マチカネフクキタルの運が尽きた日   作:寺水 風味

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前にpixivに投稿したものをちょっと書き直したものです


四話 運が尽きた日

 

フクキタルと連絡を取ろうとLANEを起動して早や数十分

一向につかない既読に不安を覚えて栗東寮を訪れていた

 

そのまま正面から寮へ……という訳にはいかない

トレーナーのウマ娘寮立ち入りは原則禁止となっているからだ

 

その為、事情を説明するために管理室へ向かう

 

足早に歩を進め、寮の一角に設けられた管理室の扉を開け

部屋を見渡すと栗東寮長のフジキセキが机に向かって作業をしていた

 

 

「おや、何かご用かな?」

「マチカネフクキタルに用事があって、すまないけど呼んでもらっても?」

「うん、いいよ。そこに掛けて待っててね」

 

 

そういうとフジキセキは固定電話に手を伸ばし、慣れた手つきでどこかへ電話をかけ始めた

 

耳をぴとりと受話器に当て軽く腕を組む彼女を横目に、パイプ椅子に腰掛ける

 

しかし電話は繋がる気配はなく、掛け時計の秒針の音が部屋に響き続けた

 

その状況に辛抱堪えかね、スマホを取り出し

既に何度も確認したLANEに既読が付いていないか、もう一度確かめようとしたところでフジキセキが顔を上げた

 

 

「やぁタンホイザ、フジキセキだけどフクキタルは居るかい?……居ない?」

 

 

ようやく通じた電話に安心したつかの間、不穏な言葉が聞こえてきた

フジキセキがちらっとこちらに視線を送る

 

電話を代ろうか、そう言いたげな表情に答えて席を立ち

フジキセキの方へと向かう

 

 

「いや、フクキタルにお客さんが来て居てね。ちょっと電話を代るね」

「もしもし、フクキタルのトレーナーです。」

「ぅえ、あ!ど、どうも!マチカネタンホイザです!フクちゃん先輩にいつもお世話になっておりますっ」

 

 

ヒト用の受話器に回してもらった電話を間髪入れずに取ると

逸る気持ちを押さえきれずに出た食いぎみの挨拶に

電話越しから慌てた口調が返ってきた

 

 

「フクちゃん先輩をいつもお世話しております。いきなりで申し訳ないんだけど、フクキタルが居ないって話詳しく聞かせてもらっても?」

「あ、はい。えっとですね、さっき練習から帰ってきたばっかなんでなんとも言えないんですけど、取り敢えず部屋には誰も居ないくて、ものすっごく散らかってます」

 

 

焦る気持ちを押さえて、圧迫感が出ないよう

言葉を選び、詳しく話を聞くと

ひとまず現状を伝えてくれた

 

常に散らかっていると言っても良いあの部屋で生活しているタンホイザが

散らかっていると伝えてくるのを考えるにかなりの惨状であることが想像できる

 

何かあったんだろうか

 

 

「それから……ちょっと待ってくださいねー……よっ、ほっ、ほい!っと、ありゃ?フクちゃん先輩のスマホ置きっぱなしになってますね、こりゃお手洗いですかな?」

「うーん、でもLANE送ってからかなり時間が経ってるし……そうだ!トレーニングシューズ置いてあるか見てくれないか?ひとまず屋内に居るか確認しよう」

「おぉ、なるほど。了解ですっ!下駄箱覗いてみますね」

 

 

長時間返信がないことから寮内に居ない可能性も考え、下駄箱の確認をお願いすると

のほほんとした返事の後、一変して風切り音と力強い足音が受話器の向こうから流れてきた

 

その数十秒間の風を切る音の後、息一つ乱さないタンホイザの声が聞こえてきた

 

 

「さて、シューズシューズっと……あれ?ない?お出掛け用の靴は置いてあるんですけど、トレーニングシューズは見当たらないですね」

「あいつ、今日は休めと言ったのに……」

 

 

状況を鑑みるに追加の自主トレーニングをする為に外に出て行ったようだ、それも携帯を忘れて

 

