あの子を見た瞬間、体が強張った。
察した。思い出した。あいつだって……。
俺の故郷を滅ぼした魔族の片割れ。あの頃と何も変わってない。姿も雰囲気も喋り方も……。
忘れられる訳がない。この目に焼き付いて、ずっと離れなかったんだ。
だから、昨日突然現れた時は危なかった。隣に街の子供達がいなかったら、たぶん……斧を叩き付けてたと思う。
握ろうとした斧から手を離して、自分を落ち着かせる為に深く呼吸した。
そして、相手の出方を待った。目の前の女の子が、まず何を口にするか知りたかったから。
口を開けば、俺を認めないとか、自分は勇者パーティの前衛だとか………そんな話ばかりだった。
俺の……俺たちのことなんて。何一つ覚えてない……そもそも、知らないみたいな口振りで……。
勇者パーティに後から加わった元・七崩賢の女の子。魔王側に付いていたその子は、勇者ヒンメルのカリスマ的な話術で改心して、魔王討伐に大きく貢献してくれた。その話は師匠から武勇伝の一つとして聞いている。
だからこそ師匠を疑った。あり得ないって。あまりにも酷い話だったから、つい師匠に食って掛かったくらいだ。
だって、その言葉が本当なら、どうして魔王が倒された後になって……。
よりにもよって、勇者パーティのこの子に………。
───俺の村は、襲われたんだ!?
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───轟音。
そんな言葉では足りない程の
それが斧によるものだと誰が信じられるだろうか。しかも一撃では終わらない。目で追えない速さで斧が振り下ろされ続けている。
ドラゴン戦では手を抜いていたのかと疑うレベルの猛攻。崖の至る所が崩れ、ドラゴンの巣であった渓谷全体が ぐらぐらと揺れ動く。
崖上から二人の戦いを見届けようとしていたフリーレンとフェルンがよろけ、弟子の方は揺れに耐え切れず倒れてしまった。
「ふ、フリーレン様!シュタルク様は……、やり過ぎです!!」
あまりの惨状にフェルンが叫ぶ。想像していた勝負の範疇を遥かに上回っていた。
自分よりも強い相手と手合わせがしたい。それが戦士の性分なのだろうか?……と、考えていたフェルンは動揺を隠せない。
これでは天変地異と同じではないか。側から見ると、幼女に斧を振り下ろすシュタルクが悪魔にすら思えた。
彼の横顔には狂気が垣間見え、フェルンの不安を益々煽る。次第に場は土煙に覆われ、二人の姿は全く見えなくなってしまった。
「フリーレン様!フリーレン様ッ!!」
そんな中、フリーレンだけは動じなかった。揺れのせいで立つことも出来ない弟子が彼女の服の裾を掴み、必死に止めるよう叫んでいる。
それにも関わらず、フリーレンは眉一つ動かさない。ただ崖下の戦闘に目を向け、静観し続けていた。
フリーレンには、こうなる事が分かっていたのだ。それと同時に、アトリの『真実』を知る為に必要なことだと……、心の奥で思っていた……。
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「───数年前、俺の弟子の村をアトリが滅ぼしているらしい……」
フォル盆地でフランメの著書を探していた日の夜、焚き火を挟んで座るアイゼンとフリーレンは、たわいない会話をしていた。
弟子がいるから旅の途中で拾ってくれ。彼にそう言われて渋々承諾した後、唐突にその話題は湧いた。
突然投げ掛けられた爆弾のような言葉に対して、フリーレンは数秒の間 思考が停止してしまった。
