マチカネフクキタルの運が尽きた日   作:寺水 風味

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前にpixivに投稿したものをちょっと書き直したものです


五話 お告げ

 

「フク……キタル……」

 

 

寂しさと懐かしさが残る、まどろんだ意識で微かに声を聞き取る

 

ゆっくりと覚醒する意識に漠然と長い夢を見ていた記憶が溢れだす

お姉ちゃんとのもう二度と訪れることのない時間

小さい頃にタイムスリップしたような夢だった気がする

 

ジャージ生地の跡で痺れる顔を上げると、室内灯の鈍い光が目を刺激した

 

霞んだ視界で声の方を振り向く

 

 

「あ……」

 

 

――思い出した

 

あの時トレーナーさんが髪飾りを取ろうとして

 

手を伸ばした瞬間枝ごと落ちてきて

 

急だったから手を伸ばすこともできなく

そのまま坂を転がり落ちて

 

 

「トレーナーさん……」

 

 

そのあとを必死に追いかけて

 

追い付いた時には力なく横になっているだけで

 

呼んでも揺すっても返事がなくて

 

それで――

 

 

「トレ……ナぁ……さん……ッ」

 

 

転げ落ちるように椅子から離れて

ベットの手すりを頼りにトレーナーさんに詰め寄る

 

足をもたつかせながら、傷や痣を覆うように包帯やネットが巻かれた顔を覗き込むと

包帯で隠れていない、腫れぼったくなった瞼の奥で

確かに瞳が輝いていた

 

 

「よかったぁ…………いきてる……っいきてたぁ……」

 

 

今までの緊張から解放されて膝から崩れ落ち

そのままベットにもたれ掛かる

 

 

「うッ……うわあぁッよかったぁ……よがっだあぁ……!」

 

 

安心して緊張が途切れたからか溢れ出てくるものが止められなくなった

 

 

「揺すっでもッ声かけでも……ッ起きてぐれないがらぁ……!お姉ちゃんみたいだったからぁ……」

 

 

微動だにしないトレーナーさんに触れた時

髪飾りを預かってて間も無く死んでしまったお姉ちゃんに触れた触覚を思い出した

 

人を触っているはずなのに、そうとは思えな不快で不気味なもの

それをトレーナーさんにも感じてしまった

 

 

「もうだめがと……もう……いやだぁ……いやでずよぉ……もう置いでいがないでッ……かっでにいかないでくだざいよぉ!ひどいじゃないですかぁ!あんまりじゃないですかあ!!」

 

 

ただひたすらに怖かった

 

また大切な人が居なくなってしまうのかと

また自分が生きていく上でなくてはならない人が消えてしまうのかと 

 

だから本当に嬉しかった

 

先生のライトに照らされた、濁りきって虚無を見つめていたあの目ではなく

自力で開いて生気のある瞳が目を合わせてくれたことが

 

そして思い出してしまった

あの日のことを

 

恐怖、喜び、悲しみ、安堵

様々な感情をただただ垂れ流す 

 

止めどない激情、そこに思考など介入する余地はなく

今はこの感情を、押し寄せて止まないこの感情を

 

ただただ呆然と吐き出すことしかできなかった――

 

 

 

 

 

――担当が傍らで泣き崩れている

 

自分の物とは思えない体が、しがみついたフクキタルの温もりを微かに伝えてきていた

 

いまだにはっきりしない意識にフクキタルの泣き声が響く

いつもの叫び声とは似つかない、年相応に感情をむき出しで泣きじゃくる声

 

突然の状況に何も言葉が見つからない

慰めようにも体が動かない

 

自分の無力さを刻み付ける様に時間だけが過ぎていった

 

 

「かみかざり」

 

 

フクキタルが息をひくつかせながらグズグズと泣く程になった頃、ようやく紡いだ言葉

 

 

浮いては消える感情を押し退けて、ようやく言葉に出せたものは

突きつけられた現実の中でなんとか希望を見つけ出そうとする縋るようなものだった

 

