「遠路遥々お越しとは、精が出るな?ハンドラー・ウォルター」
「お互い様だろう、ミシガン」
互いに老齢に差し掛かろうというのに、凄まじい眼力のある睨み合いが続く。
方や現役軍人、泣く子も黙る『歩く地獄』。
方や昨今企業達を騒がせている独立傭兵、沈黙する鴉。その手綱の持ち主。
ミシガンの背後に控える兵士など、今にも気絶しそうなほどの迫力に顔面蒼白となっている。
しかしウォルターの隣に並んで車椅子に座るレイヴンはどこ吹く風、二人を見てすらいない。
そんなレイヴンに視線を切り替え、ミシガンはズンズンとその目の前まで足を運ぶ。
「補給物資をいくらか都合してきた。今回の補填に使ってくれ」
「遠慮なく使わせてもらおう。……貴様がG13か?直接会うのは初めてだな。俺の名前は知っているな?」
「……」
「そうだ。俺がG1ミシガンだ。改めて礼を言おう、G4救出作戦ご苦労だった!お前がレッドガン所属なら、勲章の一つでもくれてやるところだ!」
レイヴンは返事など一言もしていないのに、ミシガンは我が意を得たりと堂々と礼を言う。
これにウォルターは驚いた。虚ろな621に臆さず発言するとは予想していたが、まさか相手の配慮を汲み取り礼まで返すとは思わなかったからだ。
ハンドラー・ウォルターは人を見る目があると自負しているが、ミシガンは仕事柄相手の心の機微に敏い。
621は感情がほぼ平坦である。しかし全く、完全に皆無というわけではない。
発言をすればそれに対し思考し、行動を起こすべきか否か程度の判断は行える。
ミシガンは最初の名前を問う質問に対し反応を起こさなかった点から、自分のことを改めて長々と語る必要は無いと汲み取ったのだ。
「奴は現在医務室にいる、暇なら見舞いでもしていけ。今の時間、他の奴もいるかもしれんが気にするな」
「俺はミシガンと少し話がある。ここにいてもいいが……621。お前はどうする?」
「……」
621は小さく、本当に小さくだが頷いた。
ミシガンの提案を了承したのだ。これにもやはり、ウォルターは驚いた。
621が自発的に誰かに会おうとする。今までに見られない兆候に、ウォルターは驚きと喜びを僅かに隠し切れなかった。
「……そうか。モニターの使い方は分かるな?」
「……」
「携行サイズではあるが、それがあれば思考をそのまま文字として出力できる。電源を入れている間は常に出力されるから注意しろ」
「こちらから一人つけてやる、オールバニー!案内してやれ!」
「はい、総長」
「……」
レッドガンの数少ない女隊員、オールバニーが621の車椅子を押す役を受け、621の背後に回る。
その瞬間、ほんの僅かにだがハンドラー・ウォルターの気配が変わる。
目敏いミシガンと至近距離にいたオールバニーはそれに気づいただろう。
前者は呆れ交じりに溜息が、後者は僅かに冷や汗が出る。
「安心しろ、基地内でこいつに危害を加えようとするやつはおらん」
「何かあればあたしが必ず護りますんで。ヴォルタの借りもあるからね」
「……そうか。頼んだぞ」
そこまで前置きされてようやく、ウォルターから威圧的な気配が消える。
初老と言っていい年齢の筈なのに、ミシガンの圧力とはまた違った気配。
一手間違えれば次の瞬間、自分の首が落とされるかもしれない。そんな刃のような気配を感じさせる。
ひょっとしたらこの男は総長よりも恐ろしいのではないか?オールバニーがそう考えてしまう程だった。
「さ、総長達の邪魔しちゃ悪い。行こうか」
その言葉に首肯も否定もせず、621はされるがままに車椅子を押されて退室していく。
それを見届けたミシガンが、呆れ顔でウォルターに向き合う。
「子離れしろとは言わん。だがもう少し俺達を信用したらどうだ?」
「不快にさせたか、すまない。だが、分かってほしい。俺にとって621はただの傭兵ではない」
「構わん。挨拶も済んだ、さっさと話を進めるぞ。今回アーキバスに借りが出来た。上手く消化する為には───」
レッドガン基地医務室。
そこは現在、小さな盛り上がりを見せていた。
「おらよ、Aのスリーカードだ。悪ぃな、ハッタリじゃねぇんだ」
「マジかよ!さっきのはブラフか!」
そこは現在、暇なレッドガン隊員による賭けポーカーが行われていた。
現在の対戦カードはケネベックとイグアス、勝負はイグアスの勝利に終わる。