やがて、ハッと我に帰ると横目に少し離れた木の下のアトリとフェルンを見る。
二人は仲良く一つの毛布に包まっており、小さな寝息を立てて静かに眠っていた。呼吸することも忘れていたのか、フリーレンは肺に溜まっていた空気を吐き出す。そして、人が変わったように───アイゼンを睨んだ。
「アイゼン………」
その一言。それだけでアイゼンはフリーレンが憤慨していることを察した。普段の声色とは似ても似つかないドスの効いた彼女の声は、嘗て魔王と対峙した時の姿を彷彿とさせる。
「フリーレン。これは冗談で言っている訳じゃない。話を、聞いてくれないか?」
アトリを大切に思っているのはアイゼンも同じだ。間違ってもそんなことを言う男ではないことは、フリーレンが一番よく分かっている。
ただ、アトリが………大切な仲間がアイゼンの弟子の村を滅ぼしたと聞いて、冷静さを欠いただけだ。
もう一度背後の二人が寝ていることを確認したフリーレンは、音を立てないようにアイゼンの隣まで歩み寄り座った。
「………聞かせて」
フリーレンからの真剣な眼差しを受けるアイゼンは、弟子に起きた悲痛な過去を細々と語り出す。己の正面でスヤスヤと眠る………幼く小さい仲間を見つめながら。
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崖の一部が大きく崩れた。それはアトリとシュタルクの上に雪崩れ落ち、暫く続いた轟音を止める引き金に繋がる。
やっと収まった斧による猛攻。横揺れは止まり、フェルンも漸く立ち上がることが出来た。巨大な渓谷は巻き上がる土煙で何も見えず、息を吸えば咳き込む程に濛々と巻き上がっている。
ほんの少し前までとはまるで違う景観。その中心にいるだろうアトリの身を案じたフェルンが飛び出そうとしたが、その手を取って止めたのがフリーレンだった。
『どうして止めるんですか!?』と、普段大人しい喋り方のフェルンを知る者なら尻込みしそうな怒声を浴びせられたフリーレンだが、顔色を変えない彼女に代わって、その答えが土煙の中から返って来た。
───耳を劈く炸裂音。
耳元で爆弾が破裂したような激しい爆音と共に烈風がフェルン達を襲い、弟子はまたしても倒れ伏す。
耳を押さえながら、その衝撃の正体が何かと見下ろせば、先程までの土煙が嘘のように消えており、渓谷の全容が顕になっていた。
眼下には大小様々な岩石が山のように転がっており、その渓谷の真ん中にアトリが立っている。視界の端にシュタルクも見えるが、彼はうつ伏せに倒れていた。
アトリには……、傷一つ付いていない。あれだけの猛攻を受けても、擦り傷も無い綺麗な柔肌のままだ。更に言えば、彼女の纏うシルクの様に滑らかな袖無しの白いワンピースも ほつれてすらいない。
改めてアートリクスという存在の異常さが知れた瞬間だ。………あの子は、一体何者なのか。一筋の汗を垂らしながらゴクリと喉を鳴らすフェルンだが、その疑問は本人にも分からない謎だろう。
そんなアトリは、白く細い腕を天高く掲げていた。自分達に落ちて来た大岩を得意のパンチで粉々にしたのだろう。今しがたの強風は、その余波だったのだ。
腕を思い切り振り上げただけで、渓谷を覆っていた煙を全て散らし、岩を砂塵に変え、ドラゴンを一撃で仕留めたシュタルクを軽く弾き飛ばしたのだ。〝余波〟だけで……。
アトリの間近にいたシュタルクが危ぶまれるが、もちろん彼は死んでいない。時折呻き、咳き込みながらも立ち上がろうとしている。そして、彼の鋭い眼光は変わらず純白の幼女へと向き続けたままだった。
