惑星封鎖機構、立つ。
ハンドラー・ウォルターによって齎されたコーラルの習性、それに基づく集積したコーラルのダウジング。
その為にベイラム、アーキバスの両企業グループは『中央氷原』へと集う。
先にコーラルを手にするのは自分達だ。そう信じて止まない愚かな企業達に、ついに惑星封鎖機構が動き出した。
レイヴンが参加した『ヒアルマー採掘場』における『観測データ奪取』作戦行動中にそれは起きた。
今まで企業達のルビコン3進出を妨害し続けていた惑星封鎖機構による、多数の強襲艦隊を用いた制圧作戦。
これにより企業が所持するコーラル観測地点、その内少なくない数がその被害に遭う。
アーキバスグループはまず、惑星封鎖機構の機動力を削ぐ方向に走る。
彼らの燃料補給拠点である『ヨルゲン燃料基地』を襲撃、これにより制圧艦隊の行動を遅らせる狙いだ。
この作戦はレイヴンの参加により無事成功、燃料タンク殲滅による追加報酬を得た上、更には特務機体『エクドロモイ』を撃破するという快挙を遂げる。
更にこの情報はアーキバスグループによって全ての企業、独立傭兵達に拡散された。
惑星封鎖機構を攻撃すれば金になる。そう認識させたのだ。
これにより惑星封鎖機構の制圧作戦は遅延を余儀なくされてしまう。
この機会に乗じてルビコン解放戦線は両社、及び惑星封鎖機構の共倒れを図る。
手始めに強化人間部隊であるヴェスパーの一人、V.Ⅶスウィンバーンの撃破任務を独立傭兵に依頼。
これにはレイヴンが参加するものの、スウィンバーンの嘆願によりレイヴンは作戦遂行を放棄。
更にはそれを監視する役割であった『六文銭』を失う。
結果的にアーキバスは損害を受けず、解放戦線の行動の選択肢は更に狭まる結果に終わる。
そしてベイラムグループは、これを機に惑星封鎖機構へ本格的な攻撃行動を取り始める。
まず行われたのが陽動作戦。各地で惑星封鎖機構の行動を阻害、集中した艦隊戦力の分散を図る狙いだ。
その最初の目標地点が『エンゲブレト鉱山』の『坑道破壊工作』作戦。
元はウォッチポイントであった鉱山なのだが、惑星封鎖機構はこれを修繕する計画を立てていた。そこを妨害する構えだ。
そしてこの作戦は、レッドガン部隊が主導で行われることとなる。
『鉱山へと遠足に来た気分はどうだ、G5!』
鉱山入口より内部へと、一機のACが侵攻を開始する。
既に戦闘モードへと移行しており、作戦遂行に不足はない状態だ。
だがモチベーションの面で言えば異なる。コックピットにミシガンの大声が響き、イグアスは眉根を寄せる。
「最悪だぜ。薄暗ぇ上にレーダー上には敵がうじゃうじゃいやがる。それにこの谷間だ、落ちれば死んじまうぜ」
『そうか!貴様にはお似合いだな!センシングデバイスは最奥部にある、精々足を取られんよう気張って臨め!』
本作戦はベイラム傘下企業大豊による依頼だ。
惑星封鎖機構との直接対峙する危険が伴う任務でもある為、本来は適当な独立傭兵に回される予定であったのをミシガンが「こちらに回せ」と無理やり承諾。
そしてこれがイグアスへと割り振られたのだ。イグアスからすれば唐突に負わなくていいリスクを背負わされたのだ。
というのも、惑星封鎖機構によって襲撃が相次ぐ中、ベイラムグループ所属のレッドガンもまた対応に追われているのだ。
占拠された観測拠点の奪取、各地で相次ぐベイラムグループの軍事拠点の防衛、他企業との共同作戦に向けた連携。
現状独立傭兵の手だけでも借りたいところなのだが、肝心の『レイヴン』は現在別な任務に出ており頼れない。
それを察知したミシガンが、イグアスにより多くの実戦経験を積ませるために本作戦を回したのである。
「敵を目視した。汎用兵器に……LC機体か」
『ッ!コード15!あれは、ベイラム所属ACだ!』
『襲撃だと……?何が目的だッ!』
「ごちゃごちゃとうるせぇなぁ……おらよッ!」