意外なことにこの手の勝負事にイグアスは強い。展開から相手の思考を読むまでが早く、そこから自分のペースに引きずりこむのが上手いのだ。
現在イグアスの懐には、少なくない数のレーションが収められている。そのほとんどが周りからせしめたものだ。
「だークソッ、お前引き強くねぇか!?イカサマしてんだろ!」
「仕込んじゃいねぇしすり替えもしてねぇよ。お前の顔に書いてあっからな、そんな必要ねぇんだ」
「ぐっ、くそぉっ!持っていきやがれ!」
余談だが、この手のゲームで最も強いのはG3
彼は賭け事にかなり造詣が深く、詐欺で培った相手の精神を揺さぶる方法を用いてかなりの勝率を誇る。
それらを駆使した手腕で、どんなギャンブルでも最終的な収支を必ず黒字にする凄腕でもある。
その秘訣は何かを隊員達に聞かれて「どんな勝負も、負けない方法というのはあるものです」と返した逸話がある程だ。
「そろそろ戻んねぇとだな……覚えとけよイグアス。次は勝つからな!」
「おう、また来いや。毟ってやっからよ」
んな訳あるかよ、とブツクサ言いながらケネベック、そして見学していた隊員達は速足で医務室を後にした。
残されたのはイグアス、そしてベッドで横になっているヴォルタの二名のみ。
イグアスも本来、先日独立傭兵に無断で依頼を出して戦況を混乱させた罰則をこなさなくてはならないのだが、やってられるかとサボっている始末だ。
「ちっとは加減してやれよイグアス。つーかそんなにあっても食えねぇだろ」
「……ちっとやりすぎたな。別にうまいもんでもねぇし、集める意味もねぇ」
「そのまま返すのも面子が許さねぇだろ。そこ置いとけ、誰か来たら持ってかせようぜ」
「だな」
本来医務室は人が集まるような場所ではない。しかし今は療養中のヴォルタがいる。
普段から少々不真面目な隊員の一人が「退屈そうなヴォルタも出来る遊びをしようぜ」と言い出した結果、ここが会場となっていたのだ。
しかし宴も酣、賭けポーカーで盛り上がっていた医務室も人がいなくなれば静けさを取り戻す。
シンと静まり返った医務室に、どこか空しそうなイグアスと、何とも言えない顔のヴォルタが取り残された。
「……ミシガンはなんか言ってたか?」
「役立たずが少しは見れる顔になった、だとよ。ったく、こっちは死にかけたってのにムカつくぜ」
「あいつがムカつくのは今に始まったことじゃねぇ。だからな、いつかあいつの顔に一発くれてやんのよ」
あるかも分からない、いつかの話を繰り返す。
「まだ諦めてなかったのかよ……俺ァ無理だ、とっとと食い扶持見つけてズラかりてェ」
「バカ野郎、やられっぱなしなんざそれこそ御免だ」
AC乗りなんてものをやっていると、明日の保証なんてどこにもない。
昨日まで明日を夢見て笑い合っていた仲間も、戦場では容易く死ぬ。
次の日にはスクラップになって返って来るなんてマシな方。
戦場で塵も残さず消え去れば綺麗な方。
置き去りにされて部隊に帰れず、そのまま餓死すれば機体が残る分有益な方。
死んで、意味が残れば上等。
それすら残せず死んでいくのが、彼らにとって一番辛い死に方だ。
だから残す。未来にやりたいこと、希望と未練を誰かに預けて生きる縁にする。
最後の最後、死にたくない、生きたいという希望から湧き出るものが、命を繋ぐこともあるからだ。
「……レイヴンか。あいつはすげぇな」
「あぁ?どこがだよ、あんな奴凄くもなんともねぇだろ」
「キレんなよ。……あんなに空を自由に飛ぶ奴ァ、初めて見た」
ヴォルタはあの時、戦場に舞う鴉を見た。そして理解した。
地に足を付け、正面から食らいつく自分には見えない世界がきっと、
それを自覚した時、ヴォルタの中の何かが外れて軽くなった気がした。
(俺には分かるぜ、イグアス。そう遠くない内に、俺の操縦技術はお前に追いつけなくなる)
(そうなった時、こいつの隣にいるべきなのは俺じゃない。
(あいつなら……俺の親友を、任せられる)
ヴォルタは己の力を、あの日『壁』で痛い程に理解した。
自分にはミシガンやナイルのように部下を率いる才がない。
五花海の計算高さには教えを乞うばかりだし、レッドのような実直さもない。
それがたまらなくどうしようもなく悔しく、同時に納得できるものでもあった。
対してイグアスはどうか?
