聖剣を持つ男   作:ほろろぎ

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第三話 アテナ ─女神─

 午後からの授業である、魔法生物学が始まろうとしている。

 教室は校舎の中から野外スペースへと移動になり、体調の回復したナナオとシュラも、授業が開始される前には戻って来ていた。

 

「動物が好きだの可愛いだの言ってるやつ。この授業ではそういう感情は、全部ドブに捨てろ」

 

 講師であるバネッサ=オールディスは教壇(きょうだん)に立つなり、眼前の生徒らに対してそう言ってのけた。

 

 この授業は、「資源」として魔法生物を使い潰す(・・・・)ことを目的に行われる。

 故に、利用対象に愛着を持っている者にとっては、非常に過酷な講義となるだろう。

 

 バネッサの善意の忠告(・・・・・)に対して、カティを始めとした人権問題に関心のある生徒らは息を飲んだ。

 

「お前らが今から学ぶのは、命をどう利用するかって授業だ。で、今回の課題はこれだ」

 

 作業台の上、生徒一人一人の前に置かれた木箱。

 中からコトリ、コトリと、なにやら音が漏れ聞こえてくる。

 バネッサが杖を振るうと、ひとりでに箱のふたが外れ、中身があらわになった。

 

「わぁ……!」

 

 カティの顔が一転してほころぶ。

 箱の中には、人の腕ほどもある巨大な芋虫状の生物が収まっていた。

 魔法(かいこ)と呼ばれる、畜産化された魔法生物の一種である。

 

「可愛い~」

「!?」

 

 人懐っこい魔法蚕を抱き上げ愛でるカティ。

 反対側の席に立つシュラは彼女の反応に、珍しくギョッと目をむいた。

 あまりにも大きすぎるサイズの虫に対して、さすがのシュラも抵抗感が隠せないようだった。

 

「可愛い、のか……これが」

「どうしたでござるか、シュラ?」

 

 シュラの隣の席に立つナナオも、カティ程ではないが魔法蚕を腕に抱き、()でたりなどしている。

 

「こやつ、ネコみたいでござるなぁ。なんとも愛らしい」

「……俺は、女子というものが分からなくなってきた……」

 

 二人だけ感性が特殊なのか?

 否。

 周囲の生徒──オリバーやピートらも蚕に対して特に嫌悪感は無いようで、普通に接しているのが(うかが)えた。

 

(みな平気なのか!? おかしいのは俺の方なのか!?)

 

 周囲の無反応さに驚き自問するシュラ。

 そんな少年を余所(よそ)に、バネッサは課題の説明を始める。

 

「お前らにやってもらうのは、この魔法蚕に魔力をあと一注ぎして、(まゆ)をつくらせることだ。ただし注意しろよ?」

 

 実例として彼女は一体の蚕に、規定より少しだけ余分に魔力を注入する。

 と、魔法蚕は黒い繭を生成し、中から硬い外殻におおわれた翅虫(しちゅう)が飛び出てきた。

 

 (はち)を思わせる虫はブーンという低い羽音を響かせながら、バネッサに向かって行く。

 彼女はなんという事もなく、翅虫を「フランマ」の魔法で火だるまにした。

 

「と、こんな風に失敗すると、あとが面倒だ。繭も一匹分取れなくて、ひじょーに勿体ない」

「ッ」

 

 燃え落ち、カスとなった魔法蚕の成れの果てを見て、カティは言葉を失う。

 つまりはこれが……「魔法生物を資源として扱う」、という事なのだ。

 

「お前らにやってもらうのは、この最後の一注ぎだ。ノルマは一人十匹で、五匹以上成功すりゃ合格。失敗しても、後始末は自分でやれよー? 手を課したらペナルティだからな」

 

 かくして、命を懸けた授業は開始される。

 

「うぅ……」

「こうか?」

「うわっ、いきなり黒くなった!?」

「バカッ、早く燃やせって!」

 

 生徒らはおっかなびっくりな様子で、バネッサから出された課題に取り掛かっていく。

 上手くいく者もいれば、初手から失敗する生徒もおり、教室内は阿鼻叫喚の光景が広がっていた。

 

「ずいぶんと簡単な課題が出ましたわね」

 