今にも飛び掛かりそうなシュタルクだったが、そんな彼に向けてアトリは徐に進み出す。裸足でペタペタと歩み寄り、さして距離の開いていない二人の間を埋めていく。
己に向かって来る脅威に対して、シュタルクは斧を構えようとするが、先程の『余波』によるダメージなのかノロノロとしか腕が動かせず、上手く構えることが出来ない。
シュタルクが斧を構え直している間に、アトリとの間は詰まり、小声でも話が出来るだけの距離となる。だが、彼よりもずっと小さく華奢な幼女は、無表情のままシュタルクを見上げるだけだった。
舐めている………とも取れそうな その態度がシュタルクの不興を買ったのか、彼は歯が折れんばかりに食い縛った。目は充血し、まるで猛獣のような気迫を醸し出す。
力の入らなかった手足に再び活力が戻って来たのか、彼は斧を力強く握り締めて猛然と目の前の幼女に構え直した。
だが、彼が斧を振り下ろす瞬間、ずっと黙っていた幼女が遂に口を開いた。
「シュタルクさんの村を襲ったのは私じゃないよ」
ピタリ………と、彼の斧が勢いを殺した。しかし、それは ほんの僅かな時間だけだ。
アトリの発言がシュタルクの中に溜まる黒い感情をボコボコと沸き立たせ、貫くような視線を幼女に向けさせる。
何を馬鹿なことを……と、シュタルクは思ったことだろう。見間違う筈はない。それだけは あり得なかった。
目の前の女の子は、頭から足先まで純白の幼女。焼かれる故郷を背景に、村の戦士達を次々と屠る姿は忘れられる筈もない。他人の空似など───絶対にない。
………嘘か。嘘を付いて俺を馬鹿にしているのか。
短絡的だが、今の彼にはそれが最も腑に落ちる答えだった。自己回答を果てシュタルクの中に怒りが蓄積される。斧を握る手に力が入り、グリップがミシミシと軋む。それは彼の怒りの度合いを知らしめるようだ。
先程とは比べられない程の憤怒の表情。遠くのフェルンですら、彼の悍ましい顔を直視出来ないらしく、思わず目を背けてしまっていた。ただ、その隣にいるフリーレンはいつもと変わらない無表情を貫いたままだ。
いや、そもそもフリーレンはシュタルクを見ていなかった。彼女がその目に宿しているのは、この『決闘』が始まってから、ずっとアトリだけだったのだから………。
いよいよシュタルクの怒りがピークになったのだろう。己の中の黒い感情に流されるまま、彼は手にした凶器を天高く掲げる。
次に穿つのは、今まで力任せに振っていた『無名の攻撃』ではない。
ただならぬ一撃をアトリへ放とうとするシュタルクの様子に、立ち竦んでいたフェルンも杖を構えて動きそうになる。だが、彼女が杖から魔法陣を浮かべる直前、それと時を同じくして、シュタルクの動きが───ピタリと止まった………。
怒りに突き動かされるまま、容赦無くアトリに斧を叩き付けようとしたシュタルクは、その瞬間 目にしてしまったのだ。
アトリの瞳が、真っ直ぐに自分を見る姿を………。
透き通った赤い瞳。光の反射でキラキラと煌めく その光を目にして、少女の言葉が『嘘』ではない……と、本能的に理解してしまったのだ。
シュタルクは、あのアイゼンが鍛えた戦士。本人に自覚が無くとも、その眼差しや直感は研ぎ澄まされていた。
物事の本質を見抜く力は本物であり、いずれ出会うことになるエルフ───モンクのクラフトを目の当たりにした瞬間に『強い』と理解できる程に………。
しかし、同時に当然の疑問が浮かぶ。………だとしたら、自分の記憶に鮮明に残る『あの子』は誰だ?
故郷の村を焼いた魔族と共に現れ、次々と大人の戦士達を殴り潰し、あの地獄を作り出していた………、あの子は??
