聖剣を持つ男   作:ほろろぎ

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第二話 コスモ ─小宇宙─

「いくらなんでも無茶だぜ、シュラ!」

 

 ガイ=グリーンウッドは小さな声で、しかしけっして弱い口調ではなく、友人であるシュラ=マクファーレンを制止した。

 

 キンバリー魔法学校で受ける初めての授業──魔法剣の講義の中で慣例的に行われているという、杖剣を使っての模擬戦。

 その仮試合を、シュラは杖剣を使わず──そもそも彼は杖剣自体を持っていなかった──行おうというのだ。

 

 彼を対戦相手に指名したナナオ・ヒビヤは、サムライのルックスから分かるように、非常に研ぎ澄まされた刀を所持している。

 無論この刀身には、魔法によって切断力を打ち消す効果をかけるのだが、それにしても金属の棒で体を打たれれば骨折はまぬがれないだろう。

 魔法使いの生命力は非常に強いとはいえ、当たり所と状況によっては、命を落とすことだってあり得ない話ではない。

 

「心配するな、ガイ。俺の(けん)(けん)と同等に鍛えられている」

「いやなに言ってんだお前……どっからどう見ても、ただの生身の(こぶし)じゃねえか」

 

 ツッコミを入れつつ、友人となったばかりの男を心配するガイ。

 シュラはそんなガイの不安をよそに、いたって冷静な態度だ。

 

「ねえシェラ、本当に止めなくていいの?」

「ええ。みんな心配性ですのね」

「そりゃそうだよ。だって、剣あいてに素手で戦うなんて……」

 

 カティもシュラの行おうとしている事が無謀としか思えず、彼の義姉であるミシェーラ=マクファーレンに声をかける。

 が、ミシェーラは不安な顔などみじんも見せず、これから行われる模擬戦を楽しみにしている様に見えた。

 

 決して義弟の身がどうでもいい訳ではない。

 むしろ弟を信じているからこそ、シュラが負けることなど彼女にとっては理外の出来事という認識なのだ。

 

「Mr.マクファーレン。Ms.ヒビヤ。二人で中央に立て」

 

 ガーランドの声で、シュラとナナオは教室の中央へ歩みを向ける。

 途中でシュラの視界に、幼馴染であるリックことMr.アンドリューズの姿が映った。

 

 アンドリューズは片手をあげ、シュラに健闘の合図を送った。

 同時に彼の視線には、「やりすぎるなよ?」という念押しの色も乗っていたのをシュラは認識する。

 シュラも軽く片手を上げて幼馴染に挨拶を返し、開けた教室の真ん中でナナオの対面に立った。

 

 ナナオが鞘から抜いた刀に、ガーランドは不殺の(まじな)いをかける。

 

「これで、より安全になった。Mr.マクファーレンの方は……必要ないだろう」

 

 ガーランドは白杖を収め、対峙する二人から一歩距離を開けた。

 ナナオは刀を両手(・・)で握り、構える。

 魔法使いは通常、片手で杖剣を握るものだが、その点でも彼女は、他とは異質な流派を身に着けているのがうかがい知れた。

 

 対するシュラは、右手の平をピンと立てた姿勢で、ナナオをまっすぐ見据える。

 まるで伸ばした右手そのものを、一振りの「剣」に見立てているかのように。

 

 その構え──まさしく『手刀』なり。

 

「貴殿の身のこなし……やはり、拙者と同じ武士(もののふ)の気配を感じ申す」

「貴公こそ、ただの女子(おなご)というに(あら)ず。その歳にしてすでに、一級の剣士のオーラを放っている」

 

 ナナオもシュラも互いの構えを一見(いっけん)しただけで、その実力の高さに気がついた様子だった。

 

「──始め!」

 

 ガーランドの声で、二人の間にこれまでにないほどの緊張感がみなぎる。

 教室内は一気に張り詰めた空気が立ち込め、イベントを楽しむ雰囲気でいたクラスメイト達も、息を飲んで事の次第を見守るに転じた。

 

 ナナオは刀を持ち上げるように、頭上に向けて振り上げた。

 諸手(もろて)大上段と呼ばれる構えである。

 

 シュラはナナオの体勢を見て、手刀を胸の前という自然な位置へと置いた。

 これは、ただ無作為に手を構えているわけではない。

 シュラがもっとも使いこなすことに長けてる、体に一番馴染んだ剣闘士(グラディエーター)の、戦いの構えである。

 

((やはりこの者……出来る))

 

 二人は同じことを思った。

 それは、互いの力量が同等のものであるという証し。

 

 そして、それ故に──シュラは気持ちが一歩引くのを自覚する。

 