 そんな中でミシェーラは、十匹のうち失敗したのは一匹だけという好成績を出し、オリバーと共に他の面々のサポートに回る。

 ナナオとピートは、二人のアドバイスでギリギリ規定数をクリア。

 ガイは、まず失敗を重ねて体で覚えろ、と厳しい対応を取られ(なげ)いていた。

 

「シュラ、調子はどうですの?」

「……まったくダメだな」

 

 ふぅ、と息を吐きながら杖を下ろすシュラ。

 目の前の魔法蚕は、ただの一匹として繭を作る個体はいない。

 

「おいおい、真面目にやってんのかマクファーレン」

 

 そこに教師であるバネッサが口をはさんだ。

 

「まだ十匹分終わってないのは、お前とあっちのアールトだけだぞ」

 

 彼女の視線の先で、カティもまた繭作りに苦戦している姿が見える。

 しかし一匹も成功していないシュラに対して、カティは九匹までは蚕に魔法繭を生み出せていた。

 虫でも命を無下に出来ないと少女は必要以上に気張り、慎重に慎重を重ねて作業に挑んでいる影響で、他の者より時間がかかっているのだろう。

 

 負けじとシュラも再び蚕に杖をかざすが、やはり虫の様子に変化はない。

 

(なんだ、コイツ……魔力が出てないのか? だがそれじゃあ、この学園に入れるはずが無え……どういうこった、こりゃ?)

 

 内心でシュラの挙動に疑問を抱くバネッサ。

 が……、それは自分で勝手に解決すればいい。

 生徒の問題に特に深入りする気も無い彼女は、少年への興味を失いカティの方を観察に向かった。

 

「おいおい、たかが蚕に時間かけ過ぎだぞ。さっさと終わらせろよ」

「分かってます! 黙っててください!」

 

 失敗すれば、一つの命が失われる。

 いくら人間のために作られた存在といえ、それを無為に散らせるのを少女は許せない。

 震える杖の先から流れる魔力はしかし、蚕の繭を黒く染める結果となった。

 

「あぁ……!」

「カティ、早く燃やすんだ!」

 

 横からオリバーが指示するも、動揺するカティの耳には届かない。

 繭を突き破った翅虫(しちゅう)が、少女を威嚇するように牙をむく。

 

 周囲で状況を見守っていたオリバーらが杖を抜くより、翅虫がカティに飛びかかる方が早かった。

 とっさのことで対応が追い付かなかったのだろう。

 

 虫の鋭い牙がカティの顔面の皮膚を食いちぎるシーンが、みなの頭を()ぎった。

 しかし──結果はそうはならなかった。

 

 翅虫の(あご)(くわ)えているのは、いつの間にそこにいた(・・・・・)のか……差し出されたシュラの右腕だった。

 

「えっ、シュラ……!?」

 

 カティを(かば)うため()えて、シュラは翅虫と彼女の間に己の腕を置いた。まるで生贄を(ささ)げるように。

 翅虫の強靭な顎がシュラの右腕の肉に食い込み、床にボタボタと鮮血が流れ落ちる。

 

 ナナオとの模擬戦の時でも流れなかった出血の事態に、あれほど騒がしかったクラス内も一斉に静まり返った。

 

「…………」

 

 シュラは、あいていた左手を翅虫にかざす。

 右腕を差し出したのは、(えさ)に食らいつかせて動きを止めるためだったのだ。

 

「……ッ、シュラ! 待って!」

 

 カティはその行動を見て、シュラが翅虫の命を絶とうとしているのだと感じた。

 少女の懇願(こんがん)に対し、少年は

 

「すまない」

 

 左手を虫の頭に当てた。

 触れるだけのそれは、なんの力も持っていない……かに思われた。

 

 シュラの手が、ナナオとの試合の時の様に輝きをまとう。

 

「温かい……」

 

 カティが小さく言った。

 シュラの左手から発される黄金(ゴールド)のオーラは、春の陽の光のごとき温もりで翅虫を包み込んだ。

 光に触れた翅虫の体からは徐々に力が抜け、シュラの腕に深く食い込んでいた牙も外れ──やがて力と共にその生命も失われていった。

 

