お師匠から投げ渡された子供を、私は抱いて走っている。ヒーローとして敵前逃亡などあってはならないことだ。だが、今は奴の後継者を保護し、連れ戻ることが最優先。
己の不甲斐なさを押し殺し、戻って共に戦いたい衝動を振り払い、私は無法都市の外へと向かい直走る。
……本来は、威力偵察が目的だった。奴が……オールフォーワンが『己の後継』を創り出したと、無法都市に潜伏している お師匠の協力者から連絡が入ったからだ。
この上無い危機を覚えた。奴を倒して終わりではない。魔王を継ぐ者など、新たな脅威以外の何者でもないからだ。
だが、その情報と共に送られて来た一枚の写真を見て……更に驚愕した。
───後継者?どう見ても奴自身の子供じゃないか!?
隠し撮りされた写真は何処かの会議室だろうか。名のあるヴィラン達が席に着く中、奴の膝の上で詰まらなさそうに座っている純白の少女の姿が目に焼き付いた。奴と同じ外見の子供。これが親子でないなら何だと言うのかと……。
───殺さなければ。
そんな感情が瞬間的に浮かんだことに絶句した。自分で自分が信じられなかった。
私はヒーローだ!お師匠から託して頂いたワンフォーオールと共に平和の象徴にならなければならないヒーロー。……にも関わらず、こんな幼い少女に対して、なんて悍ましい考えをしてしまったのだと。
保護だのなんだの、幾らでも言い方がある中から選び取った言葉が───殺す!?
自分を殴り付けた。戒める為に、何度も何度も殴り、腫れ上がっても尚 殴り続けた。
馬鹿な考えをしたと猛省し、ヒーローである自覚を新たに今日の威力偵察に臨んだ。
奴の娘だ。根城に囲われ、間違っても遭遇することは無いと踏んでいたのだが、まさか偵察初日に街で出会い、そのまま『保護』の流れになるとは……。
『───
少女を投げ渡される瞬間、お師匠に掛けられた言葉。この子は、まだ堕ちていないと……。
街の喫茶店で騒ぎが起きていると耳にしたお師匠が現場を訪れ、助けに入るべきかと隠れ見ていた時、その中心に奴の後継が現れた。
その通信が入った時は驚いた。同時に、この子がヴィランから人々を庇い守っていたとも聞いている。
〝奴〟の娘だぞ?お師匠の言葉とは言え、疑ってしまった。
その後、お師匠が後継にコンタクトを取り、幾らかの会話を挟んでいたのも通信機越しに聞いている。
オールフォーワンの娘なのか?ヴィランから人々を守ったのは お前の意志なのか?君は
少女はそれら全てに肯定し、最後にお師匠が問うた質問。───この場から逃げたいか?……それに対しても、少女は頷いたそうだ。
それ故の『強行』だ。少なくとも、奴の情報を多く握っている重要人物に違いはない。ここまで事態が重くなった以上、後戻りも出来ない。
奴の手下が危機迫る様子で追ってくる辺り、この子が替え玉という線も薄いだろう。まだ無法都市の外は完全に奴の支配領域とはなっていない。雄英を始め、多くのヒーロー達がいる。今は兎に角、そこまでこの子を連れて行かなければ!
腕の中で 何故か もがき始めた少女を押さえ付け、私は懸命に足を動かす。無法都市は広大だ。神経を研ぎ澄ませ、一挙手一投足に気を配って走らなければ!
……だが、耳に装着した通信機にお師匠のうめき声が聞こえたことで、私はその足を止めてしまった。思わず振り返り、遠く小さくなった上空のお師匠をその目に写す。
豆粒程に遠退いたお師匠だったが、私の目はハッキリとその姿を認識してしまう。そして、自らの意思とは関係なく、無法都市全体に響いたのではないかと思える程の絶叫を吐いた。
「───お、お師匠ォおぉおおお!!!」
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おぇっぷ!?なにこれ!なにこれッ!?口から黒いドロドロの液体が出てくるんだよ!?こんなの食べた覚えないのに!?気持ち悪いよーッ!!?
思わず目を瞑ってゲロゲロ溢れる泥に抗おうとしたんだけど、一瞬の浮遊感と共にそれは治った。
「───おかえり。愛しい娘よ……」
口を手で押さえてた私の耳元に、ゾクッとするバリトンボイスが響いた。思わずヒャッ‼︎と声が出ちゃったんだよ。……あ、パパだ。あれ?いつの間に私はパパの手に収まってるのかな??
私を横抱きにしながら上空で浮かぶパパに疑問を持った後、辺りをキョロキョロする。眼下には部下ヴィランさん達も控えてて、その中心に私とパパがいる構図なんだよ。
……そういえば、前に聞いたことがある。確か『転送』って言ってたかな。パパに近しい人を送ったり手元に引き寄せる個性だよね。それを使ったのかな?
「どうだったかな。〝悪いヒーロー〟に攫われるお姫様になった感想は?」
……もしかして、姫を助ける『勇者』の立ち回りがしたかった訳じゃないよね?転送を使えばいつでも助け出せたのに、敢えてヒーローを泳がせて遊ぶつもりだったの?相変わらずパパは趣味が悪いんだよ。
まだまだやりたいシチュエーションは沢山あるんだよ?と、不敵な笑みを浮かべたパパは御満悦だった。相変わらず性格捻れてるね。……と、悪態を突いたけど全然堪えてない。寧ろ喜んでる。天性の変態さんだ。マキアさんと馬が合う筈なんだよ……。
ところで、さっき女性のヒーローを刺してたように見えたんだけど?……もしかして、殺しちゃったの??