(いかんな。このままでは……ナナオを殺めずに事を収めるのは難しいぞ)

 

 なまじ少女の地力が高いがゆえに、シュラをして加減をすることが不可能。

 下手をすると模擬戦どころでは済まないダメージを、ナナオへ与えてしまうことになる。

 それは手を抜けば、逆にシュラ自身の身が危ういという、ナナオの剣技の恐ろしさを意味していた。

 

 シュラの内心での葛藤を知らない少女は、大上段の構えを崩さずこう考えていた。

 

(もしかすると、拙者の望むものはここにある(・・・・・)やもしれぬ……)

 

 刀を握る手に、否が応でも力がこもる。

 長年求めた願いが、ついに叶うかもしれないという高揚を抑えきれず、ナナオはシュラに向かって行く。

 

「いざ、参るッ!」

 

 振り下ろされた少女の刀を、シュラは真っ向から手刀で受け止めた(・・・・・・・・)

 ガギンッ! と、まるで金属同士がぶつかったような重い音が響く。

 その様子を見たクラスメイトらは、あっと声にならない声を上げた。

 

「すげぇ……本当に素手で刀を止めてやがる」

「普通折れちゃうよね、骨……」

 

 ガイとカティも呆気にとられたように、シュラの頑強な肉体を評した。

 

 ナナオはそのまま刀を握る手にさらなる力をこめ、手刀ごとシュラを押しきろうとする。

 少年の腕に、異常なまでの圧がかかる。

 ナナオの力は、大人のそれをも遥かに上回る怪力だった。

 

 しかしどうしたことか、少女がいくら力を強めても、刀はそれ以上動こうとしない。

 シュラもまた、渾身(こんしん)の力でナナオの刀と鍔迫(つばぜ)り合いを演じていた。

 

 やはり二人の力量は同等のようで、ナナオとシュラは刀と手刀を合わせたまま動かない。

 ──否、動けないでいた。

 

 一歩引いた方が、追い打ちによって負ける。両者は共に、そう直感していたから。

 

「シュラ。貴殿とこうして刀を交えることが出来て、拙者は幸せ者にござる」

「俺も、こうまで実力の拮抗(きっこう)した相手と手合わせできて、嬉しく思う」

 

 二人の刀と拳が共に相手をはじき、両者は再び一定の距離をとった。

 息つく間もなく、互いに最初のように武器を構え直す。

 

 フッ……と、戦いの場にそぐわない笑みをナナオは浮かべた。

 まるで子どもがつくる純粋な微笑は、一瞬だがシュラの虚をつく。

 

「拙者の求めるものは、ここにござった」

 

 少女にしか分からない独白。

 しかしそれがなにか、彼女にとって重大な意味を持っていることは、シュラにもなんとなしに伝わっていた。

 

「…………受けて立つ」

 

 ゆえに少年も、相応の礼儀でもって返す。

 それはシュラが、彼女の生命の保証を度外視し、本気で相手をする決意をしたからに他ならない。

 

 シュラの体から、湯気の様なモヤが立ち昇っている様に、周囲の生徒たちは錯覚した。

 ──それはモヤにあらず。

 シュラ自身の体の内から放出される、黄金(ゴールド)の闘気なのだ。

 

「なあ、アイツ光ってない……?」

 

 生徒の誰かが小さくつぶやいた。

 シュラの体から昇る闘気は、まるで(ドラゴン)が放つという鱗気のように、彼の体を輝きで覆う。

 そしてオーラは少年の手刀に(つど)い、生身の手刀に黄金の刃を生成した。

 

 シュラの、深い海を思わせる碧眼(へきがん)が、ナナオをまっすぐに見据える。

 少年と視線が重なった瞬間──、ナナオは彼の瞳を通して、その身体の内側に広がる「宇宙(コスモス)」を感じた。

 

「──ぁ──」

 

 少女は、小さく声を漏らした。

 

 ナナオの前に立つシュラの内から、広大な宇宙空間が広がり少女を包み込む。

 そこに、深淵(しんえん)(そら)へと放り出される恐怖感はない。

 どこまでも果てしなく広がる、雄大な星の(その)をたゆたう安らぎだけが、少女の心を満たしていた。

 

 カタリ……と刀が床に転がる。

 ナナオが、自らの半身ともいえる愛刀を取り落したのだ。

 

 周囲で試合を見守っていた全員が、少女の様子をいぶかしむ。

 ナナオは両目から、ツ……と涙の(しずく)をこぼした。

 

「なんと……、なんと広く、深い……」

 