 トサリ……と、活動を止めた翅虫の亡骸(なきがら)が床へと落ちる。

 悲しげな顔で(むくろ)を見つめていたカティだが、はっと気づいたように顔を上げた。

 

「シュラ、腕は! 腕は大丈夫なの!?」

「心配するな。この程度かすり傷だ」

「あぁ……肉まで裂けて……」

 

 少女はシュラの無事な左腕をつかむと、バネッサに叫ぶように言う。

 

「先生! シュラを医務室へ連れて行きます!」

「おー、そりゃいいが……マクファーレンは手を貸したからペナルティな」

「仕方なし。受け入れよう」

 

 こうしてシュラは、本日二度目となる医務室へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 医務室へ着くと、即座にカティはシュラをソファへと座らせた。

 午前中ナナオへしたのと同じ対応を、今度は自分がされることに少年は奇妙な既視感を覚える。

 

 ナナオの時と動揺に校医はいない。

 たまたまこのタイミングでも席を外しているのか、それとも今日は終日不在なのか、少年には分からなかった。

 

「ちょっと待ってて!」

 

 そう言ってカティは室内の棚をあさり、見繕(みつくろ)ってきた消毒液や包帯を抱えて戻ってくる。

 と、少女は即座にシュラの傷の手当てを始めた。

 

「…………」

「ずいぶん手慣れているな」

 

 魔法蚕の時と同じように、カティは真剣な表情で少年の怪我の治療にあたる。

 その様子を見ながら、シュラは感心したように言った。

 

「家では魔法生物とか、それ以外にもいろんな動物たちと過ごしてたから、その子たちが怪我した時に私が手当てしてるの」

 

 だからかな。とカティの返答。

 言い終わるのと同じタイミングで、彼女からの手当ても終わった。

 

 シュラは包帯の巻かれた右手を握ったり、軽く動かしてみる。

 

「見事だな。痛みも無いし、問題なく動かせる」

「あんまり激しく動かしちゃダメだよ? まだ傷口は完全に(ふさ)がってないんだから」

 

 魔法による治癒も行われたのだが、いかんせん素人の処置によるもの。

 少女からは、運動などは控えるように言い渡される。

 

 スッ……と、カティはシュラの前で立ち上がった。

 そのまま、勢いよく頭を下げる。

 

「ごめんね、シュラ! 私のせいで怪我させちゃって」

「気にすることは無い。ああしなければ、傷を負っていたのは君の方だった」

 

 それに、と言葉をつづけるシュラ。

 

「謝るのは俺の方もだ」

「え、なんでシュラが?」

「あの魔法蚕を、救ってやれなかった」

 

 あの時カティはシュラに頼んだ。

 蚕の命を取らないでくれ、と。

 しかし少年は、その頼みを聞いてやることは出来なかった。

 故に、シュラもカティに対して頭を下げるのだった。

 

「ちょっ、止めてよ! シュラは何にも悪くないんだから!!」

 

 まさかその時のことを、彼も悔やんでいたとはカティも気づかなかった。

 表情をあまり変えないシュラだが、彼もカティと同じように、命というものを(いつく)しむ心を持っているのだ、と少女は理解した。

 

 そしてカティは、慌てた様にシュラの顔を上げさせる。

 

「私も、本当は分かってたの。翅虫に変態しちゃったからには、もうあの子は元には戻せない。……殺すしかなかったのは、仕方の無いことなんだから」

「カティ……」

「でも、ありがとね」

「俺はなにも」

 

 少女の示す感謝の意が、シュラにはピンとこない。

 だから、なにも出来なかったのだ、と少年は答えた。

 

 カティは哀しみを振り切って、シュラに無理やり笑顔を作って見せる。

 

「あの子が最期に苦しまない様に、アナタがなんとかしてくれたんでしょう?」

 

 少女の脳裏によみがえるのは、シュラの体から流れる黄金のオーラの温もりだった。

 あの温度のおかげで、狂暴化した翅虫は首を跳ねられるでも、炎に焼かれるでもなく、眠るように死んでいった。

 それがシュラの行った、イタズラにカティの悲しみを増さないための、せめてもの情け。

 

「魔法……とは違うみたいだったけど」

「俺自身にも、いまだにあの力のことはわからん。ただ……」

「ただ?」

「ナナオは俺の光の中に、『小さな宇宙』が見えた──と言っていた」

「小宇宙……コスモ……」

 