ちょっと不機嫌気味に聞いたら、パパは眼下の地表付近を指差した。……うん、死んではいないね。でも、かなりの量の出血。足からジェットが出るおじさんに肩を貸されながらヨロヨロと立ち上がってる。遠くからは金髪のお兄さんも戻って来てるんだよ。ごめんね。無駄骨させちゃったみたい。
……これは、もう無理そうだね。あの人達は助からなさそう。戦力の差が大き過ぎるもん。
ヴィラン側には魔王と
怪我人を抱えた側は、その戦力を削って味方を庇わないといけないからね。誰がどう考えてもヒーローに勝ち目は無い状況。
……本当は助けてあげたいけど、無理だよね。パパだけならお願いしたら見逃してくれるかも知れないけど、ここには魔王の部下が集結してるもん。
闇の組織のボスが甘い所を部下の前で見せる訳がないからね。その娘が茶々を入れるのもダメな構図だよ。本当は口を出したいし、私の力で庇ってあげたいけど───私は、タマと杏を抱えてるから……。
反抗的な姿を見せて、もしもパパの不況を買ったら二人は……。
うん。やっぱり庇えない。ごめんね。私の中での優先順位は『私の記憶に繋がるもの』、『自分の大切なもの』その下に『善良な人々』と並んでる。だから、あなた達を助けることは出来そうにない。
それに、金髪さんは私の不死性を失わせる危険な要素を含んでそうだからね。私の知らない『私』についての記憶が蘇るかも知れないけど、現状リスクの方が高い気がする。なら、いっそのこと早々に散ってくれた方が安全まであるよ。
……いやはや、本当に私は自分勝手だね。
私を見てるのか、それともパパを見てるのか。三人のヒーローからの視線が妙に痛くて思わず目を背けちゃった。
せめて私の目の届かない所で、これ以上苦しまないように死んでね。と、残酷なことを思いながら……。
───でも、そんな甘いことを許さないのが『魔王』って存在だよね?
これから死が齎されるだろうヒーロー達から私が目を背けてるのに気が付いたパパは、妙に面白そうな顔付きに変わる。
そして、目を背ける私の耳元に口を寄せながら小さく呟いて来た。……え?部下のみんなも勢揃いしてるし、正式に私を後継として紹介したいから『名乗り』を上げなさい??
……ヤダよ。どうしてそんな絶望を煽る様な真似をしなくちゃいけないのかな?他でもない私の口からヒーローに向けてなんて。
これ以上 幼女を光と闇の戦いに混入させないで!取り扱い注意の混ぜるな危険なんだよ!!
うぐ……、ここで『二人』の名前を出すのは反則なんじゃないかな?……わかったよぉ。名乗りますよ。名乗れば良いんでしょ?脅しみたいに二人の名前を使わないでよね。そう言う所はパパの悪い所なんだよ?
嫌がる私を屈服させたことに達成感でも感じたのか、パパはヤラシイ笑みを浮かべながら頭を撫でてくる。本当に悪どい性格だよね。
パパは空からゆっくりと降下すると、私をその場に降ろした。溜め息を吐きつつ、たった今パパから渡された『言葉の個性』が使えるのを確認しながら数歩進む。
やるせなく視線をヒーロー達に向けると、苦悶の表情を浮かべる彼らと目が合っちゃった。
お姉さんは憐れむような顔を……。金髪さんは絶望に近い顔を……。おじさんは敵意を剥き出しにした顔をしてる。
ごめんね。でも、私の大切な友達の為だから、このまま名乗らせてもらうんだよ……。
周囲の部下ヴィラン達や
「初めまして、名も知らないヒーローさん達。私は
この名乗りが三人にどう響いたかは分からない。でも、様々な感情が ごった煮になった複雑な感情を受けつつ、私は口上を述べ切った。
それを引き金に、パパの部下達が一斉にヒーローに向けて飛び掛かるのを目にして、私は目と耳を塞いで彼らから目を背ける。
途端にふわっとパパの腕に抱かれる感触に包まれて、塞いだ耳の隙間から爆発や絶叫が私に届いた。
その後の詳しい成り行きは知らない。……見てないし聞いてないもん。
ただ、三人のうち二人には逃げられて、一人には凄惨な死を与えたって聞いた。別に知りたくもないから、その詳細は聞かなかったよ……。
ともあれ、この日パパは一人のヒーローの命を冷酷に奪い、一人のヒーローが平和の象徴になる未来を作った。
そして数日後、私の左手が薄らと光り始めることになる……。
〜嘘か本当かシリーズ〜
とある親子の会話
娘(仮)「ねぇパパ、私の名前ってどんな意味を込めて付けたの?」
魔王なパパ「『緋』は初対面の時、全身が血で赤く染まる姿から。『異』は異世界出身の特徴。そして『廊』は様々な世界を渡り歩く君の力からだよ。後は響きにも拘った。ヒーロー達に対して、皮肉の意味を込めたくてねぇ…」(満面の笑み)
娘(仮)「趣味が悪いねパパ。良いと思うよ!」(捻くれ始めてる)