ただ単に忘れて行ったのか、それとも余程急いで部屋を出たのか

 

何を思って練習に行ったかは定かではないが、今のフクキタルにオーバーワークをされるのはあまり好ましいことではない

 

中々思惑と嚙み合わない現実に軽くため息が漏れた

 

 

「ありがとう、助かったよ。疲れてるところ申し訳なかったね」

「いえいえ、全然大丈夫ですよ。それよりフクちゃん先輩に何かあったんですか?」

「まぁ、色々あってな。これからちょっと話をしよと思ってたんだけど、この有り様でな……」

「任せてください!私も一応寮の中見回ってみますね」

「そんな……ありがたいけど……」

「困ったことはお互い様ですよー」

 

 

感謝と言伝を伝えて電話を切ろうとすると、タンホイザが寮内の捜索を買って出てくれた

タンホイザの都合も考えると申し訳なく思い、断ろうとすると

穏やかな口調で返ってきた

 

 

「――何かあったらさっきのグループに……本当にありがとう。そっちはよろしく頼む、じゃあ」

「用事は済んだみたいだね」

「まぁ、そうだな……ありがとう寮長さん、また用事が出来たら世話になるよ」

「あ、ちょっと待って」

 

 

さっそく探しに出掛けようとすると、フジキセキに呼び止められた

思いがけず掛けられた声に振り向くと

フジキセキにどこか心配そうな顔を向けられていた

 

 

「私も探すのを手伝うよ、丁度暇になった所だったし。何より根を詰めるすぎるのは良くないよ」

 

 

どうやら自分が思っている以上に余裕の無さが顔に出ていたらしい

 

大の大人が学生に心配される状況に恥ずかしくなり

頭を掻いて恥ずかしさを紛わせていると

 

 

「かわいいポニーちゃんの為でもあるしね」

 

 

とウィンクしながらフジキセキは付け足した

 

たじたじになりながらも感謝しながら席を立ち、フクキタルを探すために管理室を出る 

 

今は時間が惜しい、それ故に彼女の申し出はとてもありがたい物だった

 

フクキタルがもう一度勝てるようになる為にするには今すぐにでも行動を起こす必要がある 

レースも近いからあまり手荒な事はしたくない、が解決しない事には話は始まらない

 

その上フクキタルの同期達もシニア二年目に入り、更なる成長を遂げている中だ

 

ここでグズグズしていては追いつくことも困難になるだろう

 

 

 

~~~

 

 

 

トレーニング施設が点在し、移動が手間な校内をフジキセキに任せて

校外の心当たりのある場所を探しに街に出た 

 

最初に試したのは、フクキタルがやりそうなトレーニング方法を真似して場所を突き止めるやり方だった、今日の開運方位を調べその方角へランニングするという方法を試してみる

 

調べてみたところ、今日の開運方位は丁度校門から公園へと向かう方角だった 

 

これは案外早く見つかるかもしれない、と一人気を良くしたものの束の間

公園までウマ娘専用ラインが続く道を辿っても、公園を実際に探し回ってもフクキタルを見つけることはできず、この方法は空振りに終わった

 

 

ベンチに座り、公園の池を見つめながら一度情報を整理する

 

 

取り敢えず公園には居なことは分かり、選択肢を一つ消すことができたが

この方法では非効率が過ぎる

 

フクキタルが持つ占いの引き出しが多すぎて全部試していてはキリがない

 

 

「ジムにいないなら筋トレではない、プールにもいないし……」

 

 

学園組からの報告を確認しながら色々考えていると一つ思いついた

 

今のフクキタルがやりそうなトレーニング内容から場所を特定するやり方

これならばかなり選択肢を絞ることができる

 

なによりも喫緊の課題は今日の練習で伝えたばかりだ

 

フクキタルが今克服するべき課題、それは――

 

 

 

~~~

 

 

 

「はぁ……はぁ………」

 

 

ここはいつ来ても変わらない

 

初めてトレーナーさんと出会った時も、次のレースを決めた時も

静かで、荘厳で、透き通る様な空気だった

 

