マチカネフクキタルの運が尽きた日   作:寺水 風味

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前にpixivに投稿したものをちょっと書き直したものです


最終話 有マ記念

 

「やっぱり安静にしてた方が良いんじゃない?」

 

 

太陽が昇り、白みがかった空が徐々に青く染まりつつあった

 

朝焼けに照される町を久しぶりに車の中から眺めていると

運転席から声をかけられた

 

 

「大丈夫だって、先生とちゃんと話し合ったからってッ――いってぇ……もうちょっと優しく運転してくれないか……」

「これくらいの揺れは我慢して……ていうかどうしてもって泣きつくのは話し合うって言わないよ?」

 

 

路面のちょっとした段差で車体が跳ね、折れた場所から体中に悪寒が走る

堪らず話を中断すると無慈悲な宣告が返ってきた

 

 

「仕方ないだろ、あんな頑張った担当の勇姿を生で見ないで何がトレーナーだよ」

「それで無茶して悪くしたら元も子もないでしょうよ」

 

 

ここ数日の記憶を思い出す

 

先生と顔を合わせる度に外出を願い出ては断られるのを繰り返し

昨日の晩にようやく条件付きで許可を引き出した

 

正直あの時の顔は二度と思い出したくない

 

 

「心配すんなって、先生の言うこと聞いて車椅子からは降りないからさ」

「それ俺に移動任せるってことだよね…」

「すまんな、また世話になる」

 

 

満面の笑みを浮かべつつ返事をすると、バックミラーに映ったブライトのトレーナーが眉をひそめて大きく肩を落とすのが見えた

 

 

「まぁいいよ、レース場に着いたら控え室に送るから、なんかあったら呼んで」

 

 

そう返事をもらった所で会話が途切れた

 

つかの間、エンジン音と時たま起こる揺れで

内装が出す騒音が車内を支配した

 

 

「……なぁ、今日の有マ記念どう思う?」

「どうって?」

 

 

見覚えのある道路に出て暫くして

ふと疑問を投げ掛けた

 

 

「そりゃあ……勝算だよ、流石はグランプリレースなだけあって、黄金世代やエアグルーヴ以外にも強敵揃いだ」

「そうだねぇ……一応ブライトは三番人気、フクキタルさんも5番人気に推されてるし評判は悪くないんじゃない?」

 

 

いつもレース場に行くときには、必ず見ている景色を眺めている間に浮かんだ素朴な疑問だったが

返ってきた答えを解釈しているうちに、少しづつ疑問が大きくなっていった

 

 

「評判はな……もちろんフクキタル達を疑う訳じゃないが、それでもレースはレースだ。何が起こるか分からない」

 

 

いままでトレーナーとしても、観客としても幾度となくレースを見てきたが

完璧に予想できたと胸を張って言えるレースはない

 

その経験があるからこそ、評判は一番信用したくなかった

 

 

「だから、今回近くで見守ってきたお前に話を聞きたくてな」

「やれることはやったよ、ブライトもフクキタルさんも今日に向けて出来る限り最高の仕上がりになってる」

 

 

運転席から落ち着いた声が聞こえた

 

今日まで積み重ねた努力を信じた、自信に溢れた声だった

 

 

「お前はマチカネフクキタルのトレーナーだろ?見届けたくて来たんなら、思った事を素直に伝えればいいんじゃない?」

 

 

バックミラー越しにブライトのトレーナーと目が合った

目元しか見えないものの、その視線は何かを伝えたいような

そんなものだった

 

 

「……言われなくてもそうするつもりだったんだが?」

 

 

そんな眼差しを受け止めて、少し呆れたふりをして返す

 

もうフクキタルから目を逸らすような事はしない

あいつは過去と向き合って、目標を見つけた

 

ならば目標を、夢を追いかけるのを

全力でサポートするのがトレーナーだ

 

 

「そっか……なら、お互いどっしり構えていこう」

「そうだな」

 

 

丁度信号に引っ掛かり、シートベルトに体が押し付けられた

反動で視界が助手席越しに景色を捉える

 

建物の合間から一際大きな建物が見え隠れしているのが見えた

これまでも数えきれない程見てきた、中山レース場のスタンドだ

 

今日はこれからあの場所に数万人の観客が、有マ記念を目的に集まる

そして観客は皆、ウマ娘が織り成すレースに思い思いの夢を見る

 

今年も年末の大一番に、歴史が積み重なる

幸いなことにフクキタルもその歴史の舞台に名前を連なれる資格がある

 

