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アラサーおっさんによる青春小説(にしたかった)・汚染濃いめのユーフォ大人組・吹奏楽要素少なめ・『お兄ちゃん大好きっ子な周子ちゃん』
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サックスが好きだった。物心ついた時にはサックスを吹いていた。小学生の時から吹奏楽の教室に入って勉強してきた。
しかし、京都で和菓子職人をやっている父親は反対していた。成功するのは一握り。そして成功したとしてもそれだけで食っていけるという保証がない世界だったから、早くから和菓子の勉強をしろと言われ続けた。
そして高校の時に決定的になった。高校三年間の間に全国で金賞をとれなかったら音楽を止めろということだった。反抗期だった俺はそれに同意した。入った高校は北宇治高校。最高の成績が県大会銀賞。ここに行ったのは友人が行くからだった。その友人とは小学生の頃から一緒に楽器をやっていた。
高校一年の時はどうしようもなかった。高校二年で先輩たちを意識改革させ、中学時代の後輩達も多く入って関西大会のダメ金まで行った。そして俺が部長、友人が副部長となって部内の空気を一掃し、全国大会金賞まで辿り着いた。
俺が勝ち誇って父親にその成果を報告した時、父親は怒鳴るわけでもなく、嬉しそうにするわけでもなく、ただ『そうか』とだけ呟いた。
俺はその後に東京の音大に進学した。本格的に音楽の勉強をしたかったからだ。だが、そこで感じたのは才能と努力の差だった。自分は所詮は部活で上手いレベルだった。だが、音大にいたのは小さい頃から英才教育をされて、ほとんどの時間をその楽器に捧げている連中ばかりだった。
吹き続けた。ただ、ひたすらに吹き続けた。それでも他の生徒達に勝てなかった。
そこで初めて気づいた。父親が何故音楽の道に進むことを阻んでいたのか。簡単な話だ。父親がその挫折を知っていたからだ。だから家にはサックスがあった。同じ目にあって欲しくなかったからその道を阻もうとしていた。大学に進学してから父親とは連絡をとっていなかった。その事実は俺の状況を知って一人暮らししていた家にやってきた母親から聞いた。
しかし、それでも俺は夢を追うことを諦められなかった。今更、父親に頭を下げて和菓子の勉強をする気にもならなかった。
だから期限を決めた。
大学四年間の内に天才達に勝つ。
大学三年までは成果が出なかった。大学四年になって色々なコンクールに出場し続けた。しかし、優勝することはできなかった。最後のチャンスとなったクリステラソングコンクール。そこで優勝できなかったらサックスをやめようと思っていた。世界的にもトップのコンクールであるクリステラソングコンクールで優勝できるかはわからなかったが、最早意地になっていたのだろう。
一次予選で消されると思っていたが、最終まで残ることができた。その最終での演奏。自分が一番良く出来たと思った演奏だった。
結果は準優勝。
そこで俺の音楽人生が終わったと感じた。音大の卒業生なんか潰しがきかない。しかも自分はサックスに全部をかけてしまっていたので、就活もしていなかった。母親は実家に帰ってこいと言ったが、今更戻れるわけもない。
「あ〜、昔の夢をみるとか年をとった気がするわ」
会社を告発してクビになった数日後。俺は薄い煎餅蒲団から体を起こした。キッカケは俺が勤めていた保険会社の顧客情報が漏洩しているという情報だった。そこで勤めていた八王子のコールセンターが情報漏洩の源だったらしく、会社のお偉いさんが来ることになった。
そこで俺はコーチという役職についていた。普通の会社だったら係長とかだろうが、所詮はコールセンターという現場組である。六本木にある本社組のエリート達とは全く違う存在だった。だが、別に仕事は嫌ではなかった。パートの人たちの間を取り持ったり、新人の教育することに関しては東京エリアという地域でも評判になっていたのだ。
