私、新山聡美は音大時代の先輩だった滝先輩に頼まれて母校である北宇治高校の指導に来ていた。結婚したことでフルートをあまり吹くことがなかったので、断ろうと思ったが、滝先輩に言われた次の一言で完全に動揺した。
「塩見くんが合宿の指導に来ることになっています」
塩見周瑜。京都の老舗和菓子店の跡取りでありながらサックスに全てを捧げた小学生時代からの親友。高校までは仲間と一緒に楽しく演奏し続けた。
だが、音大に入ったことで彼は変わった。周囲との技術力の差に焦り、狂ったように練習をし続けた。だが、それによって彼の持ち味だった圧倒的な表現力が失われた。それによってコンクールでも入賞できないことが続き、それが更に彼を狂わせた。私には止めることもできたかもしれない。だが、できなかった。とこかで変わってしまった彼を怖がっていたのだろう。
そして大学四年生の時のクリステラソングコンクール。そこで彼は昔の彼のような表現力を持ち直していた。思い出してくれたと思ったが、最終で演奏を聴いた時にはどこか落胆した。その演奏は技術を重視し、表現力が薄くなっていた。
だが、それでも世界でもトップのクリステラソングコンクール準優勝はサックス奏者の将来を約束されていたも当然だった。
だから彼から帰国直後に聞いた言葉は言葉を失った。
俺はサックスを辞める。
その言葉に頭に血が上って口論になっていた。長い間彼の傍にいて初めてみた絶望の眼差しを見てしまったからかもしれない。
それから彼と連絡をとることはなくなった。彼の妹の周子ちゃんから近況を聞いてはいたが、ブラック企業で見事な社畜になっているそうだった。
そしてその企業の悪事を全て明るみに引きずり出して、彼はその会社を辞めたそうだ。
心のどこかでこれを機会にサックスに戻ってくれないかと思っていたが、あの時の絶望の眼差しを見てそれはないと思っていた。
だが、滝先輩は彼が合宿にやってくると言う。
私は自分でも気づかぬ内に滝先輩の頼みを聞いていた。
それはどこかで昔の彼に戻っているのではないかと思っていたからだ。
そして、私は練習場の扉の前で滝先輩に呼ばれるのを待っていた。本来一緒に待っているはずのあいつはいない。どうせどこかで寄り道しているのだろう。そのせいでいつも私がフォローして回っていたのだ。後で恨み言をぶつけるとしよう。
だが、その彼の変化に喜んでいる私がいた。
昔の彼に戻ったのではないかと。
そして滝先輩に呼ばれて中に入って自己紹介をする。生徒達の中には私と滝先輩を邪推してくる生徒もいるが、あえて否定しない。そっちのほうが面白いからだ。私達が三年生の時の吹奏楽の集まりは控えめに言ってキチガイの集団だった。油断すると共食いを始める。
「え〜と、新山先生。塩見先生は?」
「さぁ、どこかで事故でも巻き込まれたのでしょうか……」
困ったような滝先輩に私もさも心配ですという表情を見せる。これで生徒達には他人を心配する女神のような新山聡美だと思われることだろう。本性を知っている橋本先輩が口を開く前で生徒達に見えないように肘鉄を入れて黙らせる。
すると、その瞬間に練習場の扉が開かれた。現れたのは黒髪の三十路男性。特徴を挙げるとすれば、目つきが悪いことだろうか。
彼は私を見て一瞬だけ複雑そうな顔になるが、すぐにいつも通りの表情になる。
「おいおい、滝先輩。俺は聡美がいるように見えるんですけど」
「ええ、ですが言っていたはずですよ。新山先生にも頼んでいる、と」
「新山先生って誰ですか。聡美の苗字は……まさか!?」
彼の表情を見て昔に戻ったような気分になる。
「騙して悪かったわね。私は結婚して苗字が変わったの。周瑜は? あぁ、大丈夫知っているから。部活内で一番性格が悪いと評判だった周瑜が結婚できるとしたら、相手は聖女のような清らかさと包容力を持った人じゃないと無理だしね」
「おいおい、性格が一番悪かったのは聡美だろ? 何せ腹黒い、ドS、支配者の三拍子そろった完全無欠の悪党だったんだから」
「それは周瑜のことでしょう」
「いや、君らにはそれはブーメランだから」
私と周瑜の問答を止めたのは橋本先輩だった。
「それで塩見先生。どうして遅刻したんですか?」