後は誰よりも強く願い、想い、駆けた者が勝つだけだ

 

 

 

~~~

 

 

 

張り詰めた雰囲気の廊下を進む

すれ違う人達は皆真剣な顔ばかりだ 

 

思えば、こうして一人でレース場を歩くのは初めてかもしれない

応援に来るときはみんなと、レースをする日はトレーナーさんと必ず一緒に居た

 

でも今日は違う

 

みんなはスタンドに、トレーナーさんは病院に居る

 

こうなるのは前から分かりきっていたことで、今更どうこうという訳ではない

でも、しかし実際にこの状況を目の当たりにすると

 

やはりどうしても思うところがあった 

 

心細さからか、緊張感からかはわからないが

心なしか早い鼓動を、深呼吸で落ち着かせ

 

拳を固く握り、足早に自分の控え室へと向かい

ドアを開ける

 

 

「ん、おう。来たか」

「………………へ?」

「遅かったな、忘れ物でもしたか?」

 

 

車椅子に座った、ここには居ないはずの見知った顔が居た

急な出来事に思考と身体が動かなくなる

 

 

「えっ、え゛え゛え゛ぇ゛?!?!ど、どうしてここに!?ていうか病院は!?怪我は!?」

「落ち着け、落ち着け。ちゃんと説明するから取り敢えず座って」

 

 

遅れてやってきた驚きで思わず声を張り上げた

 

どうして良いか分からず、行きどころのない手をわたわたと動かし続けていると

トレーナーさんが可笑しそうに笑いながら、ギプスをしていない方の手で椅子を指差した

 

 

「前々から今日ここに来れるように根回しはしてたんだ」

 

 

いそいそと席に座り、目を白黒させていると

トレーナーさんが申し訳なさそうに話し始めた

 

 

「ただ、反応があんまり良くなくてな……もしダメだった時のことを考えて黙ってたんだよ」

 

 

トレーナーさんは恥ずかしそうに笑いながらにそういった

が今はそれ所ではない

 

 

「実際、連絡する暇がないくらいギリギリまで粘って何とか許可を貰ったからな……って話聞いてる?」

「…………はい?」

 

 

嬉しさのあまり呆然とトレーナーさんを眺めていると

いつの間にかトレーナーさんが話を始めていた

 

かなり遅れて声の方へ顔を向けると、トレーナーさんが心配そうにこちらの様子を伺っていた

 

 

「あー、前々から今日来れるように……いや何でもない」

 

 

話が右から左に流れていく

 

ぼーっしたまま何をするでもなくトレーナーさんを見つめていると

ため息をついて肩をすくめるのが見えた

 

 

「それで、調子はどうだ」

「調子……あ、調子ですか!?大丈夫です!!健康そのもですよ!」

 

 

真剣な目と視線が合う

上の空で聞こえた言葉を繰り返したところでやっと話が理解できた

 

慌てて返事をすると少し上ずった声が出た

 

今までの緩み切った仕草を思い出し、顔が熱くなっていのを感じる

 

きっとひどく赤くなっているであろう自分の顔を想像し、恥ずかしくなり顔を下に向けていると

いつもの調子で話すトレーナーさんの声が聞こえた

 

 

「なら良かった」

 

 

そのまま返事をできずに暫く沈黙の時間が流れ

気がつくとトレーナーさんはタブレットを眺めていた

 

どうやらレースに向けて記録を見返しているらしい

 

 

「トレーナーさん」

 

 

その横顔を見ているうちに、ふと気がついた事があった

 

それに気がついた瞬間、頭に言葉が浮かぶ前に声が出る

 

 

「ありがとうございます、来てくれて」

「なんだ改まって」

 

 

さっきから動揺しっぱなしでお礼の一つもしていなかった 

そのことを思い出し、溢れ出る想いを勢い任せに口から吐き出すと

トレーナーさんは目を丸くしてこちらに視線を滑らせた 

 

 

「いえ、何かあるわけではないんですが……ただちょっと心細かったと言いますか……」

「そうか……」

 

 

当たり前の返事に直ぐ声が出ずにたじろぐ

話の展開など全く考えず、思い付きで出た言葉に続く言葉を探しているうちに

もしや、いきなり変なことを言ってしまったのではないかと思い至り

落ち着いた鼓動が再び速度を上げ、顔の感覚もあっという間に元に戻っていく

 

 

「まぁ心配するな、約束は守る。安心してくれ」

「約束……?」

 

 

思いがけない単語につられて顔を向けると

夕焼けに照らされた神社の階段で見たトレーナーさんが居た

 

 

「俺は全力でお前が夢を叶えるのを手伝う、そう言ったろ?」

 

 

この人がいれば、きっと何処へでも、何処までも駆けて行ける

そう心の底から思える顔だった

 

そんな顔を見ていると自然と笑みが溢れ、二人でここに居る幸せを噛み締めながら頷くと

 

それを見たトレーナーさんも笑い返してくれた

 

 

 