 カティは呟くように繰り返した。

 目の前の少年の内には、それほど広大ななにか(・・・)が秘められているというのだろうか。

 

 普通なら一笑に付す話であろう。

 しかしナナオの直感が間違っている気もしない。

 なによりカティ自身も、シュラという男には底知れない不思議なものを感じずにはいれなかった。

 

「……スゴイね、シュラは」

 

 カティは少年への尊敬と、自分への不甲斐(ふがい)なさを込めてつぶやいた。

 

「シュラだけじゃなく、ナナオも、オリバーも……みんな自分にしかないものを持ってキンバリー(ここ)に来てる」

「カティ?」

「私は、実家が亜人種の人権に熱心で、私も幼いころからそれに慣れ親しんで、彼らのことを助けたいって思ってる。……でも、ただのそれだけ」

 

 シュラは黙って、少女の独白に耳を(かたむ)け続ける。

 

「ただ好きだっていうだけで、自分ではなにも出来ない……。それだけじゃなく、そのために友達まで傷つけて……私は」

 

 カティの顔からはいつの間にか笑みが消え、目じりには(うれ)いの涙が浮かび始めていた。

 彼女の底抜けの優しさに、シュラは心が打たれる気持ちだった。

 そして正直者の彼故に、その気持ちを素直に言葉にするのに、ためらいは無かった。

 

「君は、まるでアテナの様だな」

「あて、な……?」

「女神のことを、どこかの国ではそう呼ぶらしい」

 

 シュラはソファから腰を上げ、カティの正面に立つ。

 

「命の尊さを重んじる君は、まさに──この地上に降り立った女神アテナだ」

「え、え?」

「だが君の心は、このキンバリーの思想とは相いれないものだ。故に、これから先も無用な争いに巻き込まれていくのを、きっと()けられないだろう」

 

 シュラは、カティの巻いてくれた包帯のある右腕を、彼女に(ちか)いを捧げるように胸の前に(かか)げた。

 

「俺の命は、この地上の愛と正義を守るために使うと星座に誓った。その命を、慈愛の心を持った女神(アテナ)である君を守るためにも使おう」

 

 そのために戦えるのなら、それはこの上ない(ほま)れだとシュラは語る。

 少年の真摯な言葉を受けて、カティは──耳が染まるほどに赤面していた。

 

「えっ、なにこれ? こ、これってもしかして、こくは……」

 

 告白──などではない。

 シュラはただ、一人の友人(・・)として彼女の身の安全を守ろうと宣言しただけなのだ。

 ただし、彼独特の大げさな言い回しのせいで、カティは盛大に勘違いする羽目になっているのだが……。

 

 そんな彼女の様子など意に介さずと、シュラは語る言葉を止めない。

 

「俺だけではない。ナナオもオリバーも、姉さんたちも……きっと君を守り、力となってくれるだろう」

「……ぅん?」

「かつて義父(ちち)のセオドールに言われたことがある。『友の力とは、それほど都合のいいものではない』、と」

「うん」

「だが、それでも尚──友の存在を信じられれば、(おの)ずと内なる力が湧くものだと……俺はそう信じる。信じたいのだ」

「うん。そーだね」

 

 友情について熱く語るシュラを、カティは若干冷ややかな気持ちで見ていた。

 先ほどのあれ(・・)が告白じゃなかったことに少女自身も気づき、そのために冷静さを取り戻した影響である。

 

「いや、シュラは悪くないんだけど……でもなぁ……」

 

 独り言ちるカティを横目に、シュラの友情論は加速していく。

 

「ぁ。午前中にナナオと二人っきりになった時も、あんなこと言ってたのかな……」

 

 武士道一直線のナナオのこと。

 シュラの思わせぶりな物言いを聞いても、恋愛感情というものは持たなかっただろうが……それでもなんだか釈然(しゃくぜん)としない気分のカティであった。




作者はアニメ初視聴組で原作の小説は1巻しか持っていないため
この話を書き終えた後でwikiを読み、医務室の先生が普段部屋から出ない、ということを知りました……。

修正が難しいため、この作品ではこういうものとして独自設定で突っ切りたいと思います。ごめんなさい。
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