻とその口元から生えた鋭い二本の牙。

 

「──グラトニーボア!」

 

 本来、第5層から15層までに生息しているはずの、巨大な猪型の魔獣。

 あたり一体の動植物を食い尽くし、果てには共食いまで行う、貪欲で残忍な魔獣。

 通称、歩く環境破壊。馬鹿みたいな通り名だが、魔獣が迷宮の外に出てはならない理由の一つ。

 

「君っ、逃げ──」

 

 逃げるんだ、その言葉は、届かなかった。

 少女を振り返った瞬間、僕の横を、巨大な黒が通り過ぎる。

 ついで、どごんという鈍い音。

 

「──っあ」

 

 死んだ。殺された。

 そう直感する。

 

 そして、次は僕の番なのだという確信もある。

 

 のそりと、グラトニーボアが、こちらに向き直る。

 

 逃げられない。僕はさっきの突進速度を、自分が越えられるとは思えない。

 

「バフ、ボフ、ボッボッ」

 

 いまから食う哀れな獲物をわらっているのか、体の割には小さな口から、吐息が漏れた。

 

 舐められている。完全に格下だと。

 

「……ふざけんな」

 

 少しだけ、怒りが湧いた。

 別に、舐められたことに腹が立ったわけじゃない。

 ただ、こんな、食うことしか頭になさそうな奴に、殺されるのが嫌なだけ。

 

 そう、嫌なのだ。

 

 ただでさえ、借金を背負って、普通ならありえないソロでの冒険もして。いつか、普通の暮らしをすることを夢に見てきた。

 

 だというのに、こんなところで、死ぬ? 

 

 ふざけるな、だ。

 

 僕は──。

 

「僕は、ただ踏みつけられるだけの、弱者じゃない」

 

 剣を、構えた。決して、名剣でもないし、すごくいい素材を使っているわけでもない。

 けれど、この地獄を一緒に歩いてきた相棒を。

 

「来いよ、猪野郎っ! 今日の夜飯にしてやる!!!!!!!」

 

 そして、目の前の巨体へと進んだ──。

 

 その瞬間のことだ。

 

 目の前の巨体を、太い光が貫通し、風穴が開く。

 

「──へっ?」

 

 理解が、及ばなかった。

 

 それは、見たこともない、しかし、存在だけは知っているもの。

 

「魔法……」

 

 風穴の向こう、猪が〝彼女〟を吹き飛ばしたのであろう方向。

 そこに、影が見えた。

 

 長い金髪を、魔力の奔流にたなびかせ、その陶磁器のような肢体を、惜しげもなく晒す、神々しさすら覚える、少女の姿。

 

 もっと、よくわからなくなった。

 

「……何が」

 

 どずんと、猪の巨体がくずおれる。

 

 ついで、足元を1匹の生物から出たとは思えない量の血液が埋め尽くす。

 

「夜飯にしてやる、ですね」

 

 僕のセリフを、真似して。

 

 少女がゆったりと歩いてくる。

 既に魔力は霧散していて、その姿は先ほどまでの──グラトニーボアに轢かれる前のなんら変わりない。

 

「……君は、魔法が……」

「はい、使えます。そんなことより」

「そんなことって……えっと、なんだい」

「これは、食べられるんですか?」

「えっ、あー……うん、食べられるよ」

 

 まるで、何事もなかったかのように。少女は猪を指さして、涎を垂らす。

 

「柔らかいですか」

「部位によるよ」

「美味しいですか」

「僕は食べたことないかな」

「味付けしますか」

「するよ、どんなのがいい」

「あなたにお任せします」

 

 脳が麻痺するのを感じる。

 

 彼女は、何事もなかったと思っているのだろうか、否、思っているのだろう。

 

 やはり、彼女は不審者なのかもしれない。

 突然、水場に落ちてくるし、自称は鍵だし、あの巨体に弾き飛ばされて無傷だし。

 

 ただ、まあ。

 

「生きてて、よかった」

「……?」

 

 突然の出会いだとしても、何故か追いかけられたとしても、どうしてか魔法を使えても。

 

 不思議と、この子が生きていてよかったと、そう思うのだ。

 

「君、名前は」

「ヴァ……プリシラ。そう呼ばれています」

「ヴァ……? ……僕はアルノート、探求者アルノート、ひとまず、ご飯をつくろうか」

 

 人は繁栄を求める生き物だ。

 死ねばそんなものは無駄になるのに、命をかけてそれを得ようとする。

 黄金、名誉、夢、目標、他にもさまざま。

 

 それを一気に叶えられる場所がある。

 夢と絶望の詰まった場所。

 

 僕はそこで、今日、女の子を拾った。

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