 

「!……こっ、ここにあります……」

 

 

空を見つめながら呟いた言葉に反応して

フクキタルは机の上に置いてあった持ったビニール袋を取り寄せた

 

 

「と、トレーっナーさん……の荷物と一緒に……渡して……貰ったんです……」

 

 

おぼつかない手で、縛ってある袋口を開けながら答えてくれた

かなりキツく結んであるのか、何度も手を滑らせている

 

 

「トレーナーさんの……スマホで……助けを呼んで……救急車の中でッ……色々してる時に……て、手から落ちそうなのを見つけっ……て、それで」

 

 

まだ落ち着かず息をうまく吸えないのか

おぼつかない呼吸で、必死に説明してくれる

その姿はとても弱々しく見えた

 

 

「見えますか……トレーナーさん、ちゃんと……ちゃんとありますよ」

 

 

やっと開いた袋の中には、ひび割れたスマホや財布と一緒に件の物が入っており

 

それをフクキタルは優しく手に取ると、ゆっくりと見やすいように差し出してくれた

 

落ちている時、無意識に力が入ってしまったのか

少しくたびれたように見えるだるまは

フクキタルの震える手から、代わりのない表情を覗かせていた

 

 

「……そうか…………」

 

 

ようやく安心することができたと同時に、余裕ができた事によって避けようのない現実が襲ってきた

 

レース目前というのにこの有様だ

 

大事な時に職務を全うできない、それどころか苦しめることになってしまっている

 

謝っても取り返しのつかない事だとは分かっている

しかし弱わりきった現状では謝らずにはいられらなかった

 

 

「ごめんな……フクキタル……ごめん」

 

 

フクキタルの方へと視線を送ると

涙と鼻水でぐちゃぐちゃになり、しかめっ面のその顔で

何とか笑顔を見せようとしていた

 

あまりにも悲痛な表情に視線が釘付けになる 

 

自分が不安で仕方はないはずなのに

こうしてこちらを気にかけて励まそうとしてくれている 

 

これからどうするべきかも

自分がなにができるのかも分からない

 

やっと見えた解決口も

フクキタルの背中を押すことさえも

遠く手の届かないところへ行ってしまった

そんな自分を 

 

無力感に押し潰されそうになり、息が苦しくなる

しかし、今辛い顔をする訳にはいかない

 

フクキタルをこれ以上苦しめない様に

張り裂けそうな思いをごまかす為、この不幸中の幸いを噛みしめていると

視界が滲んでいく

 

これ以上、自分には何もでもないかもしれない

見栄を張っても意味がないのに

 

込み上げてくるものを隠すようにゆっくりと目瞑った

 

 