~~~

 

 

 

[菊花賞以来の福を掴めるか、復活を狙い黄金世代に立ちはだかる1枠1番、マチカネフクキタル!!]

 

 

アナウンスと共に舞台袖から出ると、大きな歓声が上がった

 

久しぶりに上がったG1レースのパドックから見る光景は

一面に広がる人の山だった

 

 

(この感覚……こんなに大勢の前に出ても堂々としてられるのはいつぶりだろう)

 

 

大きく行きを吸い、いつものポーズを決めると

勝負服がひらめき再びスタンドで歓声が上がる

 

久しぶりに浴びる喧騒を噛み締めながら舞台から捌け

レースに向けて気持ちを整えていく 

 

 

(やはり年末の大一番、集まったメンバーは強敵ばかり……皆さん相手に私はどこまで勝負ができるのか……)

 

 

静かにストレッチをしながら競走相手のパドックを眺める

 

今日でトゥインクルシリーズを引退するエアグルーヴさんを始めとする先輩達

 

ティアラ路線二冠で今年のエリザベス女王杯で優勝したメジロドーベルさんや、今年の天皇賞春を制したメジロブライトさんを中心に集まった同期の皆さん

 

そして今年の皐月賞と菊花賞を逃げ切ったセウンスカイさんや、怪我明けで調子を取り戻しつつあるグラスワンダーさんが筆頭の黄金世代

 

続々とパドックに現れては盛大な歓声に迎えられるライバル達からは、学園で会うときとは別人のような迫力があった

 

しかし、こっちも今日は勝ちに来ている

この程度の迫力で気圧されていたら元も子もない

 

 

「フクキタルさま~」

 

 

震える息を飲みんでいると、意識の外から声をかけられた

顔を見なくても声を聞いただけで誰かは分かった

 

 

「ブライトさん……いつにも増して気合いが入ってますね」

「ええ、メジロの者で春の天皇賞と有馬記念を制した者は未だに居りません。ですから、私がここで有馬記念を勝利し、メジロの新たな礎を築かねばなりません」

 

 

振り向くと、静かに微笑むブライトさんが居た

ゆっくりとした口調、おっとりした雰囲気、そしてそれに加えて圧倒的な迫力が加わっていた

 

 

「今日は勝たせていただきます」

 

 

変わらずふわりとした笑みでそう発したブライトさんだったが

穏やかな口元とは裏腹に目は競走心に満ちていた

 

 

「私も皆さんの想いを背負って、今日ここに立っています」

 

 

その眼差しを堂々と胸を張って答える

 

 

「お姉ちゃんやトレーナーさんにおマチさん。それに――ブライトさんも」

 

 

このレースは今までとは違う

 

目指すだけではなく、目指される立場として

運もシラオキ様もない今の私に、その立ち振る舞いが出来るかは分からない

 

 

「今日は精一杯走ります!そしてもう一度このにゃーさんのご尊顔!見せつけて差し上げましょう!」

 

 

けれども、それでも今日は全身全霊でターフを駆け抜けて見せる

そう思いを込めてブライトさんに宣戦布告をした

 

 

 

~~~

 

 

 

地下バ道から外を眺めていると、続々とウマ娘達がターフへと移動するためにこちらに向かってきた

 

その中から馴染みの勝負服を探すと

入り口の影からそれが出てくる瞬間を見つた

 

それと差もなくにフクキタルもこっちに駆け寄ってきた

 

 

「いよいよだな」

「いよいよですね……!」

 

 

レース前特有の雰囲気に包まれる中、フクキタルに声を掛けると

緊張と高揚感が混ざった様子で目線を合わせてきた

 

 

「改めて作戦の確認をするが、目指すのは菊花賞の走りだ」

 

 

意気込みが十分な事を確認して、最後の打ち合わせをしようとフクキタルを呼ぶと

腰を屈めたまますぐ隣まで寄ってきて耳をこちらに向けてパタパタと揺らした

 

 

「はい!前目に着けた後は内々で仕掛け所を見計って末脚に懸ける。ですよね!」

 

 

話の内容なだけに静かにきり出すと、フクキタルも声を潜めながらも力強く返事を返した

 

 

「あぁ、今回は菊花賞より内の1枠1番。位置取りには苦労しないはずだ、行けるぞ!」

 

 

菊花賞より好条件、それに気力も回復している

 

やれることはやった

そう胸を張ってフクキタルを送り出す

 

 

「はい!やってやりますよ!では行ってきます!!」

 

 

自由の聞かない体の変わりに精一杯声を出してフクキタルの背中を押すと

 

 

それに答えるようにフクキタルは威勢良く、ターフの方へと地下バ道を歩き出していった

 

 

 