そこで俺はそのお偉いさんの指示で動くことになった。そしてキナ臭くなったのは八王子にやってきたお偉いさんが俺が指導していた新入女性社員に枕営業を強要しようとしたという話からだった。
俺はその女性社員から相談を受けて、独自に調べ始めた。
だが、その行動がお偉いさんの耳に入ったのだろう。突然、本社に呼び出されて情報漏洩の犯人扱いされたのだ。
そこで俺はお偉いさんから嵌められたことに気づいた。
八王子に戻って待っていたのは閑職だった。他の社員やパートの人たちとも会えなくなり、そのお偉いさんが俺を自主退社させたがっていることだった。
それが逆に俺の反骨精神に火を点けた。
俺の高校時代の友人に天才クラッカーがいる。時間があればアメリカの機密情報も盗み出してくるような奴である。俺はそいつに頼んで八王子のデータを盗み出させた。さらに、物的証拠を求めてお偉いさんの部屋に侵入して証拠を抑えた。
そして俺が引導を渡される当日、俺は逆にその証拠を全部叩きつけた。見苦しく言い訳していたが、そこも完全に論破した。お偉いさんは俺を殺そうとして逆に殺される結果になった。
そのあと、その事件が明るみに出ることはなく、俺を口止めするように昇進の話が出た。
この会社は腐っている。
そう思った俺は会社に辞表を叩きつけていた。三十路になったオッサンが何を考えているのかと気づいたのは辞表を叩きつけて、本社にある人事部から出てきた後だった。
会社にはキツく口止めされていたが、俺はその情報を新聞社に勤めていた友人に飯一食で喋った。その翌日に新聞に載り、ワイドショーにも出まくった。さらには会社の体質にも突かれて国からも指導が入った。会社の重役が揃って退職するニュースを見た時は友人達と祝杯をあげた。
「あ〜、頭いってえ」
昨夜飲みすぎた影響だろう。頭痛が止まらない。俺が育てた八王子のコールセンターの大半の人はライバル会社のコールセンターに引き抜かれたらしい。それを俺が庇った女性新入社員から聞いた。その社員もライバル会社に引き抜かれたらしい。優秀な子だったから、会社の体質がマトモだったら昇進するだろう。
スマホを見ると通知がたくさん入っていた。高校時代の友人から、大学時代の友人まで。大半が音楽の道に戻れという連絡だった。俺はそれに返信することなく、スマホを投げ捨てると冷蔵庫を開けて入れてあった水を一気に飲む。
するとスマホが鳴り始めた。
さて、誰が一番堪え性がないのかと思ってみると、表示されていたのは音大時代の先輩だった。
先輩と最後に会ったのは奥さんのお葬式だったはずだ。そのあとは人づてに話は聞いていたが、抜け殻のようになっていたと聞いた。
「おかけになった電話は現在使われておりません」
『あぁ、元気そうですね』
遠回しに電話したくないと伝えたつもりだったのだが、向こうは気にせずに話をし始めた。この辺りは昔から変わらない。
俺は窓を開けてそこに腰をかけながらタバコを吸い始める。
「それで? この無職に何かようですか、滝先輩」
『用事があったからお電話したんですよ、塩見くん』
滝昇先輩。音大時代にお世話になった人で今は音楽教師をしているはずだ。
『実は私は吹奏楽部の顧問をしていまして』
「何ですか? 仕事自慢ですか? それは俺によく効きますよ」
俺はそう言いながら煙を吐き出す。電話の向こうで滝先輩が呆れている気がする。
『そういうわけではありませんよ。私の顧問をしている吹奏楽部が関西大会に出場することになりまして』
「へぇ、先輩が赴任した学校は関西だったんですね」
確かに滝先輩も京都出身だと聞いたことがある気がするが、正直音大時代は京都に近寄りたくもなかったので、その辺りの話は避けていた。