その答えは、困惑する彼の前に立つアトリの口から与えられた。
「………正確には、それは私じゃなくて『別の私』だと思う」
尚も自身を見つめる幼女の言葉で、シュタルクは僅かに理性を取り戻し、漸く口を開くことが出来た。……どういうことなのかと、彼はアトリにポツリと聞く。
アトリは彼に返事をする為、一度口を開きそうになったが、途端にその口を噤む。どうしてだか、少女はその答えを口にすることに抵抗を覚えている様子だった。
アトリはチラチラと崖上にいるフリーレンを目にする。どこか怯えているようにも見えるアトリの表情をフリーレンは目を細めて見つめていた。まるで何かを見定めようとしているようだ。
フリーレンからの視線を浴びながら、忙しなく目を泳がせていたアトリだったが、やがて観念したように口を開いた……。
辿々しくアトリが言葉を口にするのをシュタルクと崖上のフリーレン、フェルンの三人は聞くことになる。
その話は、三人が予想もしていなかった内容だった………。
アトリ曰く、自身は昔、別の世界で体と自我が分裂して『九人』に増えたことがあると。そして、分裂したままで次の世界に渡った為、それぞれが別々の世界に行ってしまったと……。
その事に気がついたのは、それからずっとず〜っと後の話。切っ掛けは、偶然にも『とある世界』で別れた自分の内の一人と再会したことだった。
何故自分と同じ姿の純白幼女がいるのかと慌てていた自身に、もう一人の自分は冷静に教えてくれた。
その幼女は他の世界で何度か
前述したタイミングでの世界渡りが原因で九人に別れたままなのを知ったのは、この時だった。
また、分裂した世界では『左手の力』で再び一つになったり、別れたりすることが自由自在だったが、再会した世界では既にその力は失われており、もう元の一人に戻ることは出来なかったそうだ。
もう一人の自分とはその後も同じ世界で行動を共にしたが、結局は『世界渡り』の際に離れ離れになってしまった。そして、それ以降 幾つもの世界を渡っているが、他の自分には会えていない………。
アトリ自身、もう他の自分に会うことはないかも知れないと思い始めていたのだが、そんな時……シュタルクの話が降って湧いたのだ。
「………つまり、お前は俺の村を滅ぼした『お前』とは別人だってことか?」
「憶測だけど、たぶん………そう」
申し訳なさそうにするアトリを前に、シュタルクの心境は複雑だった。話を鵜呑みにするならば、目の前のアトリに罪は無い。だが、元が同一人物でアトリの分身と言っても過言でないとしたら、同罪とも言えるかも知れない。
………この気持ちはどうすれば良いのか。振り上げた手をどこに下ろしたら良いのか。
昂った気持ちの落とし所に悩み、頭を抱えそうになったシュタルクは、それまでの張っていた気持ちが切れたように地面に崩れ落ちた。
突如地に伏せたシュタルクにアトリは慌てたが、自分が招いたかも知れない状況故に掛ける言葉が見つからず、どうしたら良いのかと困惑していた。
暫くの間オロオロとしていたアトリだったが、シュタルクの一言が その沈黙を破ることになる。
「………もう良い。俺の前から、消えてくれ」
膝を抱えて黙っていたシュタルクの出した答え。それは逃避だった。若しくは拒絶とも言い換えられるだろうか。
目の前の少女は、兄と故郷を襲った仇ではないかも知れない。自分は人違いで他人に斧を叩きつけ、師匠の弟子として恥ずべき行いをしたかも知れない。でも、それが全部間違いで、本当はこの子が兄を殺した相手かも知れない。だとしても、自分の渾身の力で擦り傷一つ負わせられない この子には勝つ術も無い。毎日馬鹿の一つ覚えで斧を振り続けていたのは、いつか兄達の仇を討つ為でもあった。でも、それは何の意味も成さなかった。
………俺は、弱いまま、あの時から何も変わってない。
冷静になったことにより、押し込めていた己の無力感や罪悪感が嵐となってシュタルクを襲う。そんな彼の口から『消えてくれ』という逃避の台詞が出るのは、当たり前のことだろう。
抜け殻のようになってしまったシュタルク。気力も体力も尽き果てたように項垂れる彼の姿はとても弱々しく、先程までの彼と似ても似つかなかった。
………だが、そんな彼の前に小さな手のひらが差し出される。視界に映り込んだ手に、シュタルクが曇った瞳を動かしてみれば、それがアトリの差し出したものだと分かった。
抱えた膝の隙間からシュタルクがアトリの顔を見上げたタイミングで、少女は大きく口を開いて声を上げる。
「シュタルクさん、私達と一緒に来て欲しいんだよ! もしも『別の私』が魔族側に付いて、今も誰かを傷付けてるなら、私はそれを止めたい。だから、協力してほしいんだよ!!」
シュタルクの見た少女が本当に『もう一人のアトリ』なのか……。加えて、数年経った今も尚、この世界に残っているかも分からない。