 

~~~

 

 

 

しばし沈黙が続いた後、見回りの看護師が部屋にやってきた

 

目が合って、それからはあっという間だった

 

軽い質疑応答の後、踵を返して歩いて行き

時間を置かずに当直の医師や他の看護師を連れて部屋へ帰ってくると

軽く挨拶をしつつ流れるように検診が始まった

 

目は見えるか、耳は聞こえるか、ここを触ったのは分かるか等々の質問が矢継ぎ早に飛んでくる

 

手際の良さに圧倒されていると、いつの間にか見覚えのある顔が部屋に居た

 

 

「大丈夫か」

「お前……なんで」

 

 

メジロブライトのトレーナーが人の合間を縫って声を掛けてきた

ブライトも有マ記念が近い、今はトレーニングに集中したい時期のはずだが

 

 

「人の事心配する余裕があるなら大丈夫そうだね」

「……すまない」

「まったく、たづなさんが血相変えてトレーナー室に飛び込んで来たときは何事かと思ったよ」

 

 

詳しく話を聞くと、搬送された後に病院がフクキタルから何とか話を聞き出して学園へ連絡をつけたらしい

 

それで動くに動けないたづなさんが、代役をブライトトレーナーに頼んだとの事だった 

 

未だに朦朧とする思考で話を整理していると

検診が終わったらしく、よろしいですかと声が掛かった

 

 

「容体は落ち着いているようですね、会話もできているのでひとまずは問題ないでしょう」

「そう……ですか」

「ですが、色々話さなければいけない事があります」

 

 

そういうと当直医がちらりとフクキタル達の方を見た

どうやら人払いをしたいらしい

 

 

「……さっき学園から連絡があってね、寮長が迎えに来てくれてるらしい。もういい時間だしフクキタルさんは帰った方が良いよ」

「えっ……あ、でも……」

 

 

医師の目配せにブライトのトレーナーが答えて、フクキタルを帰らせようとすると

フクキタルはどこか後ろ髪を引かれるようにして、不安そうな顔で何か言いたげ口をもごつかせていた

 

 

「フクキタル」

「……はい」

 

 

気がつくと声が出ていた

 

静まりかえった部屋で視線が集まる

 

 

「有マ記念、勝とうな」

「…………はい」

 

 

我に返り、言うまいか一瞬戸惑ったものの

勢いのままに思ったことを伝えると、消え入りそうな返事が聞こえた

 

 

「ゆっくり休めよ……また、明日」

 

 

口を紡ぎ、険しい表情のフクキタルだったが

いつもと同じ挨拶をすると、小さく首を縦に振り

出口へと歩み始めた

 

 

「それじゃあ、あとは任せて」

「頼む」

 

 

フクキタルの後に続き、ドアノブに手を伸ばしたブライトのトレーナーと一言交わすと

担当と良く似た、静かで熱い視線を送ってきた

 

励ましか、確認か、そんな視線に肯いて返すと

軽く頷き、未だに暗い顔のままのフクキタルを遮るように

ゆっくりと扉を閉め始めた

 

未だに不安そうなフクキタルから目を離せず、じっとその光景をみていると

扉が閉じきる寸前に、名残惜しそうに振り返るフクキタルと目が合った

 

 

「また」

 

 

そう口が動いたところで扉が閉じきってしまった

 

バタンという音がいつの間にか二人になった部屋に響く

 

 

「……さて、あなたの状況をお話させていただきます」

 

 

当直医がそう切り出したが

頭の中で渦巻く情報はあまりにも多く、それをどうしようにもできないまま上の空で生返事を返した

 

苦痛、気だるさ、後悔、無念、心配、不安

 

短時間で叩きつけられ、混ざりあった感情に終止符を打つように

つらちらと読み上げる一言一言が 

重く、苦しく、無情なものだった

 

 

 

 

――――

 

――

 

 

 

 

「……あれ、トレーナーさん……?」

 

 

いつも通りにグラウンドに出ると、トレーナーさんがコースの先に立っていた

 

昨日見た病院での姿からは想像できない程元気そうな様子に、急いで駆け寄っていく

 

 

「もう大丈夫なんですか!?」

 

 