「どこの学校ですか?」
『北宇治高校ですよ』
滝先輩の言葉に頭の中が真っ白になる。それは俺の夢が始まったところであり、それと同時に人生を決定づけたところだった。
動揺を悟らせないように口を開こうとするが、それより先に滝先輩が口を開いてきた。
『夏休みを利用して合宿をしようと思っているのですが』
「夏休みとか懐かしい響きですね。こちとら休日出勤当たり前、サービス残業セットのスーパー社畜生活だったんで、新鮮ですよ」
『えぇ、ニュースを私も見ましたが、酷い会社だったようですね』
滝先輩まで俺の就職先を知ってるのかよ。まぁ、高校時代の同級生が俺の就職先がないことを知って、自分が起こした会社に来いって言われたけどさ。ちなみにその同級生が俺の元仕事先から人を引き抜いているライバル会社の社長である。昔から金にガメツクて容赦がなかったが、会社を起こしてそれが悪化していると感じているのは友人一同の総意である。
「それで俺は今ハイパーニート生活なわけですが……その合宿に何かあるんですか? OBとして差し入れでもしてくれってことですか?」
『そんな物欲的なことではありませんよ。楽器の指導をしてくれませんか?』
その近所におつかいでも頼むかのような口ぶりで出た発言に、俺は今度こそ絶句する。
「面白い冗談ですね。俺はもう8年はサックスを吹いていませんよ?」
『えぇ、知っています』
「だったら俺じゃなくていいでしょう。それこそ滝先輩と仲が良かった橋本先輩とかいるでしょう」
『もう橋本くんは頼んでいます。パーカッションは橋本さん。木管は新山さんに頼んでいます』
俺は頭の片隅で新山なんてやつがいたか思い出そうとしたが、思い出せない。
『塩見くんに頼みたいのは金管の指導です』
「だったら俺みたいなロートルでブランクのある奴より、頼もしい人がいるんじゃないですかねぇ」
俺は一本のタバコを消しながら答える。
『そうですね。ですから一番頼りになる人に連絡しています。北宇治の奇跡の中心人物だった塩見くんにね』
「北宇治の奇跡ね……」
北宇治の奇跡。それは吹奏楽界では有名な話だ。それまで全く無名だった府立高校が全国大会で歴代最高得点で優勝したことだ。現在でもその成績は破られておらず、今は伝説だ。
その北宇治の奇跡を起こしたのが俺たちの世代だった。思えばあのころが一番楽しかった。全員でバカみたいに笑いながら夢に向かって突き進む。それぞれのパートに穴があればボロクソに罵倒しあって、それでも全員で協力して全国を目指した。
俺にとっての夢の残照。
「滝先輩……ありゃあ、運が良かったのもあるけど、それ以上に全員に向上心があったからできたことだ。最近の北宇治じゃ無理だ」
一回だけ最近の北宇治の演奏を聴く機会があった。それは酷いものだった。俺たちの世代だったら殴り合いに発展しそうな演奏だ。
『そうですね。最近の北宇治では無理だったでしょう。ですが今年は違います』
「笑わせるなよ滝先輩。一度変わった雰囲気は元に戻らない」
滝先輩の言葉に鼻で笑ってしまう。高校の部活においては雰囲気は重要だ。それこそ演奏にもろに出る。
『そうですね……それじゃあこれからパソコンに今年の北宇治の演奏データを送りますので聴いてもらえますか? 返答はそれからで結構ですので』
「はいよ。それじゃあ後で聞かせてもらいますよ」
それだけ言って電話を切る。そして部屋の片隅においてある楽器ケースを見る。何度も捨てようと思って、結局捨てられなかった夢の残骸。サックスが埃をかぶっていた。
俺はそれを見て頭を振る。
「あほくさ……飯食ってくるが」
そう思ってサックスを見えないように押入れの奥に入れると、アパートから出て行くのであった。
近所のラーメン屋で昼飯を食った後に家に戻ると、そこには見覚えのある顔が我が物顔で部屋に居座っていた。
「お、やっと帰ってきたね〜ん。お兄ちゃん」
