「頑張れ!ここが踏ん張りどころだぞ!」
坂を上がってくる二人にマイクを通して激を飛ばす
フクキタルを預かってから数日が経過し、高負荷のトレーニングも少しづつ再開できるようになり
今日はスタミナの補強する為に坂路トレーニングを行っていた
「おっ、きたきた。あれはブライトと……フクキタルだ」
「黄金世代を迎え撃つシニア代表か、注目株だからちゃんと撮っておいてよ」
坂路トレーニングを観察できる建屋で、モニターと双眼鏡を交互に覗いていると
外にいる一団の会話が微かに漏れ聞こえてきた
今日はいつもとは変わり、窓から見えるグラウンドは人気が多く
ごった返す人々の多くには"報道"と印された腕章がつけられていた
「よし、お疲れさま。そっち行くからちょっと待っててね」
二人が坂路を上がりきった事を確認して
記録装置から印刷された二人のタイムをむしり取ると
足早に二人の元へ向かう
「なんか、今の並走違和感ありませんでした?」
「お前もそう思うか、中々鋭くなってきたな」
ドアノブに手を掛けた時、ふと扉の向こうから話し声が聞こえてきた
どうやらブライトとフクキタルの坂路について話しているようだ
「それでどこに違和感を感じたんだ?」
「なんというか、こう……迫力がなかったというか……G1覇者が走っているとは思えなくて」
「迫力ねぇ……あと一歩具体性が足りねぇな」
「す、すいません!何て言ったら良いか分からなくて……」
「いや謝るこたないよ、良い線行ってるからさ」
不意に聞こえた話題に戸惑っている間にも話は進み
外に出るタイミングを見失い、いつの間にか静かに聞き耳を立てる格好になっていた
「足りなかったのはスピードだ、迫力が無かったのはそのせいだな」
「でも今の二人はどっちも長距離G1覇者ですし、坂路一本位ならスタミナは十分じゃ……」
「あぁ、スタミナは十分さ。ほら、見てみろあれ」
「……!もう息が入ってる……でも、それならなんでタイムが遅くなったんですか?」
「そうだな……坂路を上がってる間、二人がずっと並んでたの気づいたか?」
話声が近づいて来る、どうやら歩きながら話してるようだ
息を潜めて聞き入っていると、急に耳に入ってきた鋭い着眼点に思わず見えない声の主へドア越しに睨んだ
「いえ……全然気づきませんでした……」
「会社に帰ったら撮ったのを見返してみな、メジロブライトがマチカネフクキタルにペースを合わせてるのが映ってるはずだ」
「それじゃあ、先輩はマチカネフクキタルが原因でタイムが遅くなってると思ってるんですか?」
「まぁそうだな、理由は色々あるが、今のマチカネフクキタル周りの話しを聞いてる感じ今回ウチがフクキタルに印を打つことはないだろうよ」
「いつの間にそんな話を……具体的にどんな理由が?」
「トレーナーが入院したとか、練習の様子が良くないとかだな……まぁ、こういう情報を集めるのが俺らの仕事だ。お前も人脈は大事にしろよ」
「なるほど……気を付けます」
「さて、ネタも集まった事だしさっさと帰って記事を書くか、今年の有マ特集は売れるぞ!」
声が小さくなっていく、どうやら二人は通り過ぎたようだ
ドアノブを握りしめたまま一呼吸置いてドアを静かに開けると
外に人影は見えなくなっていた
(やっぱり評判は悪いか)
声が去っていった方に一瞥して坂路コースへと歩き出す
やはりというべきか、ここ数日のトレーニングは学園関係者や報道陣の目には良く映らなかったらしい
恐らく今後有マ記念に向けて発売される紙面の内容は、フクキタル達にとって厳しいものになるだろう
ふと、空を見上げる
イワシ雲を撫でるように、わた雲が北風に吹かれて流れていた
結局ブライトは未だに何かを伝えることはなく
フクキタルに合わせてトレーニングを続けていた
このままでは帳じり合わせができなくなる時期に差し掛かる
ブライトに進捗を聞く位はするべきか
そんなことを考えているとコースの出口に二人の人影を見つけた
~~~
コースの傍らに植わっている木々が、風に吹かれて揺れているのを眺めていると
トレーナーさまの小走りで向かってくる足音が聞こえた
「あら~トレーナーさま~、お待ちしておりましたわ~」
「ごめん、遅くなったね」