今日も今日とてその雰囲気は変わらず、沈みかけた夕日に照らされ

境内には影が長く伸びていた

 

息を整えようと深く息を吸うと、口いっぱいに乾いた冬の匂いが広がる

 

 

「よし、もう一本……」

「やっぱりここは気持ちいいな」

「どわぁああぁぁあ!?!?ト、トレーナーさん!?」

 

 

一息ついたところで先程まで行っていた階段ダッシュを再開しようと振り返ると

そこには大きく背伸びをするトレーナーさんが居た

 

 

「おう、さっきぶりだな」

「もう!驚かさないでくださいよ!というかどうしてここに!?」

「ちょっと話があったから探してたんだよ、驚かすつもりも無かった……っていうか今日は休む様にって言ったはずだぞ?」

「あ……」

「そろそろ追い込みに入るから程々にな」

 

 

すっかり忘れていた約束に肝を冷やして固まっていると

トレーナーさんは大して気にする素振りも見せずに、ゆっくりと階段に腰かけた

 

 

「今日のレースで焦ってるのか?」

「いやぁ――――まぁ……はい……」

 

 

そのまま話を続けるトレーナーさんの様子を伺っていると

いきなり胸に突き刺さる質問をされ、たじろいでしまった

 

しどろもどろに答えつつ、ぎこちなくトレーナーさんの隣に座る

 

 

「心配になるのは分かる、けどフクキタルなら大丈夫だ」

 

そういうトレーナーさんの顔は優しく笑っていた――

 

 

 

 

 

――今、自分はどういう顔をしているだろうか

 

思った通り、根性を鍛えるのに持って来いなここにフクキタルは居た

 

見つけた時にちょうど一息ついた所だったらしく、穏やかに話を切り出すことができた

しかしここからが勝負だ 

 

緊張が顔に出ていない事を祈りつつ、いよいよ本題を切り出す

 

 

「練習前の話なんだけど、覚えてるか」

「……コーヒー占いの話ですか?」

「いや、その前。何で走りたいかってやつ」

「あー、そういえばそんな話もしましたね!」

 

 

フクキタルはいつもの調子で答えてくれた

 

 

「あの時言ってた勝てるのを見せたい相手って具体的には誰の事だったの?」

「もちろんいつもお世話になっている人達ですよ!トレーナーさんや友達、ファンの皆さんに家族等々たくさんです!」

「嬉しいこと言ってくれるじゃないか……でも今はそっちじゃなくて原点の方が聞きたいんだ」

 

 

原点の方、そこまで言ったところで表情が変わった

 

鼓動が体中を駆け巡る

 

 

「…………それだとお姉ちゃんですね、ほら!前に話した事があったじゃないですか」

「あぁ、良くできた姉が居るってやつか?」

「そうです!物心ついた時にはお姉ちゃんは既にレースを走っていて、それでずっとその姿に憧れていたんです。いつも一緒に練習して、それでいつも追い付けなくて……」

 

 

最初は思い出すように目を伏せて、その後は懐かしむようにフクキタルは話してくれた

 

 

「なるほどねぇ」

 

 

一息ついて、次の言葉を絞り出す

 

 

「それで……今はどうしてるんだ」

「はい?」

「いや、今はどうしてるのかなってね。だってレースしてたんだろ?中央に来たフクキタルが良くできた、なんて言うんなら学園に在籍してるのか?」

 

 

呆けた表情が少しずつ雲って行き、ゆっくりと目を泳がせた後

俯きながら口を開いた

 

 

「姉は、お姉ちゃんは、私がここに来る前に亡くなってしまいました」

 

 

フクキタルは目を合わさずにお姉さんの事を教えてくれた

やはりたづなさんの情報は間違いないらしい

 

学園を信じない訳ではないが、それでも心のどこかで嘘であって欲しかったのかもしれない

 

 

「あぁっ、別に隠していたとかそういうんじゃないんですよ!?ただ、あまり話すようなことではないというか」

 

 

ハッとした様子で今まで通りの調子に戻そうとするフクキタルだったが

姉との死別を語る表情は今までに見たことのない、悲哀に満ちたものだった

 