使い慣れたライフルとマシンガン、その弾丸が封鎖機構の機体に突き刺さる。
次々に機体が爆散、もの十数秒でその場の敵機を片付けるとイグアスはそのまま奥へと前進する。
「雑魚しかいねぇ、手早く終わらせてやるよ」
『無駄口が減らんようだなG5。軽口は少しは成果を出してからにしろ、この役立たずがッ!」
「相変わらずうるせぇな……」
イグアスからはうんざりといった声が漏れる。だが口答えまではしない。
本来であればこんな任務さっさと他に回せと言いたかったのだが、イグアスは現在ミシガンに強く出られない。
その理由が、背部に格納した武装。ハンドミサイルとレーザーブレードである。
『玩具をくれてやった分、働いて返せ』
新たな武装と共に告げられた言葉は、これからはより使い潰すから覚悟しておけという通牒であった。
テメェに頼んだわけでもねぇしテメェが金出したわけでもねぇだろうが。
そう言いたいところではあったが、ハンドミサイルの方はどうやらミシガンが顔を利かせてかなり安く融通させたらしいと聞いてしまったのだ。
部隊の財政を圧迫させる原因とならなかったのは僥倖であるが、同時にブレードの方は正規の手段で買わざるを得なかったとも聞く。
EN兵器は値が張る、パルスブレードもその例に漏れない。
それらの事情も相まって、イグアスは任務を駆け回る日々を送っているのだ。
当然、この任務はその一環でもある。
(あぁクソッ、耳鳴りが……さっさとケリつけて戻らねぇと……!)
何よりこの坑道に入ってからというもの、イグアスを苛む耳鳴りが響き続けている。
劈くような耳鳴りは奥へ進めば進む程少しずつ酷くなり、その不快感が即座に苛立ちへと繋がる。
それを精神力で抑えつけ、ひたすらに奥へと向かう。
『G5!現在坑道に向けて惑星封鎖機構の地上部隊が向かっているとの情報だ。想定より早いが関係ない、さっさと終わらせろ!』
「あぁ?元からそのつもりだ、一々言われなくてもな」
イグアスの侵入を受け、惑星封鎖機構は更なる増援を送りこもうとしている。
これはこれでいい傾向と言える。本来の目的である陽動作戦が成功しているのだから。
だがイグアスからすれば関係ない。この悲鳴のような耳鳴りから逃れるために、立ちはだかる敵全てを撃破して進み続ける。
「見つけたぜ、ありゃあシールドか?」
『内側からの攻撃には無力だ、速やかに侵入して目標を破壊しろ!』
「へいへい、ったく最後までうるせぇったらありゃしねぇ」
周辺の敵機を手早く片付け、安全を確保したうえで目標に向き直る。
センシングデバイス、ここはウォッチポイントとしても使用されたことからこの機器を用いて支脈の監視、もとい管理を行っていたのだろう。
シールドが張られているのは万が一の襲撃に備えての事だろうが、ACを相手どるには些か以上に頼りない。
バチバチと光るシールドを突き抜けデバイスへと接近、ブレードを振り翳せば何の抵抗も無く破壊できる。
『センサーを破壊したな?長居は無用だ、今すぐそこを脱出しろ!』
「まったくしけた任務だぜ、出がけに連中も潰して───」
早々に離脱、ついでに惑星封鎖機構の連中も始末する。
そう考えていたイグアスを、坑道全体を巻き込んだ揺れが襲う。
続けて坑道内に爆発音が響き渡り、大量のコーラルが周囲を紅く染め上げる。
その干渉により機体が少しずつ損耗、危機アラームを伴ってイグアスに警告を発し始める。
「なっ、なんだ?おい、何が起きてやがる!?ガッ、クッ、頭がいてぇ、耳鳴りが……ッ!!」
『G5、いったい何を……坑道全体に異常発生ッ!コーラルの逆流現象だッ。急ぎそこを離れろッ!!』
「言われなくても分かってんだよ……ッ!」
顔中から脂汗が止まらない。酷い耳鳴りと、コックピットに響き渡る警告が脳をガンガンと揺らす。
ミシガンの怒号すらも気に留められないほどの痛みと焦りがイグアスを突き動かす。
すぐさまブースターに点火、戻ってきた道を遡って坑道の外を目指す。
