甦生の星神   作:aaa

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不安定な歩み


 

 

 星神(アイオーン)は、ある運命が持つ虚数エネルギーの全てを完全に掌握した知的生命体であり、運命のエネルギーを自在に操れるので、宇宙では無類の強さを持つ。凡人には一瞥されることさえ叶わない上位存在で、そんな存在に認められるということは、それはなんと光栄で、同時に恐ろしいことであろうか。

 

 その者は永遠に運命に縛られ、凡人として生きていくことは叶わない。今まで通りの生活は二度と戻って来ず、ただひたすらに運命を歩む孤独の行脚が待っている。しかし考えてみれば、星神に認められるに至った者など、総じて既に人として壊れている。

 

 そんな彼らが祝福(呪い)を厭うはずもない。

 壊れた存在が、その瑕疵に正当性を得られるのだから。

 

 


 

 

 ちゅんちゅん、ちゅんちゅん。

 どこかから可愛らしい小鳥の囀りが聞こえる。ゆっくりと意識が明瞭になっていく。

 なんて素晴らしい目覚めなのだろう――ここが宇宙を航行する星穹列車でなかったなら。

 

「……うわ」

 

 ――瞼を開けると、そこは大自然であった。

 壁には蔓が這い、背の高い草がそこかしこに生えている。床は芝生に置き換えられたのか、一面に青々とした光景が広がっている。溜め息を吐き、額を押さえて天井を見ようとして――。

 

「は?」

 

 天井を伝う枝に実る赤い果実。ぼやけた視界ではよく見えないが、少なくとも10個以上はあると思う。嫌な予感がしてベッドの頭側を見ると、なんとベッドの裏から木が伸びていた。幹に開いた穴の中から、草で編まれた雀が俺に向かって鳴き続けている。早く起きろ、朝食の時間だと急かすように。

 

「无名、起きてる?」

 

 片付けのことを考えてベッドの上で絶望していたところ、コンコンと扉が控え目にノックされる。続いて星のゆったりと落ち着いた声。

 

「……はあ。起きて――」

「開けるよ」

「ちょちょちょ」

 

 だが静止するも空しく、プシューと音を立てて横開きの扉が開く。本日二度目の溜め息が出た。前から一緒にいて理解のあるヴェルトさんたちならまだしも、仲間になって間もない星に見られると面倒事の予感しかしない。

 案の定、星は眼前に広がる大自然を前に呆然としている。

 

「……なんとか言ったらどうなんだ」

「異世界転生?」

「そんなわけないから安心していい」

 

 いや安心はできないが。

 それにしても凄い落ち着きだ。三月が最初に見た時は驚愕して尻もちをついていたのに、星の場合は最初に出てくる言葉がそれか。そもそも興味がないとか? それはそれで落ち込むけど。

 

「无名はマジシャンか何かなの?」

「植物だけにタネありってか? あはははは!」

「……」

 

 そんな目で見るな。

 

「あー……朝食だろ? すぐ行くよ」

「うん。待ってる」

 

 星が踵を返して扉に手を掛けたところで。

 

「そうだ。天井にある木の実をデザートにするのはどう?」

「絶対ダメ!」

 

 それだけはガチでシャレにならんからやめろ。

 

 

*****

 

 

 朝食を終え、パムさんと一緒に食器を洗ってから姫子さんへコーヒーを淹れ、ヴェルトさんとラウンジで3分ほど雑談をしてから自室へと戻った。

 

「……なにをしている」

 

 部屋に戻ると例の大自然が広がっているわけなのだが、眼下に何やら人型の影が。草原と化した床の上に星が腕を広げて寝転がっていた。天井を見つめていた彼女の瞳がこちらを向き、琥珀色の目が合う。星は出会ったときと変わらない無表情で、なんでもないかのように口を開いた。

 

「无名も寝る?」

「存外に図々しいな、お前」

 

 まだ列車に乗って一週間も経ってないのにもうこの態度だ。しかも人の部屋で。将来有望すぎる。有望すぎて俺は思わず頭を抱えた。

 いや、この豪胆さは開拓の旅で大いに役立つことだろう。尻込みするよりは、ぐいぐい率先して動く方が良い。それでも俺の脳裏に過るのは、今朝方姫子さんに言われた言葉だ。

 

『无名。貴方、星の教育係をするつもりはない?』

『急になんですか……他に適任はいるでしょう。丹恒とか』

『无名は確か、仙舟『羅浮』で教官免許を持ってたわよね。だから教育係に持ってこいと思ったのだけれど』

『星槎の教官免許です。星槎の試験項目に道徳はありません』

『それでも、人に物を教えるという意味で貴方の右に出る人はこの列車にいないわ。ちなみに貴方には悪いのだけれど、これは皆で話し合った末に満場一致で決まったことだから、もう教育係は貴方で決まりなのよ』