いち早く側へ近寄って確認したい、そんな思いで無我夢中で走ってると

こちらに気がついていないのか、トレーナーさんは背中を向けて歩きだした

 

 

「ちょっと!どこに行くんですかぁ!待って……待ってください!!」

 

 

気づいてもらおうと叫んでも、トレーナーさんは振り向くことはなく歩き続ける

そんな後ろ姿からはどこか遠くに行ってしまいそうな雰囲気を感じた

 

今を逃すと二度と会えない、そう悟った

激しい焦燥感に駆られ、必死に追いかけるものの距離は縮まることはなく

ただただ疲労感が蓄積されてゆき

しだいに息もたえだになり、脚を繰り出すリズムも乱れ

ついには膝から崩れ落ちた

 

 

「トレッ……トレぇ……ナー……さん……!」

 

 

身体中が限界を迎えて震え、地面に倒れこみそうになるのを両手で必死に支える

 

残った僅かな気力を絞り出し、激しい動悸を感じながらも首を持ち上げると

息と共に波打つ視界でトレーナーのさらに先にあらぬ人影を見つけた

 

最初は見間違いだと思ったものの、焦点が合うにつれてそれは確信に変わっていった

 

 

「お姉ちゃん……?」

 

 

不気味な程に煌々と夕陽が照らすターフの先で、あの頃のまま、姿の変わらないお姉ちゃんがこちらを向いて佇んでいた

 

 

「行かないで……待って!」

 

 

お姉ちゃんに気を取られている間にもトレーナーさんは歩を進めており、気がつくとお姉ちゃんにかなり近づいていた

 

遠くになるにつれて陽炎にあてられたかのように、二人の姿が揺らいでゆき徐々に輪郭が歪んでいく

 

慌てて追いかけようと脚を踏ん張る

 

しかし、脚にはまったく力が入らず鉛のように重く地面に食いついて動かず

追いかけようという気持ちが下半身を置き去り、遠く伸ばした手ごと顔から突っ伏す

 

 

「あなたは追い付く事を諦めた方が良いでしょう」

 

 

芝生を掴み這いずり、せめて気づいて貰おうと手を伸ばし叫び続けていると

いつの間にか隣に誰かが立っていた

 

 

「あの時には既に決していたのです」

 

 

見上げると自分が居た

 

正確には自分の姿をした何かだった

 

彼女は凛とした表情でお姉ちゃんとトレーナーを見つめおり

その顔からは生気を感じず、人間ならざる雰囲気を放っていた

 

 

「全てはあなたの行いですよ」

 

 

そんな顔が静かに向けられた

感情がまったく読めない深く広く、引きずり込まれそうな瞳と目が合う

 

 

「シラオキ様――――」

 

 

時たま感じていたあの気配

 

シラオキ様からのお告げを受ける時と良く似たものに、ついその名前がこぼれると

 

どこからともなく、鈴の音が鳴り響いた

 

 

 

 

――

 

――――

 

 

 

 

目が覚めると、窓から入る薄明かりで薄青く染まった天井が目に映った

 

何が起こったか分からず真っ白な頭で呆然と眠気に身を任せていると、冷たい空気が胸に染み込んでくる

 

 

(夢……)

 

 

霧がかったような頭を抱えて起き上がると

気だるさと冷えた空気が全身を包む

 

 

「ぅん……あれ……フクちゃん先輩……」

 

 

何をするわけでもなく放心していると

部屋の反対の方から声が聞こえた

 

 

「あぅ、その……おはよう……ございます……?」

「……おはよう……ございます……」

 

 

鼻まで被った布団を押し退けて、おマチさんがこちらを伺っている

 

何とか返事はしたものの

鈍いモヤが身体中に纏わりついたように重く

言葉を発するだけでレースを終えたような疲労感が襲い、より一層手に付かなくなる

 

 

「動けそうですか?」

 

 

いつに間にかベットから出て、おマチさんは側に腰かけていた

促されるがままに、身体を引きずって立ち上がろうと体勢を整える

 

 

「おぉあっと!?……大丈夫ですか!?」

 

 

しかしいつものように勢いをつけ、身体を持ち上げようとするも 