「いやいや、十年ぶりくらいに京都に来たら道が複雑になってましてね。あえて言うなら世界が悪い」
「言い訳が高校時代から変わってないんだけど? バカなの? 死ぬの?」
「おう、その言葉そっくりそのままバットで打ち返すわ。その性格で良く結婚できたな。何やったの? 洗脳?」
「はいはい、そこでまでにしてくださいね」
大学時代に私と周瑜の毒舌の応酬には慣れている滝先輩が止めてくる。しまった、せっかく作り上げようとした聖母聡美像が速攻で崩れた。
滝先輩は周瑜を呼んで私の隣に立たせる。
「彼は塩見周瑜。私が知る中で一番のサックス奏者です」
滝先輩の言葉にサックスパートの生徒達から喜びの声が出る。私が木管を担当する時にも喜びの声が出ていたが、何とも向上心があって良いと思う。
「塩見先生には金管の指導もしてもらいます」
滝先輩の言葉に金管のパートの子達から力強い返事が出る。
「大丈夫なんですか、滝先輩。周瑜は楽器の演奏に関しては妥協を一切許しませんよ? それはもう周瑜の心のドス黒さを表すかのような指導になるかと思いますが」
「聡美! ブーメラン! ブーメラン!」
周瑜のツッコミは無視する。こいつの意見を聞いていたら話が進まないことは私が一番知っている。
私と周瑜のやりとりを見ていた生徒達から、不安な声がではじめる。そうだろう。こんな根性がひん曲がっている男の指導を受けたら将来に大きな影響を及ぼす。
だが、滝先輩はニコヤカな笑顔で最大級の爆弾を落とした。
「安心してください。塩見先生と新山先生は北宇治の奇跡を起こした時の部長と副部長です」
その言葉に生徒達から驚きの叫びが出たのは完全に余談である。
さて、久しぶりに会った親友との心温まる毒舌の応酬の後、それぞれの担当に別れることになった。部員を連れて別の練習室に行こうとするところで、再度聡美から毒舌が飛んできたのでこちらも迎撃し返すと、滝先輩によって止められた。
最後に聡美と中指を立てあうとそれぞれの練習部屋に行く。俺が担当するのは金管楽器。トランペット、ホルン、トロンボーン、ユーフォニアム、チューバの子達である。
「さて、改めて自己紹介しとこうか。俺は塩見周瑜。北宇治のOBで専門はサックス。あ、木管に分類されるサックス奏者がなんで金管の指導者にされたかは見た目はイケメン、中身は腹黒な君らの顧問に聞くように」
俺の言葉に笑い声が出る。滝先輩の中身は知っているらしい。
「あ、ちなみに滝先輩の指導ってキツイと思う人いる?」
俺の言葉に生徒達は顔を見合わせてオズオズと手を挙げる。
「うん、そうかそうか。滝先輩の指導はキツイか。だが、安心してくれ」
俺は笑顔で全員を見回す。
「俺と聡美は滝先輩の千倍は厳しいから。後輩だからさらに厳しく行くぞぉ。さ、楽器構えて」
俺の言葉に顔が引きつりながらも楽器を構える生徒達。さぁ……指導の始まりだ!
そこからは怒涛の指導を入れまくる。ホルンの子が泣きそうになったが無視して吹かせる。
「え? 泣く余裕があるんだったら、まだ厳しくいっても大丈夫だね。何せ本当に余裕がなくなったら泣くことなんかできないから」
そう言い放って吹かせ続ける。泣き言なんか知らん。
最終的に金管の子達は演奏だけに集中することになった。時間なんて気にしない。腹の減り具合も無視する。
「あぁ、やっぱりこうなっていましたね」
滝先輩が休憩を入れたタイミングで練習室に入ってきた。
「お、滝先輩。どうしたんですか?」
「いえいえ、金管と木管の子達が昼食を取りにこないので見に来たんですよ」
滝先輩の言葉に生徒達はようやく腹が減っていることに気がついたらしい。
「あの、塩見先生。お昼ご飯は……?」
トランペットのパートリーダーの中世古さんがおずおずと手を挙げて聞いてくる。
「うん? 昼飯抜きにして練習したいなら、そうしてもいいが?」
『ご飯が食べたいです!!』
「正直で結構。午後からの合奏で指導したところ治ってなかったら罰ゲームな」
「は〜い! 罰ゲームってどんな内容ですか!」
俺の言葉に楽しそうに反応したのは低音パートリーダーの田中さんが手を挙げて聞いてきた。
「そうだなぁ……聞いたところまだ腹筋が足りてないから、腹筋500回かな」