自分よりもずっと戦いの才能がある。強くなりたいという欲がある。誰にも譲れない野望がある。
そして本人に聞けば必ず否定するだろうが、追いつきたい背中が二つもある。
ミシガン、そして621だ。
彼らを追い続ける限り、イグアスは必ず強くなる。
(それにしてもだ。知らねぇ間に随分いい思いさせてもらっちまったんだなァ、ミシガンには)
無い無い尽くしの自分を、ミシガンは見捨てずにここまで引き上げてくれた。
自分もイグアスも納得して選んだ道とは言えないが、それでも今やレッドガンのナンバー4とナンバー5だ。
天狗になっていたのは否めないが、それに見合うだけの力を身に着けたと思っている。
そんなヴォルタが、自分の『限界』はここだ、そう認識するまであまり時間はかからなかった。
「そういやァ、今日はアイツがここに来る日だろ。行かなくていいのか?」
「誰が行くかよめんどくせぇ。会いたくもねぇ奴にこっちから行くワケが───」
「ホラ、ここが医務室だよ。って知ってたかい」
「……」
「噂をすればって奴か。よォ、G13」
「あぁ?野良犬ゥ……!?」
真面目くさった顔で話し合っていた二人に来客が訪れる。
オールバニー、そしてそれに車椅子を押されてやってきたのは噂の621だ。
相変わらず服の下は全身包帯で覆われており、その肌をほとんど露出させていない。
目も表情も、そこから何かの意思を伝えることは無い。
以前と違う所があるとするなら、膝の上には小さなモニターが置かれており、そこに手が翳されていることだ。
「なんでテメェがここにいやがる!ハンドラー・ウォルターはどうした!?」
「総長からお許しが出てんだよ。ヴォルタの見舞いに行ってやれってさ」
今のイグアスにとって、621は非常に複雑な心境となる相手だった。
依頼を受けておきながら自分達を裏切り撃墜し、にも関わらず初対面の自分を強く抱きしめその豊満な胸に沈めた。
ダメ元で友を助ける為に自分が出せる僅かな報酬で依頼を出せばそれを了承し、敵対企業に無理な意見を通してまで先行する始末。
イグアスは、621との距離を測りかねていた。
「この間はお前のお陰で助かった。次も味方ンなるよう祈っとくぜ」
「ヴォルタぁ、あんたそんな情けないこと言ってどうするんだい!」
「今回ばっかりはオールバニーに賛成だなァ。そんなんでやっていけんのかァ?ヴォルタよぉ」
「うっせェ!味方は多けりゃ多い程得なんだよ!分かるだろうが!」
「うわ、五花海みたいなこと言いだしたよ。まぁ分からんこたないけどね」
ヴォルタを挟み、イグアスの向かい側に車椅子を止めて三人は話し始める。
レッドガンも3人寄れば姦しく、口が回る三人は時折こうして小さな言い合いを起こす。
それを見ていた621は、おもむろにモニターの電源を入れた。
「入ってきたときから気になってたが……そりゃなんだ?」
「これねぇ、この子の考えることがここに出るんだってさ」
「あァ?じゃあこの野良犬野郎が何考えてるのか分かるってのか?面白れぇ、見てやろうじゃねぇか」
打って変わってノリノリなイグアスが621の左隣に回る。
この得体のしれない無表情女の思考を暴いてやろう、そういう魂胆がハッキリと見て取れるようだ。
二人分の呆れた視線を受けてもまるで気にせずモニターを覗き込み、そこに書いてある文字を読み取る。
「『礼』『不要』『依頼』……かなり断片的じゃねぇか。こんなもん会話とは呼べねぇな」
「その時その時で強く感じたことを出力してるんだろうね。ま、そんなもんでしょ」
「依頼を受けただけだから礼は要らねェってとこか。まぁそう言うなよ、お陰で俺ァまだまだ戦えるんだからよ」
