春のキンバリー魔法学校。
その入学式でオリバー=ホーンは、同じ新入生の中でも他とは異なった雰囲気を持つ、二人の人物と出会った。
その一人は、今オリバーの隣りで校長の挨拶を聞き終え、始まった新入生の
ナナオ・ヒビヤ。
キンバリー魔法学校がある
制服ではなく彼女の国で仕立てられた
「オリバー、あそこを見られよ!」
ナナオが隣りに立つ少年に呼び掛ける。
彼女の示す方には、先の
四人もナナオの声で彼女らの存在に気づき、数百人にも及ぶ新入生の波をぬって合流を果たす。
一番身長の高い、ガイ=グリーンウッド。
逆に一番背の低い眼鏡の少年、ピート=レストン。
巻き毛が特徴のカティ=アールトに、金髪が縦にロールしているミシェーラ=マクファーレンの二人の少女。
この四人に加えてオリバーとナナオの六人は、入学式で行われた魔法生物のお披露目のパレードにおいて、トロールの暴走事故という不運に遭遇した世にも
「よかった、皆とまた会えて。改めてお礼を言うね」
事故の際にトロールに襲われかけたカティが、それを救ってくれた他の五人に感謝を述べる。
それに対してオリバーが代表して言葉を返した。
「いや、無事で何よりだ」
六人は互いの無事を確認しあうと、それぞれが用意されていた椅子へと腰を下ろす。
目の前の円形のテーブルには、肉に魚にところ
学生の入学祝に用意するしては、過分にすぎるほどの豪華さだ。
「んじゃ、校長も好きに飲み食いして大いに騒げと
「その前に、ここはまず自己紹介から始めないか? まだ互いにろくに名前も知らないのだし」
豪勢な料理を前にお預けは無しだとばかりに、ガイはナイフとフォークを手にありつかんとする。
と、オリバーがそれに待ったをかけた。まず名乗り合うのが礼儀だろう、と。
「あ。でしたら、もう一人呼びたい者がいるのですが……よろしいかしら?」
ミシェーラの言葉を五人は了承した。
彼女は辺りをキョロキョロと見回し、少し離れた場所でまだ席についていない一人の少年を見つけ、声をかける。
「シュラ! こっちですわ!」
ミシェーラの声に気づいた少年は、共にいた長髪をバックに
緑がかった黒髪と切れ長の目が特徴のその少年は、自分と同じくらいの年齢だろうに、いやに大人びた雰囲気を漂わせていることがオリバーの気を引いた。
「リックと一緒にいたんですのね」
「ああ。久しく顔を合わせていなかったのでな、つい話し込んでしまった」
少年の表情は固い。
が、それはキンバリーに来たことによる緊張とは、また別というか……それが彼の普段の面持ちという感じで、そこに
少年はミシェーラに言われるままに、隣りの椅子に腰を下ろす。
着席と同時に、ミシェーラから紹介が始まる。
「あたくしはミシェーラ=マクファーレン。シェラとお呼びあそばせ。こっちは弟の」
「シ
「シェラとシュラって、ずいぶん似通った名前の姉弟だな……」
二人の名前のややこしさにガイが眉根を寄せた。
「つーか、マクファーレンの家系っていえば、男も女も髪が縦ロールになる呪いがかかってんだろ? なんでシュラは違うんだ?」
「金髪でもないしな。そもそも姉弟にしては似てなさすぎる」
ガイの疑問に
「当然だ。俺はマクファーレン家の実子ではないのだからな」
「……悪い、余計な事言っちまったか」
「いや、気にしないでくれ。今の家には良くしてもらっている」
頭を下げようとするガイを
「実は、俺は記憶喪失でな。幼少の頃、ここより遥か遠方の東の果ての地で独りさ迷っていた所を、偶然にも
「そうか、記憶を……両親のことも覚えてはいないのか?」
オリバーの問いに、シュラは静かにうなづく。
「実の両親の記憶はない。が、マクファーレンの父と母は
「あたくしもシュラのことは、実の弟と変わりなく大切に思っていますわよ」
「ありがとう、姉さん。嬉しいのだが、頭を撫でるのは人前では止めてくれないか?」
「あら、愛情表現に恥ずかしさを感じる必要は無くってよ?」
姉弟の仲睦まじいやりとりの中で、これまで一貫して表情を変えなかったシュラの顔に、ほんのわずかな照れの様なものが見えた。
ともするとぶっきら棒にも見えた少年のはにかむ姿を見て、オリバーらは微笑まし気に顔をほころばせる。
不意に、思い出したようにナナオが声を上げた。
「先ほど東の地をさ迷ったと申されたが、もしや貴殿も
ナナオは自分の名を名乗ったあとで、続きを話し始める。
「拙者、東方は
「あ、やっぱりサムライなんだね。そういえばナナオとシュラは、髪の色とか雰囲気も似てる感じがするかも」
カティの言葉で、一同は二人を見比べるように視線を左右させる。
「そうだ、えっと、自己紹介しなきゃだよね。私はカティ=アールト。ユニオン北方のファーンランドからの留学生なの」
