甦生の星神 作:aaa
万物は生々流転の中に生き、絶えず『動』から『静』へと移ってゆく。ある詩人はそれを季節のうつろいと捉え、またある歴史家はそこに花の盛りと枯死を見た。しかし、
星穹列車は、かつて存在した星神アキヴィリが紡いだ星軌航路をなぞる様に進んでゆく。アキヴィリの故郷である惑星ペガーナを始点とし、ぐるりと航路を廻って再びペガーナへと帰る。そして列車はナナシビトを乗せて再び出発し、星々を繋ぐ旅に出る。各人に終点はあろうとも、開拓に終わりはない。それがアキヴィリの遺志であるだろうし、彼の存在に追随するナナシビトたちの望みでもあるのだから。
しかし、必ずしも乗組員全員がそういった開拓魂を燃やしているわけではない。俺がその一人だ。俺はひょんなことから星間飛行をしていたら乗り物の燃料が切れ、通信機もダメになって立ち往生していたところを、窓から星空を眺めていた姫子さんに発見されて助けられたのだ。訳アリで故郷に帰ることもできないので、こうして開拓の旅にお供している。
この列車で俺に与えられた役割は雑用係だ。なんと便利で残酷な言葉だろう。価値観は人の数だけ存在し、雑用と見做す範囲は言葉の使い手によって無限に変化するというのに。
事実、俺はこの列車に乗ってからというもの、姫子さんの列車整備を手伝ったり、丹恒の資料整理を手伝ったりしたかと思えば、パムさんの列車清掃を手伝い、そして気づけば朝早くに起きて朝食を作っている。彼らは雑用係を何でも屋か何かと勘違いしている可能性がある。いやまあ、何でも屋もさすがにここまではやらないか。
ともかく、俺には幸か不幸か彼らの千差万別な要求に応えるほどの幅広い能力が備わっていた。浅く広く生きるが俺のモットー。そんな俺でも、てんで駄目な分野が一つある。それは戦闘だ。
開拓にはどうも危険が付き纏うようで、現地民との軋轢や不慮の事故で危険に直面することが多い。ただ怪我をするだけならまだいい。中には命を落としかねない危険も存在する。だからこそ、開拓の旅をしている姫子さんやヴェルトさん、そして丹恒や三月も武に覚えがある。だから前線に出て開拓を行うのは彼らで、俺は列車の中から必要に応じて後方支援を行う。今回もそういう役割分担だ。
宇宙ステーション『ヘルタ』からの救難信号を受け取ったのは星系標準時間で1時間ほど前だ。珍しく慌てた様子の姫子さんがラウンジにやってきて車掌のパムさんに二言三言話したかと思えば、あれよという間に列車は宇宙ステーション近郊の星域へ跳躍を開始した。
なんでも、『ヘルタ』が宇宙きってのテロ集団と名高い反物質レギオンの襲撃に遭っているというのだ。大抵の宇宙ステーションには警備兵が組織されているものだが、あいにく『ヘルタ』は研究施設である。早急に退けなければ、損害は計り知れないものとなる。
「私と丹恒、三月ちゃんが救出へ向かうわ。ヴェルトと貴方はその間、列車の留守番をお願いね」
そう言って姫子さんは2人を連れて列車を降りた。その間、俺とヴェルトさんはいつでも動けるようにモニターで3人の状況をチェックしながら列車で待機していた。彼は応援の戦闘員として、俺は雑用係として。
「それにしても、ここに絶滅大君がいなくてよかった」
「ああ。もしこれが彼らの主導する計画だった場合、『ヘルタ』は放棄せざるを得ない状況になっていただろう」
俺とヴェルトさんはモニターを注視しながら話していた。すると、ともに行動していた三月と丹恒の中に見知らぬ少女が混じっていることに気づいた。姫子さんの方のモニターを見ていたから、すっかり見落としていた。
「彼女は?」
「分からない。だが、身なりを見るに『ヘルタ』のスタッフである可能性は低いだろう。とすると、偶然『ヘルタ』に滞在していた一般人か、あるいは……」
灰髪の少女は、画面の中でレギオンを相手に怯むことなく接近して金属バットを振るっている。
「非番の戦闘員とか?」
「はは。そうかもしれないな」
見た目こそ華奢で儚そうなものだが、実際に戦っている彼女の動きは凄まじい。少し大袈裟な動きはあったりするものの、そこは三月の弓と丹恒の槍でうまくカバーしている。初対面のはずなのに、彼らはまるで旧知の仲のように緻密な連携を行っていた。
「凄いですね。列車の仲間に加わってくれたらいいのに」
そうすれば俺の仕事が減る。そんな呟きを、ヴェルトさんは笑って流した。
それから姫子さんたちは『ヘルタ』の所長であるアスターに会って話を済ませてから、列車へ戻る帰路についた。道中もレギオンたちで溢れており、各々の得物を振るってそれらを粉砕していく。俺は先に浴槽へお湯を溜めておくことにした。そうしてラウンジを離れようとしたところ、背後からけたたましい雑音が響いた。
「終末獣……!」
「っ!?」
ラウンジの窓に駆け寄り宇宙ステーションの方角を見る。そこには、見るも悍ましい白い巨体の竜が彼らがいるであろう場所にのしかかっていた。米粒大に見えるのは、まさにその"彼ら"だ。
「ヴェルトさん!」
「落ち着け。応援に行くにしても、終末獣が近すぎるせいで列車を停める場所がない。なんとか隙を見計らって、俺たちも彼らのところへ向かおう」
「はい!」
俺はすぐに自室へ戻って必要な道具をかき集めてバッグへしまう。ここで俺に任せられる雑用は救護だ。戸棚から薬品を集めて道具を詰め終わり、ラウンジへ戻ると終末獣は姫子さんたちに圧されていた。いや早すぎだろ。これじゃ終末獣も名折れだよ。
「これなら近づけそうだ。パム、よろしく頼む」
「わかった!」
そうして列車はゆっくりと『ヘルタ』へ近づいていく。そうしてステーション内の
「なのか!」
ヴェルトさんは停車しきる前に扉を乱暴に開けて飛び降りた。
俺もそれに続いて皆のもとへ向かう。
――聞いたことがある。
終末獣の放つ一条の光。それを生身で受けて生還できた者は今までにいない。
たとえ奇跡的に助かったとしても、今まで通りに生きる……そうはいかないだろう。
だったら、どうする。
俺は、三月のために
それとも自らの運命に向き合うのか。
しかし、そんなことをしてしまえば――
「……なに?」
ヴェルトさんのそんな呟きに、俺の意識は戻される。
頭を上げ、見たくないものへと視線を向ける。しかし、そこに広がる光景は。
「なん、だ」
なんだ、あれは。
少女が身を挺して三月を守っている?