 

「あぁうん。まぁ、言いたいことは分かるよ」

 

 

いつもと違う弱々しい姿を前に言葉が詰まり、話が途切れる

何度も浮かんだ言葉を飲み込み、納得いくような言葉を形にしていく

 

 

「なぁ、フクキタル」

「何でしょうか、トレーナーさん」

 

 

目の前に広がる夕暮れ空を漠然と眺めながら担当の名前を呼ぶと

か細い返事が帰ってきた

 

 

「聞いた話によると、ウマ娘は想いを受け継いで走るらしい」 

 

「この話が本当かどうかはヒトの俺には分からない」 

 

「でももし、本当だとしたら」

 

「お前が受け継いだ想いを、夢を叶える手伝いを俺にさせてほしい」

 

 

振り向くと、しいたけの様な瞳と目が合った

こちらを真っ直ぐ見つめて離そうとしない様子だ

 

 

「俺はフクキタルを担当した時から何があっても支えようと決めていた、でもただ支えるだけじゃダメだったんだ。大事なのはお前が自分で前に進むことだ」

 

「俺にはお前がレースで走っているのを見守る事しかできない、でもレースで勝つ為にあらゆる手を尽くす事はできる」

 

「フクキタルが少しでも勝ちたいと思えば、俺は全力でそれを手伝うぞ」

 

 

今、トレーナーとしてできることを伝え、固唾を飲んで返事を待っていると

 

 

「……やっぱり、トレーナーさんは運命の人ですね」

 

 

そう恥ずかしそうに呟いて、いつもの眼差しでこちらに向き直った

 

 

「トレーナーさん!私、勝ちたいです!!勝ってお姉ちゃんとの約束を叶えたいです!あの日にした――そう!そういえば今日はその時貰ったとびっきりの物を持ってきて……」

 

 

力強く勝ちたいと宣言するフクキタルの顔は、菊花賞前に見た

前向きで、底抜けに明るい福に満ちた表情だった

これで有マ記念で良い勝負が――

 

 

「……あれ?……あれ?…………ない……?」

「どうした」

「ない!ないんです!お姉ちゃんの髪飾りが!!」

 

 

――そんな期待を引き裂きように

ポケットを何度も確認するフクキタルが悲鳴の様な声をあげた

 

 

「フクキタル、落ち着いて。最後にそれを見たのはいつだ?ゆっくりで良いから思い出していこう」

「えっあ、った、確かここで練習を始める前に、そう!練習を始める前に見たんです!!あれを見るとお姉ちゃんが見ていてくれる気がして、それで――」

「分かった、大丈夫だ。ここにあるんだな?まだ日は沈んでいない。今から探そう、きっと見つかるぞ」

 

 

いつもの青ざめた顔とは違う、切羽詰まったフクキタルを落ち着かせつつ、西の空を確認する

 

太陽は既に半分以上沈み、暗くなりつつある

 

大丈夫とは言ったが猶予は残されていないようだ

 

 

「トレーニング中は階段辺りから出てないな?」

「は、はい」

「じゃあ、ダッシュ中にポケットから飛んでったんだろうな。多分階段のどこかしらにあるはずだから、手分けして探そう」

 

 

いいな?と声を掛けると、フクキタルは声にならない声で必死に返事をしつつ頷いた

 

 

 

~~~

 

 

 

日没が迫る中、たどたどしく教えて貰った髪飾りの特徴を見落とさない様に二人で階段を下りて行く

 

焦りを押さえながら一段一段ゆっくり歩を進める

 

一歩、また一歩と進むと共に夕陽も確実に暮れて行き、最後の一段に足を置いた時には、頭が少し見える程にまで沈んでいた

 

 

「……ト、トレーナーさんは、見つけられましたか……?」

 

 

一番下まで着いた時にすがるようにフクキタルが訊ねてきた

 

静かに首を振り答えると、より一層表情に陰りが増してみえた

 

 

「もう一回!もう一回探しませんか?」

 

 

この程度で諦められるはずもなく

縋る様にフクキタルはそう申し出てきた

 

 

「もちろんそのつもりだ、時間もないしフクキタルは下から探してくれ。俺は上から探し直してくる」

 

 

もうすぐ日が落ちる

 

時間はない上に、薄暗くなりつつある今

注意力が分散しているフクキタルが足元の悪い階段を上がるのはあまり得策とはいえない

 

説明する時間も惜しい、フクキタルが分かってくれると信じて

 

そのまま返事を待たずに階段を駆け上がると、後ろから

 

「気を付けてください」

 

と聞こえてきた

 

 

 