『俺抜きで話し合いがあったんですか? なにも知らないんですけど』

『ちょうど貴方がアスター所長に呼び出されている時にね。それじゃ、頼んだわよ』

 

 そうして姫子さんは忙しそうにしながらラウンジを出ていった。仕方ない、星穹列車の皆は自分に課された役割でなんやかんや忙しいのだ。備蓄管理だったり、列車整備だったり、資料整理だったりで。そんな中、雑用係という役割の範囲が広い俺は都合が良かったのだろう。しかも教官免許を持っているときた。正に棚からぼた餅、勿怪の幸いだったに違いない。

 

「なのかが、これくらい堂々としてる方が良いって言ってた」

「否定はしないが、少し度が過ぎてると思うぞ。せめて椅子に座れ」

「椅子なんてどこにあるっていうの? あれはまだ椅子と呼べるの?」

 

 そう言って星が指差した先には――植物の塊があった。いや、正確には違う。それは蔓が幾重にも重なって塊状に見えているだけで、目を凝らしてよく見てみると、それがかつてこの部屋で椅子として扱われていた物体であることがわかる。尻を乗せる部分は、ライトに照らされて露を輝かせる新鮮な苔が生えており、肘置きの部分は名前の知らない花が満開に咲いている。

 勘弁してくれ。

 

「だからといってお前が寝転がって良い理由にはならないだろ。ベッドでもいいから、とにかくどこかに座れ。寝転がるのはやめろ」

 

 予想通りなら、一夜にして俺の部屋を森へと変えたこの植物たちはあまりよろしくない(・・・・・・)。長年この現象と付き合ってきた俺ならまだしも、星核を体内に宿すとかいう恐らく宇宙初の偉業を成し遂げた不確定現象の塊みたいなヤツが接触するのは危険な気がする。

 

「それなら无名はどこに座るの?」

「うーん、まあ……床に座ることにするよ」

「そう。だったら私も床に座る。それくらいの礼儀は分かってるよ」

 

 ……まあ、いっか。

 なにか星核に異常があれば、俺がなんとかすればいい。そもそも星穹列車の人たちは星核を取り扱うスペシャリストだ。その中でも俺は、星核に関することなら誰にも負けないという自負がある。実際、『ヘルタ』で星核の暴走を阻止したのは他でもない俺だし。

 

「この部屋って前からこうなの?」

 

 そんな俺の気持ちなど知らんとばかりに、星は目を輝かせて聞いてきた。

 

「もしそうだったら、俺はとっくにパムさんに追い出されてるだろうな」

「それならどうして? こうなるまで放置したのは他でもない无名なんでしょ」

「……昨日の夜まで普通の部屋だったって言ったら信じるか?」

 

 星は少し考え込むようにして俯き、やがて顔を上げて小さく頭を縦に振った。

 

「……お前、良いヤツだな。良いヤツすぎて将来が不安になる」

「別に誰でも信じるほど騙されやすいわけじゃない。私にだって嘘は分かるよ」

「知らない間に随分と信頼されたもんだ」

 

 悪い気はしないが、これだと気軽に冗談も言えないな。一夜で部屋が植物まみれになったなんて馬鹿みたいな冗談を真に受けるんだから。まあ冗談じゃなくて本当のことなんだけどね。クソが。

 

「ねえ。一夜でここまでになるのって普通?」

「本当に好奇心旺盛だ」

「ごめん。でも私は何も知らないから」

 

 そう言う星の顔はどこか寂し気で、瞳は暗い宇宙の真ん中に着の身着のまま放り出されたような不安に揺れているようだった。そうだ、あまりに堂々と他人の部屋でくつろいでいるせいで忘れていたが、星は『ヘルタ』で丹恒たちに助けられる以前の記憶が一切ない、いわば生まれたてに近い存在なのだ。

 

 星は強い。それはあの『ヘルタ』での戦いぶりを見れば分かる。それでも、彼女は脆いのだ。人格は記憶と経験によって形作られる。そう考えると、いま目の前にいる彼女が途端にか弱く守るべき存在のように思えてくる。

 星は庇護対象だ、守らなくてはならない。無限の慈愛と施しによって、彼女に幸福を。そうしなければきっと彼女は――

 

「无名?」

「……あ」

 

 俺は……何を考えていたんだ?

 加熱した思考が冷水を掛けられたように、一瞬にして静まっていく。なにかとんでもないことを考えていた。いや……何を考えていたかなんて明白だ。それだけはいけない。与えるだけの祝福など、凡人にとっては毒でしかない。

 

「なんでも、ないよ」

「……」

 

 訝し気な表情で見つめてくる星の瞳から逃れるように、俺は視線を天井へと逸らした。

 部屋のライトに照らされた赤い果実が、てらてらと血のように瑞々しく輝いていた。

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