だが、もしもまだこの世界にいるのなら、間違いを正して上げないといけない。『自分』のことは他でも無いアトリ自身が一番良く分かっていた。
好きで人間を殺している筈がない。きっと騙されてる。嘗ての馬鹿な自分と同じように………。
そして、それを止められるのは、同じ『私』でないと出来ないこと。そんな本能がアトリを動かし、シュタルクに手を伸ばしたのかも知れない。
「………俺は、村を捨てて逃げた臆病者だ。役には立たない」
「そんなことない。シュタルクさんが必要なんだよ」
座り込むシュタルクに、アトリは同行を強く求める。一歩前に進み、彼の鼻先にまで手を差し出しながら……。
「今お前と戦ってよくわかった。俺はお前らの前衛なんかにはなれない。自分の弱さを痛感したよ……」
「ダメ。シュタルクさんがいないと始まらないの」
アトリは『謎の圧力』に後押しされるように捲し立てる。……シュタルクには悪いが、実際に彼の実力はアトリの足元にも及んでいない。それは手合わせしたアトリも分かっていた。だが、それでもアトリには引けない『理由』があるのだ。
「………なんでだ?なんで俺なんかをそこまで───」
「知らない!わかんない!でも、付いて来てくれないと『物語』が始まらない気がするんだもん!!」
大声で叫ぶアトリに、シュタルクは口を開けて
自分よりも強いから、優秀だから、出来ないことが出来るから。魔王が消えた今でも多くの魔物が犇くこの世界で、誰かをパーティに勧誘する理由とは、そんな理由が大半だ。
だが、アトリが彼を誘う理由にはそんなものは微塵も無い。シュタルクからすれば、意味の分からない戯言だろう。しかし、それは仕方がないことだった。その真意を知るのは、数多の世界を渡って来たアトリだけなのだから………。
───本能。勘。虫の知らせ………言い方は多々あるが、アトリはそれに幾度となく助けられて来た。
ここではない別の世界では、その勘を信じなかったせいで、世界そのものが滅んでしまったこともある。それ以降、アトリは己の勘を絶対に譲らなくなったのだ。
だが、そんなことを知らないシュタルクは訝しむだけ。幼女の不可解で理解出来ない誘い文句は、心が燻ったシュタルクの中に、再び不快感と嫌悪感を生み始めようとしていた……。
「シュタルク。アトリの我儘は今に始まったことじゃないし、絶対に抑えられない。諦めて付いて来てよ」
そんな様子を見かねたのか、拮抗する二人の前にふわふわと降り立ったのはフリーレンとフェルンだった。
崖上から降りて来たフリーレンはいつもと同じ表情だ。フェルンも表面上は平静を装っていたが、内心ではまだ話の内容に整理が付かずにいるのか、時々目が泳いでいるように見えた。
一連のやり取りを終えたと判断したのか、それとも仲裁がいると考えたのかは定かではないが、フリーレンが来たことで、漸く『物語』が動きそうだ……。
「………フリーレン。でも、俺は───」
「シュタルクは私達と一緒に来るの。これはもう決まってることだから、ゴネるだけ時間の無駄だよ?」
横目で見下ろしてくるフリーレンに、横暴が過ぎやしないか?……と、ごちるシュタルクだったが、それを他所に、フリーレンはアトリに向き直る。そして、そのまま膝を曲げて屈み、アトリの顔を覗き込んだ。
目線を合わせると、アトリは不安そうにしており、これから掛けられる言葉に恐怖しているようにも見える。そんな幼女の『首筋』に そっと手を当てながら、フリーレンは呟く。
「………アトリ。さっきの話、本当?」
それが『別のアトリ』の件だと察せられない程、アトリは阿呆ではない。フリーレンからの問い掛けにコクリと頷き、ごめんなさい……と、俯きながら謝罪の言葉を述べた。
「アトリが謝ることじゃない。悪いのは魔族だ。もう一人のアトリも、たぶん魔族に騙されて利用されてるんだろうね」
自分と同じことを思っていたフリーレンに、やんわりと笑みを溢すとアトリは安心したように息を吐いた。………おそらく、自分の半身がヒンメルの死後も魔族と関わり、人々を苦しめていると知ったフリーレンに嫌われることを恐れていたのだろう。
好きな相手からの拒絶や敵意。それはアトリが何よりも恐れていることだ。仕方のないことだろう。そう察したフリーレンは、アトリの頭を撫でながらシュタルクに向いて声を掛けた。
「故郷を襲った魔族といたのは、ここにいるアトリじゃない。それだけは間違いないよ。私とアトリはその期間、ずっと一緒に旅をしていたからね」
フリーレンの言葉が他でもない裏付けとなり、改めて自分の軽率な行いに項垂れるシュタルクだったが、アイゼンの話を聞いた日から、フリーレンにも一抹の不安はあった。
アトリに関しては、まだまだ分からないことが多い。確かに旅の仲間として一緒に行動をしていたが、肩時も離れなかった訳ではない。
例えば、見える範囲にしか瞬間移動出来ないと言うアトリの言葉が真っ赤な『嘘』で、実は任意の場所に無制限に飛べるとしたら?
