「嘘…でしょ…?」
千景の言葉は震えていて、現実を受け止められないという心境がありありと見て取れる。それは他のみんなにも言えることで、私もその一人なんだよ。なんだろね、あれは…。
「バーテックスが…あんなに…!」
杏の……私達の視線のずっと先には、十二体の大型バーテックスと数え切れない星屑の群れが見えてるんだよ。
それも、前回戦った外殻だけ取り繕った未完成体じゃない。……完成してる。あれこそバーテックスの真の姿なんだろうね。
私達が神樹の結界内でバーテックスと戦うのはこれで二度目。……まだ二度目なんだよ。なのに、この状況は無いよね。冒険に出てすぐに魔王と戦わないといけない理不尽感があるよ。こちとら『ひのきのぼう』やぞ?まぁ、この『ひのきのぼう』は私の力で『天空の剣』に化けるけどね……
「神託では未来に至るまでで最悪の侵攻が予想されていたが…、これ程に……」
さすがの若葉もいつもの凛とした表情が崩れてる。こっちは たったの六人、向こうは大軍勢。絶望的だよね。こんなに沢山の敵を相手にしないといけないなんて。
誰もがイメージしたと思う。勇者の敗北。人類の滅亡。友達と自分の『死』を………
「………うぉぉおおおおおお!!!」
「「「!!?」」」
-----静まり返る神樹の結界に、勇者の……友奈の雄叫びが響いた。
「私は高嶋友奈ァ!奈良県出身!誕生日は1月11日!血液型はA型!趣味は から手!小さい時は自然の中で遊んでて、男の子と間違えられた!それと、それと……みんなのことが、大好きだよォーーー!!!」
突拍子もなく始まる自己紹介とラブ宣言。勇者達は少し動転気味だったが、その言葉の意味は、他でも無い友奈 本人から発せられる。
「みんなに、私のことを知っておいてほしいんだ。私っていう人間が居たことを誰かが覚えていてくれる限り、そうしたらきっと……魂は死なないから!」
普段 ぽわぽわとして、惜しげもなく笑顔を振り撒く『桜』の花は、満開の笑みと志しで私達の心に訴えかけた。
「うォォォオオオオ!タマは土井球子ォ!愛媛出身!誕生日は9月2日!B型だァ!アウトドアが好きだし、中でもキャンプは最高だァ!それに、みんなのことも大好きだぞぉーーー!!!」
桜に続くのは『姫百合』の花。その花は様々な種類の花達を一つの花束に纏めてくれた。ムードメーカーとして場を和ませ、時折見せる女の子らしさで自分も飾る。彼女の存在は、勇者一行に欠かせない存在になった。
「わ、私は……私は伊予島杏!タマっち先輩と同じ愛媛出身!誕生日は9月16日、血液型はA型!趣味は読書ぉ……わ、私も…みんなのこと、大好きですーー!!!」
少し照れ臭そうにしたのは『紫羅欄花』。でも話すに連れてそれは強さを感じさせる声量になり、最後は普段の彼女からは信じられない大きな声になった。誰よりも淑やかで、誰よりも怖がりで、だけど誰よりも他者の為に強くなりたいと直向きな花は、確かな存在を知らしめる。
「ほら、ぐんちゃんも!」
「え、えぇ。……わ、私は 郡千景!出身地は高知県!血液側はA!誕生日は2月3日。好きなものは ゲー……違う。……私も、私もみんなが好き!大好きよ!……ありがとう…、ありがとうーーーー!!!」
桜の花に背中を押されたのは『彼岸花』。祝い、めでたい席では決して見ることはない。不幸や死の象徴と思われるその花は、自分の存在意義を見失い掛けていた。でも、桜を始めとした沢山の花達に出逢えたことで、その価値観は ぐるりと変わる。『ありがとう』……その言葉にどれ程の意味が、想いが込められているのか、彼女のツラい生い立ちを知らない花達にはわからないが、その言葉と共に彼岸花は涙を流した。桜の花に包まれながら泣き続ける彼岸花をみんなは優しく見つめている。大丈夫。誰もあなたを捨てない。見離さない。ずっと側にいる。周囲の花達は声に出さなくとも、同じ気持ちを抱いていた。
