「テメェミシガンッ!ふざけてんじゃねぇぞッ!!」
狭い作戦室でイグアスが怒鳴り声を上げる。
制されていなければ目の前の男の胸倉をつかみ、壁に叩きつけるくらいのことをやってのけただろう剣幕だ。
しかし目の前の巌のような男は怯むことはおろか、更に上回る怒声で叱り上げる。
「G5、貴様は何時から任務内容を決められる立場になった!?寝言は寝てからほざけッ!」
イグアスの怒りをものともせず、叩きつけるように言葉をかぶせて黙らせている男。
彼こそが『レッドガン』の総長。ベイラムの『歩く地獄』。
鬼の総長、G1『ミシガン』である。
「貴様には現在情報漏洩の疑いがかけられている。貴様が出撃することを知った奴らは今頃アリのように必死に準備をしているだろう。貴様の歓迎パーティを開こうとなッ!」
ルビコン解放戦線が誇る一大拠点、通称『壁』。
その守りはあまりに堅牢。壁上に取り付けられた多数の狙撃砲台、正面を守る二基のガトリング砲台。
正面を超えられたとしても、内部では狙撃MTが群を成して待ち構え、更には4脚型大型MTが内部への入口を守る。
そして万一踏破出来たとしても。最強にして無敗の兵器、『ジャガーノート』がいる。
これらすべての障害を越え、現地勢力の抵抗力を奪う。
それこそが『壁越え』。コーラルを求める企業達が挙って狙うルビコン解放戦線の一大拠点を撃滅する作戦だ。
イグアスもこれに参加予定だったのだが、彼は直前になって『壁越え』のアサインを取り消された。
先日の『多重ダム襲撃』作戦の折、独立傭兵相手に口を滑らせたのが原因だと言われている。
『俺達レッドガンは壁越えにアサインされている。この仕事は慣らしだ』
作戦行動中、それも敵陣のど真ん中で回線を開き作戦内容を話す。
それはあまりにも迂闊であると判断され、今回の『壁越え』から外されてしまったのだ。
このことにイグアスは憤りを隠せず、あろうことかミシガンに直接直談判に来ている。
レイヴンの手前大口をたたいた挙句負け、更には企業対現地勢力の最前線である『壁』への挑戦権を奪われる。
これに勝る屈辱などそうは無い。兵士としても、男としてもあまりに不甲斐なかった。
「あいつの機体じゃ『壁』の突破は無理なことくらい、テメェが一番分かってんだろうがッ!!」
だが彼の神経を熱くさせていたのはそれだけではない。
出撃するのが親友であるヴォルタ一人であるということだ。
ヴォルタの機体は重量級のタンク型だ。
高い火力、堅牢な装甲、そして鈍重な脚。
これらを活かして向かい来る、あるいは少しずつ近づいて敵を圧殺するのが重装甲タンク型の何よりの強みだ。
実際に立ち向かってきたACをヴォルタは、笑いながらものの数十秒で捻り潰したこともある。
だが『壁』はそうはいかない。
鈍重な脚を狙い撃ちにする狙撃、携行可能な火力を遥かに上回る固定砲台。
何よりも物量。一にも二にも物量。どれほど優秀なACであっても、こと物量という一点で比べれば解放戦線に軍配が上がる。
弾幕と圧力で戦うヴォルタはお世辞にも、技量に優れるとは言えない。必然、物量差の勝負になる。
どれ程重装備をしていても、人間は戦車の大群には勝てない。
結果は火を見るより明らかだ。
「これはベイラム社より直々に与えられた最重要作戦だ。貴様が決定できる事など一つとしてありはしない」
「なら無意味に死なせるって言いてぇのかッ!?」
「貴様らに与えられたナンバーは飾りか?分かっておらんようだな、壁越えはただの遠足では無い。それを理解してから出直せッ、これ以上レッドガン部隊のお荷物になりたくなければなッ!」
ミシガンは罵声と共にイグアスを強く指差し、怒鳴りつけ、作戦室から蹴り出す。
残念ながら身体能力において、ミシガンはイグアスを遥かに上回る。
抵抗したところで、無理やり押し入ったところで、今度は罰則の名の元気絶するまで殴られて、それで終わりになるだけだ。
「……クソッタレがァ……ッ!」
こうなってしまった以上、イグアスに取れる手段など無い。
負けを重ね、それを払拭する機会も奪われた。
挙句の果てに次の『壁越え』には、あの『レイヴン』が参加するという噂まである。
ハンドラー・ウォルターがどのような手品を使ったのか、イグアスには予想することすら出来ないが、それが益々神経を苛立たせた。
だがヴォルタは既に作戦へと、『壁』へと行ってしまった。
