キンバリー魔法学校の入学式で行われた魔法生物のパレード。
そのお披露目の最中カティ=アールトは、一体のトロールに襲われかけた。
そして今──彼女は当のトロールを相手に、なんとかしてコミュニケーションを取ろうと
実家で亜人種の人権問題に熱心だった両親の影響もあり、また幼い頃から仲の良かった別個体のトロールを思い出すのだろう。
自分が危ない目にあわされたはずの、そのトロールが殺処分されるという話を聞いたカティは慌てた。
それでなんとか彼を保護できないだろうかと考えた末、トロール自身に危険が無いことを自ら証明しようとしているのだ。
カティは朝に昼にと毎日のようにトロールが入れられている
一人の教師とトラブルもあったが、彼女は折れることなく、その姿を見て
人権派の少女をやっかむ他の生徒には
これはカティの友人であるシュラを通して、保守派の一人でもあるMr.アンドリューズが、裏で他の面々を抑えていてくれているおかげだということを記しておく。
これというトラブルもないまま、キンバリーでの忙しい日々が過ぎていったある日──。
夕暮れに染まる校外の広場で、ナナオとシュラはオリバーから魔法の手ほどきを受けていた。
「
ナナオの声と共に、彼女の持つ刀の切っ先に小さな炎が
本来のフランマの威力には遥かに及ばない、ロウソクのような火種だった。
サムライ少女は、難しそうに眉間にしわを寄せながらつぶやく。
「むぅ……上手くいかぬでござるな」
「焦るな、ナナオ。始めと比べれば、ずいぶんよくなってる。シュラの方は……」
「フランマ!」
杖剣を持たないシュラは短い白杖を構えている。
しかし杖の先端には、いかほどの火も宿らなかった。
「くっ……」
「やはりダメか」
魔法の理論には人並み以上に詳しいオリバーでも、口頭の説明だけではシュラに魔法を使わせるのは難しい様子。
「言うなれば、呪文は内心のイメージと現象を
オリバーが見本を見せる。
彼の杖剣の先端には、夕暮れより赤々とした炎が灯った。
「心の内のイメージ、か」
シュラが独り言ちる。
──
ナナオが彼の内に見出した、力の根源と思われる
彼女との模擬戦、そして魔法蚕の命を絶った時にオリバーも見た黄金の
「己の内を巡る力を扱うことなら、剣の修練でたたき込まれてござる。けれども、一度体を離れた力をどう扱えばよいのか……」
「領域魔法の修練で特に重要なことは、自分と外界との仕切りを取り払うことだ。皮膚の外側に広がる世界へ、自己を溶け合わせる感覚を養えば……」
オリバーの杖剣から、勢いよく「フランマ」の炎が放たれた。
「「おぉ」」
思わず感心の声が漏れる。
即座に習って二人は再び練習に挑むが、変わらずナナオの火は弱々しく、シュラに
「魔法の特性が無いのか……しかしあの時、シュラは確かに異能の力を行使していた……」
オリバーは顎に手を当て、シュラの力を分析しようとしたが、正体の片りんすら分からない状況では答えの出しようも無かった。
「しかし今のままでは、なにか厄介ごとに会った時に自営の手段が無いしなぁ」
オリバーの心配している所はそこだった。
キンバリーにおいて、大なり小なりトラブルは付き物。
いまだ魔法を使いこなせていないシュラでは、そのトラブルに巻き込まれた際の対処方が、無いに等しい。
友人が危険な目に合うのを彼は不安視しているのだ。
「案ずるな、オリバー。魔法が使えずとも、俺にはこの手刀がある」
いくら未知のパワーを持った「異質な者」──アノマリーであるシュラでも、その力は誰も知りえない。
故にオリバーは、まだ少年の言葉を心の底から信じ切れずにいた。
「では、どうだろう。俺と君で打ち合ってみる、というのは」
シュラの提案。
それはオリバーと力をぶつけ合うことで、自分の力量を示そうというものだった。
「では、拙者もシュラとの再戦を申し出るでござる!」
即答できなかったオリバーに代わってか、ならば自分もと、一緒にいたナナオが名乗りを上げる。
以前の授業での試合では不完全燃焼で終わったため、改めて立ち合いたいというのだ。
「あ。真剣勝負とはいえ、無論次は命のやりとりなどではない、純粋な力試しをしたいのでござるよ?」
かつての反省か、少女は弁明の様に述べる。
「それに、あの大きな人……トロールが逃げた時の様に、人々に被害が出ぬよう力をつけておきたいでござるしな」