「…お、おっほん!じゃあ、私の番だな。すぅ〜…私は乃木若葉!出身は香川県!誕生日は6月20日!14歳!中学二年生!趣味は鍛錬!好きな食べ物は うどんと骨付鳥。鳥は親鳥派!苦手なものはタコ!大切なものは みんなとの絆だ!……この絆がある限り、私達は貴様らバーテックスに負けはしない!!」
みんなより多めの情報を一息に出し、生真面目な『桔梗』の花は刀を抜いて遠くに見える怨敵に向けて叫んだ。桔梗は花の纏め役として常に己を律しており、その姿は勇者そのものだった。自分だって一輪の花でしかないのに……それでも周りを鼓舞し続けようとする行為は簡単なことじゃない。誰にでも出来ることなんかじゃなかった。それでも彼女はやり抜いた。それをみんなが知っている。この場にいる全ての花達と現実世界で待つ一輪の花が知っている。彼女は自分だけでそれを成し得たとは思っていない。みんながいたからだと……みんなのお陰だったんだと、叫びながらに改めて理解した。
そんな花達は、最後に残った白い妖精を見つめた。妖精は思う。自分がトリを務めていいんだろうかと。この世界に迷い込んだ部外者が、最後に声を上げても良いものなのかと。……だが、その背中を押すように、花達は力強い視線を注ぐ。君だと。君でなければいけないんだと。妖精は知る由もないが、花達はわかっている。この小さな白い妖精がいなければ、自分達はここまで早く打ち解けられなかったと。正史において、特に郡千景という花はそうだっただろう。天真爛漫な妖精は、一人疎外感を感じる彼岸花の周りをくるくると飛び回り、桜だけではなく、その他の花達も集めて楽しく踊った。気がついた頃には、彼岸花は花束の中にいることが当たり前になっていた。大切な拠り所になっていたのだ。心の蟠りが完全に消えた訳ではない。だが、間違いなく千景という花は胸を張ってその中にいられたのだ。
みんなからの視線に、白い妖精は強い笑みと声で応えようと決心する。
「……私は、私は『無垢』!出身は知らない!誕生日もわからない!本当の名前があったのかも思い出せない!私は『私』を探してる旅の途中だからぁ!でも、好きなものは沢山ある!美味しいものを食べることが好き!綺麗な景色を見ることが好き!行ったことのない場所に行くのが好き!出逢ったことの無い人達と友達になるのが好き!知らないことを知ることが好きぃ!……まだまだ好きなことは沢山ある!でも、今はみんなと、勇者の仲間達と一緒にいることが何よりも大好きぃーーー!!」
妖精は小さな身体から大きな声を上げて叫ぶ。天の神、神樹に届くように。この世界に来る前に親しくなった みんな にまで届くように。……いつもの幼女口調ではない。きっと少女本来の魂に刻まれた言葉遣いなのだろう。それが本心。本当の彼女なのかも知れない…。
そんな妖精は、ニコッといつもの表情に戻る。屈託のない強気な笑みと共に、いつもの幼女としての口調で叫んだ。
「私は異世界からの来訪者だよ!神託なんて枠組みには縛られない。そんなもの覆しちゃうからね!私がいる限り……、みんなは絶対に死なせないんだよ!」
遠くのバーテックスに指を突き付け、花々に囲まれながら微笑む妖精は一枚の絵として あまりにも美し過ぎた。さっきまでの緊張感と絶望感は何処へやら。今この場には、敵を倒してみんなで帰る。ただそれだけを誓った仲間達の信念だけが満ち満ちていた。