彼に出来ることは、何もなかった。
ただ一つを除いて。
「……クソが、これだけは使いたくなかったが……ッ!!」
友を失うくらいならただ一度、プライドも捨てよう。
イグアスは足早に通信室へと向かった。
イグアスが退室した作戦室の中、大きく鼻を鳴らしてミシガンは資料を見つめていた。
憤懣遣る方無いといった様子で、苛立っているのはミシガンもまた同様だ。
「まったく。俺が作戦を立てるならこんな馬鹿な作戦は立てんだろうが。そんなことも分からんのか」
イグアスは終始気づかなかったが、ミシガンは驚くほどに大人しかった。
口答えしたイグアスを上官に意見したと殴りつけなかったし、話し終えても営倉にぶち込んだりしていない。
そもそもの話、こんな直談判など本来許可すらしない。やかましいと一言くれてやり、口答え出来ないよう訓練を5倍に増やすだけだ。
この直談判という名の怒鳴り込みも、二人が友人同士であることを知っているからこそ聞き届けたのだ。
「ベイラムめ、功を焦ったか。全てこちらに任せておけばいいものを……相変わらず口ばかりは達者か」
本音で言えば、ミシガンはG4ヴォルタを作戦に出したくはなかった。
『壁越え』をやるならAC戦力が最低でももう一機必要。随伴にG5イグアス、可能ならG2ナイルを出すべきだ。
もっと言うならヴォルタはそもそも出撃させず、イグアスとナイルで組ませる。
『壁』との相性、というよりヴォルタの駆るAC『キャノンヘッド』では機動力の高い『ジャガーノート』を攻略できない。
どれほど善戦しても、最後の壁を越えられない。
これは正しく、隊員を死なせるだけのミッションであった。
しかしミシガンは狼狽えなかった。
先のイグアスの様子から、まだあきらめてはいないだろうことを気配で察している。
ならば手は二つ。無理やり出撃するか、外部に助けを求めるかだ。
前者は不可能だ。なにせイグアスの機体は修繕が終わっていない。
先日周りに散々怒鳴り散らした影響で、整備班の竣工が遅れているのだ。
加えてナイルは収容したルビコン解放戦線の捕虜、それを狙う作戦を聞きつけてその対処に向かってしまった。
この時点でまともに動かせるACの戦力は既に僅か3機。その中で最も作戦成功の可能性が高いのが、先に修繕を終えたヴォルタだった。
後者だが、こちらは単純に当てがない。
イグアスの人間付き合いはヴォルタと比較するとかなり壊滅的だ。
まだ人にものを教わろうとする神経がヴォルタにはある。イグアスにはない。
彼は怠けこそしないが己の力に傲り、研鑽や学習といったものを「他者からの施し」と捉えている節がある。
だから同世代型のレイヴンに大差をつけられているのだとミシガンは睨んでいた。
それでも頼れる可能性の候補を頭の中で絞り、イグアスが頼る最も可能性の高い所を当たる。
懐から通信用端末を取り出し、速やかに連絡を掛けた。
「俺だ、早速借りを返してもらうぞ」
───ルビコン解放戦線拠点『壁』。そこは地獄と化していた。
「MT部隊応答しろォッ!!」
G4ヴォルタの叫びがコックピット内に響く。
既に顔からは滝のように汗が吹き出し、視線はモニターと通信を左右しており、まるで余裕がない。
右腕部のグレネードから轟音と共に榴弾が放たれる。しかし周囲の建物が邪魔をして爆風が思うように当たらない。
左腕部の重ショットガンを振りかざすも、敵MTは巧みに建物を陰にして距離を取る。
周囲は敵だらけ、味方とも分断された。
それでもヴォルタは懸命に足掻いていた。
「こちら第七部隊ッ!壁上の砲台に狙われてっ、ダメだ、うわぁ────!」
「今から向かうッ、持ちこたえろッ!……おいどうした、応答しろッ!クソォッ!!」
部隊の全滅を認めてしまい、苛立ち紛れにコックピットの壁に拳を叩きつけるも状況は一切好転しない。
戦力は自分一人。一つ目の壁を越えて残弾は既に半分。APは3000を切っている。
対する敵は未だ数基の砲台とMTを十機程失っただけ。
壁前の4脚MTに至っては無傷。今や近づくことすらままならない。
レッドガンが誇る精鋭とその傘下部隊。投入できる総力を挙げて得た結果がこれだ。
(味方は全滅、増援は当てに出来ねェ。弾はあるが、脚が悪い。アサルトアーマーなんかこの状況じゃクソの役にも立ちゃしねェ)
