鴉がG5を好きになるだけの話   作:飛び回る蜂

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各々の葛藤

 

 

 

 ベリウス地方、北西部ベイエリア消失。

 その一報はベイラム、アーキバスの両社に大きな衝撃を与えた。

 

 

「これは……いったい何が起きたのでしょうかねぇ」

 

 

 レッドガン基地作戦会議室。集められたレッドガンの上位三名は全員深刻な顔つきで、口火を切ったのはG3五花海だ。

 衛星から観測された映像は悪質なコラージュ画像を疑わせるほどに現実味が無かった。

 

 

「埠頭一帯が円形に消失。当然そこにあった惑星封鎖機構の拠点とウォッチポイントは……」

 

「跡地すら残っていない。コーラル反応の逆流による大規模爆発と推測されている。原因は不明だがな」

 

「惑星封鎖機構が管理ミスをするとは思えませんねぇ。おそらく、何者かの襲撃にあったのでしょう」

 

「このやり口、企業じゃないな。うちもアーキバスも今手を出すとは思えんし、何より手際が良すぎる」

 

 

 ナイル、ミシガン、五花海の三人は顔を突き合わせ、今回の状況を整理している。

 この『ウォッチポイント襲撃』における背景を、現在与えられた状況から推測を立て始めているのだ。

 

 

「封鎖機構が管理するコーラルを奪う……いや、奪ったところでまた取り返されることくらい分かる筈だ。一体何のためにこんなことを?」

 

「それに、あそこはあくまで支脈の監視施設。仮に乗っ取れても一時の富を得るだけ。利益は出せても、後がありません」

 

「惑星封鎖機構を相手どり、それを誰にも気取らせん奴がいる。ナンバーに空きがあればうちに欲しいくらいだな」

 

 

 『ウォッチポイント』。それは地中に存在するコーラルの流れを観測するために建設された施設。

 流量制限、並びに支脈規模を監視する役割を持つ。

 湧出されたコーラルは一部の小規模な支脈は企業が隠し持つこともあるが、現在その多くは惑星封鎖機構によって管理されている。

 地元企業であるBAWS、ルビコンの土着勢力であるドーザーなんかはその例外に当たるだろう。

 

 

「逆に考えますか。コーラルそのものではなく、この爆発を起こすのが目的というのは?」

 

「惑星封鎖機構への報復か?それはあまりにリスクが大きかろうよ」

 

「……あるいは、狼煙かもしれんな」

 

 

 狼煙?二人がミシガンにそう聞くも、当の本人は静かに目を閉じ、思考している。

 ミシガンは何かを感じていた。

 この爆発は、今起きている混乱ではすまない程の何かを起こすと。

 

 

 

 

 

 その僅か数日後であった。

 ハンドラー・ウォルターが齎した情報。空気中に滞留するコーラルの特性から、アーレア海を越えた先が示される。

 企業達の『中央氷原』へのアプローチが始まったのは、あまりに当然の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 訓練を終え、番号持ちに与えられた自室に戻ったイグアスは一人、ベッドに寝転んで考え込んでいた。

 あの忌々しい621のことだ。

 

 

「クソ……なんで俺がこんなに調子を乱されなきゃならねぇ……」

 

 

 『壁越え』の日から何度か、621はレッドガン基地へと訪れた。

 そしてその度にイグアスの傍へと寄ってきて、それを周りが冷やかし、怒声交じりに誤解を解く。

 その繰り返しだった。あいつが来れば「G5、G13が来てるぞ」等とムカつく顔で知らされる始末。

 何度行かないと言っても聞き入れられず、放っておけば向こうから来る。

 訓練後に廊下の向こうから、見覚えのある白い髪の女がスッと現れた時は心臓が止まるかと思った。

 結局捕まり、その日は片腕を抱かれて半日過ごす羽目になった。今でも腕を包んだ柔らかな感触を忘れることが出来ていない。

 