そこら中から噴き出すコーラルの奔流と同時に、金切り声のような幻聴がイグアスの神経を更にすり減らす。
「うるせぇ、うるせぇんだよテメェら……ッ!うぜぇんだよ……俺の頭の中で騒ぐんじゃねェ!!」
『G5!何を言っている!?応答しろ、G5───』
イグアスの中に僅かに残った思考が、本部との通信を切断することを選ぶ。
ただでさえ幻聴がやかましい、これ以上余計な思考を増やされればかえって脱出に支障が出る。
そう判断しての事だった。作戦本部も混乱していることだろうが、そんなことは知ったことではない。
『コード23、現着。だが、これは……!?何が起きている!?』
『コード15!目標ACを確認!こいつが何かやったのか……!?』
突入してきた惑星封鎖機構の隊員達もまた、混乱の最中にいる。
敵ACの撃破の為に修復中のウォッチポイントへと駆けつければ、そこは既に溢れ出したコーラルによる汚染環境。
それどころかそれに呑まれ命を落とす隊員が現れる始末。彼らは既に、現場判断の域を超えている状況下に置かれていた。
『コード31-C!システムの回答は!?』
『「続行」……この状況でどうやれと……!?』
遅れて到着した部隊長である女は、あまりの状況に処理が出来なくなっていた。
坑道内部の空間をブーストで抜けていく合間にも、次々に封鎖機構の隊員達が奈落の底へと引きずり込まれていく。
彼らはその場から動けない。敵ACを撃破しろという命令はまだ生きている。
しかしそれが満足にできない状況にあるのも事実。このままでは部下諸共全滅するだけである。
(敵ACは向かってくる。だが我々を相手にはしないだろう。否、この状況下ではACを撃破できたとしても死ぬ……!!)
イグアスは、オープン回線を開いてモンターへと怒号を叩きつけた。
「馬鹿野郎共ッ!とっととここを離れろッ!!コーラルに呑まれて死にてぇのかッ!?」
『なんだと……貴様がそれを言うのかっ、企業の犬がっ!』
「さっきからうぜぇんだよ、ウジウジと!だったらここで無様に犬死しやがれってんだッ!!」
未だ深部にいる『ヘッドブリンガー』がアサルトブーストを機動、イグアスは全速力で離脱を図る。
その通信に呼応するように、周囲の部下が機体ごとこちらに振り向く。
『たっ、隊長……このままでは……っ!』
目標ACが離脱する。皆死んでしまう。
隊員の悲痛な、声に出せない悲鳴が通信越しに聞こえるようだった。
『……コード3、システムへの通信を中断。総員、坑道外部へと退避せよ』
『し、しかしそれでは目標のACが!』
『ならば外部で迎え撃てばいい!……責任は私が取る。全力で退避だ、これ以上コーラルに近づくなっ!!』
その命令が飛んだ瞬間、その場にいた全ての機体が坑道の外へと飛び出していく。
まるでその命令を待っていたかのように一心不乱に、脇目も振らず一斉に外へ向かっていく。
『最低限の武装だけ持て!コーラルの前では装甲など役に立たん!機動力を確保しろ!』
『ブースターが……!この機体はもうダメだ、早く行け!』
『諦めるな!こちらで引っ張っていく!手を貸せ、まだシステムの指令は生きている!』
機体が損傷し動けなくなっていく機体もいる中、二十機以上いた内ほんの数機だけが外へと駆け出していく。
生き残った機体が坑道の外に飛び出したのと同時に、行動の奥から一際強烈な爆音が鳴り響く。
コーラル同士が干渉し、巨大な爆発となった音だ。その音が響いたタイミングでイグアスの機体もまた飛び出す。
「ハッ、ハァッ……クソッ、やってられるかよ、こんな任務……ッ!」
既に惑星封鎖機構の機体など目に映してすらいないのか、そのまま飛び去ってしまった。
それを武器を構えることなく、隊員達は黙って見過ごしていた。
『見逃された、のか?……隊長、我々はこれからどうなるのでしょうか』
『分からない。我々はただ、システムの判断を仰ぐだけだ』