軽く息を切らすトレーナーさまを、静かに手を振って出迎える
こちらは待っているつもりはなかったが、どうやら少々時間が空いたようだ
「はいこれ、二人のタイムだ。ちょっと遅いけど、今回は慣らしだからこんなものでちょうど良いペースかな」
差し出された紙を手に取り、記されたタイムに目を通す
そこには記された記録は、併走中に感じていた通り
どこか苦しさがにじみ出ていた
「……あの、この後メニューは」
「ウッドチップで流して終わりかな」
「そうですか……」
胸が詰まる感覚を抑えながら記録用紙を眺めていると
フクキタルさまの声がした
妙に緊張感のある声に思わず目線を送る
するとそこには切羽詰まった様子の横顔があった
「もうちょっとトレーニングやろうか?」
「は、はい!お願いします」
「うーん、じゃあスタートの練習にしよう」
「分かりました!私準備してきますね」
トレーナーさまもその表情に気が付いたようで
トレーニングを提案するとあっという間にフクキタル様は
荷物が置いてある場所まで走って行ってしまった
「……やはり、ダメでしたか」
「……そうか」
実らなかった思いについ声が出てしまった
こぼれるような小さな声だったはずなのに
トレーナーさまはしっかりと気が付かれたらしく
落ち着いた様子でこちらを見つめた
「わたくしなりに伝えようと思ったのですが……」
「……ブライト、そろそろ時間が足りなくなる」
「えぇ、わかっていますわ」
いつの間にか伏し目がちになっていた視界にこちらに向き直るトレーナーさまの足元が見え
それに続く冷静な声に目をつぶって頷く
「今日中に結論、出せそうかい?」
「……今晩、必ず成し遂げてみせます」
息を吸い、目を開き
トレーナーさまと視線を合わせと
その目はとても力強いものだった
言葉にはしなくても信頼されているのが伝わってくる
フクキタル様が今、暗闇の中をもがいているなら
きっと必ず、私が照らして差し上げましょう
そう心に誓って、慌ただしい動き回るフクキタルさまへと目線を送った
~~~
「トレーナーさん!調子はいかがですか!」
夕暮れの病室に、力強い足音と場違いな大声が響く
それを聞いただけで誰が来たかはすぐに分かった
「病院は静かにしろよ」
「もうっ!そんなこと言われなくても知ってますよ!!心配して言ってるんですからねっ!」
「はいはい、ありがとう」
勢いよくカーテンを開け放って姿を現したフクキタルに
開幕一番軽く説教をすると
物凄く不服そうな顔をしつつ、荷物を置いて椅子に腰かけた
「練習どう?順調か?」
「まぁ、ボチボチ……今はちょっとづつ負荷を上げてるところです」
詫びを入れ、空気が和んだところで今日の調子を確認する
もちろんブラトレから報告を受けているものの
本人の口からも話を聞きたかった
が、どうやら報告通りの調子らしい
「そうか……ブライトとはどうだ?仲良くやってるか」
「そりゃもう!クラシック以来の大親友ですよ?仲良しそのものですよ!」
「なら良かった」
「……仲良しでは、あるんですけど」
自慢気な話口が急にトーンダウンする
いきなり物憂げな表情になったフクキタルを見て
思わず背筋が伸びる
「ブライトさん、私と同じメニューなんです」
「あぁ聞いてるよ、ブライトからお願いしたって話だろ?」
何が飛び出てくるか身構えると、既に知って情報で
すこし肩透かしをを食らった
しかし、まだ話終わっていない
依然として釈然としない様子のフクキタルを見守る
「私、なんでか分からなくって……私に合わせても何もいい事ないと思うのですが……」
「……なんだ、まだうじうじしてるのか?」
「うぅっ、思ったよりストレートな言葉……いやまぁぐうの音もでないんですが……」
「あぁ、ごめんごめん。なんか空回りしちゃってさ……」
バツが悪そう背中を丸めるフクキタルを慰めつつ
フクキタルが立ち直る基盤が出来つつあることに胸を撫で下ろす
恐らくこの調子なら有マ記念に何とか合わせることも夢ではないかもしれない
大きく息を吸って、気持ちを落ち着かせる
「フクキタル」
「!……な、なんですか」
一呼吸置いてフクキタルに顔を向ける
こんなに前向きな気分でフクキタルを見れるのはいつぶりだろうか