~~~

 

 

 

返事も程々にがむしゃらに階段を駆け登り

全体の2/3程に差し掛かった所で体力の限界を迎えた

 

フクキタルが登っていたなら、既に折り返して来ているだろうか

一度立ち止まって息を整えていると、そんな考えが頭をよぎった

 

こんなところで時間を浪費する訳にはいかない

 

そう焦る気持ちを抑えようと夕陽を再び確認すると、最後の光芒が消えかかろうとしていた

日が完全に落ちたらあっという間に暗くなる

 

もう一度駆け出そうと、大きく息を吸い込み階段の最上段を見据える

 

 

その時、ふと視界の端で何かがきらめいた

 

 

つい反射的に視線が動く

 

10段程登った先、階段脇の雑木林から確かに何かが反射していた

目を凝らして見つめる

 

 

微かに空っ風が吹き抜け、木々が枝葉を震わせた

その静かな喧騒の中、木々をじっと見つめ

 

僅かな情報も取りこぼさないように意識を研ぎ澄ます

 

 

 

――光った、確かに光った

 

 

 

常盤木の枝の先で何かが風に揺られ、最後の光芒を照り返している

 

思わず息が止まり、あれこれ考える前に体が動き出した

 

大きくなる歩幅と階段の幅が噛み合わず、何度も足を外しながら件の木まで近寄る

 

 

「白いダルマに鈴が2つ……あった……」

 

 

高さは2.5メートル程だろうか

 

根本から枝分かれを繰り返し、大きく枝葉が広がる樹木が斜面から生えており

話に聞いた通りの髪飾りが葉っぱに紛れて引っ掛かっていた

 

 

「おーい!フクキタルー!」

 

 

下の方でうろうろと探しているフクキタルに、大きく手を振るといつも以上の速さで階段を駆け上がってきた

 

あまりの勢いに少しひやりとしたが

こちらに向かって一直線に向かってくる様子は、レースさながらの気迫だった

 

 

「どうしました!?トレーナーさん!!?」

「ほら、あそこ。あれがそうか?」

「おおぉぉお!!まさしくその通りです!!」

 

 

無事に登ってきたフクキタルを前に一安心すると同時に、あの耳飾りがフクキタルにとってどれ程大切なのか確認した

 

であれば、なんとしてでも取り戻さなければ

 

 

「結構な高さがあるな」

「肩車――では届きそうにないですね」

「つっつける様な物もない……木登りとか小学生以来だな」

 

 

幹に手を当てるさらさらとした触感が伝わってきた

 

そのまま更に力を加え続け体重を預けてみる

 

当たり前ではあるが、直径60センチは下らないであろう幹がその程度で揺らぐはずもなく

年末には似合わない青々とした葉を悠然と湛えている

 

 

「私が登りましょう!ウマ娘もおだてりゃ木に登るってやつです!!」

「駄目だ、レース前だぞ?何かあったらどうするんだ、それに登るのは豚だぞ」

「あっちょ、トレーナーさん!?き、気をつけてくださいね……?」

 

 

軽くツッコミを入れつつ、登りやすいよう斜面の上の方から幹の分かれ目に足を掛け

両手で目一杯体を引き寄せ、地面を蹴る

 

遠い思い出とは比較にならない体の重さを感じつつ、何とか木に這い上がり

体勢を整えて目的の枝に体を向け、髪飾りが引っ掛かっている場所を改めて確認すると

まだ2メートル程上に髪飾りはあった

 

一旦落ち着き、そこまでたどり着けそうな足場を目で追い確認する

 

