実際の数百倍は過酷な世界だと勘違いしたカーリー信者(5)ちゃん
ここはlibrary of ruinaの世界だ。
それに気づいたのは私がまだ路地裏で生活していたころ。ゴミが散乱した路地裏で何かに足を引っ掛けて転んだ私は、目先にある酒瓶に反射した自分の顔を生まれて初めて見て、既視感と共に頭に入ってくる情報に混乱した。
そこは犯罪が少ない、あっても殆どは対岸の火事で済まされるような世界だった。
多くの人には帰る家とまともな食事、身を清める場、安らかに眠れる環境があった。
"そこの私"はこれと言った特徴のない、そこでは平凡な会社の一社員という立ち位置で、休みの日は専ら大好きな"推し"を眺めたり"操作して"いたりした。
"私"が大好きな"推し"はゲームのキャラクター、
その姿は奇しくも今の私を成長させたような見た目をしていた。
まるで映像のように鮮明に思い浮かべることができるその情報の波を、私はどこか他人事のように感じつつ処理していった。
・・・そうやって数十分はその場所に這い蹲っていただろうか。ようやく情報の処理を終えて、他の事に意識と思考を回せるようになった私は起き上がることもなく、
「すぅ・・・・・死ぬな、これ」
ただ死を悟っていた。
こんな世紀末も裸足で逃げ出すような世界に生まれた私だけど、小さいうちからこの世界に蔓延るルールや組織の存在を知れたことを考えると、これでも運はいい方だと思える。いや、こんな世界に生まれた時点で運はとてつもなく悪いと言えるが。
何故かって
人を糸に変えるとかいう
"裏路地の夜"とは、"裏路地の午前3時13分から午前4時34分までのきっかり81分間"のことを指し、この間に何をしても公共機関に追及されたりすることはない。
しかしそれはつまり、"何かされても頼れるものが何もない"ということ。この裏路地に手と手を繋いで仲良しこよししようなんてやつはいない。そんなやつはすぐに騙されて死ぬか、生き残ったとしても利用されてやはり死ぬ。組織の中にはそういう奴らが集まって看板を立てたものもあるかも知れないけど、基本的には利害の一致っていうのが大きいんじゃないだろうか。
とにかく命が軽い
この世紀末な世界で生き延びるにはとにかく力が必要だ。力のない者は今日を生きることも、誰かを守ることも出来ない。ただ奪われるだけ。もちろんそんなのは嫌だ。
私はカーリーが大好きだ。だからカーリーになれたというのはこれ以上ない幸福なのだけど、そう呑気にしていられない理由がある。
赤い霧は特色の中でも最強。そう言われているということはつまり、そう言われる程のことを成したということ・・・やっぱり私は死ぬんじゃないだろうか。
それだけじゃない。カルメンが所属していた研究所での件もある。
彼女に口説かれて研究所に用心棒として雇われることになったカーリーは、最終的に多くの敵を相手取り、たった一人を除いてそれらを殲滅。そして満身創痍になりながらもそのたった一人である"調律者"すら殺し合いの末に同士討ちという形で討ち取り、息を引き取った。
・・・つまり
正直、生き残れることだけを考えるのなら幾らでも方法はある。それこそ赤い霧にならなければ
だけど、我が身のかわいさに他人を見捨てるようなことを、
何でカーリーに憑依したのかは分からないけど、憑依した以上は
家もない、力もない、頼れるアテもない。ないない尽くしの私だけど、幸い知識は豊富にある。この知識をうまく使えば何とか生き残ることができると思う。
「ルイナ世界に転生・・・カーリーに憑依・・・となればやることは一つ・・・!」
赤い霧に、私はなる!