~~~

 

 

 

「満員御礼だな」

「毎年ながら凄い景色だね」

 

 

人々が出す些細な音が合わさったざわめきを聞き流しながら

車椅子を押すブライトのトレーナーとやり取りをしていると

人だかりの合間から、どんよりとした曇り空と対になった

芝の鮮やかな緑色が見えてきた

 

 

「今年も生で見れて嬉しい限りだ」

「お前が言うと説得力が違うよ」

 

 

関係者席の一番前まで出ると一面にコースを見渡すことができた

 

振り返ると、スタンドが人で埋め尽くされ

大きな塊となって蠢いている

 

 

「あぁ、今回はガイド付きだしな。至れり尽くせりだ」

「後で領収書切っておくよ」

 

 

車椅子にブレーキを掛けつつ、ここまで付き合ってくれたブライトのトレーナーに軽く冗談を言うと

後ろから同じような返事が聞こえた

 

相変わらずな様子に笑いながら返事をし、コースに目を向ける

 

丁度ターフビジョンには発バ機前でゲート入りを待機するウマ娘達が映し出されていた

 

 

「……負けても恨まないでくれる?」

「寝言を言うにはまだ早いぞ。それとも今から昼寝でもするか?」

「はは、威勢がいいね」

 

 

ふと、静かに声を掛けられた

 

わざわざ振り向くかなくても何が言いたいかは大体分かる

ブライトも、そのトレーナーも、疑うことはない

 

全て信頼しているからこそだ

 

鼻で笑って答えた瞬間、白いスーツを身に着けた人物がゲートへと歩いていくのが見えた

 

 

[さぁ、スターターが今、スタート台に上がりました。今年20回目、そして今年最後の、G1のファンファーレです]

 

 

音楽隊によりファンファーレが奏でられ

それに合わせて自然と手拍子が沸き上がった

 

 

「どうですか、セイウンスカイはすんなりと行けそうですか?展開の予想としては」

[そうですねぇ、ちょっと外めですけれどねぇ。もちろんスタンド前辺りでは、ちょっと引き離しては逃げるんじゃないかなぁって感じは……予想できますねぇ]

 

 

一人、二人とウマ娘達が係員に従って歩き出し

続々にゲートへと収まっていく

 

 

「セイウンスカイはどこまで逃げるつもりかな」

「あそこはトレーナー共々食えない奴らだからな、手の内を読もうとするのも不利にだろうさ」

「そうだねぇ……まあ、今更俺達じゃあどうもできないか」

 

 

やはり、大きく逃げる娘が一人居ると途端にレースが分からなくなる

 

序盤から周りの様子を気にしながら走らないと最終直線で仕掛けるタイミングがずれてしまう

そうなると一巻の終わりだ

 

 

[さぁ、最後の一人が入りますと。態勢完了であります]

 

 

そうこうしている間に大外のウマ娘がゲートに収まった

 

発バ機が閉じられ、態勢が整い

その瞬間ざわめきが小さくなった

 

各々が積み上げた努力が、想いが

 

今、火蓋を切る

 

 

「年末グランプリ、有マ記念――――」 

 

 

『出ろー!』

[ゲート空いた!スタートを切りました!流石に16人、素晴らしい優駿なだけに出遅れはありません!]

 

 

ガコンと粒の揃った音が響き渡り

 

それに呼応して地面が揺れるような歓声が沸き上がる

 

 

[さぁ、注目のセイウンスカイが、早くも先頭に立とうとしています!セイウンスカイが早くも先頭に立つ構えです]

 

 

スタートから一完歩、二完歩と進むにつれて

徐々に最序盤の位置取り争いが始まっていく

 

最初に目に見えて動いたのは、やはりセイウンスカイだった

 

 

[――からマッシブサイレンス、内々、久々のマチカネフクキタル。さらにメジロドーベル、こういったところが行っています!]

