普通の社会人、只野 光実は、現実に疲れ切っていた。彼は非日常を追い求め、普段なら絶対に使わない裏路地へと足を運ぶ。そこで出会ったのは、かつての親友の姿で………。光実は親友から、追い求めていた非日常的なストーリーを聞かされる。これは、もう終わってしまった、2人の男の物語。

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非日常への誘い

なんてことはない。普段とは違う道で帰宅しようと。ただ、彼、只野 光実(ただの みつざね)はそう思っただけだ。特に理由などない。強いていうならば、いつも通りすぎる日常に、心のどこかで嫌気が差していた、だとか、そんなところだろう。少し寄り道して、たまには非日常感を味わうのも悪くないかもしれないなんて、そんな軽い気持ちで、普段は使わない裏路地を、まるで未知の世界にワクワクしながら突入する少年のように只管進む。

 

それはただの好奇心だった。ただ、ちょっとだけ現実から乖離した世界に浸ってみたいなんて、そんなふうに思っていただけだった。

だから、思ってもいなかったのだ。

まさか、かつての親友が、変わり果てた姿で、その世界で生きているなんて。

 

「あぁ。光実か。久しぶりだな」

 

久しぶりに聞いた親友の声は、記憶にあるものより随分と甲高いものとなっていた。光実の記憶の中では、親友(彼)は男であったはずだが、今の親友(彼女)の姿は、どこからどう見ても女性そのものとしか思えない。大人になって女装趣味にでも目覚めたのか、それにしては体格が男のものとはかなり異なるような気がする。といっても、別に光実はその道に詳しいわけではない。だから光実は、親友(彼)のことを、大人になって女装趣味に目覚めた男、として処理することにした。

 

「久しぶり。こんなところで何やってるんだ?」

 

変わり果てたとはいえ、懐かしい顔と出会ったのだ。たまには昔話に花を咲かせるのも悪くないだろう。もっとも、この状況は光実にとって願ったり叶ったりなものであったというのもある。彼にとって、一時でも現実を忘れて、異世界に浸れる時間は、心の平穏なのだから。

 

「何って、仕事だよ、仕事。こんなわた………俺でも、雇ってくれるところはあるみたいだからさ」

 

光実の記憶では、親友(彼)はなんでも出来る完璧超人だったはずだが、そんな彼がまるで自分が無価値な人間であるかのように振る舞うのは不思議で仕方がない。そんな風に疑問に思っていると、まるで答え合わせをするかのように、親友(彼)が言葉を紡ぐ。

 

「なあ。少しだけ、話しても良いか。哀れな1人の男の話を、さ」

 

親友(彼)は、自虐をするみたいに、まるで人生の全てを諦めたかのような顔をしながら、少しずつ話を進めていく。

 

「男は、小さい頃からなんでもできた。運動も、勉強も、人間関係も。その全てにおいて、人生で困ったことなんてなかった。人の恨みを買うようなことはしてこなかったし、客観的に見れば、それなりに親孝行もしてるような男だった」

 

光実は、黙って親友(彼)の話を聞き続ける。光実にとっては、他人の一生だって今この場においては非日常に浸れるものだからだ。彼は現実を忘れることができるなら、どんな虚構にだって浸れる。

だから、黙り続ける。変に自分の言葉という現実(リアル)を投げかけて、親友(彼)の紡ぐ非日常(空想)を破壊したくないから。

 

「男は、これからもそんな日常(当たり前)が続くんだって、そう信じて疑わなかった。でも、どんな物事にも終わりは訪れる。無常なんて言葉もあるくらいだしな。男の日常は、ある日突然崩れ去ることになるんだ。周りからすれば、なんてことのない平日(日常)の一つにすぎなかったけど、男にとっては、その日は非日常の始まりだったんだよ」

 

光実は、黙ってきく姿勢を止めるつもりはない。薄々誰の話かなんていうのは察しているし、そいつに寄り添ってやることもできないでもない。だが、光実は邪魔されたくなかった。折角浸った非日常を、現実へと引き戻すような真似はしたくない。だから、光実は男に寄り添うつもりなど毛頭なかった。

 

「男はその日、女になった。いや、女とも呼べるか怪しいかもな。女の形をした、何かになっちまったんだ。運動も、勉強もできた男が、その日世界から消えたんだ」

 