「……ナナオ、今なんと言った?」
何気なく発された少女の言葉を聞いた直後、オリバーの表情が不意に真剣みを帯びた。
問われたナナオは首をかしげる。
「君は今、トロールが
「う、うむ」
「暴走ではなく脱走……もし逃げたのだとすれば、あのトロールは……」
ブツブツと呟きながら思考を巡らせるオリバー。
その様子を、ナナオとシュラはいぶかしげに見つめる。
「……二人とも、訓練は中止だ! カティを探すのを手伝ってくれ!」
そう言ってオリバーは、シュラたちの返事を待たずに駆け出していく。
二人は慌ててオリバーの後を追った。
「どうしたのだ、オリバー」
「シュラはあの場にいなかったな……。カティがトロールに襲われかけた事件は聞いているだろう?」
「ああ、おおよそは」
オリバーは二人に、トロール事件の裏に隠されたあらましを、自らの
過去から人権派の人間が進めていた研究の一つである「亜人種の知性化実験」に、あのトロールは被験体として使用されていたのではないか、と。
それは拷問に匹敵する苦痛をともなう、陰惨な行い。
トロールは苦痛にまみれた日々に耐え兼ね、死を覚悟で逃走を図ったのだろう。
そしてなにより、研究を引き継ぎ実験を継続していた者が、この学内にいる可能性が高い。
それもトロールと近しい関係にあるカティのすぐ側に──。
三人がカティの痕跡を追いかけ、たどり着いたのは迷宮の中だった。
壁で阻まれた先に少女はいるようだったが、これ以上の深追いは危険と判断したオリバーが、援軍を呼ぼうと引き返そうとする。
不意に壁が
「悪いが、まだ人を呼ばれるのは困るんだ」
引きずり込まれた先にある、暗がりの中から女性の声がした。
闇の中、静かにたたずむ女性の姿が、その周りに灯る
「ミリガン、先輩……」
オリバーが発したその名に聞き覚えは無かったシュラだが、彼女の姿は遠目に見かけたことがある。
トロールの前で交流を図ろうとするカティの側に、彼女──ヴェラ・ミリガンの影がいつもあった。
「私の工房へようこそ。Mr.ホーン、Ms.ヒビヤ。それと君は……」
「シュラ・マクファーレン」
「こうして対面するのは初めてだね。よろしく、Mr.マクファーレン」
にこやかに挨拶をするミリガンだが、シュラはそれに応える気は無かった。
彼女のすぐ後ろ──施術のために使うであろう台の上に、カティ=アールトの姿が見える。
薬によって眠らされているのか、少女は意識の無いまま横たわっていた。
それに気づいたオリバーとナナオも、反社的に杖剣を構える。
「心配しなくともアールト君には、まだなにもしていないよ」
「まだ、ということは、無事に返す気は無い……ということか?」
シュラの冷たさを感じる問いかけに、ミリガンは普段と変わらない笑顔を浮かべたまま、言葉を返す。
「トロールの脳の調整は完璧だった。なのに彼は言葉を発してくれない……行き詰っていた所にアールト君が現れてくれたのは奇跡だったよ」
ミリガンは、そっとカティの頬を撫ぜながら喋り続ける。
「彼女がカギだった。しかし、一体彼女はトロールに何をしたんだろうね?」
「「「ッ!」」」
不意に、台の周辺に置かれていた様々な道具──メスにハサミにナイフといった刃物が浮かび上がり、カティの体に狙いをつけるように先端を向けて止まる。
オリバーら三人は息を飲んだ。
背中に冷たいものが走る感覚を覚えながら、シュラがミリガンに問う。
「カティをどうするつもりか」
「頭の中を、ほんのちょっとだけ見せてもらおうと思ってね。ステキな秘密があるはずだよ、この子の脳には」
トロールに言葉を話させた理由がカティの頭脳にあると推測した彼女は、少女の頭部を切り開き、脳みそを直接観察してその謎を突き止めようと言っているのだ。
まさにマッド──狂気的な発想でしかない。
「カティを引き渡しては、くださらぬのか」
「渡すとも。脳を見てからならすぐにでも」
一切譲る気の無いミリガン。
説得は不可能と察したナナオは、横の少年二人に声をかける。
「どうやら問答は無駄なようにござるな」
直後ナナオは、魔女としての雰囲気を持ったミリガンに向けて駆けた。
ナナオの髪色が、彼女の持つ魔力に反応して白く染まる。
しかし、ナナオの足はミリガンに届く前に止まってしまう。
なぜか?