「よし!いいぞ!」

 

 

徐々に縦長になりつつある陣形の中で

どうやらフクキタルは4、5番手に位置取れたようだ

 

スタート後は文句なしの展開になっている

 

 

[更にその後方を見てみますと、白い勝負服……あ、黒い勝負服エアグルーブ、エアグルーヴは中団に位置しております]

 

 

一団は向こう正面から1回目の第3コーナーに入った

 

これから2500mをせめぎ合う脚質にあったポジションに各々収まり

油断の許されない道中の争いが始まる

 

 

[更にそのアウトコース、キンイロリョテイが位置しています]

 

 

4コーナーを曲がり隊列が少し外へと膨れた

 

そんな中でも未だにフクキタルは内で4、5番手に位置したまま

コーナーを曲がり瞬く間にコーナーの出口に迫る

 

 

[さぁその後方でありますが、センチメントも続いている。さらニシキセイドウ後方から、四人目]

[メジロブライト、そしてキングヘイロー。最後方からプラネットフロント]

 

 

各ウマ娘が滑る様にコーナーの出口に殺到し

逃げるセイウンスカイがハナを切ってスタンドの端に到達した

 

その瞬間、微かに歓声が巻き起こり

一瞬の間を置いて耳をつんざく大歓声が、波となってウマ娘達の後を追っていく

 

 

[正面スタンド前!セイウンスカイが飛ばしていきます!セイウンスカイが良い所を選んで!5馬身から6馬身!リードを保って、第一コーナーのカーブを切っていく!]

 

 

ターフビジョンに映された映像を背に、地面を蹴り上げる音を響かせながら

観客の前を一団が猛然と駆けていき、スタンドの盛り上がりが最高潮に達し

振り上げた腕で人の海がざわめきたつ

 

 

[ちらっと後方をスカイが見た!ちらっと後方スカイが見た!]

[さぁ、セイウンスカイが残り15人を従えて、1コーナーから2コーナーへ向かっていきます!]

 

 

「……思ってたより逃げてるな」

 

 

おおよそ全体の半分を過ぎた

フクキタルはズルズルと位置が下げながら、コーナーを曲がっていく

 

 

[先頭は人気のセイウンスカイ!もう5バ身から6バ身のリードを付けて、向こう正面に入っていきました!]

 

 

隊列が離れスタンドの熱気が落ち着き、モニターには淡々と実況に会わせたレースの中継が流れているが

恐らくあの隊列の中では今、静かに仕掛け所の読み合いが行われているだろう

 

お互いがお互いの一挙手一投足を見逃さず

少しでも動きがあれば水面に石を投げ入れたように

全体へと波及し、レースの展開が変わっていく

 

 

「トリックスターの呼び名に偽り無しか……にしても先行勢は結構攻めていってるが大丈夫かあれ」

「あんまり深追いはしない方が良い展開だとは思うんだけど……さて、どうなるかな」

 

 

ペースは例年通り、にも関わらずこれだけのリードをセイウンスカイが保っている

恐らく後続は大逃げするセイウンスカイを警戒してスタミナを温存させているのだろう

 

しかし、それはセイウンスカイが逃げきることにも繋がりかねない

 

 

(でも、いくらなんでも行かせ過ぎじゃないか?……どうしたフクキタル……)

 

 

徐々に縦に延びていく隊列に不安を抱く

 

セイウンスカイにレースが乱される中、フクキタルは何を思って走るのか

 

それはここからでは分かる筈もなく、ただ積み重ねたものを信じて見守るしかできないもどかしさを握った拳でごまかした 

 

 