建物の陰から出れば狙撃され、じっと待てばいずれ狙撃部隊が移動して自分を狙い撃ちにする。
苦し紛れの弾幕やミサイルも的確に躱され、落とされる。
退避しようにも既にここは巨大な壁の内側にある街区。出ようとすれば背中を撃たれるのは目に見えている。
飛び去るにもブースターがイカれつつある。更には脚部にも破損が見られる。クイックターンはおろか、後退すらまともにできるか怪しい。
敵にはまだ気付かれていないようだが時間の問題だろう。
自分の死がそう遠くない所にあることを自覚してしまったヴォルタの表情は、諦めと微かな安堵であった。
(……ここに来るのがイグアスじゃなくて、よかったのかもしれねェな)
思い返すのはあの日、レイヴンと初めて顔を合わせた時のこと。
あの時のイグアスは冷静じゃなかったが、後日あいつがACのコックピットから暗号通信を使っているのを、ヴォルタは見ていた。
もちろんそれを口外するほど野暮ではなかったが、ミシガンにナイル、それに通信を担当する奴らは気づいていたように思える。
閉じこもっていた時間を考えれば丸二日考え、普段に比べれば当たり障りない言葉を選んだのだろう。
ヴォルタも他人の事を言えないが、イグアスは初心だ。
女と触れ合った時間など皆無に等しく、それこそ私生活なんてものはなかった。
レッドガンと戦場にしか自分達の居場所は無かった。
AC乗りとして戦場に出始めた二人は、せめて心だけはを喪わないよう、互いに背中と心を預けて生きてきた。
そんなイグアスが同じAC乗りの女を意識している。あのイグアスがだ。
何かに思い悩んでは時折顔を赤くして物に当たる姿など、怒っているとき以外に見られなかった光景だ。
(G13……イグアスを頼んだぜ)
恐らくこの作戦、ベイラムグループは失敗と判断するだろう。
となれば、アーキバスグループはこの好機を見逃さない。戦力がほんの僅かでも損耗した今、投入できる戦力を費やして攻略にかかる
そしてそこには必ず、あの独立傭兵が来る。
次の『壁越え』は確実に成功する。
空を飛ぶ鴉が、壁を越えられない道理など無いのだから。
最後の余力を振り絞り、機体の電力を音声ログに回す。
涙と共に最期の言葉を紡ぐ。出来るだけ声を張り上げて、意地を張って、胸を張る。
「……イグアス。ミシガンの言うことは聞いとけ」
どれだけ自分達が愚かでも、あいつだけは。
ミシガンだけは俺達を見捨てなかった。
「あいつは本社のボケ共とは違う。クソ親父だが、俺達を切り捨てるようなことはしねぇ」
「この作戦を考えたゴミ野郎を殺してやりたいぜ……」
この作戦を考えたのはあいつじゃない。
だから早まった行動はするな。
「おめぇは上手くサボったな、俺も───うおァッ!!」
今際の際に憎まれ口を紡ごうとした瞬間、周囲から爆音が響き渡る。大量のミサイルと、更に狙撃がヴォルタの機体に襲い掛かる。
足を止めていた『キャノンヘッド』のレーダーにより、周辺一帯の敵性反応が遠くからこちらを狙っているのが確認できる。
ミサイルは4脚MTのものだ。つまり、数だけでなく難敵も近づいている。
運の悪いことに先の爆風で脚が完全に壊れた上、狙撃によって右腕ごと武装も持っていかれた。
(機体がもたねぇ……畜生、ここまでかよ……ッ)
万事休す。既にヴォルタの心の火は、消えていた。
『ミッション開始。まずは友軍アーキバスの露払い、続けてレッドガン部隊救出を行う』
『間に合った、とは言えんな。遅れてすまない』
「てっ……テメェはっ、レイヴン!なんでこんなところに!テメェらは……!」
俺達の作戦失敗を見届けてから来るはずじゃ。
そう言いかけたヴォルタの言葉を遮るように、ハンドラー・ウォルターの通信が届く。
『お前の
その言葉を聞いて、ヴォルタの目が見開かれる。
イグアスは、俺のことを諦めていなかった。
『友軍識別信号を送れ。話はそれからだ』
「……送ったぜ」
『街区の端か。聞こえていたな、621。G4、援軍まで凌いでくれ』
その言葉に、ヴォルタの心に火が宿る。
(グレネードも、ミサイルもまだ生きてる。敵にぶちまけるだけの火薬も、気概もまだ尽きちゃいない)
「……まだだ。俺はまだ戦える。……こんな場所でェ、朽ちてやるかよォッ!」
肩に背負うSONGBIRDが。そして左腕の
死に体のACから放たれるそれを予期できなかったか、その爆風によって何機かのMTが爆散する。