身体の反応が間に合わず、バランスを崩した

 

すかさず身体を支えに来たおマチさんごと、そのままベットに逆戻りする

 

 

「無理しなくても大丈夫ですからね!元気がないならお休みするようにフジ先輩からも言われてますし、ゆっくりしましょう」

 

 

そういう言いながらおマチさんは優しく肩を撫でてくれた

冷えてきたのもあってか、服越しに温もりを感じた

 

 

「楽にしててくださいね」

 

 

じんわりと伝わってくる暖かさに少しの安心感を抱いていると

一言残しておマチさんは離れていってしまった

 

ふと訪れた寂しさに気が抜けて

重力に身を任せ、ベットの上に横たわりしばらく呆けていると

澱む思考に夢の記憶が浮かんできた

 

 

『全てはあなたの行いです』

 

 

シラオキ様が夢に現れて、そう言った

私のせいだ、とはっきりと

 

今まではきっとそうだろうと慮ったものだったが

明確に否定的な回答を突きつけられて、最後に残っていた漠然とした安心感が消えてなくなった

 

お姉ちゃんを追いかけていた時も

一人で目標を探している時も

トレセン学園を志した時も

入学して同期に気圧された時も

 

自信が持てない自分に変わって背中を押してくれたものが

どこかに消え去った

 

諦めや挫折という考えすらも思い浮かばず

出処の分からない不安が止めどなく湧いてくる

 

そんな恐怖に飲まれそうになっていると、急に人影が落ちてきた――

 

 

 

 

 

――フジ先輩に連絡済ませて、フクちゃん先輩の様子を見に戻ると

ベットに力なく横たわっていた

 

 

「フクちゃん先輩、フジ先輩に連絡しておきましたよ」

 

 

屈んで視線を合わせると、一呼吸置いて視線が合った

 

昨晩帰ってきた時よりも生気が抜けた表情

いつもとは別人のようになってしまったフクちゃん先輩に

優しく声を掛け続ける

 

 

「落ち着いたらお見舞いに行くのはどうですか、トレーナーさんがきっと待っていますよ?」

 

 

ずっと虚ろな瞳でいた先輩が微かに反応した

 

 

「私……トレーナーさんに……会っても……」

 

 

見たことのない暗い顔でポツリポツリと言葉を続ける先輩がいたたまれなくなり

力なく縮こまっている手を取り、包み込むように握る

 

 

「フクちゃん先輩」

 

 

名前を呼んだところで言葉が詰まった

 

今自分に何ができるだろうか

何と声掛ければいいのだろうか

 

せめて少しでも元気が出てくれたら

 

そう思い、昨晩のことを思い出す

 

 

 

 

――――

 

――

  

 

 

 

『タンホイザ、帰ったよ』

 

 

帰寮の連絡を受けてから数十分程経った時、部屋の入口から声が掛かった

 

捜索用のLANEグループに既読がつかなくなったところに、フジ先輩から先輩のトレーナーさんが怪我をしたという話を聞いてからだともうかれこれ数時間が経っていた

 

 

『はーい!今開けますー』

 

 

待ち時間で積もりに積もった胸騒ぎを反動に扉へ駆け寄り、勢い任せに扉を開ける

 

その瞬間目を見張った

 

いつもとの違和感に戸惑いが隠せない

 

開け放った扉の先には、目元が真っ赤に腫れた足元のおぼつかないフクちゃん先輩と、先輩を支えるフジ先輩が居た

 

 

『部屋に入っても良いかな』

『あっど、どうぞ……』

 

 

そのままフクちゃん先輩はフジ先輩にベットまでフラフラと連れられて行き

先輩はそのまま倒れ込んで動かなくなってしまった

 

 

『あの、フジ先輩』

『タンホイザ、私も話があるんだ』

 

 

枕に顔を埋めて反応がないフクちゃん先輩を慰める様に撫でるフジ先輩に声を掛けると

フジ先輩から振り向きざまに返事が返ってきた

 

いつものフジ先輩らしくない気迫に満ちた表情に驚いている間に

フジ先輩はフクちゃん先輩にやさしく声を掛け

こっちに振り向くと、

 

 

『さぁ行こう』

 

 

と背中に手を回され部屋の外へと連れ出された

 

 

 