そんなのは不可能だ。あの光を浴びて生き残った者は今までにいない。
しかし、事実として少女は立っている。それどころか、終末獣の放つ光は少女を覆う膜によって弾かれて彼女の背後へと流れて減衰していっている。少女は、あの恐ろしい光に立ち向かい生きている。俺はそのあり得ない光景に、ただ立ち止まって見ていることしかできなかった。
彼女はいったい、何者なんだ?
「っ!」
――そこで、異変が起きる。
終末獣の光線から三月を守っていた少女が、突然胸を押さえて苦しみ始めた。その苦しみは光を帯びて、彼女の体をゆっくりと宙に持ち上げていく。
(星核……!)
何から何まで意味が分からない。終末獣の攻撃を受けきったかと思えば、今度は体内に星核が存在するときた。いや、こんなことを考えてる場合じゃない! 星核の暴走は危険すぎる。
「ヴェルトさん!!」
「任せろ!」
ヴェルトさんは全速力で少女の元へ向かい、そしてホームの床を蹴って跳躍する。少女は依然として苦悶の声を上げながら星核の暴走を抑えられずにいる。彼は、そんな彼女の額を杖の持ち手で優しく小突いた。
「あっ……」
すると、少しずつ星核の光は収まっていき、少女の体もゆっくりと床へ降りて――不意にがくんと彼女の体が空中で傾いた。
「危ない!」
俺は少女が床へ叩きつけられる前に抱き留め、彼女を庇いながら床へと転がる。意識はあるみたいだ。服越しに心臓辺りへ手を翳すと、確かに星核の鼓動が感じられる。見間違いなんかじゃなかったみたいだ。
バッグから薬剤と道具を取り出す。
星核を体に持つ人の救護なんて初めてだ。どれほど効くか分からないが、やるしかない。
まずは、星核の安定化から始める必要が……――
*****
宇宙ステーション『ヘルタ』での騒動から2日が経った。あの後しばらくして目覚めた少女は、紆余曲折あって『ヘルタ』に残るのではなく星穹列車の乗員に加わると決意した。
今日は列車の出発日だ。
駅のホームには共に戦ったアーラン、アスター、そしてステーションの持ち主であるヘルタが見送りに来ている。車窓からの景色がゆっくりと後ろへ流れていく。なのかは彼らに手を振り、それを横目に見た少女も倣って胸の前で小さく手を振った。
宇宙はあまりに広い。
それは、星間飛行技術が進歩した現代にあっても言えることだ。大宇宙を前にして、人類とその造物はあまりに小さい。星穹列車の彼らは、これより跳躍を開始し惑星ヤリーロⅥへと降り立つ。
次にアスターたちと会えるのはいつになるだろう。少女は考えた。
なにも物理的な距離は心理的な距離を表すわけではない。それでも寂寥の念は拭えない。そういうものだろう。
しかし同時に、彼女は理解していた。
別にこれが今生の別れとなるわけではない。必ずまた会える。
たとえ宇宙の端っこで迷子になろうとも。なぜなら、自分たちは既に繋がっているのだから。
「
少女――星は窓から視線を外し、背後へ振り返る。
「あまりに短い期間に色々なことがあったせいで、君に自己紹介ができずにいた。俺の名前はヴェルト・ヨウだ。君が会った姫子たちと一緒に開拓の旅をしている」
「よろしく、ヴェルト。それで……」
星はヴェルトと握手を交わすと、次はその隣へ視線を向ける。
一般的な仙舟人の服装をした黒髪の男。黒い生地に、頭を垂れる金色の稲穂が縫われている。
「あんたが私を助けてくれたんだよね?」
「助けたってほどじゃ……いや、行き過ぎた謙遜は厭味になるんだったな」
彼は星の瞳をじっと見つめた後、ごつごつした右手を彼女に差し出した。
「初めまして。俺の名前は……そうだな。まあ、適当に呼んでくれ。みんなは
「あんたには名前がないの?」
「そうだ。全員が暇を持て余している時に命名会議があるんだが、まだ決まってない」
その言葉に、星はピクリと反応して両手で彼の手を強く握った。
「私も考えとくね」
「お、おう」
ふんすっ、とやけに気合の入った宣言に无名は心配するしかなかった。