 

~~~

 

 

 

(くぅ……息苦しい……)

 

 

2コーナーを抜け、気がつくとかなり後方へと押しやられていた

 

感覚が狂っていなければ恐らくペースはスロー

予定は狂ってしまったけど、まだスタミナは残っている

 

 

[さぁ縦長の展開になっています、セイウンスカイのリードがこれだけあります]

 

 

ふと周りから聞こえる足音のリズムが変わった

 

誰かがセイウンスカイさんに迫ろうと少しペースを上げたらしい

それに反応して先行の人達が前へと上がっていく

 

 

[2番手に現在はサンライズフラッグが上がってきました、その後方からキックオフゴール。そしてサツマオーキミ、そしてメジロドーベルが居ます!]

 

 

先頭との差は確実に開いていく

 

差しで行くとしても流石にここはペースを少しは上げるべきだろう

 

激しい呼吸音がひしめく中、隙間を探しだし

前へと出るために、一際大きく地面を踏み締める

 

 

[その後方からですがちょっと切れました。マッシブサイレンスが位置しています、さらにエアグルーヴ。ラストランはここに位置している!]

 

(!?……前に出れない……?)

 

[うちの方からグラスワンダー、そして外に並んでキンイロリョテイ!さらにセンチメントであります!]

 

(いや、違う――脚に力が入ってない……踏み抜ききれてない……!)

 

[後ろに続くマチカネフクキタル、さらにニシキセイドウ。ヤマトミチノク]

「ハァ……ハァ……くっ……ふぐぅッ……」

 

 

弱々しい手応えしか返ってこない自分の脚をどうにか動かそうとしても

思うような加速が出来ず、活路を見いだせないまま3コーナーへと差し掛かる

 

 

[そして13番のキングヘイロー!まだ後方に居る!10番のメジロブライト!そして、もう一人居る!後方から12番のプラネットフロント!]

 

 

視界の左で影が動く、後方で待機していた追い込みの人たちだ

 

四苦八苦しているうちにいよいよ最後方手前まで位置が落ちてしまったようだ

 

 

(どうにか……どうか前に……っ!!)

 

『あなたは追い付く事を諦めた方が良いでしょう』

 

 

藁をも縋る気持ちでもがいていると、トレーナーさんが怪我をした日に見た夢がよぎった

 

あの透き通った目、静かに響く声が鮮明に甦る

 

もうシラオキ様に頼れない、運も尽きた

そんな私に一体何ができるのか

 

 

(……そうです……追いつくのはもう辞めたんです……!)

 

 

何もなくなってしまった私を、フジさんが心配してくれた

 

おマチさんが私に勇気を分けてくれた

 

 

『あの時には既に決していたのです』

 

(お姉ちゃんが死んじゃって……トレセンに入学してトレーナーさんと出会って、そして菊花賞で勝って!)

 

 

トレーナーさんは私に夢を叶えると寄り添ってくれた

 

ブライトさんには私が目標になると約束した

 

 

『全てはあなたの行いですよ』

 

(私はもう……お姉ちゃんみたいに……!)

 

 

私は、私が皆さんに貰ったものを背負ってここに立っている

 

運が無くても、シラオキ様が居なくても

 

皆さんが背中を押してくれる

 

 

(追われる側になったんです!!)

 

[さぁ、3コーナーから4コーナー!セイウンスカイのリードがまだ――3バ身から4バ身!]

 

 

渾身の一蹴りを繰り出す

 

幸いにカーブで隊列が外へと膨れ、前が開けた

そこを目指して必死に進む

 

 

[メジロドーベルが早めに二番手に上がっていった!メジロドーベルが早めに二番手に上がっていった!!そしてキックオフゴール!キックオフゴールも来ている!]

 

 

一歩、また一歩と全力で前へ前へと進み出る

 

4コーナーの半ばで既にスパートをかけていると言っていい走りになり

徐々に位置が押し上がり、先行集団の最後尾に食らいつく

 

ふと視界に緑色の勝負服が見えた

ふわりとした鹿毛色の髪の毛をなびかせて大外を一気に上がっている

 

ブライトさんだ

 

 

[さぁセイウンスカイのリードが!?もう1バ身半からちょっとしかなくなってきた!さぁ3、4コーナーカーブして直線コースに入ってくる!]

 

 

コーナーを抜けるギリギリ手間、前で走っているピンク色のウマ娘がメジロドーベルの内側へと一気に潜り込んだ

 

 

(負けられない……背中を見せる……!そう約束したから!!)

 

 

前方にはドーベルさんと外へ若干膨れたリョテイさん

そしてその二人の隙間からは、ゴール板が見えた

 

 