「お前に渡したい物があるんだ」
「……!トレーナーさん……それは」
「あぁ、これが今必用なのはお前だ」
枕元から白い達磨の髪飾りを手に取り、フクキタルに差し出す
一瞬間が空いてフクキタルは、差し出した手とこちらの顔を交互に見つめていた
「お前が持っていてくれ」
「……」
驚くフクキタルに目を合わせて、一言添える
瞬間、フクキタルの体が身体が大きく跳ね
一呼吸おいて躊躇い気味に手が伸びてきた
「……ほら」
「ッ!」
「自信を持て!お前は立派なG1ウマ娘だぞ!」
手が届くぎりぎりのところで尻込みしているフクキタルの手を取り
髪飾りを握らせ、その拳を上から鷲掴みにして手を振る
無理に体を動かしたせいで患部が痛んだものの
そんなことなどどうでも良い程に満ち足りた気分だった
話に聞いていたブライトが伝えようとしたことは
十分とはいえないもののしっかりと伝わっていた
後は二人に任せて問題ないだろう
そう一人満足するも、そんなこととはつゆもしらないフクキタルは
呆気に取られたまま、大きく揺れる腕につられて
がくがくと揺さぶられていた
~~~
日も暮れてすっかり暗くなってきた
寮の門を潜ぐると電灯がぽつりぽつりと歩道を照らしている
ぼんやりと歩いていると、歩みに合わせてくぐもった鈴の音に気が付いた
そういえばお姉ちゃんと一緒に歩いている時はこの音をよく聞いていた気がする
音につられて昔を思い出すうちに、なんだか懐かしい気分になり
ついカバンから髪飾りを取り出す
記憶に残っているあの時に比べて、少し古びた見た目になってしまっているが
紛れもなくお姉ちゃんの耳飾りだった
「あら~フクキタルさま~」
「うわぁっ!?ブ、ブライトさん!?どうしたんですかそんな所で?!」
急に暗闇から声をかけられ、身体と尻尾が跳ね上がる
へっぴり腰になりながら反射的に振り向くと
光が当たらないベンチに座っているブライトさんが居た
「空を眺めておりまして~」
「おりまして~じゃないですよぉ!レース前なのにダメじゃないですか!」
「お気遣いありがとうございますわ~」
レース前とは思えない行動に、勢いのままツッコミを入れるも
ブライトさんは気ままな様子で受け答えを始めた
「しかし、わたくしは大丈夫ですので……それより、ご一緒にいかがでしょうか」
「え?……まぁ、折角ですし……失礼します」
ブライトさんのマイペースさに圧倒されていると
優雅な手付きで隣に座ることを進められた
思考が追いつかず戸惑ったものの、断る理由もないので
促されるまま隣に腰かける
「あら、そちらは?」
「これですか……?これはお姉ちゃんから貰った髪飾りですよ」
「まぁ、そうでしたか……大切な物なのですわね」
「そうですねぇ…………これを見てると色々思い出すんです。一緒に遊んだり、ご飯を食べたり、練習したり……懐かしいですねぇ」
カバンにしまおうとした髪飾りが気になったのか、不思議そうな顔をブライトさんに
最近思い出すことが多くなった記憶を思い出しながら何気なく話をすると
ブライトさんは目を瞑って静かに耳を傾けていた
「わたくしも小さい頃は、よくメジロのお屋敷で一族の皆さまとご一緒させて頂きました」
思い出に浸っていると、ブライトさんもゆっくりと口を開いた
「もう久しく顔を合わせないお方もいらっしゃいますが、あの頃の思い出はかけがえのない思い出ですわ……ふふふ」
「おや?楽しそうな顔ですね?」
「思い出した事がありまして……小さい頃、皆さまより脚が遅いことで悩んだり、無茶をして怪我をしたとき、いつもライアンお姉さまが側に居てくださいました」
幸せそうな顔でブライトさんが語ってくれる思い出に、時折頷きながら聞き入る
「それがあったからでしょうか、わたくしはいつもライアンお姉さまについて回っておりました」
ブライトさんの話にはどこか、自分の思い出と重なるところがあった
ブライトさんにとってライアンさんは本当のお姉さんのようなものなんだろう
「いつもいつも、背中を追って、気が付けばマックイーンさまやパーマーさまの背も増えてゆきました……今ではわたくしがあの時の皆さまの立場に居ます」
静かに胸に手を当てたブライトさんの横顔が