『ですが隊長の判断は間違っていなかった、そう思います』
『……今回の情報を生きて持ち帰れることは、きっと無意味ではない。そう信じよう』
そう言い残し、彼等もまた拠点へと帰還していった。
基地へと戻り、機体からAC格納庫へと降りたイグアスは、それはもう疲れ切っていた。
「戻ったかイグアス。機体ごとコーラル塗れとは、散々な目に会っちまったなぁ?」
「うるせぇぞヴォルタ……俺ぁもう休むぜ……」
「お、おう。また後でな」
新装備を手にして任務に励もうと思えば、最深部まで来て坑道は崩落。
多量のコーラルを浴びせられたことで機体のフレームは摩耗してしまった。
幸い武器の方は無事だが、フレームの修理には時間がかかる。
今は鳴りを潜めたが、耳鳴りは坑道から離れるまで常に響き続け、帰還途中の報告もままならない程であった。
機体も、肉体も、精神も負荷が重く、イグアスの身体はボロボロだ。
もはや食事を取り寝る以外の選択肢を取る気は無い。報告書も後だ、ミシガンの小言は後で聞けばいい。
今はとにかく休みたい。イグアスの頭の中はそれで埋まっていた。
しかしそんなイグアスの目に一機のヘリが留まった。
「……ん?おいオオサワ。まさか野良犬と飼い主が来てんのか?」
「イグアスさん!おかえりなさい!えぇと、はい。なんでもこれから企業同士で手を組むために、各地で顔の利くレイヴンとウォルターさんが各地を回ってるみたいでして、その一環だそうです」
「さっさと手ぇ組んで封鎖機構をぶっ潰しちまおうって話か。しかしようやくかよ、遅ぇな」
「そこは、政治もあるのかと。聞いてる限りだと、ベイラムの提示した条件は、どうも割に合ってないような気も……あっ、しっ、失礼しましたっ!」
「聞かなかったことにしてやるよ。その代わり後で酒でも回せ、な?」
「そんなぁ……!」
ミシガンに聞かれたら拳骨では済まないであろう会話だ。しかし今この場には整備班と一部のパイロットしかおらず、聞き届けている人間はいないようだ。
こりゃ儲けもんだと笑うイグアスであったが、先のヘリが視界に入るとやはり、なんとも言えない気持ちになる。
その気持ちを解消する方法は知ってる。不本意である、だがそうしないわけにはいかない。
自然とイグアスの足は自室ではなく、医務室へと向かっていた。
「邪魔すんぞ野良犬」
「……」
やはりそこには静かに佇む、よく見慣れた白髪の女がいた。
ハンドラー・ウォルターがミシガンの元にいるなら、621はここにいる。
十数回の遭遇と接触を踏まえて、イグアスはそれをよく学んでいた。
同時に、イグアスの入室を知っていたかのように、扉を開けたタイミングで既に視線を向けていたことに若干の気まずさを覚えてしまう。
「そんな目で見んな。今日は顔見に来ただけだ」
「……」
「お喋りしに来たわけじゃねぇ、ポジティブに捉えるんじゃねぇ」
「……」
「模擬戦は無しだ。任務直後で疲れてんだよ……くっつこうとするんじゃねぇ!」
驚くことにイグアスは621が視線を向けた時の意図を、少しずつ察し始めていた。
その精度はミシガン程高くないが、ことACに関わる要求はかなり正確に理解している。
人を慮ることをまるでしてこなかったイグアスが、少しずつ他人の意図を汲もうとしているのだ。
普段なら621へと嚙みついては吠え、どちらが犬か分かったものではなかったのが、今では随分落ち着いた様子を見せている。
「……一応礼は言っといてやるよ。じゃあな、俺は寝る」
「……」
慣れない礼と最低限の挨拶を済ませ、さっさと部屋に引っ込もうとしたその時。
621と交信しているエアは、一言だけ呟いた。
「G5イグアス。彼は……ひょっとしてあまり素直じゃないのでしょうか」
医務室のドアに手をかけたイグアスの足が止まる。
「……おい、野良犬。ここには俺とテメェしかいねぇのは知ってんだ」
「今、誰が喋りやがった?」