 それだけならまだマシで、時には正面から抱き着いて顔をすり寄せてくることもあった。

 その場で馬鹿笑いした隊員達をぶっ殺すぞとイグアスは吼えようとしたのだが、それも上手くいかない。

 表情は変わっていないのにどこか幸せそうな621が自分の胸板にべったりしているのを見ていると、大声を出すのも躊躇ってしまうのだ。

 その後すぐに冷静になって、腹の辺りに押し当てられた柔らかな感触に取り乱してしまうのだが、今ではそれすらも悪いものではないように思えていた。

 

 

(考えると思い出しちまう、考えるな……あぁクソッ!なにやっても目に浮かびやがる!)

 

 

 目を閉じればあの無表情女が、じっと見つめてくる。

 それをただ不気味だと斬り捨てられれば良かったのだが、その身体が与える暴力的な熱がイグアスの煩悩を刺激する。

 

 そんな悶々とした感情を抑え込むことが出来ず、かと言って同僚や友人には話せない。

 天下のレッドガン、その精鋭が女を意識して悶えているなど。

 イグアスは自分の中に湧き上がる、感じたことのない気持ちに折り合いを付けられずにいた。

 

 

(俺の事をおちょくりやがって、なんなんだよアイツは……あぁクソッ!考えんじゃねぇ!)

 

 

 目を閉じてしまえば視覚以外の感覚に集中してしまう。

 そして621のことを考えていると、同時に必ず自分を包んだあの軟らかい胸の事ばかり考えてしまう。

 温かく、柔らかく、自分の全てを受け入れると言わんばかりの抱擁にイグアスはペースを崩されてばかりだった。

 そしてその度に自分の中に温かく積もる何かが、自分を内側から変えてしまうように感じて恐ろしかった。

 

 

(……どうして俺なんだ。どうして一緒にいたヴォルタじゃねぇ)

 

 

 泣く子も黙るレッドガンの精鋭が女に惑わされている……というわけではない。

 イグアスがAC乗りになる前、まだ街で喧嘩に明け暮れていたころの話。

 彼のその野性味に惹かれ言い寄る女性はいた。だが当時のイグアスはそれを気に留めることも無く、鼻で笑っていた。

 女なんかにうつつを抜かす訳がない。そんなものに興味は無い。

 俺はただ力のままに、暴れられればそれでいい。その考えは今でも変わらない筈だった。

 

 自分の実力を悠々と飛び越える、何もかもが虚ろな女。

 そんな女さえ現れなければ。

 

 

(その力で望めば、テメェは何でも手に入るだろうが。なのに……俺を……)

 

 

 イグアスが621を邪険にするのは、自分より強い存在が視界に入るのが気に入らないからだ。

 視界にいる限り、まるで「お前は弱い」と言葉にせず言われているような気さえする。

 自分の力を正しく認識しているからこそ、621の存在に苛立っていたし、一時は生きていることすら許せなかった。

 

 だというのに、当の本人は自分に好意を寄せていて、それを隠そうとすらしない。

 感情機能の殆どを奪われながらも、まるで恩と愛だけは失っていないかのように振る舞う。

 

 イグアスは621が理解できなかった。

 いつから自分を好きになったのか。どこが好きなのか。

 そもそも女っていうのは優しい男が好きなんじゃないのか。

 

 

(……ありえねぇ)

 

 

 あいつが自分を好きになる理由など、どこにもない。

 根拠のない好意も受け入れる、そう思えるくらい自分が馬鹿に見えたのか?

 だとしたら尚の事、舐められている。許せない。

 

 だというのに、振り払いきれない。

 好意を煩わしく思いながら、悪くないと思っている自分が胸のどこかにいる。

 

 あいつがどうして、俺を好きなのかが分からない。

 どうして心の内側をこうも掻き乱されるのかが分からない。

 そこがイグアスの、思考の突き当りだった。

 

 

(……あいつを超えればこんなボケた悩みも抱えなくて済むのか?)