「来る時は連絡しろって言っているだろ、周子」
いつのまにか実家を追い出され、勝手にアイドルになっていた妹である塩見周子がそこにいた。
「いやぁ、お兄ちゃん。相変わらず冷蔵庫の中空っぽだねん。仕事クビになって毎日飲み歩いてるんじゃないの?」
「毎日ではないなぁ」
「昨日も夜遅くまで飲んどったのに?」
周子の言葉に俺は視線をそらす。昨日の夜に酔っ払っている状態で電話に出て怒られたのだ。
「そ、そうだ。滝先輩に言われた音楽データを聴かなきゃな!」
「話逸らすの下手すぎやわ」
俺はパソコンを起動しながら周子に言い訳をし続ける。周子はそれに適当に相槌をうちながら保存していた非常食のポテチを食っていた。おまえ、今度それやったら出禁だからな。
とりあえずパソコンが立ち上がったので滝先輩から送られてきた音楽データを落とす。
「およ? なんやのん?」
「音大の先輩が吹奏楽部の顧問をやっているらしくてな。それの手助けを頼まれた」
俺の言葉に周子が嬉しそうに笑った。
「おぉ〜、ようやく音楽の道に戻ることにしたん?」
「バカ言え。あそこは俺みたいな凡才がやっていける世界じゃねぇよ」
(今は世界一のサックス奏者になったカーマイン・フォルスマイヤーに認められとるの知らんのやなぁ)
俺の言葉にどこまでも呆れた視線を俺に向けてくる周子。俺はそれを気にせずに音楽を流す。最初に流れ始めたのは三日月の舞。たしか京都出身の堀川奈美恵が作曲した曲のはずだ。
「これまた下手やなぁ」
「……ああ、そうだな」
周子の言葉に同意する。技術的な面で言えばまだまだだ。俺たちの世代に比べたら酷いものだ。
だが、何故こんなにも惹きつけられる。
周子は俺の気配が変わったことに気づいたのか、黙っている。課題曲、自由曲の両方を聞き終わって俺はスマホから電話をかける。相手はもちろん滝先輩だ。二回のコールで相手は電話に出た。
『聴いてもらえましたか?』
「ああ、聴いたよ」
『それで? どう思いますか?』
「技術的な面で言えば酷いもんですね」
俺はそう通話しながら窓に腰掛ける。電話先に滝先輩が笑っている気配がした。
『そうですね。技術的にはまだまだ課題が多いです。ですが、あの演奏は貴方を惹きつけた』
「……何が言いたい?」
滝先輩の言葉に俺のトーンが落ちる。気づいているだろうが、それを無視して滝先輩は言葉を続ける。
『確かに技術はない。しかし、演奏に心がこもっています。貴方が大学入学当時に持っていた熱情があの子達は持っていた』
「俺は大学時代で手を抜いたことはない!!」
滝先輩の言葉に怒鳴ってしまう。俺は音大時代は全てを音楽にかけた。睡眠時間を削って練習時間にあてた。学費や生活費を稼がなきゃいけなかったからバイトも掛け持ちしていたが、それでも音楽に捧げた。それを否定することは許さない。それは俺の人生を否定することだから。
『ええ、そうでしょう。貴方は音楽に全てを捧げた。だから技術力は上がった』
滝先輩の言葉に絶句した。それは最後のコンクールで優勝者と分けた部分。
『貴方が大学四年生の時の演奏は一年生の時に持っていた表現力を失っていた』
「……うるせぇ」
『技術力では優勝者のカーマイン・フォルスマイヤーより上だったでしょう』
「……黙れ」
『しかし、貴方は表現力で圧倒的に劣っていたために負けた』
「黙れぇぇぇぇ!!!」
叫んでいた。近隣住民の人にも迷惑をかけるだろうが、それでも叫んでいた。無くしたと思っていた音楽の情熱が残っていたのか。それともただ単に気に食わなかったのかはわからない。
「あんたに何がわかる!? 父親が音楽家で音楽家としてエリートコースを歩いていたあんたに何がわかる!! 俺にはサックスしかなかった!! 全部を捨ててサックスに賭けた!! それなのに最後に待ってたのはいつのまにか無くしていた表現力だ!! 講評を聞いた時の俺の絶望があんたにわかるか!?」