 ナナオのこぼした言葉の意味は、教室内の誰にも伝わらない。

 ただ少女からはもう、戦う意思は消え去っていた。

 

「ナナオ……ッ」

 

 少女の体が、糸が切れた様にガクリと力を失う。

 床へと倒れる前に、シュラが駆け寄りその身を支えた。

 

「っ! 大丈夫か、Ms.ヒビヤ!」

 

 遅れてガーランドも声をかけるが、ナナオはただ、心配いらないとだけ答える。

 

師範(マスター)ガーランド。俺は彼女を医務室へ連れて行きます」

「うむ。頼んだぞ、Mr.マクファーレン」

 

 シュラはナナオに肩を貸すと、フラつく少女を(いた)わるようにして、教室から出ていった。

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「……かたじけない、シュラ」

「気にするな」

 

 医務室へ着いたシュラは、ナナオをソファへと導いた。

 担当の保険医の姿は室内にない。用事でもあって席を外しているのだろうか。

 

 ナナオはソファにゆっくりと座りこんだ。

 深くうなだれる少女の姿は、会ってまだ二日目だというのに、「らしくない」とシュラに思わせるには十分なものがあった。

 

 少年も対面のイスに腰を下ろす。

 しばしの沈黙が流れ、その重さに耐えかねた……という訳ではないが、シュラの方が先に口を開いた。

 

「……もしや、俺はなにか、君を失望させることをしてしまっただろうか?」

 

 わずかな不安を(ふく)んだ少年の言葉に、ナナオはゆっくりと首を横に振る。

 

「いや、貴殿のせいではござらぬ。問題は、拙者自身にござる」

 

 ナナオはそう言ったあと、しばし思い悩むさまを見せ……ようやく決心がついたという風に言葉を続ける。

 

「拙者は故郷の東方(エイジア)で、九死に一生の光明も無い──『死地』と呼ぶに相応(ふさわ)しい戦場(いくさば)に立っていた……」

 

 若きサムライの少女は少数の仲間を率いて、大群の敵を相手に孤軍奮闘していた。

 その数の差は実に、二百対五万という圧倒的なもの。

 

 万に一つの勝機も無い中で、それでもナナオの率いる一派は、彼我(ひが)の差など気にする素振りを見せず戦い続けた。

 

 一心不乱の負け戦。

 ただひたすらに刀を振り、目の前の敵兵を切り伏せ続けること、実に数時間。

 ついには単身で敵将の前に躍り出たナナオはしかし、目前で敵兵に取り囲まれ、最期の時を迎える寸前となる。

 

「そこで君を救ったのが、義父(ちち)のセオドールという訳か」

 

 シュラの言葉にナナオはあいづちを打つ。

 

「あの時、拙者は確かに死を覚悟した。しかしマクファーレン殿によって思わぬ生を拾い、今はこうして、ここに在り申す」

 

 命を繋いだという言葉とは裏腹に、ナナオの表情は暗い。

 それは彼女の心がいまだ死地に(とら)われ、抜け出せていないから。

 

「拙者はあれ以来、自分が生きているという実感が無いのでござる。(ゆえ)に、心が求めてしまうのでござる……『仕合(しあ)わせ』を」

「それは『幸せ(ハピネス)』とは別のものか?」

「うむ。拙者の流派の教えで、『復讐の剣は(たの)しからず。相愛の剣こそ愉しけれ』という思想がござる」

 

 恨みや報復のために剣を振るうより、互いに認め合った者同士で剣を交える。

 それを、剣の道において「仕合わせ」と呼ぶのだと、彼女は説明してくれた。

 

「死地から生き延びた拙者は、仕合わせを求めて仮初めの生を生きている。今までは、そう感じていたのでござるな」

「……今は違う、と?」

 

 ナナオの語りを黙って聞いていたシュラが、少女の真意を問うた。

 今の彼女は、ただ死に場所を求めていた過去とは違う。

 それはひとえに、シュラという男と出会ったことによるもの。

 

「貴殿と(やいば)を交えたあの時……拙者はお主の中に広がる『宇宙』を感じたのでござる」

「俺の中に、宇宙が……?」

「気づいておらぬのか? あれほど雄大なものを、拙者は他に知り申さん」

 

 ナナオはシュラに感じた、温かみを持った宇宙の感覚を思い出す。

 それはつまりシュラという男の魂──あるいは心が、他者を包むような温もりをもったものであることに、少女は気づいたのだ。

 

 ナナオは全身で触れたシュラの心の温度を思い出し、(かす)かに笑みを浮かべる。

 