 

 

 イグアスの頭の中が瞬時に、戦う為のものに切り替わる。

 寝っ転がっていたベッドから上体を起こし、目つき鋭く思考を始める。

 

 

(ムカつくが、今のままじゃ野良犬(レイヴン)には勝てない。あいつと俺で何が違う?)

 

 

 始めて会ってから負けて、頼って、何度も会って、それだけだ。

 あの作戦、『多重ダム襲撃』の日から未だ何も変われてはいない。

 もっともっと、力が欲しい。あいつに好き勝手されるだけで終わるなんて、イグアスにとってそれこそ死んでも御免だった。

 

 

(使ってるフレームはほぼ同じ。武装のレンジもほぼ同じ。なら後は距離と、機動だ)

 

 

 イグアスは個人に与えられた端末から、レッドガン全体で共有されている訓練用データに手早くアクセスを行う。

 そのフォルダ内を隈なく探し続け、最近作られた『戦闘ログ』項目から目当ての動画データを探し当て、即座に再生する。

 

 

『あんなに空を自由に飛ぶ奴ァ、初めて見た』

 

「あると思ったぜ……野良犬の戦闘ログ。ヴォルタが見た『壁越え』ん時のアイツのデータ」

 

 

 誰かがこの風景を見たら、イグアスは熱でもあるのではないかと疑っただろう。

 イグアスは自主練というものをしない。「やりたくもねぇ訓練の後にやる奴の気が知れねぇ」と訓練を続ける人間を嘲笑う立場だ。

 そんな男が明確な目的を持って、強くなるために自己学習を積み始めた。

 これはレッドガンに所属している人間なら、誰もが驚愕に尽きる出来事であった。

 

 

「……こいつ、攻撃をかなり引きつけてからブーストを吹かしてやがる。闇雲に吹かしている訳じゃねぇ……そうか、ミサイルの挙動から流れを……なるほどな、そう避けんのか……」

 

 

 イグアスはまず模倣から入った。

 自分とレイヴンの違いとは何か、その解析。

 ヴォルタの駆る『キャノンヘッド』から録画された、ほんの十数秒しかない戦闘風景。

 そこから得られるものを、全て吸収して己の技術として昇華する。

 これはその為の、第一歩であった。

 

 

「上等だ。お前の戦い方、全部俺が喰ってやろうじゃねぇか……!」

 

 

 イグアスは、笑っていた。戦場の狂気が生む笑みではない。

 超えるべき相手を見つけ、そしてそれを『超えたい』と渇望した、挑戦者の笑み。

 

 

 この時イグアスは、初めて『レイヴン』を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハンドラー・ウォルターは静かに悩んでいた。

 

 

(621が聞こえているという幻聴……第4世代型強化手術の弊害がここに来て強まったか)

 

 

 ウォルターの個人的な依頼、その先駆けとなる『ウォッチポイント襲撃』。

 スッラの出現という予期せぬトラブルはあったものの、本来の目的は達成できている。

 即ち、空気中に滞留するコーラルはその大元へと集まる特性を用いた、大規模なダウジング。

 その結果『中央氷原』付近にそれはあると、ウォルターに確信を持たせた。

 

 まずはこの情報を企業へと売り込み、パトロンを得る。

 そうすれば大手を振って『中央氷原』へと乗り込み、大規模な捜索に関わることが出来る。

 効率的な面でも、621の負担を少しでも減らす為にも、自分に出来ることをやらねばならない。

 

 

(……もう引き返すことは出来ない。為すべきことを、為さねばならない)

 

 

 そんな折発症した621が抱える症状。

 己を内側から苛むような幻聴、コーラル技術の代償とも呼べるそれは状態の不安定さを更に悪化させ得る。

 コーラル逆流の余波をもろに受けた影響もある。しばらく休養を取ってもらい、落ち着くまで様子を見たいと考えていた。

 