『ちょ!?』
「あ、男子は腹筋500回、腕立て500回、背筋500回を1セットとして3セットやらせるから」
その言葉に数少ない男子生徒達の顔が青くなる。女子生徒は可哀想な物を見るような目で男子生徒を見た。
「先生! 腕立てと背筋は吹奏楽関係ないと思います!」
「男なんだから気合みせろ。むしろ俺たちが現役の時は女子にもやらせていたぞ?」
俺の言葉に生徒達がわりと本気でドン引きした。
「俺たちの世代は共食いが基本だったからなぁ。聡美にも確認すればわかると思うが、少しでも音外したら容赦のない罰が待っていたものだ。俺たちは『処刑』と呼んでいたが」
「それって音が小さくてもですか?」
「もちろんだ。むしろ微量のミスを大きく騒ぎ立てて『処刑』することが多かったな」
「そんなだから貴方達の世代は『キチガイ・外道世代』とか言われるんですよ」
滝先輩はニコヤカにそう告げて生徒達を食堂へと誘った。最後に残っていた俺は滝先輩と一緒に聡美が指導している木管組へと向かう。
そこには笑顔で何度も演奏させる聡美がいた。
「おいおい、聡美。いくらお肌の曲がり角の年齢になったからって肌が水弾く年齢の学生に嫉妬して八つ当たりするなよ」
「入ってきて早々に失礼なこと言わないでくれる?」
俺の言葉に聡美が返してくる。
滝先輩も練習室に入って俺の時と同じことを言う。すると生徒達は疲れ切った表情で食堂へ向かって行った。
「お二人を呼んで正解でしたね。高校生相手にあそこまで容赦のない指導ができる人は少ないですから」
「外道って言われてるぞ聡美」
「貴方がキチガイって言われているのよ」
「いえ、お二人とも同じですよ」
「「バカな!?」」
滝先輩の言葉に一通りの流れを消化すると、滝先輩に指導状況を伝える。滝先輩も笑顔でそれを聞き終え、何事かメモをとると三人で食堂へ向かう。
俺たち三人が食堂に入ると生徒達が元気よく食事をとっていた。
「お、金管と木管の子達から話は聞いたぞ。高校生相手とは思えない指導してるな」
「言われてるぞ、鬼畜」
「貴方のことよ、外道」
「二人ともだよ」
「なんだよ橋本先輩。喧嘩売っているなら最初に言ってくださいよ。聡美、荒木に連絡準備だ」
「大丈夫よ、すでに橋本先輩の音楽家生活ができなくなるような黒歴史の暴露準備はできてるわ」
「マジでクソだなぁ! おまえら!!」
罵倒しながらも橋本先輩の顔は笑顔だった。生徒達も俺たちのやりとりを見て笑っていた。
「さて、木管と金管のみなさんは塩見先生と新山先生の指導力の高さとスパルタっぷりはわかっていただけたと思います」
「何言ってるんすか、滝先輩。これからエンジン入るところですよ?」
「そうです、滝先生。合宿は三日間。つまり本番はこれから……!!」
「その段階に入ると高校生には耐えられないレベルなので突入しないでください」
滝先輩に笑顔でストップをかけられた。
「ええ、お二人の指導に従ったら演奏のレベルは上がります。ですが、性格は学ばないでくださいね。もし私の生徒に外道やキチガイが産まれたらこの二人を琵琶湖に沈めないといけないので」
「笑顔での殺害予告ですね」
「そんなんだから見かけはイケメン、中身は悪魔って言われるんですよ」
滝先輩は俺の鳩尾に笑顔で拳を叩き込んできた。
「……見たか生徒達よ。これがこの男の本性だ。見かけはいいかもしれないが、中身は俺たちと同レベルの外道だぞ」
「大学時代に貴方達と関わらなければこうならなかったと思いますよ」
「いやいや、滝くんは入学直後から片鱗あったから」
「橋本先生?」
笑顔で橋本先輩にクギを刺す滝先輩。橋本先輩はおどけながら肩をすくめた。それを見て生徒達は笑っている。
とりあえず三人で昼食を持って橋本先輩の座っている席に着く。
「あ、お茶とってくるの忘れましたね」
「ああ、本当だ」
「仕方ありませんね、橋本先生とってきてください」
「滝くんはまだしも、塩見と新山は仮にも先輩を使うことに罪悪感わかねぇの?」
「罪悪感とか周瑜と一緒にいる間になくなりましたね」
「何俺が問題みたいに言ってんの? おまえは元々罪悪感なんて持ってなかったから」