 

「大丈夫そうですかー?」

「何とかなりそうだ!」

「くれぐれも!くれぐれも気を付けてくださいね!」

 

 

ぱぱっと終わらせましょうと下で騒ぐフクキタルを尻目に、あらかた目星をつけたルートを登り始める

 

慎重に足の置き場を探り、少しづつ足の裏に体重をかけ

靴底から伝わってくる樹皮との摩擦に神経を集中しゆっくりと登っていく

 

髪飾りに近づく程枝は細くなり、それに比例して揺れも大きくなってゆき

それに伴い一挙一動に掛かる時間も増え、あと一歩の所まで来た時には

既に日は落ちきり夕陽の残光も残りわずかになっていた

 

 

(本格的に暗くなってきたな……少し急がないと)

 

 

前に出ている足に重心を移そうと全身を使って前に進もうとすると

体を少しでも動かす度に大きく枝は揺れ、時折不気味な音をたてて軋む

 

恐怖で体が固まる

しかし目標はすぐ目の前、ここまで来たからには後戻りするのもいただけない 

 

緊張で震える手足を必死に押さえてさらに体を前に送りだし

やっとの思いで腕を引ききると、何とか手が届きそうな距離までたどり着いた

 

 

(…………っあと少し!)

 

 

そこから髪飾りを掴もうと手をそっと伸ばすものの、指先はむなしく空をかく

 

後少しが届かず何とかしようと踠くも

帰ってくるのはくぐもった鈴の音と葉が揺れて擦れる音だった

 

そうこうしているうちに限界が訪れ、一旦手を下ろす

 

根本の幹とは違い直径が15センチにも満たない末端の枝に、長時間体重を預けるのは極力避けたい

 

 

(これ以上はヤバそうだ……さっさと終わらせないと)

 

 

はやる気持ちに後押しされ、顔をもたげて髪飾りにもう一度確認し全力で腕を伸ばす

 

息をゆっくりと吐き出し、顔を押し退けて肩から腕を前に突きだす

 

肺から空気が抜けていくにつれて近づく指先に対して、腕の筋肉は痺れてゆき感覚が鈍ってゆく

 

少しずつ確実に遠くへ腕が伸びる感覚に確かな手応えを感じた

 

諦め悪く夢中であがき続けて息も底を尽き、再び限界に近づいた時

指先に何かが触れる

 

それと同時に凛とした透き通る音が微かに聞こえた

 

 

(届いた!)

 

 

この時を逃すまいと足先を使い体ごと押し出し

力強く掻いた反動で体中が軽く浮くと

指先から指の腹側を伝い手中に髪飾りが滑り込んでくる

 

 

「取った!!」

 

 

指を握り込むと、重力に従い体が枝に打ち付けられる

 

 

と同時に一際大きく枝が沈みこんだ

 

 

今までと比べにならない程軋んだと思った矢先

大きな衝撃が枝から伝わってきた

 

直後に大きな破裂音が響き渡り体が再び宙に浮く

 

体重を感じなくなった瞬間、反射で体が強ばり

恐怖心から痛いほどに脈が跳ね上がる

 

無意識に瞑った目を開いた次の瞬間には、近づく地面が視界一杯に広がっていた

 

 

不自然に時間の経過が遅く感じる

 

 

未だ状況を飲み込みきれない脳裏に、聞き慣れた叫び声がこだました

 

押し寄せる浮遊感で現実に意識が追い付き、咄嗟に受け身を取ろうと空中で身をよじる

 

が、まともに動けずはずもなく、そのまま地面に叩きつけられた

 

 

両手足から地面にぶつかり、筋肉が無理に圧迫され

逃げ場の無い衝撃は骨を伝い、関節を軋ませ内臓を揺らす 

 

鈍い痛みが体中を駆け抜け、体が跳ね飛ばされると

衝撃でこわばり、中途半端に身構えた体は

衝突で消費されきれなかったエネルギーに後押しされ

 

 

――斜面の下へと転がり出す

 

 

朦朧とする意識の中、無力に宙を舞う自分の両手越しに薄暗い空と生い茂る木葉が見えた

 