親友(彼)は、冷や汗を浮かべながら、思い出すのが辛いと、隠すこともせず、あからさまに顔の表情に出しながら、その口から、一言一言、か細くなった音を発していく。そんな姿を見ても、光実は親友(彼)を止めてやろうだなんて微塵も思わなかった。光実は、今目の前で苦しんでいる親友(彼)よりも、今この場に存在すらしていない非日常(物語)に浸ることを取ったのだから。

 

「男は、運動も勉強も、他人から評価されて初めて認められるものだったんだって気づいた。でも、女の身になってからは、そもそも存在が認められてなかったんだ。両親からは、行方不明の息子の名を騙る気狂いの女だと認識されたし、病院に行ったって精神科の方に案内された。誰も男の…元男の言葉なんて聞こうともしなかった」

 

そういえば一時期、やけに親友(彼)から連絡が来る時期があったなと光実は思う。あの頃は、就活で忙しくて、友人なんかに構ってる暇はなかったから、親友(彼)からの連絡は全てスルーしていた気がする。そういえばその時期はまだ未来に希望を抱いて、現実(いま)を生きようと精一杯努力していたような気がするなと、光実は少し過去を懐かしむ。しかし、そんなことは今は関係ない。今は親友(彼)の非日常(物語)に浸る時間であって、昔を懐かしむための時間ではないのだから。

 

「男にとって自分の存在を証明してくれるような何かは、この世にもう存在しなかったんだ。元男の何者かには、戸籍も何もなかった。でも幸い、女の形をしていたものだから、夜の世界で働くことにしたんだ。危ないけど、戸籍を必要としない、そんな場所を追い求めてさ」

 

この辺は、確かに色欲に塗れた店などがよく立ち並んでいる。光実は利用したこともないし、おそらく今後も利用することすらないだろうが。

 

「夜の世界では、元男…いや、女は、拒絶されることはなかった。元男というだけあってか、男の壺もしっかり抑えていたしな。だから元男の女は、夜の世界で一気に地位を築いていった」

 

光実は自身の腕時計を確認する。そろそろ家に帰らないといけない時間帯だ。明日も仕事は山積みである。残された時間はあと少しだった。

 

「長い間こういう業界で働いてると、たまに馬鹿が湧くんだ。店の女に本気になる、馬鹿な男がさ。普通の女なら、そんなやつと一緒になろうなんて思わないよな。でも元男の女にとっちゃ、それは絶好のチャンスだったんだ。なんせ、戸籍もなけりゃ自分の居場所もないような女を引き取ってくれるっていうんだからさ。別に、その馬鹿な男のことは別に好きでもなんでもない。けど、お互いウィンウィンなんだ。馬鹿な男は、自分の好みの女と一緒になれる。元男の女は、自分のことを養ってくれるお世話係さんが手に入る。ってね」

 

親友(彼)は、自分の両頬をパチンと叩き、さっきまでの陰鬱とした雰囲気はどこへやら。いつかの快活とした雰囲気のそれへと戻っていた。

 

「悪いな。俺だけ一方的に話しちまって。ありがとな、話聞いてくれて。明日も仕事だろ?今日のところはここら辺にしようぜ」

 

そんな風に笑う親友(彼)の表情に、少しだけ寂しさの色が見えた気がするが、光実はあえて気づかないふりをする。

光実は、なんとなく入った裏路地で、たまたま昔の親友と出会い、フィクションの物語を語り聞かせてもらっただけ、ただそれだけなのだ。

 

彼にとって、現実を否定する非日常(フィクション)は魅力的ではあるが、現実と同化してほしいわけじゃないのだ。現実は現実、非日常は非日常。光実は社会人だ、そのくらいの分別はついている。昔の光実だったら、こんな考えは持っていなかったであろうが。しかしそれも過ぎた話だ。

 

今日は少し他と違う日であったが、それだけでどこかの物語の男のように光実の何かが劇的に変わるわけではない。変えようとも思わない。

彼もまた、現実の奴隷なのだ。

 

だからこそ、光実は今日も真っ直ぐに家に向かう。

明日も、そして明後日も、同じことを繰り返すために。

 

かつての夢見た自分の姿は、もうここには、どこにも存在しなかった。




就活の際、光実が親友の連絡に応じていれば、2人の未来はもっと違うものへと変化していたことでしょう。
何事も、過ぎ去ってしまってからでは遅いのです。やれ〇〇になったらやるから〜だとか、やれ〇〇じゃないからできないから〜と言っていると、後から後悔するのは自分です。辛くても、今、取り組みましょう。できる範囲でいいんです。ちょっとずつでいいから、進めていこうじゃありませんか^^

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