俺の言葉に聡美は味噌汁の水滴を飛ばして目に着弾させる。
「目がぁ! 目がぁぁ!! 周子ぉぉぉぉ!!!」
「妹さんの名前が出るなら問題ないですね」
「むしろ余裕そうだ。あ、小笠原さん。いいよ、俺が動くから」
わざわざ椅子から落ちて転げ回ったのに薄い反応の滝先輩と橋本先輩。気を利かせて動こうとしていた部長の小笠原さんを止めて、橋本先輩が動きだす。
「小笠原さんは休んでいてください。午前中は新山先生の指導で疲れたでしょうし」
「滝先生? 遠回しに私のこと鬼って言ってませんか?」
「そうですよ、滝先生。聡美は鬼ってレベルじゃなくて閻魔大王ですから」
そこから俺と聡美によるオカズの奪い合いが勃発する。
「失礼な話ですね。この女神の如き性格の私に向かって」
「ギリシャ神話の神様ってクズばっかりだぞ?」
机の下で聡美との蹴り合いが発生した。
「この通りお二人は性格がガチでクソなので決して真似しないでくださいね。この性格は生きて行くの辛いですよ」
「この性格で結婚したとか奇跡だろ。もしくは相手を騙しているか」
「周瑜は絶対に結婚できないでしょうね。結婚できるとしたら相手は聖女の如き女性じゃないと無理ですね」
「本当におまえらは呼吸するように罵倒しあうなぁ」
橋本先生が本気で呆れているようだが、俺と聡美はお互いの頬を引っ張り合うので忙しかった。
それから生徒達は食後の休み時間に入る。俺と聡美と滝先輩、橋本先輩は食堂で世間話に入った。
「それで? 塩見は音楽に戻るのか?」
「初手本命とかクソゲー過ぎでしょ、橋本先輩」
ぶっちゃけてきた橋本先輩に笑いながら返す。だが、橋本先輩は真面目な顔をしている。滝先輩と聡美も真剣な表情で俺を見ていた。
俺は肩を落として答える。
「とりあえずは戻ろうと思ってます。結局俺にはサックスしかなかったんですかねぇ」
俺が冗談交じりに言うと、橋本先輩と滝先輩は笑った。
「……本気なのね?」
聡美がマジな顔して聞いてきたので、俺もマジな顔して返す。
「本気だよ。見てくれよこの曇りない瞳。まるで少年のようだろ?」
「その濁った瞳が信用できないということをいい加減理解したらどう?」
「おまえらシリアス続けろよぉ!!」
一瞬にしていつもの雰囲気になった俺たちに橋本先輩が思わず叫んだ。いつも通りの毒舌の応酬をして、お互いにお茶を飲む。
「まぁ、今度は自分の気持ちに正直になるのね」
「……おう」
昔から一緒にいた聡美らしい激励に、俺も昔通りに返すのだった。
午後は合奏の時間である。滝先輩は指揮台に立ち、橋本先輩はその隣で座っている。俺は片手にスピリタス。聡美は片手にワインを持って座っている。
「はい、それでは合奏の時間です。ですがその前に塩見先生、新山先生。手に持っているのはなんですか?」
「「え? お酒に決まっているじゃないですか」」
「まさかのマジレス……!?」
俺と聡美の返答に驚愕顔になる滝先輩。そのあとに呆れたようにため息をついた。
「高校生がいる場所なのだから飲酒はダメです」
「なん、だと……! それじゃあこれは水ですよ。無色透明ですし」
「じゃあ私のはブドウジュースです」
「橋本先生、ライター持っていますか?」
「はいよ」
滝先輩は橋本先輩からライターを受け取ると、俺の持っていたビンの口に火を近づける。するとビン先に火がついた。生徒達から驚きの声が出る。
「火が出る水なんてあると思いますか?」
「可燃性なんですよ」
「色は透明だからいいじゃないですか」
「昔から言ってますが、飲み物を色で判別してはいけません」
「おまえらは本当にキチガイだよなぁ」
結局お酒は没収された。まぁ、仕方ない。
「やだなぁ、滝先輩。1%くらいは冗談ですよ」
「そうですよ、いくら非常識な私たちでも学生の前でお酒は飲みませんよ」
「99%本気だし、おまえら高校生の時に酒飲んでなかったか?」
余計なことを言った橋本先輩を俺が床に引き倒し、聡美が意識を刈り取る。そして生徒たちにニコヤカに告げた。
「君たちは何か聞いたかな?」
『何も聞いていないです!!』
「話がわかる子が多くて助かるわ」
「さ、橋本先輩が眠ってしまいましたが、合奏を始めましょうか」