『わかりません。私が知っているのは高校時代の貴方の演奏と、大学生の時の貴方の演奏だけですから』
「だったら余計なことを言うんじゃねぇ」
『いいえ、言わせてもらいます。私は貴方のファンなのですから』
滝先輩の言葉に口が開かなくなる。
『ファンだからこそ、私は貴方に昔の演奏を思い出して欲しいと思っています』
俺はそれ以上何も言わずに電話を切る。もう話していたくなかった。タバコを咥えるが火は点けない。アイドルをやっている周子に副流煙で喉をやられてほしくなかったからだ。
「図星つかれたやん」
「……うるせぇ」
周子に揶揄いながらの言葉に俺は吐き捨てる。周子は昔からこうだ。俺の後をちょろちょろついてきては真似をしたがった。そして俺の核心をついてくる。
「なぁ、お兄ちゃん。なんで私がアイドルになったか教えて欲しくない?」
「はぁ? おまえが実家追い出された時にスカウトされたからだろ?」
「そんなん、嘘に決まっとるやん」
平然と嘘だと言い切る周子。
「お兄ちゃんは基本的に他人を信用せんのに、内側に入った人の言葉は無条件で信用するからなぁ」
それは小学生から音大まで一緒に音楽を続けていた友人の言葉でもあった。俺が最後のコンクールが終わった後に、音楽を辞めることを伝えた時に辞めるなと言われ、最終的に口論となって喧嘩別れになったフルート奏者の友人。それ以来連絡をとることもなくなり、今どうなっているかも知らない。
俺はライターを回す。百均で買ったライターだ。音楽をやっている時は吸わず、仕事を始めてから吸い始めた。それも音楽との決別を示すためだったのかもしれない。
「私な。お兄ちゃんに音楽で共演したかってん」
俺の近くに座ってタバコを奪い去りながら、そう言う周子。
「小さい頃からお兄ちゃんがサックス吹いてた姿見てたからなぁ。やりたいと思うのは当然やったよね。でも私はオトンに楯突いてまでやる勇気はなかった」
俺から奪ったタバコを口に咥えながら言葉を続ける周子。
「でもな、お兄ちゃんが演奏してる姿は素直にかっこいいと思ってたんよ。でもお兄ちゃんの最後の演奏になったクリステラソングコンクールを見て思ったのは怒りやった」
周子は咥えていたタバコを思わず噛みちぎっていた。
「なんでお兄ちゃんはこんなに機械的に演奏しとるんや。なんでお兄ちゃんは楽しそうやないんや」
噛みちぎっていたタバコを吐き捨てる。
「なんてサックスを吹いているお兄ちゃんに笑顔がないんや!!」
周子の心からの叫びだった。
「お兄ちゃんはサックスを吹いとる時は笑っとった。高校時代に金賞取った時も部員の人たちと笑っとった。でもあのコンクールの時にはそのお兄ちゃんはいなかった。ただ、技術力があるだけの男が吹いとっただけやった」
周子はそう言いながら俺の持っていたタバコを持つとゴミ箱に投げた。
「それからはお兄ちゃんは社畜しながらの酒浸りのヘビースモーカーや。根っこの性格の部分は変わってへんかったけど、それでもお兄ちゃんは抜け殻になった」
そこで周子は俺を見つめてくる。
「そん時に実家の店手伝っとる時に美城プロのプロデューサーさんに声をかけられたんや。アイドルをやりませんか、って」
俺は周子の視線に答えられずに視線をそらす。
「チャンスやと思った。妹の私が音楽に携われば、お兄ちゃんは絶対に音楽を聴くようになる」
その通りだろう。現に周子がアイドルになってから俺は音楽を聴くようになった。それまで頑なに聴こうとしなかったのにだ。
「ま、オトンにその話をしたら大げんかになって家は飛び出たんだけどねん」
「追い出されてはいないけど、飛び出したのかあってたのかよ」
俺の言葉に周子は笑う。
「いい加減に見えても頑固な塩見家の血を引いとる周子ちゃんやからね」
否定できない。何せ父親とはもう何年も連絡をとっていない。ここまでくるとお互いに意地が出てきてる。先に折れてたまるかという意地が。