~~~

 

 

 

『さて、何があったか説明しないといけないね』

 

 

街頭がまばらに照らす歩道を横目に

入浴時間も終わりが近づいて人気が少なくなった廊下を進み

部屋から一番近い共用スペースで面と向かい合って椅子に掛けると

フジ先輩がそう話を切り出した

 

 

『かい摘まんで言うと"フクキタルの失くし物を探していたら、運悪く事故が起こってしまった"ということなんだけど問題はここからでね』

 

 

一通り説明を終えるとフジ先輩が話を一旦区切り、改まる

その表情は重々しく、どこか厳しさを感じるものだった

 

 

『君はフクキタルのお姉さんのこと、知っているよね』

『はい、一応ですけど……』

『それなら大丈夫だね』

 

 

フジ先輩の問で記憶の底に眠っていた思い出が甦る

 

同室になってしばらく経ったの頃、何気ない雑談していた時に話に上がった話題

あの時話していたフクちゃん先輩はどこか寂しそうな雰囲気だったものの、すっかり割りきれている様子だった

 

 

『実は、その失くし物って言うのがお姉さんの形見だったらしいんだ』

『えっ!?フクちゃん先輩がそんな大切なもの失くしちゃったんですか?』

『うん、普段なら考えられないよね』

 

 

意外すぎる事実に驚いていると、フジ先輩は口元に手を当てて何かを思い出しているのか

流し目で受け答えを行っていた

 

 

『普段なら……フジ先輩なら、最近のフクちゃん先輩のこと知ってます……よね?』

『もちろん、もっともずっと前から個人的に気にはしていたんだけど最近は特にね』

 

 

フジ先輩の含みのある口ぶりに、ふと最近のフクちゃん先輩を思い出し

そのまま何気なく質問すると

口元に手を当て、腕を組んだままのフジ先輩に鋭い眼つきを向けられた

 

その鋭さに思わず体が跳ねる

 

 

『あっ、ごめんごめん……ここからが聞きたかった事なんだけど良いかな?』

『なんでしょうか』

『部屋でのフクキタルの様子はどうだったかな?同室の君しか知らない事もあると思ってね』

『私しか知らないこと……』

 

 

空調の送風音が響く時間が一瞬生まれた

 

こちらが変に緊張しているのが伝わったのか、申し訳なさそうにフジ先輩が話を仕切りした

 

机に頬杖をついてこっちを伺うフジ先輩を見るに、フクちゃん先輩の普段の様子が知りたかったらしい

 

『そういえば、最近ふとした時になにか考え事?してるみたいな……』

『なるほど、やっぱりか』

『え?やっぱり?なにか分かったんですか!?』

『なんとなく、とはいってもこの推測が当たってるかは分からないんだけどね』

 

 

流石寮長として多くのウマ娘をまとめている仕事を務めているフジ先輩、どうやら既に大体のあたりがついていたらしく

気がかりだった事を話すと、納得するように空を仰いでいた

 

 

『分かりやすく話すなら……そうだ、もし君のトレーナーが入院するような大怪我したら、君はどうする?』

『うーん、どうでしょう……毎日お見舞いに行くとは思いますけど』

『うん、そうだね。私達にとって担当トレーナーは大切なパートナー、心配するのも無理はない』

 

 

推察力に一人驚愕していると、フジ先輩は何か思い付いたのか思わせ振りな質問を投げ掛けられ

唐突には想像しきれない内容に、最初に浮かんできた事をそのまま伝えると

フジ先輩もどこか思うところがあるのか、腕を組み頷きながら話を続けた

 

 

 

『でもフクキタルの反応はそれだけではなかったんだ』

『心配以外……?安心したーとか、怖かったー……ですかね?』

 

 

あまりしたくない想像を頭の中でこねくり回して、何となく浮かんできた感情を話に上げると

フジ先輩は頬に手を当て、伏せ眼がちに視線を泳がせ

やがてゆっくり目を合わせて口を開いた

 

 

『もちろんそれもあるだろうけど、フクキタルに見られたのは"喪失感"だね』

『喪失感……?トレーナーさんは無事だったんですよね?』

『あぁ、失くし物も戻ってきているし何か戻ってこなかった訳ではないね』

『それじゃあ一体何を』

 

 

喪失感、それがフジ先輩の見いだした結論だったらしい

しかし、その内容は疑問が残るもので

確認もかねた質問をすると、フジ先輩は大きくため息を吐き

 

 

『それが分からないんだ』

 

 

両手を力なく宙へ広げた 

 

 