「……あっ、そうだ。ねぇ、せっかくだから質問してもいいかい?安心しな、機密とかハンドラー・ウォルターのことは聞かないよ」
オールバニーの問いかけに、621が沈黙することで答える。
沈黙は肯定、先のようにそう判断して早速質問を始める。
「あんた、ACに乗り始めてどれくらい経つんだい?」
「……『不明』か。こんな状態だ、日時の感覚が曖昧なのかもしれねぇな」
「こう聞きゃいいんだよ。おい野良犬、テメェ今まで何機ACを堕としてきた?」
「バカッ!イグアス、もうちょっと躊躇いなッ」
イグアスの遠慮のない質問に対しても、621は目を揺らさない。
やがてモニターの上に『3』とだけ表示された。
「三機か。確かなら俺達の他にも撃墜したやつがいるなァ」
「ん……あぁ、ひょっとしたらウチに入る予定だったACとそのテスターのことかもね。聞いたことあるよ」
「あれ墜としたのテメェかよ。……別に責めやしねぇよ、独立傭兵なんざそういうもんだろ。どいつもこいつも依頼を選ぶ余裕なんかねぇ、みっともねぇ奴らだ」
「アンタ自分から聞いといて……このバカの言うことは聞かなくていいよ。そうだねぇ、あんた好きなものとかはあるかい?」
その質問に対し、621はしばしの間逡巡し……沈黙し続けていた。
ひょっとしてマズいことを聞いたか?そう考えオールバニーが質問を撤回し続けようとしたその時だった。
621がモニターを静かに、車椅子の幅広な手すりに置いた。
「あ?何見てんだ野良犬。さっさと答えやが……おあっ!?」
唐突に621が、隣に立つイグアスを俊敏な動きで無理やり背中を向けさせる。
座っている621の前に背中を向けたイグアスが立っている。そんな状態から621は───
「ぐッ!あっ!?オイテメェなにしやが、離せってッ!」
腰に腕を回し、全力で引き寄せる。
イグアスを自分の膝の上に無理やり乗せ、腰に腕を回してそのまま強く抱きしめた。
「あら、お熱いことだね」
「ど、こ、が!そう見えんだよクソアマァッ!見てねぇで助けやがれェ……ッ!」
イグアスの腰に手を回した621は万力の如き力でイグアスを抱き寄せ続けていた。
強く抱き締めることで、イグアスの背中で621の大きな胸がぐにゅりと潰れて広がる。
幼年期から青年期を戦場で過ごしてきた男が初めて知るその感覚。それはとてつもない破壊力でもってイグアスの脳を狂わせる。
621の胸はとても大きく、そして軟らかく。女を知らないイグアスを懲らしめるには十分すぎる火力を持っていた。
「バッ、おまっ、やめろ……ッ頼むからやめろ……ッ」
理性の鎖が軋む音を初めて聞いたイグアスは、自分でも気づかない程必死に621に懇願する。
だが拒否する言葉は受け入れられず、621はそのままの体勢で顔を横に向け、その頬を背中に預け目を瞑っている。
腰に回された手、そして背中に感じる3つの温かいそれに、イグアスはますます気が狂いそうになった。
「……俺達は何を見せられてんだ?」
脇から見ていた二人にはまるで忠実な犬が、飼い主の背中に寄りかかって安心して眠るように見えた。
ヴォルタからすればそれをしているのが自分達を撃墜した側と、撃墜された側であるというのに酷く納得がいかなかったが。
「知らないよ。……あら?」
イグアスが必死にもがいて抜け出そうとしている中、手すりに付けておいたモニターが光る。
モニターはたった2つという少ない単語で、明確に621の意思を示していた。
「存外、あんたを助けたのはイグアスのお願いだったからかもね」
「俺はついでかよ。納得しちまうじゃねぇか」
「よりによって、なんでこんな男なんだろうねぇ」
「……言ってやるなよ、オールバニー」
『イグアス』『好き』とだけ書かれたモニターは、二人を苦笑いさせるだけに終わった。