「なぁ、お兄ちゃん。いい加減あの子もケースから出してあげないと可哀想やと思うよ」
そう言って周子が指し示したのは押入れの奥に押し込んだはずの夢の残骸。
「昔からお兄ちゃんは嫌なものは見えないところに仕舞うからなぁ。見つけるの簡単やったわ」
「……おまえなぁ」
周子の言葉にため息を吐く。昔からこいつは俺の隠したものを引っ張り出して、それが原因になって父親と大げんかしたことも何度もある。それをこいつは笑いながら見ているのだ。
周子はサックスのケースを持ってくると俺に渡してくる。
俺はしばらくそれを見ていた。学生時代の全てを一緒に過ごした相棒。辛い時も楽しい時も一緒に過ごしてきた。
俺はいつもは開けられないケースの留め金を開く。ケースを開くと、昔は毎日見ていた銀色のテナーサックスがあった。
ああ、懐かしい。
このサックスと一緒に演奏をし続けた日々が思い出せる。そしてそれが涙となって流れる。
俺は自然とテナーサックスを取り出してリードを付けた。そしてリードに口をつけて息を吹き込む。そこからは今までの記憶を思い出すかのように吹き続けた。いつのまにか涙を流していた。だがそれも気にならずに吹き続ける。
5曲ほど吹いて、ようやく激情が止まる。そしてようやく周子がニヤニヤと笑いながら俺を見ていることに気づいた。
「……なんだよ」
「べっつにぃ! ただ、今の演奏は昔の演奏みたいで周子ちゃんは好きやなぁって思っただけよ」
周子に言われて気がついた。確かに今の演奏は音大時代のように技術を気にする演奏ではなく、高校時代の情熱をサックスに吹き込んでいた気がする。
そして一度吹いてしまうとまた昔のように吹き続けたいと思ってしまう。
「お兄ちゃんは結局夢を諦めたんやなくて、夢から逃げたんやろうね」
「……夢から逃げた、か」
確かにそうだったのかもしれない。考えてみれば確かに大学時代の最後は嫌になっている部分があった。あまりにも辛い現実から逃避したんだろう。
「それで? お兄ちゃんはどないするん?」
「……周子は三十路のオッサンがまた夢を追いかけ始めたらどう思う?」
「ええんやない? お兄ちゃんの口癖やったやん。『一度きりの人生なんだから、夢を追いかけたい』って」
なんとも青臭いセリフだ。確かに高校時代はそんなことを言っては友人達と笑いあっていた。
「……まずは自分の原点を見てくるかぁ」
「大事なことやろうね」
俺の呟きに周子が答える。全く、妹ながらいい女に育ったものである。滝先輩に北宇治高校の合宿の日程と場所を教えてくれとスマホのメールで送ると、即座に返信してきた。まるで用意していたかのような反応だ。
三十路でモラトリアムを持つとは思わなかったが、まぁいいだろう。新しい仕事を探すのも35まではセーフの求人も多い。まずはとっくになくなっていたと思っていた夢の残骸を拾い集めるとしよう。
「よっしゃ。周子、晩飯食いに行くぞ。俺が奢ってやる」
「何言っとるの。お兄ちゃんは無職なんやから、ここは大人気アイドルの周子ちゃんがお金を出してあげるで」
「やめてくれ。そのツッコミは俺に効く」
二人で部屋を出ようとした時に、ゴミ箱に入っているタバコが目に入る。ちょっと前の俺なら勿体無いと思って取り出しただろう。だが、俺は横目で銀色のテナーサックスを見ると、タバコを取り出すことなく部屋から出るのであった。
塩見くん
人生全てを音楽に捧げて挫折した系アラサーおっさん主人公。
塩見周子
なんだかんだでお兄ちゃん大好きっ子。
そんなわけでフォルダを整理していたら二話だけ書いて放り投げていた作品を発掘したので供養がてら投稿。
内容的にはデレマスアイドル(主に周子)と響け!ユーフォニアムのキャラ達と触れ合って夢を再び追いかけるアラサーのおっさん主人公の予定でした。
え? キャラが普通? 二話目が本番なんですよ……