巻き毛の少女をきっかけに、まだ名乗っていなかった面子もこの機会に順
そうして、話題はシュラのことへと立ち返る。
「東方の話は、俺も父の旅の土産に聞かされたことはある。が、生憎ピンとくるものは無かったな」
「そうでござるか……力になれるやも、と思ったのでござるが」
「……話は変わるが、もしかしてお前らも、普通人枠の入試を受けたのか?」
これまであまり会話に混ざることの無かったピートが、シュラとナナオに尋ねた。
ピートは他の面々と違い魔法使いの家系では無く、普通人と呼ばれる非魔法家庭の出自なのだ。
そのため、同じ非魔法使いと思われる二人への関心が隠せない様子。
が、ナナオとシュラの答えはピートの期待には添うものではなかった。
「いや、拙者は知恵試しの類は受けてござらぬ。この国の言葉だけは、みっちり叩きこまれ申したが」
「俺もだ。父の推薦で、この学校には入れてもらった」
「そういえば、拙者にここを紹介してくださった方も、マクファーレン殿であったが……」
「それ、恐らくあたくし達の父ですの。まったく、臨時講師の立場をいいことに、どこをほっつき歩いているのかと思えば」
父親の自由奔放な行動に、呆れたように溜息をつくシェラ。
ピートの方はというと、一方的にとはいえ仲間意識を持ちかけた相手にハシゴを外される様な真似をされ、少なからず機嫌を悪くしたようだった。
ぶすっとした顔で、つい嫌味を言ってしまう。
「結局、世の中はコネってことか」
「耳が痛いな。しかしならばこそ、自らの努力によって正統な手段でここに入った君は、それにふさわしい態度が必要ではないか?」
「む、今度は説教か? 僕は魔法を勉強するためにここに来たんだ。余計ななれ合いをする気はない」
「確かに学校に来る以上、勉学は重要だ。
しかし……人と交わり言葉を交わすことで『友』と呼べる関係を築くことも、勉学を収めることと同じ……時にはそれ以上に大切なことではないかと俺は思うのだが」
「なんだよ、お前は僕と友達になりたいっていうのか?」
「ああ、そうだ」
微塵の照れも
余りにも直球に友好関係を求められ、ピートは面食らってしまう。
「俺はこの通りの不愛想で、人並みに感情はあるつもりだが、どうにもそれが表情に出てこん。
そのおかげで、他人からはとっつきにくい人間と思われてしまい、なかなか友人と呼べる相手がつくれずにいた」
シュラはこれまでを振り返り、改めて家族以外の人間とは、ほとんどと言っていいほどに交流を持てなかったことを思い返した。
家族には愛され、決して寂しい生活ではなかったが……いつまでもこのままではいけないと、新しい道へ踏み出そうと思ったのだ。
「だから同年代の、同じ学校の仲間と語り明かすような、そういう青春らしい生活に憧れていたのだ」
シュラの言葉は彼だけの思いではなかった。
この場にそろった者たちにとっては、自らの胸の内を明かされているような、赤裸々な告白。
だが誰も、それを恥ずかしいこととは思わない。
「ピート。それにオリバー、ガイ、カティ、ナナオ。姉さんも……ぜひ俺を、君たちの交友の輪に加えてくれないだろうか」
そう言って、少年は願いを込めて頭を下げた。
仰々しいまでの友達付き合いの申し出に、みんなは苦笑にも似た笑みを漏らす。
「そう
「まぁ、僕の勉強の邪魔をしないっていうなら、断る理由は無い」
「……感謝する」
オリバーがみんなの気持ちを代弁し、ピートもそれに続く。
こうしてシュラは、晴れて六人の仲間入りを果たしたのだった。
隣りでは姉のシェラが、目じりに涙を浮かべそれを喜んでいる。
「グスッ……よかったですわね、シュラ。これでようやく、リックに続く友人を得られて」
「そういえば、さっきも言ってたそのリックって人は誰なの?」
「あたくし達の幼馴染ですわ。あそこにいる、
カティの問いに、シェラが視線で、別席にいる旧友の姿を示した。
「リックとわたくしは子供の頃は、互いの家の関係でギクシャクとしていたものです。
魔法のことで常に比較され、彼は居場所を
他人を遠ざけ、わたくしも距離を置かざるをえませんでした。
でもシュラがマクファーレン家に来て、わたくしとリックの間に入ってくれたおかげで彼の心のしこりも次第に癒え、
今では初めて出会った頃の様に、純粋な気持ちで交流を続けられていますの」
「へぇー、そんな事があったんだ……」
シェラの昔語りを聞いて、カティは改めてシュラという人間の、真っすぐ過ぎるほど真っすぐな性格を思い知った。
「まるで、一振りの刀の様な人物にござるな」
ナナオも、シュラの性格を自分に馴染みの深い「刀剣」の様に感じた。
彼女の持つ
その一心不乱の完成までの道のりが、彼女にはシュラの愚直な性格と重なって見えたのだ。