急に凛々しく見えた
「メジロは今、節目を迎えています。変わってゆく時代にメジロの名を残せるかは、私とドーベルに掛かっております」
真剣な表情でこちらを振り向き静かに話を続ける
「メジロ家の皆様が受け継いだ想い、ライアンお姉さまが果たせなかった夢。わたくしはそれを背負って走ります」
「ブライトさん……」
「わたくしは幸せ者ですわ。その想いを託していただけるのですから」
よどみなく背負うものを語るブライトさんを目にして
つい名前を呼ぶと、呼びかけに答えるように
幸せそうに微笑んだ
「……すごいですね……ブライトさんは」
穏やかに笑顔とは裏腹に、底知れぬ芯の強さを見せつけられ
不甲斐ない自分と比べて言葉を絞りだした
「私は、お姉ちゃんの想いを立派に背負えてると胸を張って言えません……あっ、今はそういうこと言ってる場合じゃ――」
「フクキタル様」
いつまで経ってもお姉ちゃんと並ぶことのできない現状に
思いがけず口調が暗くなる
一瞬間が空き、それを自覚して取り繕うと手をバタつかせると
ブライトさんに名前を呼ばれた
「わたくしは、ライアンお姉さまが果たせなかったクラシック制覇という夢は叶えられませんでした」
振り向くと、ブライトさんは少し悲しそうな顔をしていた
それでも笑顔が崩れない表情を見て、出掛かった言い訳を飲み込む
「今なら言えますが、菊花賞が終わった後、幼かったあの頃に戻ってしまった気がして、悩んでしまった時期もありましたわ」
流し目のまま、時折噛みしめるような口調で続けられる話を黙りこくって聞く
「それでも今、こうしてここに座っていられるのはフクキタルさまのお陰ですわ~」
話が一区切りついたところで、ブライトさんが一際大きく頷き
目線を合わせて、曇りのない笑顔を向けてきた
「わたくしにとって、フクキタルさまの背はライアンお姉さまと同じく、追いかける目標です」
優しい表情のまま姿勢を正して、一言一言を丁寧に言葉を伝える
そんなブライトさんから目が離せない
「いつか必ずその横に並び立ち、そして追い抜くことを夢見ております」
「ですから今度の有マ記念。わたくしは、必ず勝たせていただきますわ」
「それが、フクキタルさまにわたくしから出来る、唯一の恩返しですから」
にじり寄られように話が進み
気が付くといつの間にかブライトさんに手を取られ、優しく握られていた
いつものブライトさんらしくない勢いに、あっけに取られていると
ふと気が付いたことがあった
私もお姉ちゃんに同じような想いを抱いていた
「…………そう……ですか……う、嬉しいですね!望むところです!!」
握られた手をこちらから握り直す
ブライトさんにとって私は、お姉ちゃんのような存在になっていたのかもしれない
ならば、今私がするべきなのは
「ですが、ブライトさん!!舐めてもらっちゃ困りますよ!勝のは私です!!」
あの頃追いかけ続けたお姉ちゃんのように、立派に目標になること
あの時突然居なくなってしまった時に、私も居なくならないようにすること
今、私が追い求めているように
お姉ちゃんがそうしてくれたように、ブライトさんの想いを受け止めることだ
「ここの所遅れを取りましたが!私の末脚!見せつけて差し上げましょう!!」
確かに握った手を引っ張り、ベンチから立ち上がり
その勢いのまま、一歩、二歩と踏み出す
気が付くと、電灯が照らす場所までブライトさんの手を引いていた
最初は追いつけずに引っ張られるだけだったブライトさんの歩様は
いつの間にか一緒に歩き始め、明かりの元にまで来た時には
隣に並ぶまでになっていた
並び立った時に隣を振り向くと、暗闇になれた目に
ブライトさんの表情が眩しく見えた
「負けませんよ、ブライトさん。私も叶えたい夢があるんですから」
歩みを止めて向き直り、さっきの返事をすると
ブライトさんが今まで一番幸せそうに頷いた
寒空の下に夜風が吹く
有マ記念で負けられない理由がまた一つ増えた
知らず知らずのうちに私も、いつの間にか誰かの目標になっていた
なら、その人の為にも精一杯努力を続けよう
その人を裏切らない様に、大きく胸を張ろう
そう心に誓って、ブライトさんの手を強く握り直した