それは少女の下半身が石のように硬質化し、物理的に歩みを止めざるをえない状態になっていたからである。
「
ミリガンからの魔法的攻撃が行われた結果であろう。
とっさにオリバーが、効果を打ち消すための魔法をナナオにかけた。
ナナオの下半身はもとの肉体を取り戻し、事なきをえる。
「反応が早い。一年生を相手にしている気がしないね」
これまで髪の下に隠れていたミリガンの左目が、怪しい輝きを放ちながらナナオらを見つめていた。
「これは……邪眼の
「両親からプレゼントされた『
シュラの言葉に、魔女は苦笑と共に通り名を名乗る。
直後──彼女の背後の闇が、大きくうごめいた。
「もう一つ、この子のことも紹介しようか」
「な……ッ」
ミリガンの後ろから姿を現した
身の丈七フィート強の屈強な人型。
両の手足には
が、それはキメラなどという
「
言葉と共にオリバーの表情が驚愕に染まる。
ガルダ──それは
そのような高位の魔鳥が、なぜこんな迷宮の中に……!?
「私が仕込んだんだ。いずれ保守派の連中にけしかけてやろう、と思ってね」
ミリガンは、ちょっとペットを連れて来ちゃた、とでもいうような軽い口調で言った。
「二人までなら私でも対処できるが、そちらにいるMr.マクファーレンの力量は私も知らないからね。安全を期して、この子も使わせてもらうよ」
「オリバー。あの鳥の人は、そんなに強いのでござるか?」
「強いなんてもんじゃない……あれは神獣の眷属だ。一、二年生が相手にできるレベルの存在じゃない!」
想像だにしない強大な敵の登場に、どんな時でも冷静さを崩さなかったオリバーも冷や汗を浮かべていた。
ガルダが、両の翼を大きく広げる。
オリバーとナナオが杖剣を向ける間もなく、それはまさに瞬間移動のごとき速さで、神鳥は二人の眼前へと迫って来た。
「!?」
が、二人の前に一つの影が躍り出たのを、ミリガンの瞳はとらえた。
『ジャンピング・ストーン!!』
影は飛翔するガルダとぶつかり、その軌道を大きく
回避不能の超スピードの神獣の一撃を防いだのは──誰あろう、シュラ=マクファーレンその人であった。
シュラは両足での蹴りによって、襲い来るガルダの力をそのまま転用し、鳥人の進行をオリバーらの元から外す方向へと向け直したのだ。
彼が初めて行使したのは魔法ではない。
肉体の力によって放たれた「技」。
しかしそれはコンマの狂いも許されない、まさに超絶的な技巧によって行われた、『
「しゅ、シュラ……?」
オリバーもナナオも、初めて彼が行使したテクニックを見て、呆気にとられる。
それはミリガンも同じであった。
よもや神の眷属とも言われるガルダの攻撃を、魔法ではなく物理的なパワーによって防ぐ者がいるとは、夢想だにしなかったことなのだから。
「KUAAAA……」
シュラの放った技──「ジャンピング・ストーン」によって軌道を外されたガルダは、工房の壁を突き破って隣りの広間へと放り出されていた。
しかし、その肉体に一切のダメージは無い。
魔鳥はただ、静かにシュラの姿を見つめていた。
まるで彼の力を認め、自らと戦うことを望んでいるように。
「オリバー、ナナオ。ミリガン先輩の方は任せる」
シュラもそれに応えるかのごとく、開けられた壁の穴を通ってガルダの元へと向かう。
「俺たちでカティを──
小さく発されたその誓いの言葉は、残念ながらオリバーとナナオの耳には届かなかった。
迷宮でオフィーリア先輩たちと遭遇する回とコロシアムの回はすっ飛ばしました。
この作品ではアンドリューズくんの性格が最初から軟化しているので
オリバーともトラブっておらず決闘騒ぎも起きていませんので。