何事もなかったかのように合奏をしようとする滝先輩に生徒達は信じられないような物を見るような目で見るが、滝先輩は笑顔で流した。
そして滝先輩が指揮棒を構えると生徒達は慌てて楽器を構えた。
これから行うのは10回通しというものだ。課題曲、自由曲を連続10回で吹き続けるものだ。当然体力も使うし、集中力も使うので10回目が終わった時には死屍累々となる。
俺と聡美は懐かしい気持ちになりながらその光景を見る。
「懐かしいですね。私達の時には10回通しでミスった奴は罰ゲームというルールでやっていましたが」
「ああ、トランペットの原がミスって全身タイツで大阪駅まで走らせたら警察に職質喰らったやつな」
「ええ、その後に学校に連絡行って顧問の咲本先生からマジ説教受けた時です」
「貴方達はやっぱりおかしい」
俺と聡美和やかな会話に本気のトーンで突っ込んでくる滝先輩。
「まぁ、貴方達のキチガイっぷりは置いておいて……塩見先生と新山先生は何か気になったことはありませんか?」
「気になったことですか……」
滝先輩の言葉に俺と聡美は顔を見合わせる。
「ぶっちゃけオーボエのソロはあれでいいんですか?」
俺の言葉に微笑を続ける滝先輩。言葉を続けようとしたら横腹に思いっきり肘鉄を喰らった。
「周瑜、言葉を選びなさい。相手は女子高生なんだから傷つきやすいのよ」
「だったら……口で言えやぁ……!」
とりあえず呼吸を整えて言葉を続ける。
「下手だと言いたいわけじゃない。むしろ技術力なら強豪校でもコンクールメンバーに入れるだろうさ。だが、技術力だけだ」
「まるで昔の誰かさんみたいね」
「おっと、心は硝子だぞ?」
「その硝子は防弾ガラスでしょうに」
「お二人とも、話がずれてます」
滝先輩の軌道修正に乗っかって言葉を続ける。
「鎧塚さんだったね。君はソロの時に何をイメージして吹いてる?」
「……三日月です」
「まぁ、三日月の舞なんだから、三日月をイメージするのは当然なんだけどさ」
俺はそれまでヘラヘラしていた顔を切り替えて真剣な表情になる。それだけ練習場の空気が引き締まった。
「音に集中力がない。曲に対する熱情がない。何に気を取られているか知らないが、その演奏で全国に行けるほど全国は甘くねぇぞ」
「……」
無言の鎧塚さんを無視して俺は言葉を続ける。
「確かに俺たちの世代はキチガイで外道で『こいつらはなんで捕まらないんだろう』と本気で思った連中だったが、一曲に対する熱情は全員が持っていた。だから全国まで行って金賞を取れた」
「鎧塚さん。表現力は貴女が想像している以上に曲に現れるわ。とある音大生は技術力で上だったにも関わらずに、表現力で負けていたせいでクリステラソングコンクールで優勝を逃したわ」
おう、さらっと人の古傷を抉るのやめろや。
「ま、精々悩めよ若人」
「そこを乗り越えられたら貴女はもっと素晴らしい演奏者になれるわ」
俺と聡美の言葉に重い空気になる練習室内。滝先輩はいつもの微笑を浮かべなから口を開いた。
「お二人に言われたことをそれぞれ考えてみてください。今日の練習はここまでです。この後は自由時間にしてくださって結構ですよ」
滝先輩の言葉に俺と聡美は気絶し続けた橋本先輩を引きづりながら練習室から出て行く。それに滝先輩も一緒になって出て行くのであった。
「もうちょっと教えてあげてもいいんじゃないですか?」
「大切なのは自分で気づくことですよ、新山先生。私も鎧塚さんの演奏はとある後輩を思い出すので気になっていたんです」
「おう、いちいち引き合いに出すなや」
俺の言葉にニッコリと笑う滝先輩。
「それじゃあ鎧塚さんのフォローをお願いしますね」
笑顔でも有無を言わさぬ命令に、俺は黙って手を挙げるのだった。
塩見周瑜
高校時代のあだ名は微周郎
新山聡美
周瑜くんの幼馴染。当然キチガイである
滝昇
腹黒系優男教師
北宇治吹奏楽部のみなさん
キチガイは伝統ではなかった模様
そんな感じで第二話です。一話がシリアス風味だったので思いっきりアクセルいれたのがこの二話目。
新山先生が楽しそうで何よりです。
なお、この物語はここで終わっています。続きも書く予定はないですね。
ご了解いただければ幸いです