『恐らく何かフクキタルの根元に関わるもの……多分お姉さんが関係しているんだろうけど、それが分かるのは入院しているフクキタルのトレーナーさんだけかな』

『それじゃあ、トレーナーさんが退院するまでフクちゃん先輩は』

『このままだと出走は難しいだろうね』

『そんな……有マ記念も近いのにどうすれば』

 

 

厳しい現実を突きつけられて言葉を失う

 

同居人としてずっと頑張っていたフクちゃん先輩の事を良く知っていた

本人はご利益のおかげと言っていたけど、はたから見れば人一倍の努力を積み重ねていた

 

それなのに、折角ここまでやってこれたのに

 

 

『信じるしかないさ、フクキタルとトレーナーを』

『そう……ですね……』

 

 

気がつくといつの間にか俯いて考え込んでしまっていたらしく

フジ先輩が息を吐きながら溢れるように呟いた言葉で我に返り

 

鈍い感情を引きずりつつも途切れ途切れのに返事をすると

フジ先輩は向き直り、こちらを真っ直ぐ見据えた

 

 

『今回についていえばフクキタルが原因になっている面もあるし、彼女の性格からしてきっと気にしているだろうから君にはサポートをお願いしたいんだ』

『サポートですか……?』

『そう、サポート。フクキタルはあの調子だからきっとなにも手につかないと思う、まずはお風呂に連れていくところからかな?』

 

 

浮かない顔になったのに気がついたのか

フジ先輩は前向きな話を挟みながら、優しく笑った

 

 

『それでね、ここからがお願いの本題なんだけど』

『はい……?どうしました?』

『実は明日、フクキタルはトレーナーさんと会う約束をしてるんだ』

 

 

フジ先輩から告げられた希望の一言に、思わず目が丸くなる

 

 

『えっ!、

トレーナーさん大丈夫なんですか!?ていうかかなり重要な事じゃないですか!それ!』

『落ち着いてタンホイザ、ちゃんと説明するから安心して』

『あぅ、すいません……』

 

 

勢い良く腰を浮かせて身を乗り出して、話しに食い付くと

フジ先輩は一瞬驚いた顔をしたものの、手を振りながら困った笑顔で諭してきた

 

そんなフジ先輩を見ると、急に恥ずかしさが沸き上がり

ゆっくりと腰を下ろす

 

 

『ふふっ、いい子だね……まずトレーナーさんだけど、ひとまずは安心。という所らしい、それにさっき言った通りならフクキタルはきっとトレーナさんに会いに行った方がいいと思うんだ』

『そ、そうですね!……でも私ちゃんと話せるか心配で……』

『心配しないでも大丈夫さ。明日の朝、フクキタルが起きたら連絡してくれないかな?状況によっては私も駆けつけるよ』

 

 

フジ先輩の頼み事を冷静に聞いているうちに

だんだんと自分が頼まれた役目を自覚してゆき

自信がなくなっていく

 

 

『私で本当に大丈夫でしょうか』

『君だから良いんだよ、タンホイザ』

 

 

フジ先輩のフォローがあったものの、不安は募ってゆき

転々としていた思考が、今日帰ってきたフクちゃん先輩の姿を堀当てた

 

今まで見たことのない先輩にどうすれば良いか分からなかった自分を思い出し、不安を絞り出すように呟くと

フジ先輩が両肩に手を伸ばしてきた

 

 

『同居人として一番近くでフクキタルを見てきた君なら、きっとやれるはずさ』

 

 

力強く肩を叩かれ、思わず目が合う

 

ただ純粋に信じている

 

そう感じ取れる顔で見つめられていた

フジ先輩は嘘偽りなく私にしか頼めないと思っている

 

私がやらなけらばいけない

 

フジ先輩の顔を見てそう自覚させられ

それに答えるために力強く頷いた

 

 

 

 

――

 

――――

 

 

 

 

握る手のひらから確かな温もりが伝わってくる

 

今まで一緒に生活してきたのと何も変わらない暖かさ

どんなに元気がなくてもフクちゃん先輩はフクちゃん先輩

 

私が見てきた先輩と変わらない

 

 

「私は」

 