[エアグルーヴも来ているが、先頭はセイウンスカイ!ここから二の足三の足を使うことが出来るのか!?]

 

 

もう既に一杯になっている脚を無理やり動かし、隙間に身体をねじ込む

 

激しく息を続け乾いた喉を冷気が突き刺し、肺へと吸い込まれていく

 

滲む視界で一人が更にギアを上げて前へと躍り出た

トリコロールカラーの勝負服、グラスワンダーさんだ

 

 

[セイウンスカイ先頭!セイウンスカイ先頭!!外の方からグラスワンダー来ている!そしてメジロドーベルも来ている!]

 

(あと少し、あとちょっとで先頭に……!)

 

 

なけなしのスタミナでラストスパートへと移り、リョテイさんとセイウンスカイさんを完全に捉え

 

一歩先へと抜け出しグラスワンダーさんへと並びかけると、聞き慣れたのあるリズムの足音が聞こえた

 

練習で一緒に走って、ずっとに横に居てくれたあの足音が

グラスさんを追いかけている

 

 

[なんと!!内からはマチカネフクキタル!]

 

[グラスワンダーが来た!グラスワンダーが来ている!!白い一閃!グラスワンダーが来ている!!]

 

[外の方からメジロブライト!!]

 

 

残り10完歩

既にスタミナは尽きて残っているのは勝ちたいという気力だけで

ゴールに向かって突き進む

 

 

「くぅ……!!ハァっ……!ぅああああああぁぁ!!」

 

[グラスワンダーか!?外の方からメジロブライト!!内からは凄い末脚でマチカネフクキタルが猛追!!!]

 

 

口いっぱいに鉄臭さと乾いた芝の匂いが広がる

 

膝から下はとうに感覚は無くなり、白みがかる意識の中

脚を動かし続けることだけを考えてほぼ無意識に身体が動く

 

呆然とした意識に、風切り音と喊声が三人の足音に混じって木霊し

 

揺れる視界にはトリコロールカラーの勝負服と一気に手前に加速するゴール板が映った

 

 

[しかし最後はグラスワンダー!!!!]

 

[ジュニアの頂点に立ったのはクラシックでも強かった!!!!ジュニアの頂点に立ったのは、やはりクラシックでも強かったぁあっ!!!!]

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

「お疲れ様」

 

 

検量室へと引き上げてきたフクキタルを地下バ道出迎える

 

バ群を縫って来たせいか、勝負服は泥まみれになっていた

 

 

「トレーナーさん……」

 

 

声を掛けてもどこか呆然とした様子のフクキタルだったが

目が合うと呟くように呼ばれ、それを聞き逃さずに頷いて答える

 

レースの疲れが出ているのだろうか、立ちすくむフクキタルだったが次の瞬間には足早にこちらに近づいてくるのが見えた

 

 

「――トレーナーさん!見ていてくれました!?」

「あぁ……!見てたぞ!よくやったな!」

 

 

飛び込んでくる勢いですぐそばまで駆け寄り

目を輝かせながらこちらを見つめてきた

 

そんなフクキタル手を差し出すと、嬉しそうにそれを取り上げた

 

 

「途中もうだめかと思いましたが、不肖マチカネフクキタル!見事二着になれましたよ!!」

 

 

繋いだ手を固く握り返すと、フクキタルは目線を合わせる様にしゃがみ、嬉しそうに結果報告をしてくれた

 

結果はグラスワンダーからハナ差の2着

 

あれだけ滅茶苦茶な調整であったにも関わらず三着のブライトとの間に割って入ることが出来たのは奇跡と言うべきだろう

 

 

「あそこから巻き返せるとはなぁ……本当に頑張ったな」

「はい!トレーナーさんや皆さんのおかげです!」

 

 

バ群に埋もれた位置からの圧倒的な末脚

まさにあの時の菊花賞に迫る走りは、ここまで目標にしてきた走りだった

 

ゴール前ではつい体を大きく動かしてまい、怪我が痛んでしまう程だったが

その痛みすら直ぐに忘れてしまった

 

そんなことに思い耽っていると

フクキタルは目を閉じて大きく息を吸い、一息おいて静かに口を開いた

 

 

「……それに大切な事にも気が付けました」

「大切な事?」

「はい、実はレース中にシラオキ様に告げられた事を思い出したんです」

 

 

ひじ掛けにもたれかかり、頬を緩ませながら物思いにふけりながら話を続ける

 

 

「"あなたは追い付く事を諦めた方が良い"……きっとレースは一人で走るんじゃないってことだと思うんです」

 

 

納得するように喜びを噛みしめる様子を見守る

 

レースが終わってすぐの為か火照っていた顔に、汗で湿った髪の毛が所々に張り付いており

如何にフクキタルが激走したかを物語っていた

 

 