例えば、左手のチカラ───ゆびきりげんまんでクヴァールに誓わせた契約すら『嘘』で、奴が今も何処かで のうのうと生きているとしたら?
………例えば、アトリが本当は人類の殺戮を楽しんでいるとしたら?
そんな考えが僅かにも浮かんだことに、フリーレンは自分を恥じたが、一度思い浮かんだ疑念は消えない。
直接聞いて確かめる手もあったが、それでは『真意』は掴めない気がしていた……。
故に、フリーレンは今日この場でアトリと
シュタルクの生い立ちを聞いた時のアトリの表情。会話。息遣いから視線の動きまで、フリーレンは事細かに全てを見ていた。
これは魔法ではなく技術。相手の真実を見抜く為の術だ。それを教えた
何故なら、アトリとシュタルクとの一連のやり取りを見続けて───アトリは嘘をついていないと、フリーレンは判断出来たからだ……。
嘘か本当か、そのダメ押しの確認の為『首筋』に当てていた手を離しながら、フリーレンはアトリを自身に密着させるように抱く。
突然ハグされたアトリは少し驚いていたが、構わずその頭を優しく撫でるフリーレン。その行為が、大切な仲間に僅かでも疑惑の目を向けたことに対する贖罪だと知るのは本人だけだろう。
シュタルク。そして、同じく崖下まで降りて来ていたフェルンに見守られながら暫くアトリを撫で続けていたフリーレンだったが、やがて少女を横抱きにして立ち上がると、シュタルクに強く言葉を放つ。
「シュタルク。戦士の村を襲った魔族は放っておけない。特に、向こうに『もう一人』のアトリが付いてるとしたら、それは紛れもなく───『魔王』の再来だ。だからこそ、私達と一緒に来てもらうよ。今まで培ってきたその力は、今後絶対に必要になるものだ」
「……………。」
フリーレンが話し終えるタイミングで、シュタルクは頭を縦に振った。……有無を言わさず。そんな圧を含んだ言葉に気圧されたからではない。
魔王の再来。それが何を意味するのかを理解したからだ。
どんなに気が弱くても、怯えていても、実力の差を叩き込まれたとしても。それでも、彼が生まれ持った『戦士の魂』が、シュタルクを駆り立てるのだから……。
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シュタルクさんのパーティ入りが決まった私達は、一先ず街に戻ることになった。渓谷から街に繋がる森の中をトコトコと歩いて帰還なんだよ。先頭にフリーレン、その後ろにシュタルクさんとフェルンがついて来てる構図だね。
………え?お前はどの辺りを歩いてるのかって?私は歩いてないよ。だってフリーレンに抱かれたままだもん。お姫様抱っこなんだよ。何故か下ろしてくれないの。
「シュタルク様。事情があったので仕方がありませんが、もうアートリクス様を虐めないでください」
「悪かったよ〜。怖いからその顔やめてよ〜」
後ろではさっきのシリアスな やり取りが嘘みたいな会話してる。別に擦り傷一つ負わされてないし、今回のことは『別の私』が悪いかも知れないんだよ。強く思い悩まないでほしいね。もちろん、私にも責任があるのは自覚してる。
だからフェルンもそんな般若みたいな顔でシュタルクを睨まないであげて!私の肩身が狭くなるだけなんだよ〜!!