 

ダービーに向けて練習していた時も

菊花賞を控えた夏合宿への調整も

金鯱賞の後に立て直そうとしていた時も

自分と向き合っていた

 

たしかに占いやお告げを頼っていたかもしれない

でもそれはいつもきっかけだった

 

一度決まってしまえば止まることなく突き抜けていく

それが私の知っているフクちゃん先輩だ

 

 

「私はフクちゃん先輩を信じてます」

 

 

フジ先輩は、私がフクちゃん先輩と共に過ごした時間に全てを託した

今ならその気持ちが分かる気がする

 

 

「いまさら私が何か言っても説得力ないかもしれないですけど、私はフクちゃん先輩を凄いなって思ってます」

 

 

きっとフジ先輩は、フクちゃん先輩の素の姿をずっと見てきた私に

フクちゃん先輩のトレーナーさんと同じ何かを感じたんだろう

 

フクちゃん先輩のトレーナーさんは、フクちゃん先輩のありのままを受け入れて、輩を一番に考えていた

フクちゃん先輩も、トレーナさんを信頼してやりたいようにトレーニングをしていた

 

そんな二人を思い出すと、無条件に私を信じてくれたその気持ちが分かってきた気がする

 

 

「いつも努力してるし、周りのみんなに元気を分けてくれる。そんなフクちゃん先輩に助けらた人も居ると思うんです」

 

 

何とかトレーナーさんに会ってもらわなければ

 

そう日頃の恩返しを込めて語り掛けるていると

握った手が微かに動いた

 

 

「…………おマチさん」

「実は私もそうなんですけどね、へへへ」

 

 

億劫そうな声で名前を呼ばれ、くすんだ瞳と目が合った

 

どうしようもなく悲観に満ちた感情が伝わってきて口惜しくなり

言いたい事を呟くと、弱りはてた笑いが出た

 

 

「フクちゃん先輩、私時々思い出すことがあるんです」

 

 

目をつむり、決心して

幾度となく鮮明に甦ってきた記憶を思い起こす

 

 

「私の菊花賞のことです……最後の最後でライスさんとブルボンさんに抜かれちゃったやつ」

 

 

瞬きの度に視線を動かし、口ごもりながら話し

大きく息を吸う

 

 

「その時の後ろ姿が忘れられないんです。私もできる限りの事をやって、レースに出て……それでも届かなかったあの景色が」

 

 

一息に思いの丈を打ち明け、フクちゃん先輩へと向き直る

 

相変わらず俯き、口を固く結んだフクちゃん先輩の耳が

微かにこちらに向いていた

 

 

「フクちゃん先輩の菊花賞を見ていた時、その景色が浮かんできたんです」

 

 

握った手を取り、腕を頼りにフクちゃん先輩の隣へ寄り添う

 

目の前に迫った顔は理解が追い付かず、口を半開きにしていた

そんなフクちゃん先輩の顔を見つつ、腕を引き寄せる

 

 

「あの時フクちゃん先輩って本当に凄いなって思ったんです、私なんかじゃ届かなかったあの差を逆につけて"その世代で一番強いウマ娘"になったんですから」

 

 

勢いのままに背中に手を回すと

お互いの顔が頬で重なり

フクちゃん先輩の身体が小さく跳ね

 

瞬間、声にならない声が聞こえた

 

握っていた手を離して、両手で抱きしめ

息を呑む

 

 

「だから、フクちゃん先輩!トレーナーさんと会ってください!」

 

 

抱き起こしながら、力強く語り掛けると、フクちゃん先輩は大きく目を見開き唖然としていた

 

 

「トレーナーさんと会って、憧れたフクちゃん先輩をもう一度見せてください」

 

 

朝陽が差し込む部屋で、真っ直ぐにフクちゃん先輩を見つめる

 

肌寒さを忘れさせる日の温もりが体を包み、明確にフクちゃん先輩の顔を照らす

そのときになって、今日初めてフクちゃん先輩と向き合えた気がした

 

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