白河の濁り 田代玄番放蕩録   作:北部九州在住

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この話が最終話の予定。



田代玄蕃から田沼意正へ

 少しだけ、その後の事を語ろうと思う。

 白河様こと松平定信が失脚しても俺の生活は変わらなかった。

 11代将軍であった徳川家斉未だ若く、寛政の遺老と呼ばれた老中首座の松平信明を始めとした老中たちは皆松平定信の息がかかっていたからである。

 そんな中、陸奥国下村藩の田沼本家当主田沼意信と田沼意定が相次いで世を去り、宙に浮いた藩主の座が転がり込む事になる。

 

「受けろよ。玄番」

 

 夏の吉原にそう言って足を運んでくれたのは、かつての友であり、沼津藩を継ぎ、幕府奏者番兼寺社奉行となって出世街道を歩んでいた水野忠成であった。

 互いに不惑に入り、その顔に老いというものが忍び寄っていたが、それでも尚、昔の面影が残る笑顔で彼は言ったのだ。

 

「いいのか?

 遺老たちが黙っちゃいないだろうに?」

 

 あの田沼家の相続問題である。

 田沼意次を失脚させた松平定信と寛政の遺老たちからすれば、田沼家を取り潰せるのならば取り潰したい所なのだから。

 しかし、 忠成は笑ったまま、 昔のままで酒を一口飲みむと口を開く。

 

「奴らには止められんよ。

 何しろ、将軍様の意だ」

 

「……そうか」

 

 かつて、お忍びで来た将軍徳川家斉様を幇間として接待したが、彼はそれを忘れていなかったのか。

 人の縁とは、どんな所で繋がるか分からないものだと俺は苦笑するしかない。

 

「悪しき遊びを楽しんだあのお方の意か」

「ああ。遺老たちは堅苦し過ぎる。

 かといって、お忍びで吉原はもう無理だろうがな」

「ははっ! 違いない!」

 

 吊るしてあった風鈴が鳴る。

 松平定信が始めた綱紀粛正の動きは未だ続いているが、彼の失脚後にその緩和が至る所で始まっていた。

 長崎から持ち込まれたこの硝子風鈴はそれを受けて隠されていたものを表に出したのである。

 未だ熱い夜だが、その音が鳴るたびに少し熱さを忘れるような感覚になる。

 

「なぁ。吉太郎」

「どうした?玄番?」

 

 俺は昔の名前で水野忠成を呼ぶ。

 彼は当たり前のように返事をする。

 この時だ。この話を受けようと思ったのは。

 失脚した父田沼意次の汚名返上でなく、仇敵松平定信への意趣返しでもなく、まるで昔の宴席で騒ぐようにこいつは俺を誘った。

 だったら、受けてやるのが友というものだろう。

 

「受けるよ」

 

 俺はそう言って笑った。

 それを見て水野忠成も笑った。

 かくして、俺は田沼本家を継ぐ事になる。

 田沼意正。

 それが俺の名前となる。

 

 

 

「陸奥国下村藩藩主。田沼意正でございます」

「うむ。励め」

 

 江戸城にて、藩主として将軍にお目見えする。

 一万石の大名のお目見えとは本来そんなものなのだが、部屋には老中首座の松平信明が苦々しい顔を隠そうともせず、反対側には奏者番として水野忠成が面白そうな顔を隠そうとしない。

 そんな場が普通に終わる訳がなかった。

 

「ふむ。どこかで会ったかな?」

「気のせいでございましょう。上様」

「……そうか」

 

 上様との付き合いは長いものになった。

 その間、寛政の遺老たちが去った後の老中首座に水野忠成が選ばれ、俺は大番頭、若年寄、側用人と出世し、父の旧領だった遠江国相良藩への復帰を許される事になった。

 それは松平定信が主導した寛政の改革が完全に否定される事になり、失脚後も影響力を保持していた松平定信の終焉を意味する事になった。

 




田代玄番と勿忘草の関係はまだ決めていない。

田代玄番の相棒枠は水野忠成で決定。
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