 そこでウォルターはコーラルの情報を企業へ売り込む間、少しの間621の傍を離れることを決めた。

 連れて行くのはあまりにリスクが高い上、常に自分が傍にいては気が休まらないだろう、と。

 

 ACから降りて車椅子に繋がれた621の傍まで近寄り、小さくしゃがんで目線を合わせる。

 生理的なものを除き人間的な機能の殆どが失われた身体は、見ていて愉快になる物ではない。

 あまりに痛ましいその姿からウォルターは目を背けず、一人の人間()として、誰よりも真摯に向き合っていた。

 

 

「621、俺はこれからしばらく野暮用で外す。中央氷原に向かう件については、企業に情報を売ってパトロンがついてからだ」

 

「……」

 

「これからの指示を出す。しばらく休め、今はそれがお前の……どうした?」

 

 

 621は意思疎通用のモニターに触れることなく、座ったまま両腕を挙げた。

 子供が大人にせびるような動きのそれ。表情からは何も察せないが、ウォルターにはそれだけで十分だった。

 杖を近くの壁に立てかけ、ウォルターは621をゆっくりとした動きで、出来るだけ力強く抱き締めた。

 

 

「心配ない。必ず戻ってくる」

 

「……」

 

 

 それを受けた621もまた、そっとウォルターを抱き締め返す。

 人間的な感情も、情緒も、表現すらも失った621だったが、時折こうして誰かの熱を欲しがることがある。

 まるで寂しがるように抱擁を求める621の行動を、ウォルターが咎めることは無かった。

 617(ハウンズ)達も、そうだったから。

 

 

「時間があったらレッドガンの彼らに連絡を送ってみるのもいいだろう。……随分、あの男を気に入ったようだな、621」

 

 

 G5イグアス。ウォルターから見たあの男は、素行不良の少年をイメージさせた。

 実際に経歴を洗ってみればその通りで、賭博で負けたカタに強化手術の実験台にされ、暴れ回っていた所をミシガンに拾われたらしい。

 そこまで見れば然程珍しくも無い経歴だが、その経歴でありながら『レッドガン』で番号持ちになる程の力量を持つ。

 現時点では621の方が上だが、何かのきっかけで伸びる余地は十分にある。

 個人的に好ましい性格とは言い難いが、621の反応を見る限り性根も悪くないのだろう。

 ウォルターは、イグアスを拒絶しないことを決めていた。

 

 反面、ヴォルタやレッド達には随分気を良くしてもらっているようだ。

 恩義という側面もあるのだろうが、彼ら自身世話焼きな性質なのだろう。

 なにせミシガンの教えを受けて育った軍人達だ、こういった境遇の人間を放っておけないのかもしれない。

 

 

「この戦いが終わってからも、彼らとの交流が続くかもしれん。仲間は大切にしろ、621」

 

 

 本来なら自分が傍にいてやるべきなのだが、今は離れるしかない。

 幸いなことにレッドガン部隊の面々も良くしてくれている。寂しさを覚えることは無い。

 それにこれもいずれは621の為になる。小期間の辛抱だ、我慢してもらおう。

 ウォルターはそう自分に言い聞かせ、抱擁の時間を切り上げて621から離れる。

 

 

「……また後でな」

 

 

 621がどこか名残惜しそうに、伸びていた腕をゆっくりと元の位置に戻す。

 そんな621の頭の上に軽く手を乗せ、僅かな別れの言葉だけを言い残してウォルターは去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 621は命じられるままに、休息を取る為に行動する。

 

 

レイヴン。あなたのハンドラーはとても……親身なのですね

 

「……」

 

……先程の中央氷原の件ですが、ベイラムからは早速依頼が届いているようです

 

 

 優しく語り掛ける声に、621は耳を傾けた。

 

 

 

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