「追いかけるだけじゃなくて、追われて始めて分かる事もある……きっとシラオキ様もそう言いたかったんだと思います」

「……実際に追われた感想はどうだった?」

 

 

そういうとフクキタルは満足げに遠くを見つめていた

 

きっと自分の中で溜まっていたわだかまりが解けたんだろう

そんなフクキタルの心境を確かめる為に問いかけると

 

 

「最高でした!!」

 

 

目標を達成出来た喜びか、ずっと一緒だったシラオキ様が戻ってきた安心感か

飛びきりの笑顔でフクキタルはそう答えた

 

 

「フクキタルさま~」

「ブライトさん!!」

 

 

おっとりとした声が聞こえ、振り向くとブライトとトレーナーが歩みよってきていた

 

 

「……また負けてしまいました」

「あっ、ブライトさん……言ったでしょう?このにゃーさんを見せつけて差し上げると!」

 

 

穏やかに悔しがるブライトに、フクキタルが背中のリュックを指さして答えると

ブライトはくすりと笑みを浮かべた

 

 

「……ブライトさん!ありがとうございました!」

「いえ、お礼を言わなければならないのはわたくしです」

 

 

一瞬の間が空き、フクキタルは改まってブライトに深々と頭を下げた

今回ここまでのレースが出来たのは言わずもがなブライトが居てくれたおかげだった

 

 

「時さえ止まってしまうような、見事な走りでした」

 

 

すかさずブライトは、少しかがんでフクキタルの肩へ手を伸ばし

顔を上げたフクキタルへ目を合わせ、称賛を送ると

フクキタルも嬉しそうにしてその言葉に答えていた

 

 

「ですが、次こそはわたくしが勝利させて頂きますわ~」

「その挑戦受けて立ちましょう!また一緒に走りましょうね!ブライトさん!」

 

 

そのフクキタルの顔を見て満足そうに頷くと、ブライトはフクキタルの肩に置いた手を自分の胸元に当て

早くも次のレースを見据えた言葉を投げかけ

 

フクキタルもそれに力強く、胸を張って答えた

 

 

「だってさ」

 

 

そんな二人を一歩離れたところで眺めていると

隣に立ったブライトのトレーナーがこっちの様子を窺うように声をかけてきた

 

 

「これはうかうかしてられないな」

「ま、今回はお互い万全とは言えなかったからね。来年の春を楽しみにしてるよ」

「……お手柔らかに」

 

 

相変わらず担当に似て芯が強いブラトレに圧を感じつつ、苦笑いで返事をしていると

さっきまで闘志剥き出しだった二人の方から、打って変わって賑やかな話声が聞こえてきた

 

 

「それではこの後ゲン担ぎにパワースポット巡りはいかがでしょうか?この近くにもいい場所があるんですよ!」

「ほわ~それは良いですわね~」

「グッズは2個までだぞ」

「ブライトは今はライブの準備始めようか……いつもとぎりぎりになっちゃうからね……」

「えぇ!?そんな殺生な!?頑張ったんですしもう少し買っても良いですよね……?ね?」

「ほわ~わかりましたわ~少し休憩してから準備を始めましょう~」

 

 

いつもの調子に戻ったフクキタル達との会話が地下バ道に響いていく

 

これで今年の秋シーズンが終わり、年をまたいで来年の春シーズンまで時間が空く

そしてそこには黄金世代が王道路線に乗り出してくる

 

今まで以上に強敵が増えたレースでフクキタルがどこまで通用するか

それはまだ分からないが、きっと今のフクキタルなら

黄金世代とも対等に渡り合い、同期のウマ娘達とも熱いレースを繰り広げられるだろう

 

そんなことを考えつつ、フクキタルに車椅子を押されながら4人で控え室へと帰路につくと

 

ふと地下バ道に風が穏やかな吹き、皆の笑い声に混じって

澄んだ鈴の音が聞こえた気がした

 

 




ここまで見ていただいた方、ありがとうございます

完走した感想ですが
ブライトとフクキタルって設定的にワンチャンあるなっていうのと史実の勝利数を変えずにハッピーエンドの曇らせがしたかったというの目標を概ね達成できたのでヨシッって感じです

まぁその他がもうちょっとどうにかならんかったのかっていう感じが滲み出てる気がしますが…
(ほんとは98世代の話も書いてグラスが勝つ理由とか補強したかった)

でももう疲れちゃって 全然書けなくてェ…
ということでこの辺りでいったん手打ちにしたくなったので投稿を強行しました
もしかしたらメモ書きとかも残っていたかもしれませんけど悔いはありません

それではルビコンで会いましょう
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