「時に、拙者の国には『
「あら、同じ読みですのね」
「うむ。修羅とは、怒りをたたえた悪神の名。憤怒に飲まれ道を踏み外すことを、『修羅道に堕ちる』などと申すこともある」
しかし、とナナオは続ける。
「シュラ・マクファーレンという人は、その言葉の印象とはまるで正反対の、清流の様な好人物にござるな」
「ああ。確かに目つきは悪いし人相は鬼っぽいが……生真面目すぎる人柄は、人好きのする奴だと思うぜ」
少女の言葉に同乗するように、ガイも冗談を交えてシュラのことを「いい奴だ」と評する。
「……そう褒めそやされると、なんだかこう、むず
「あら。わたくしとしては、ようやく弟が正統な評価を得られたと、誇らしい気持ちですわよ?」
照れくささからわずかに頬を染めるシュラ──相変わらず表情は変わらないが。
隣りでは姉のシェラが、満面の笑みで家族の新たな門出を祝う気持ちでいたのだった。
◇ ◆ ◇ ◆
親睦会を終え、夜も明けた翌日。
シュラたち一年生は、キンバリー魔法学校においての初めての授業を受けていた。
第一の授業は「魔法剣」。
担当教諭のルーサー=ガーランドは非常に親しみやすい人物で、今は彼の前でピートが、魔法剣の成り立ちについて説明を披露していた。
要約すると、魔法剣とは魔法が使えないただの剣士に魔法使いが敗れたことを発端に作られた技法。
魔法を使うための白杖とは別の「杖剣」と呼ばれる武器を所持することで、魔法使いは呪文詠唱が間に合わない近距離からの攻撃にも対応できるようになったのである。
「ひとつ踏み込み、杖剣で斬りつければ相手を殺せる距離。すなわち一足一杖の間合い。この限られた世界で競われる剣と魔法の術理──それを指して『魔法剣』と呼ぶ」
ピートの説明への捕捉として語られたガーランドの言葉によって、授業に一つの区切りが設けられた。
生徒たちの頭に理解が及んだのを見てのち、一泊の間を置いてから、ガーランドは次の言葉を発する。
「これは毎年の慣例だが、授業初日には景気づけを兼ねて、経験者同士で立ち会ってもらうことにしている。誰か、希望者はいるか?」
「是非にもやらせて欲しいでござる!」
突然教師から模擬試合の提案をされ、生徒らはわずかにざわめき立つ。
そんな不安と興奮が混ざった様なクラスメイトたちを余所に、東方から来た少女は迷うことなく名乗りを上げた。
「君が噂の
「それは、シュラを指名したいでござる」
ナナオの発言で、当人のシュラ以外の友人らはビックリした様に顔をこわばらせる。
まさか会って早々の相手、しかも前日に友となったばかりの相手と試合をしたいなどと言うとは、誰も思わなかったからだ。
「……シュラ、よいのですか?」
「ああ。俺は一向にかまわん」
姉弟の間での確認。姉は弟の身を、これと言って心配している様子はない。
それは、仮の試合とはいえシュラが負けることなど、微塵も思っていないという表れだった。
あっ! と、横で並んでいたカティが小さく声を上げる。
その声にガイが疑問符を浮かべた。
「どうしたんだ、カティ?」
「私ったら、なんで気づかなかったんだろう……。ガイもみんなも、まだ気づいてないよね?」
「だから、なんのことだよ?」
カティはシュラの腰に目を落とし、言った。
「シュラったら、身に着けてるのは杖だけで……『杖剣』を持ってないじゃない!」
少女の声で教室内の視線がシュラの一点に注がれる。
彼女の言うように、シュラの腰のベルトには白杖のみがさげられており、目立つはずの杖剣の姿はどこにも見えない。
「これはどういうことだ? Mr.マクファーレン」
ガーランドが訊ねる。
彼のこれまでの教師生活の中で、杖剣を持たない生徒など見たことが無かった。
シュラは淡々と問いに答える。
「心配は無用。俺にはこの──『拳』がある」
「こ、拳? ……正気で言っているのか、君は?」
あろうことか、シュラは拳でもってナナオの刀と切り合おうと言うのだ。
ガーランドは自分の耳を疑った。
いくらこの試合では剣に不殺の魔法をかけて切れなくするとはいえ、それでも突かれなどすれば十分に危険だ。
それをこの生徒は……。
ガーランドは、シュラの姉であるシェラに視線を向ける。
「Ms.マクファーレン、彼は本気で言っているのか?」
「ええ。シュラなら、なんて事はないでしょう」
「うぅむ……」
思わぬ状況に、ガーランドは教師としてどうすべきか思案する。
結局……当人同士が納得しているのなら、とこれを許可した。
開かれた教室の真ん中で、ナナオとシュラは対峙する。
この魔法の支配する世界にとって、
この作品のシュラは車田先生の原作版ではなく、岡田芽武先生のエピGシリーズの方を強くイメージしています。