「同時に思い知らされた。拙者の求めていた『愛する者と死ぬまで切り合いたい』という思想が、いかに(ゆが)んだものか」

「ナナオ……」

「そのような(いびつ)な願いを抱く拙者自身が、どれほど醜い存在か……。自覚はしていたつもりであったが、正面切って突き付けられると、やはり慙愧(ざんき)に絶えぬ思いでござるな」

 

 少女は自嘲するように、(かわ)いた笑いを見せた。

 目じりには自虐のための涙が浮かぶ。

 

 シュラの双眼には、そんなナナオの姿が酷く小さく映り、どうしても彼女を元気づけてやりたくなった。

 

「泣いてくれるな、ナナオ」

 

 そう言ってシュラは、指でそっと少女の目じりに溜まった涙をぬぐう。

 

「人はそれぞれの場所で、それぞれの生を歩む。そこには様々な生き方があるのだろう。輝かしいもの。日陰を行くもの。君の人生も、その内の一つにすぎない」

 

 ナナオは黙ってシュラの声に耳を(かたむ)けている。

 

「人はだれしも、それぞれの信念に(もと)づいた生き方をするんだ。それがどんなものであろうと、恥に思う必要はない」

「……シュラは達観しているのでござるな」

「俺もまだ短い時でしか生きていない。その上、過去の記憶は虚ろだ。それでも……これまでの出会いが、今の俺を作ってくれたんだ」

 

 ナナオが過去を明かしてくれた礼というのでもないが、シュラもまた自身のこれまでを語り始める。

 

 と言っても、思い出は長くはない。

 彼は自我が芽生えた時すでに、虚ろな意識でどことも知れない荒野にいた。

 

 近くにシュラ以外の人の姿は皆無。

 辺りには危険な魔獣がうろつき、餌である少年を捕食しようと次から次へ、絶えることなく襲い来る。

 シュラは幼いながら、そのすべてを手刀によって切り伏せた。

 

 自分は何者か? なぜこのように、無駄に命を奪わなければならないのか?

 自らを狙う魔獣を次々と打ち倒しながら、少年は命のやり取りを演じなければならない現実に疑問を抱いた。

 

 答えの出ない問いの中で、彼を救ったのがセオドール=マクファーレンだった。

 マクファーレンの家に養子として迎えられたシュラは、そこで義理の姉となるミシェーラから甲斐甲斐しい世話を受け、徐々に理性というものが芽生えていく。

 さらにミシェーラを通して彼女の幼馴染であるリチャード=アンドリューズと対面。

 交流を続ける中で、自我を確立したシュラは彼の境遇を想い、アンドリューズ支え、シュラもまたアンドリューズからの支援を受け、二人は友となった。

 

 そんなある時、シュラはミシェーラとアンドリューズの三人で、夜に星を見に行く機会があった。

 シュラが見上げる空には満天の星が輝き、柔らかな星の光が彼を照らした。

 

「天に浮かぶ無数の星々の光を受けて……星座の輝き(・・・・・)が俺の存在する理由を教えている、そう感じたんだ」

 

 目を閉じれば、今でもあの日に見た夜空の星々が、ハッキリと思い出せる。

 

「『天命』、というやつだろうな。星座は俺に、『この地上の愛と正義を守れ』、と訴えていたのだ」

「それが、貴殿の生きる理由にござるか……」

 

 なんと大業(たいぎょう)な使命であろうか。

 普通なら投げ出したくなるこの宿命を、少年は真っ向から受け止めたのだ。

 

「なるほど。お主の中に宇宙が見えた意味が、分かった気がいたす」

「俺の宇宙など、まだまだ小さいものよ」

 

 されどその「小さな宇宙(コスモ)」の温度は、確かに少女の心を動かしたに違いない。

 シュラの話を聞いたナナオは、自らの生き方を変えようと思った。

 彼は、それも一つの人生だと認めてくれたが──それでもそろそろ、道を変えるべきであろう。

 

「……決めたでござる!」

「む? なにをだ?」

「拙者、もう自分の命を投げ出すことも、他人の命を奪うこともいたさん。これより先は、力なき人々を守るため刀を振るうと誓い申そう」

 

 ナナオの顔から、これまでの(かげ)りがウソのように消えた。

 

 彼女は思った。

 シュラのような生き方がしたいと、無為に命を散らすような人生は、もう終わりにすると。

 

「……君がそう望むのなら、きっと出来るさ。信じる限り、人の可能性は、無限なのだから」

 

 少女の全く新しい人生への歩みの一歩を、シュラはその言葉を送ることで、強く背中を押すのだった。




この小説を読んでる人は聖闘士星矢を知っていると思って
シュラについては深い説明を省いてますが、ちゃんと伝わってますかね?
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