それと同時に止まっていた侵攻、そして狙撃のアラートが鳴り響く。
それを傾けた機体の壁面で受け流すような角度で弾く。正面から直接突き刺さるより、何倍もマシだ。
「こんなもん、ミシガンのシゴキに比べりゃ屁でもねぇってんだァッ!」
崩れかけた脚など気にもかけずクイックブーストを吹かす。
ギャリギャリと回らないキャタピラが地面で削れて赤熱していくが、知ったことではない。
今生きねば、死ぬ。生命がどうという話ではない。
もしこの先隠れて生き延びたとしても、AC乗りとしてはやっていけない。
部下を殺され、隠れ潜み、おめおめと逃げ帰ってきたではイグアスの隣に並べない。
それでは背中を預ける『戦友』足り得ない。
『砲台より先に友軍の援護に向かうのか?……好きにしろ、壁は逃げん。だが時間は意識しろ』
遠くの方から青白い光が見える。演習や作戦開始時に吹かすアサルトブーストの光だ。
だがその色は普段レッドガンで用いられるベイラム製ブースターの赤い炎ではない。
あれはアーキバス製ジェネレーターの特徴だ。恐らくENの回復速度、瞬発力を意識しているのだろう。
モニター越しにも遠目に見えるだけだが、その大部分はベイラムのカスタム仕様。
かなり実戦向けに仕上げられたACというのが見て取れる。
『アーキバス側にも大分無理を言っている。だからこそ、文句の一つも付けられないような戦果をくれてやれ、621』
固定砲台の弾幕を捌きながら城壁を飛び超え、やがて遠くに見えた鴉が目視可能な距離まで近づく。
白いフレームはやはり大半がベイラムのそれであった。しかし武装面で言えば、それは違った。
ベイラム製マシンガン、VCPL製レーザーブレード、同じくプラズマミサイル、ファーロン・ダイナミクスの垂直ミサイル。
機体構成から武装まであらゆる企業のパーツを寄せ集めたその姿は、あまりに独立傭兵として
『友軍ACを確認した。速やかに敵の排除に移れ』
そうして獲物を見つけた鴉が、飛び掛かる。
「は、早ぇ……!!」
レイヴンは狙撃を間一髪の所で、擦れ違うように避け続ける。
ジェネレーターの違いもあるのだろう、QBの使用に一切の躊躇いがない。
マシンガンとミサイルが距離のある敵を薙ぎ払い、敵MTが隠れればその隙間を飛び交い狙い撃つ。
地上を滑るように、空を滑空するように。マルチロックを駆使して敵を薙ぎ払う姿は、ヴォルタに空から襲い来る猛禽を連想させた。
『周辺の敵は片付いたな。砲台の撃破、及び4脚MTの排除に移れ』
『既にレッドガン部隊へと連絡は入れてある。G4、狙撃に注意しつつ救援を待て』
ヴォルタが目を奪われていたのはほんの数秒だったろう。
だがそんな極短時間にも関わらず、壁面の固定砲台を除く周辺MTを瞬く間に片づけてしまった。
そしてレイヴンはヴォルタの機体を一瞥だけし、ハンドラー・ウォルターの指示の元、そのまま中央へと移動していった。
「とんでもねぇ奴がいたもんだ。味方だってことに、今は感謝してるぜ」
狙撃砲台も手を出せない街区の建物の隙間から、ヴォルタは援軍が来るまでの間休むことを決めた。
「───先輩ッ、ヴォルタ先輩ッ!ご無事ですかッ!意識はありますかッ!?」
ヴォルタが気が付いた時には、既にそこは見知った場所であった。
ミシガンにブン殴られては何度も世話になった、レッドガン基地医務室。そのベッドの上。
先日二人がレイヴンと邂逅したのも、ここだった。
残念ながら今ここにいるのはむさくるしい男連中と、負傷兵一人だけだ。
「うるせぇぞレッド……怪我に響くだろうが」
「良かった……ッ本当に良かった……ッ!」
「俺はどうやら、まだ死んでねぇみてぇだな。……へへっ、儲けもんだぜ」
最後の通信の直後、緊張の糸が切れ、そして極度の疲労からすぐ意識を失ってしまったのだと察する。
ゆっくりと、手や足先に意識を巡らす。
痛みこそあるが、どうやら五体満足な上に指も全て残っている。
これなら復帰もすぐだろう。またクソみてぇなシゴキが待ってるのは辟易とするが、生きてるって感覚は悪くない。
そう思いヴォルタが周囲に視線を巡らせると、よく見慣れた男もまた、隣にいた。
「イグアス、ありがとよ」
「……おう」
ヴォルタが起きるのを待っていたのだろう、少しばかり眠そうな、目つきの悪い親友。
二人の再会に、多くの言葉は不要だった。