「アトリ、今夜は何が食べたい?好きなもの食べて良いよ?」
フリーレンが私を抱く腕を揺籠みたいに優しく動かしつつ、夕飯のリクエストをしてきた。……ん〜、じゃあ『漫画肉』が食べたい!赤いドラゴンを見てたらお腹が破裂するくらい大きなお肉が食べたくなっちゃったから!
「まんがにく?………あぁ、前に話してた骨付きの大きな肉だよね?」
お肉なんてこの辺りでは特に贅沢な食事だし、流石にダメかな〜って思って期待せずに言ったんだけど、即座にOKされちゃった。本当に良いの?前に路銀が残り少ないって話してたのに??
そこまで聞いても、フリーレンは快く頷いてくれた『まだへそくりが残ってるからね』って言って。
やっぱりいつものフリーレンらしくないね。普段から優しくされてるけど、今日は すご〜く甘やかされてる感じがするんだよ〜
でも、ここ暫くフリーレンから感じてた変な空気が綺麗に消えてるみたい。なんて言うか、心の迷いとか疑問とか、そんな感じなのが消えた感じがする。まぁ、何にせよ それは良いことだよね?結果オーライなんだよ〜!(たぶん使い方違う)
でも『別の私』かぁ。シュタルクさんの村を滅ぼしたのが本当に私だとしたら、相当ヤバぁな状況だよね。
だってフリーレン達じゃ絶対に勝てないもん。私がやったみたいに奇襲とかされたら瞬殺は間違いないし、その時に私がこの世界を去っていたとしたら間違いなく最悪な展開だよね。
私を止めてくれたヒンメルもいないし、フリーレン達だけじゃ間違いなくやられちゃう。そんな結末は嫌なんだよ!絶対に回避しなくちゃ!!
フリーレンの腕の中で揺られる私は、旅の主たる目的を心の中で追加した。元々の目的の一つ、天国でヒンメルや大切な人達と再開すること。これは変わらない。もう一つは『私』が誰なのかを知ること。これは大前提なんだよ。
それから、この世界にいるかも知れない『別の私』に会うこと。そして、その私が魔族に騙されているなら誤解を解いてあげる。
でも、もしも別の私が魔族の虚言によってじゃなくて『自分の意思』で人を殺しているとしたら………、その時は───
ずっとず〜っと前に、別の世界で偶然再開した私の半身。再開した後、お互いの状況を理解して、一緒に行動をしてたけど、その私から すごく怖い話を聞いたのを思い出しちゃった。
その時の会話を脳裏に浮かべた私は、フリーレンの腕の中で少しだけ不安な表情をしてたと思う………。
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ねぇ、私。もしも、今後 別の世界で他の私達に会うことがあったら、その時は気を付けてほしいんだよ。………私は、ある世界で『その私』に酷い目に遭わされたから。
え?何があったのかって?………う〜〜ん、直接的な言い方で好きじゃないけど、ちゃんと伝えておかないと この先危ないかもだからね。ハッキリ言うんだよ。
私は、『その私』に………、殺されそうになったの。
───別の私は『その私』のことを、他の半身達と区別をつける為に、こう呼んでた。
『闇堕ちした私』って………。
〜嘘か本当かシリーズ〜
▶︎街に戻った日の晩御飯にて◀︎
憑き物が取れたフリレン「アトリ、はい。まんが肉ってこんな感じかな?」(フリレンが隠れるくらいのデカい骨付き肉)
暴食幼女「すご〜い!おっき〜〜ッ!いただきま〜〜す!!」(ガツガツガッツキ‼︎
冷静な二人の少年少女(……いや、このデカいの何の肉???)
※材料は兎も角、味は最高だったとか……。また、へそくりだけでは足らなかったのか、残りの路銀が消し飛んでフェルンが再び般若になったとか。