ウマ娘が高負荷トレーニングを行うのに適した石段

その斜度は言わずもがなそこらにあるようなものではない

 

おそらく木から落ちた時にはこうなることは確定していただろう 

 

勢いそのままに半回転し、遥か下まで続く薮が視界に映る

 

体を止めようと、反射的に腕が延びるが

勢いづいた体はその程度で止まることはなく

地面についた左腕に不快な感覚を刻みこむ

 

既に何かできるはずもなく、なす術無くそのまま二回、三回と体を弾ませながら滑落していった

 

切り株にピンボールの様に弾かれ、低木でズタズタに引っ掻かれ

体に振り回される四肢は地面と接触する度にあらぬ方向に力が加わり、関節が悲鳴を上げ体中の骨が歪む

 

そのまま揉みくちゃになりながら転がり続け、霞んでゆく意識で最後に認識できたのは

 

 

目の前に迫る木の幹と、それに顔面から突っ込んだ鈍い音だった

 

 

 

 

――――

 

――

 

 

 

 

秋も終わり底冷える日がほとんどになった

日もすっかり短くなり、現に今も下校をしたばかりにも関わらず日も沈みきっていた 

 

そんな年末も近づいた微かな日光と蛍光灯の光が入り交じる病室で

お姉ちゃんを見下ろしていた

 

 

『調子どう……?』

『まぁまぁかな、そっちはどう?』

『こっちもまぁまぁ』

 

 

一人部屋に二人だけ、いつものように話せば良いはずなのに

ベットで横になっているお姉ちゃんにかける言葉が上手く出てこない

そんなドギマギする私とは逆にお姉ちゃんはいつもの様子で話を続けた

 

 

『ねぇフク』

『なに?』

『お母さん達、家でも変わりない?』

『……うん』

『そっかぁ』

 

 

咄嗟に出た言葉は半分嘘だった

お姉ちゃんが入院してから私の前では変わらずに振る舞ってくれていたものの

ふとした時には見えてしまう表情は、子供ながらに何かを感じ取ってしまう顔だった

 

 

『私、親不孝者だね』

『そんなこと無いよ!治して元気になってまたレースで勝てば喜んでくれるよ!』

 

 

その事を話し口から察したのか珍しく弱気になったお姉ちゃんを励まそうと捲し立てたものの

その空元気は残響と一緒に病室に消えていった

 

今になって思えば何かを悟っていたのかもしれないが

 

真実を聞くことはもう叶わない

 

 

『あ、そうだ!これ今日の開運アイテム!色んな占いの結果に合ってるんだよ!』

『いつもありがとう……うん、そろそろ置き場が無くなってきたね……』

 

 

窓際に山積みになっているグッズを押し退けてこじ開けたスペースにぬいぐるみを追加する

全体を確認して満足げに振り替えるとお姉ちゃんは少し呆れたように笑っていた

 

 

『こういうのはあればあるほど良いんだよ!多分!!』

『なるほどね、でもらってばかりだと何か気が引けるなぁ』

 

 

枕に頭を沈めながらなにか考えるお姉ちゃんの顔は心なしか明るくなったように見えた

 

 

『あ、そうだ』

 

 

気が楽そうな姿に一安心していると、お姉ちゃんは何か思い付いたのか枕元に手を伸ばした

 

 

『これフクに持ってて欲しいんだ』

 

 

そう言って取り出したのは白いだるまの耳飾りだった

 

 

『ダメだよ!これはお姉ちゃんが――』

『ここではあんまり着ける機会がないから、だからお願い』

『でも』

『フク』

 

 

すっかり細くなった手を優しく押し戻そうとするもののその手は押し戻せなかった

 

お姉ちゃんらしくない行動に困惑していると不意に優しく手を握り返された

 

予想外の出来事に思わず手を開くとなすがままに耳飾りを押し込まれ、唖然として顔を合わせると

 

 

『あなたが私に勝つまで預かっててくれる?』 

 

 

お姉ちゃんは屈託のない笑顔で笑っていた

  

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